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■何かが起きている/Something Orangeさんより
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070812/p3


うん、僕も素直に感動する。なんかほんとなの???って、凄い疑問に思ってしまうのだが、これがほんとだとすると、やっぱりすげえーなーと思う。文化の伝播だもんね。ハルヒのアニメは、とりあえず見ておかなければいけないのかな、と思ったり思わなかったり。もっと時間が欲しいだよ、時間が。愛に時間を!って気分。

角川書店
涼宮ハルヒの憂鬱 1 通常版
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世界は怒っている・・・/債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら 
ウォールストリートで20年、生き残ってきたノウハウを開示、日々のマーケット・社会情勢を分析します。
http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/3fda3b9971e8daa3a00c45e1bc84cd27

CNNの論調はかなり冷静だけど、論点を整理すると、


1)大体柏崎原発は1970年に作られていてそもそも老朽化のリスクが高いのに、この種の議論が日本では一切なされていないこと(というか政府が取上げさせないということ)


2)二言目には唯一の被爆国という割には原子力発電所のリスクについての管理が甘く、日本政府がきちんと国民に説明していないこと。特に地震国日本ではその存在自体が危険だという指摘は何度も海外からなされている。


3)東京の電力を供給するために140マイルも離れた柏崎に原発を建設、それによる経済波及効果で地方経済を支えてきたという日本の構造的問題 

の主な3点。


しかし、一番強調していたのは、唯一の被爆国でありかつ世界の原発先進国の日本が、今回の事故に関して情報を隠蔽するようなことがあれば、それは緊急の国際問題といってよく、北朝鮮の核施設とリスクの所在は変わらなくなってしまう・・・と指摘していた点であります。

(引用)


なるほどー。まーCNNはアジる癖があるので、どこまで信用していいかというのはあるものの反応としては、わかる話だ。これってようは、大組織で、、、国家の支えがあるような戦略的大組織では、なかなか内部告発やクラッシュが起きにくく問題が深く隠蔽されてしまうというという日本社会の構造的欠陥を、象徴しているのだと思う。東京電力は、ほぼ役人様的メンタリティーで絶対安泰だからねー。ああいう個人責任が消失した会社は、隠ぺいが長続きするんだ。雪印とかああいうのと問題の構造は同じだ。日本社会の、アソシエーションであったはずが、共同体に転嫁していってしまう組織の伝統的病。それと、やはり戦争にさらされていないせいか、アメリカに安全保障を丸投げして居直ってしまっている責任LESSなマクロ構造が、危機管理能力(リスク管理)を非常に低下させてしまっているということなのだろう。


外国が日本という世界経済のマクロの一端を担う存在に対して、告発するのならば、、、やはりこの二点だろうなー。それが、このアジに表れているのだと思う。ただ・・・・とってもいい機会なのだから、こういうのを少しでも、改善していくしかないんだよねー。国や民族的特質は簡単には変われないからね。それが強みの裏返しでもあるわけだから。本当は、たぶん内部告発をもっと匿名でできて労働流動性をレベルをもう少しあげるような社会を構築できるとこの共同体の隠ぺい問題には、いいのだろうけどなー。ただ、日本の強みを壊す行為なので、アメリカ的個人責任が、、、日本で簡単に成立するとは思えないんだよなー。難しい話だ。

