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人事と首


リストラ・・・というよりも、レイオフというのはどうしてできないのだろうか?。


大企業(に限らないかもしれないが)にいると、不思議な現象に出会う。


あきらかに僕の半分も仕事(量ね!※)をしていない人が、倍の給料をもらっているケースは多々ある。



それって、さすがにおかしくないか?



と、思いつつも、「そういうものだから」と時は過ぎていく。


彼は部長で、僕が下っ端の若造だから??


年功序列の弊害だ、とは思う。


そのほか過去採用された一般職のお局様(いまは総合職以外取らない)が居たりする。


ほんとに意味のないゴミみたいな仕事で、開き直って、ダラダラ仕事をしている人が居る。けど、年功なので、やはり僕よりもはるかに高い給料をもらっている。なんだその態度?



なんだか、納得いかない。



しかし、こういう人たちに正面から攻撃を食らわせると、裏で陰口を言いまわったり、会社にこなくなったりすする(メンタル問題)ので、強く主張した側が、「和が保てない」「気が強い」「マネジメントができない」と批判されてしまうので、できるだけ穏便に「無視!」をするようになる。



なんか、不愉快。



正直いって、給料はどうでもいい。僕はまぁ高いほうだと思うし、そもそも余りお金を気にしたことはない。朝から晩まで働いて、休日出勤もしていれば、そもそも遊ぶ時間はそれほどないものだ。休みも、疲れきって寝ていることが多いので(笑)。


ましてや僕の一番の趣味は、映画や漫画・本なのでそんな極端なコストがかからない。インドア派で家にこもっているのが、何より好き(笑)なので。



そして、仕事が好きだから。



が、何がむかつくといえば、


仕事をしていない!ことだが、


そして、仕事がないならば提案すればいいのにしない


そして、周りにダラダラとした不愉快な雰囲気を作り出す、その態度が許せない。


固定費の削減を主張する僕のセリフは、よくエリート主義だとか、弱いものいじめとか陰口をたたかれる。



けど、そうか?



やる気がない人が、ペイされないのは、あたりまえではないか?


仕事をするってことは、胃が切れるぐらいの責任感と時間を気にしないハードワークがあたりまえではないか?。


これからのグローバルな競争時代では、そういった非・定型的なクリエイティブで能動的な仕事の仕方をしないと、通常のホワイトカラーのもらえる給与は維持できないはずなのだ。組合とか分けわかんないものにすがっていないで、あきらめて年収激減の人生か、高い給与の変わりに不断の自己革新と情熱に支えられたハードワークのどちらかを選ぶではないか・・・。



最近はやりのヘイがいうノーワーク・ノーペイは、そもそも原則だと思う。


胃がきりきり痛み、海外に行っても国際携帯電話で終われまくれ、アメリカに出張にいって時差があるのにがんがんメールで返信する・・・そんな責任を負わされる人がいる一方で、そんな甘えたやつらがいる。



成果報酬というのは、なにをもって成果と評価するかが難しいが、、、、しかし納得はいかない。



そう思うのです。

   

 

森永 卓郎

新版 年収300万円時代を生き抜く経済学  




・・・・・・・・・この意見は、この論理は正しい。


が、もちろん一面の正しさである、というのも事実だ。


これは、同じ選択肢が与えられている人同士の中では正しい。


適者生存で、戦う意思があるものだけで構成されるべきは、やはり企業というアソシエーションの基本だと思う。これを一番、深く考え、実践したのは、ジャック・ウェルチだと思う。


 
ジャック・ウェルチ, スージー・ウェルチ, 斎藤 聖美
ウィニング 勝利の経営  

■議論の穴
が、とはいえ、そもそもアフリカ問題のように、「その競争のルールの土台」にエントリーできていない人が除外されているという点では、議論としては穴がある。



■機会の平等と結果の平等
これは、「機会の平等」「結果の平等」という政治経済哲学史をつらぬく大論争のスタート地点です。


理論的には、「機会の平等」が正しい。機会を同じにして、努力するもの、才能あるものが恵まれる適正な競争社会が、理想だ。

 
稲葉 振一郎
経済学という教養  

が、世の中には、私有財産制度というものがあり、これが「引き継がれる」ことにより、機会に差が発生するだけではなく、結果の平等に信じられない差が発生する。たった1世代でも、国家予算を超える財産を持つマイクロソフトのビル・ゲイツと、明日食べるものもないアフリカの飢餓難民を比較すれば、その差が実感できるだろう。


19世紀末の社会から共産主義運動が世界中に波及したのは、この「結果の平等」があまりに差がつきすぎたために、弱者(=搾取される労働者)からのルサンチマン・レジスタンスが、革命という暴力的なエネルギーで噴出したのがスタートです。そして、ビルゲイツとアフリカの飢餓に苦しむ子供を見れば、そのモチヴェーションは正しい。


しかし、共産主義による競争を除外したシステムが、最悪の生産性もたらし、人間のやる気を失わせ、国家を崩壊に追い込んだのは、歴史が証明するところです。


適切な競争と、富の再分配(=結果の平等)を志向した社会民主主義、修正資本主義などが、少なくともベターな形態であることも、歴史が証明しています。


この議論は、とても難しい。


恵まれたものが、機会の平等を叫べば、自分の特権をも守る行為になってしまう。また機会がそもそも与えられていない人々からすれば、鼻で笑う議論だ。しかし、結果の平等という悪平等にあぐらをかくフリーライダー(タダノリ野郎)が、パンと娯楽をよこせと叫ぶ様は、気色悪いし吐き気がする。僕は、初期ギリシア時代の貴族主義的寡頭政治に凄くシンパシーがある(笑)ので、権利ばかり主張し義務が放棄される昨今の衆愚デモクラシーは好きではない。まぁ、それでも民意は正しいという考え方もあるが・・・。


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が、そんなマクロな視点で、人間は生きてらんねーよ!!



目の前で、のうのうとしているのは、腹が立つ!!


以上


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