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■グーグル、日本でも書籍全文検索サービス提供へ(引用) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060512-00000022-zdn_n-sci  グーグルは5月11日、書籍の本文テキストを対象にしたキーワード検索サービス「Googleブック検索」の年内提供開始を目指し、出版社向けの窓口となるページを公開した。  Googleブック検索は、2004年に米国で開始した「Google Book Search」(開始当時は「Google Print」)の日本語版。出版社から提供された書籍をスキャンしてテキスト化し、一般ユーザーが任意のキーワードにより検索できるようになる。検索結果は基本的にオリジナルの書籍の1ページずつイメージとして表示する仕組みだ。  Googleブック検索で表示されたページイメージはコピーや印刷、ファイル保存などはできない。また1冊の書籍の内容のうち、どの程度の割合をGoogleブック検索に提供するかは出版社側が判断する。Googleブック検索結果のページには、広告や書籍販売サイトへのリンク、近隣書店の場所を示すGoogleマップのリンクなどが表示される。これらの機能によって、書籍を提供する出版社や著者には、書籍そのものの売り上げにつながる機会が得られることになる。  グーグルが公開した窓口ページは、出版社に向けて、Googleブック検索の内容を説明しパートナープログラムへの参加をうながすもの。このプログラムにはISBN(日本図書コード)を持つ書籍を発行している出版社であれば無償で参加できる。書籍のスキャン費用やGoogleブック検索への登録に関しても無償という。今回、パートナープログラムや書籍登録の仕組みが一通り整備されたことで、今後グーグルは出版社に対して参加を働きかけていく。  同社では順調に書籍が集まるようであれば、年内にも一般ユーザー向けにGoogleブック検索を提供したいとしているが、サービス開始で先行した欧米では、出版社団体や著作権者団体からの反発を受けたこともあり、日本では出版社などの反応を見ながら慎重に進めていくもようだ。  グーグルによると書籍だけを検索対象にしたhttp://books.google.com/(現在は英語版のみ)のほか、通常のWeb検索の検索結果に書籍の検索結果も合わせて表示することも考えているとしている。また、欧米で提供しているGoogle Book Searchでは出版社からだけでなく、いくつかの大学付属図書館からも著作権の切れた書籍を中心として提供を受けているが、日本では現在のところそうした計画はないという。  なお、書籍のデジタルデータ化やその検索サービスについては、Googleの発表後Yahoo!やMSNも類似の計画を進めている。 http://www.itmedia.co.jp/news/ (ITmediaニュース) - 5月12日11時22分更新
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梅田 望夫
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

評価:★★★★★星5つ

(僕的主観:★★★★★星5つ)


この本は、ベストセラーで新書という「たいていは読む価値もないゴミ」が多い昨今の作品では考えられない「ほんもの」だ。


しかも、ここ10年近く自分がテーマとして考えていたことの、疑問への大きな光を投げかける素晴らしいものであった。この本に出会えたことに、多謝。


この本の素晴らしさを説明するには、まずは、僕がこの10年近く考え続けていた疑問がどこから来たのかを、説明したいと思います(←えらそう(笑))


■『僕たちの洗脳社会』と堺屋太一と未来学者アルビントフラーの再評価


10年近く前、岡田斗司夫氏の『僕たちの洗脳社会』という著作を読んで以来、彼の



「自由洗脳社会」というコンセプト



は、僕を虜にしている。


岡田 斗司夫
ぼくたちの洗脳社会

岡田さんはアルビントフラー氏の『第三の波』と堺屋太一氏の『知価革命』という著作の



「これからの社会はモノそのものよりも情報が価値をもつ時代になる」というアイディア




を、下敷きに論を深めている。



工業化時代のモノを大量に安く生産できことが国富であり、価値であるという大前提



に生きていた社会に、これらの考え方は、大きな楔を打ち込んだ意見でした。今では古臭い意見でしたが、当時は、革命的な意見として世界中を席巻したコンセプトです。



しかし、工業化の次に情報が価値を持つ時代・・・といっても、単にブランド力とか、具体的な話となるとかなりしょぼい未来しか、この二人は描くことができなかった。


それは、所詮、彼らが工業化時代に生まれたエリートであり、その素晴らしい分析力を持ってしても、古いパラダイムからは抜け出ることはできなかったのでしょう。


抽象的な分析で、モノそのものではなく、情報というものに価値の主軸が移ることは分析できたが、それがどんな社会を作り出すかという具体像が、全然描けなかった。


しかし、岡田斗司夫さんは、ガイナックスの創設者で、ヲタク時代の先駆けを生きた人で、彼自身の人生が、この「モノよりも情報に価値がある感覚」を実感しており、それがゆえに、トフラーらが『情報が価値を持つ時代』という形で具体的に明示できなかったものを、もうワンステップ深く議論を進めているところに、この本の新しさがあった。


このコンセプト自体は、東大の講師になるのに充分な、価値があったと僕は思います。


堺屋 太一
知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる
アルビン・トフラー, 徳岡 孝夫
第三の波


詳しくは、岡田斗司夫さんのこの名著や上記の作品を読んでいただくとして、



・・・・・しかし、この論の大きな問題として、二つの点でずっと僕には疑問があった。


それは、


-------------------------------------------------


①有限なモノ・希少性のあるものに高い価値を置く『人間の優しい情知』というのは本当か?



②自由洗脳社会という価値観がマーケットメカニズムに近い形で展開する社会とは、具体的にどんなものなのか?



-------------------------------------------------
ちなみに、結論を言うと(たぶんウェブ進化論の批評は、自由洗脳社会の到来②になってしまうと思うので)この②の疑問にストレートに答えたのが、この本でした。



さて、、、、僕は、ここ10年、この二つを疑問に持ち続けて来た。



①及び②の岡田さんの著作による分析は、今でも色あせない、素晴らしい分析だ。


また、80年代以降の社会学の業績も、80年代の価値観の細分化など、はっきりとこの分析やコンセプトが大枠正しかったこと示していると思う。


宮台 真司, 大塚 明子, 石原 英樹
サブカルチャー神話解体―少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在


これは、僕が中学、高校生の時に読んで人生をいまだ支配している評論家中島梓さんの『ベストセラーの構造』『わが心のフラッシュマン~ロマン革命序説』ж1の意見とも、ほぼ重なる。

中島 梓
ベストセラーの構造
中島 梓
わが心のフラッシュマン

ж1)ちなみに、僕のブログのタイトルである『物語三昧』には、隠れた副題があり、それがロマン革命序説です。僕の物語評論の核心部分の哲学も、人生のスタンスも、この中島梓氏の『わが心のフラッシュマン』から来ています。



現象の背後にある『原理』・・・・・・・・・・・・


目に見えないものを見る力がある人々


は、ほんとうに、10年20年の時を飛び越える分析ができるものなのだ、、、と、彼らの予見能力に敬服します。


-------------------------------------------------



①有限なモノ・希少性のあるものに高い価値を置く『人間の優しい情知』というのは本当か?


なぜ、モノよりも情報に価値がおかれる時代が来るのか?


それは、人間の感覚に、希少性のあるものを価値があると尊ぶ原理が眠っているから、と岡田さんは考えます。



だから、資源・空間の有限性がイメージされる文明では、


「物質による豊かさ」よりも「精神的な豊かさ」高い尊敬が払われる。



これを、ローマ文明とヨーロッパの中世で比較しているのだが、


実際的で、橋や道路などの建設技術が現代よりも進んでいた側面があるローマ文化は、版図が拡大し続ける間は、素晴らしい繁栄を誇った。


しかし、版図(=侵略に値する空間)の有限性が認識され、限られた空間での社会運営が常態化すると、社会は壊れていった。


逆に、暗黒といわれるヨーロッパ中世は、実は、そもそもローマ時代以降の空間の限度(=有限性)が認識された社会なので、物質ではなく、精神生活・・・・とりわけ宗教性や、内面の信仰に重きが置かれていた。


暗黒といわれるのは、工業化社会の資本主義による物質的繁栄が無限に続くと信じられる科学主義というパラダイムがある時代から見て、モノがまともにない有限な中世を暗黒と評しただけで、実は、その素晴らしさは、人間の内面にあったのだ。


・・・・・・芸術も、橋や道路や組織運営などの実際的なモノではなく、ステンドグラスの光の度合いや音響設備など教会の空間設計は、いまある情報をどのように構成して内面を豊かにさせるか、という総合芸術を志向しており・・・・・アッシジのフランチェスコのようなド貧乏修道士や清貧さが、尊ばれたのは、物質的なモノではなく精神的な内面の深さにこそ、価値があると考えられたパラダイムを持ってたからだ。


これは、ホイジンガの『中世の秋』でもとても似たことを展開していますよね。



ホイジンガ, Johan Huizinga, 堀越 孝一
中世の秋〈1〉

つまり、文明社会をつらぬく



パラダイム(=時代を支配する考え方の基盤)は、



物質・空間を、有限ととらえているか無限ととらえているかによって変化すると、主張しているのです。ж2)


ж2)このコンセプトは、後日、物語表現における空間性の把握と時間概念いついていま書いている論考で、展開するキーコンセプトです。

1970年代のローマクラブが、成長の限界を唱えて以来、


そして環境破壊という新たな要因が生まれてきた現代、



工業化社会を驀進してきた資本主義社会は、


資源の、、、、、地球空間の有限性に気づき始めました。



だから、、、今後の地球文明では、


宇宙開発が実現されない限りは、


長期間にわたって精神的な豊かさが重要視される社会が到来する・・・・という論理の流れになるわけです。



ちなみに、堺屋さんは、この希少なものに価値の高さを見出すことを


人間のやさしい情知


と、呼んでいます。そういう内的なエートス(=行動様式)が根源的にあるということですね。



-------------------------------------------------


直感的には、正しいと思う。


けれども、その意見がいきなり演繹的に出てくるので、どうしても論理の流れとしては、極論かもしくは幾つかの大きなイメージによる過度な一般化がなされているように思う。


だって、ほんとうに人間って、そんな風に有限性と無限性によって、考え方が変わるの?というのが論証されていないんですよ、この本では。あまりにも、流れが自然だし、イメージ的に正しいので、すっといってしまうが、そこが、ポイント!。


この前提や根拠を、数年間僕は見つけられなかったが、、、ある時、稲葉振一郎さんの著作で、この答えを見つけた気がする。


稲葉 振一郎
「資本」論

評論:http://ameblo.jp/petronius/entry-10006871884.html


この本の中の、


ジョンロックとトマスホッブスのリバイアサン(=国家)概念に対する見解の違いが何故生まれるか?


ということに対する答えです。


それは、



土地の有限性・無限性という空間概念の前提が異なること



から、結論が、異なると評価しています。


実は、まったく同じ社会契約説を展開しながら、まったく逆の結論に至ったこの二人の思想家は、約一世代分年齢が違うそうです。


だから、、、、半分中世の感覚を残した土地の有限性(=常に戦争によって土地を奪い合っている)ヨーロッパの内戦を子供時代に経験しているホッブスは、


社会は「万人の万人に対する闘争だ!」と絶望して、そのこをスタート地点としました。



しかし、一世代あとのロックは、アメリカ大陸という広大無限の空間の新大陸が存在する、ということを知り始めた時代の人です。


戦争で土地を奪い合わなくても、土地は無限にあるんだ!という楽観主義に貫かれてロックは、思想を展開します。


そして、約100年後ジョンロックの『統治二論』そのままの人民の社会契約による国家が地上に始めて誕生します。


アメリカ合衆国です。


・・・・・・・このへんの詳細な展開は、ここらに紹介してもらう本を読んでもらえば分かりますが、

文明思想や経済思想の根本を司る議論の出発点で、「土地の有限性」というファクターを挿入することにより、その変数が動くということが、実は、学問的に証明されつつある、、、、、というのは、かなりの収穫でした。(もしかしたら僕が知らないだけで、学会では当たり前なのかもしれないが(笑))


つまりですね、、、、現代社会を構成する概念を設計したロックやホッブスの社会契約説は、土地の有限性を変動ファクターに、国家像や文明像(=パラダイム)が変動するということなのです。

・・・・・・・・そう考えると、空間(=土地)の有限性と無限性の価値観が、文明社会の仕組みを支配する、という考え方は、学説として強いパワーを持ちます。


このロックとホッブスのことをもっと平易で書いているのが、下記の本ですね、


小室 直樹
日本人のための憲法原論



大体、、、、、、岡田斗司夫さんの主張で、不明だった点は、上記の本・・・とりわけ社会契約説を考えると、非常に説得性が増す事が、最近判明してきたのです(僕の心の中でですよ、もちろん(笑))。

ジョン ロック, John Locke, 伊藤 宏之
全訳 統治論
T. ホッブズ, Thomas Hobbes, 水田 洋
リヴァイアサン〈1〉


そして、そこへ②の疑問に答える、具体的な社会像のヒントを指し示す本が現れたのです。





自由洗脳社会の到来②に続く

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プチクリ
岡田 斗司夫
プチクリ―好き=才能!

公式HP:http://puticre.seesaa.net/

岡田さんのブログ:http://putikuri.way-nifty.com/blog/


まだ読んでいない!!。早く読みたい!!!。尊敬する、そして自由洗脳社会のアイディア以来いつも意見を注目している岡田さんの最新作だ!。


明日は、秘密サイン会に出撃する予定!!!!。

だから発売日に買わないで待っていたのだ。


以下、読む前の疑問点を!!!


ちなみに、読了次第、感想を書きます!!!。


*****************

三浦 展
下流社会 新たな階層集団の出現

■2005年12月02日00時07分 ファンキー通信 から引用

さて、ここで質問です。まずは下記のチェックリストの項目を読んでみてください。

□年収が年齢の10倍未満だ
□その日その日を気楽に生きたいと思う
□自分らしく生きるのがよいと思う
□好きなことだけして生きたい
□面倒くさがり、だらしない、出不精
□一人でいるのが好きだ
□地味で目立たない性格だ
□ファッションは自分流である
□食べることが面倒くさいと思うことがある
□お菓子やファーストフードをよく食べる
□一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある
□未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)
(『下流社会』(三浦展/光文社新書)より抜粋)


 上記のリスト内で半分以上当てはまる項目があったアナタは、かなりの「下流社会」にいる人間なのかもしれません。下流社会とはマーケティング・アナリストである三浦展氏の造語。実は今、この下流社会という世代階層を表す言葉が注目を集めているって知ってた?


 『下流社会』によれば、下流とは「単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低い」人々のことを指し、「いわゆる団塊ジュニア世代と呼ばれる現在の30代前半を中心とする若い世代に」多く見られる傾向なのだという。


 1億総中流化を目指した高度成長期以降の日本社会だったが、バブル崩壊に始まる不況、そして少子化、高齢化に向かう社会情勢の中で、人々の目指す人生設計のあり方も多様化してきた。現在の日本の若者に、大金持ちや社会的な名声が得られなくても自分らしい生活ができればそれでいい、という価値観が支持されているのも、この下流化が進んでいる背景にあるようだ。書籍などで年収300万円の生き方が注目されているのも、それを裏付ける証拠なのかも。


本書によると、今後は中流が上流と下流に分かれていき、さらなる社会的格差が生まれていくだろうと予想している。若者のニート化やフリーター化の次は、この下流化が若い世代のホットトピックスになる!?(太田健作/verb)


************




■プリクリ的な自分の気持ち至上主義への時代の流れについての疑問



最近、下流社会という本が話題だ。これは、大きな潮流があるのだと思う。


①一つは、小泉政権の選挙圧勝を受けて、日本社会が二極化への舵を切ったこと。


②もう一つは、岡田斗司夫さんが主張するプリクリ(プリ・クリエイター)的発想が、広く深く世間に浸透していることだと思う。これは、森永卓郎氏の「年収300百万円で生きる」や「萌え経済」も同じ発想の別表現だと思う。


時代が、②に流れるのは不可避であって、岡田さんの総論はほぼ間違いないと個人的体験からも実感する。さすがに、彼の意見は、いつも鋭く射程も長い。


だが、社会の趨勢が事実そうなっているのと、「そう」なることが正しいか?というのは別の話だ。


個人的には、こういう金にもならない自己発信を、ガンガンやり続けているわけだから、僕自身も、自分の気持ち至上主義というパラダイム自体へは、賛成不賛成もなく、圧倒的な共感がある。とりわけ、子供時代に願った世界がようやく訪れているという実感がある。むしろ自分の趣味を貫くために、働いているといった実感が強いのだ。


だが、、、、やはり、いくつかの疑問点がある。


1)経済水準をこのまま維持していけるのか?


経済環境が苛酷になり、所得格差が広がることによる貧困者や経済的ルーザー(敗者)ルサンチマンが、プチクリ的人生を支えきれないほど大きくなる分岐点はどの水準か?。(多分ここには明確な物理的水準があると思う)


ましてや、日本が格差社会に舵を切ったのは事実で、2)の問題とも絡むが、立身出世的な公や経済にコミットするエリート層の欠如・パブリックマインドの欠如は、そうした気持ちが強烈に強い大国中国などとの競争に対していけるのか?というのは、重要だ。経済水準が、強烈に落ち込んでしまえば、まったくプチクリ的なモノを維持できなくなるほど、生活水準が下がったり、むしろ国際間競争による没落で強いモチベーションに駆動される国家に侵攻される危険性もゼロではない。


まぁ、覇権国を下りた大英帝国に豊かな文化が花開き、近代エンターテイメントやスポーツの基礎を生み出すほどの爛熟を迎え且つ、それなりの国家水準を保つということもないわけではないが。。。。



2)動機の欠如と減退の問題とどう絡むのか?


仮に世界観が変わってしまった=パラダイムが変わってしまったとすると、経済的なルーザーが自己をルーザーと認識しない場合もありうる。・・・・が、そこまでのパラダイム変化は、現行の民主制度や社会制度に根本的な部分で影響を与えないのか?。これも1)の疑問のバリエーションですね。


たとえば、現代社会の若者の動機の著しい欠如との因果関係は?。むしろ逆に、プチクリ的な自分の気持ち至上主義が「満たされない社会だからこそ」動機が失われるという因果の逆転も、考えられるが、、、、。そのことによって、資本制社会の基幹を支えるエリートが生まれなくなるということはないのか?。



3)表現衝動のデバイト


プチであろうとも、プロ(=お金を儲ける)でなくとも、表現・発信できるというのは、実は非常に稀な高い能力の持ち主であり、それができな人とできる人とのデバイト(=格差)が生み出すルサンチマンをどのように回収するのか?。それは、フォロワ-とリーダーという切り分けの島宇宙化のみで対処できるのか?。



****************


たぶん、制度の話ではないと思うので、上記の部分への言及はない気がするが、この部分は非常に気になる部分ではある。


・・・・・とわいえ、『マジメな話』で、この世界は、僕がいなくてもちゃんとまわるよ!という偉大な発言の後、フロンや人生テストなど個人の等身大の領域の古いパラダイムに縛られるが故に自由になれない人たちの個人のマインドを救う・後押しする方向へシフトした彼には、こういう制度の話は、それは他の人がやってくれるよ、、、、だって、近代社会は分業なんだから!、というかもしれないが。



また、このプチクリの概念は、下記の本のパラダイム抜きには語れない本なので、絶対にどんなことをしても、下記の本を読むべきだと主張する(笑)。


岡田 斗司夫
ぼくたちの洗脳社会


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