テーマ:
アージュ
マブラヴ ALTERED FABLE 初回版

やる必要はない!、と断言できる(笑)。


普通のギャルゲーだと思っていただければいい。


・・・・が、やっぱオルタやっているとキャラに思い入れがあるので、、、、



いいよね(笑)



いやーでも、1回目終わらせるのに・・・・いったい何カ月かかったんだ、、、おれ(苦笑)。


まぁその程度です。


まさにファンディスク!!!の名にふさわしいです。



北側 寒囲, アージュ
マブラヴ 3 (3) (集英社スーパーダッシュ文庫 き 2-3)

ちなみに、この本に意味はありません。


なんとなく、かわいーので(笑)。

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
カプコン
モンスターハンターポータブル 2nd

その前にPSPを買わないといけないな・・・・。


・・・・・!!!


そうだ、結婚以来初めての、おねだりをしてみようか!


・・・いや、初めては、薄型テレビか。


あれ買ってもらうのに、5年かかったんだよなーーー(涙)。


うちの嫁さん物欲なさすぎて困る。


まぁ僕もあまりモノが欲しい人ではないのだが。


こんなに頑張って稼いでいるのだから、、、、もっと好きなものが買えていいはずなのに・・・シクシク(笑)。


まぁとはいえ、マンガと小説の大人買いができるだけで、僕は十分すぎるほど幸せなので、あまり日常的には不自由しませんが。


・・・・・ああ、なんて小市民(笑)

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:

評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作


『マブラヴオルタネイティヴ』 その8 あいとゆうきのおとぎなし~多選択肢から唯一性へ


Warning!:ネタバレです。これほど作品やらないでネタバレするのはもったいないです。



■これまでの議論の再整理~素晴らしすぎいるぜアージュュ!!!


やっと、最後の最後の結論まで辿り着きました(苦笑)。この記事は書き終えたかったのですが、さすがに長すぎて辛かったです(笑)。でもそれだけ、この作品の持つ熱量が大きいのでしょうね、何といっても書き終えたのですから。僕の書いた記事の中で最長ではないでしょうか。まとめたので、これで言いたいことは終了です。この件は、アセティツクシルバーのはしくんい宿題を出していた、以下の問いの答えです。


********************

>さて、オルタはこの命題をどう読み解いたのか?


これははしくんへのコメントにも書いたのだが、この作品のタイトル『マブラブ』…なんか変な名前だが・・・・言いたいことは、マブ(=真実)のラブ(=愛)ってなんですか?って問いだ。

(中略)

その中で、、、、逃げないで、「そこ(=真実の愛)」にたどり着かなければならない理由は何なのか?ってことを、言葉ではなく体感で示さなければならないのだから!!!。

http://ameblo.jp/petronius/entry-10039764254.html

********************


はしくんは、さすがに早々に答えを言い当てておりましたが、答え合わせが時間かかってすみません(笑)。


さて、これまでの議論を整理しましょう。


この作品は、レイヤーが3つの層に分かれている物語であると僕は書きました。


A:ウハウハ楽園世界(=永遠の日常の視点)


B:人類と非人類の最終戦争の世界(=非日常のバトルモードの視点)


C:並行世界をループする(=AとBの世界をを相互にメタ化する視点)


このCの部分が、この作品の秀逸な部分です。


並行世界モノというテーマの究極のポイントである「なぜ主人公が世界をループしてしまうのか?」という謎の原因に、明確な答えを与えて、それを物語の脚本に取り込んで、それがそのものずばりテーマの本質を表現しているからです。


ともすれば、別に、永遠に多選択肢群の中でリープしていてもいいわけです。永遠に日常やその戦いを楽しんでいればいいではないですか。しかし、ゲームを特にマヴラブを何度もしていると、、、、たぶん委員長でもタマでもすべての女の子は攻略可能ですよね?。僕は二人目でさえ、物凄く飽き飽きしました。


そう、、、人間は繰り返しは飽きるのですよ。


繰り返しのループは、それがいかに素晴らしくウハウハな楽園であっても、人間を不毛感に陥らせるのです。この日常の退屈をもって僕は、ナルシシズムの地獄とか檻と呼んでいます。同じことの繰り返しは、人間にとって地獄です。だから、こうしたループする並行世界モノやタイムリープモノは、そのテーマ自体が、「脱出しなければならない」という要請をもっているテーマなんです。


もちろんそこでは、




なぜループするようになったか?という世界の謎




そのループを断ち切るにはどうすればいいのか?という謎



の二つが立ちはだかります。これは、このテーマを内包する作品すべてに共通の疑問です。


さて、まずこの作品のテーマが、「①タケルの勇気を試すビルドゥングスロマン(=ヘタレを潰し続ける)」と「②夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独」いう対になっていて、こうした楽園の世界のままにいてはいけないんだ、という強い圧力があることは、これまで書きました。



■セカイ系の問題点である社会へ踏み込む告発


ヘタレの告発という意味では、ここまで丁寧にすべてはぎ取った作品は、僕は初めて見ました。というのは、自我の弱さ、自意識の弱さを告発するだけの作品は、たくさんあります。けれどもクーデター編のように、それをナショナリティーや人類のために戦う動機まで解体してしまうような、セカイ系にはない「社会的な意味でのヘタレ」という構造にメスを入れている点です。ここでは日本でのクーデターを演出することで、「いま現在我々が置かれている世界情勢」や「米国アングロサクソンとの同盟」について、


他者に安全保障を委ねるということがいかに悲劇的な結果を生むか


ということを、物凄くい冗長に明快に、懇切丁寧に説明してくれる。バカな政治家に聞かせてあげたいほど、素晴らしい比喩になっている。このへんの、もう苦しくて見ていられないほどの、しつこいほどの告発の仕方は、ある種の読者には、相当嫌なイメージを持たれていますが、、、僕はそれこそ、こここそが素晴らしい!と絶賛してやまない。ここまで層を明らかにした自我の解体をする、、、層を明らかにするリアリティーへの追及意識はなかなか持てません。


自意識の告発テーマは、自分のこと・・・・たいていは家族関係に還元されて、親のせいだ!とか、またヘタレなことを言うのですが、ここでは、他者に安全保障を委ねて安穏としている国家や社会体制にまで射程距離を入れて描いているのです。


うーん、素晴らしい脚本。


絶賛だ。これは、もちろん僕の愛する村上龍さんの『愛と幻想のファシズム』『5分後の世界』『希望の国エグソダス』『半島を出よ』のテーマとの同形のものです。これらの本がすべて。現代日本人の「存在のあり方」にメスを入れる作品であることは疑いようもありません。エンターテイメントでは、この社会まで告発するという部分が、ウザくなってしまうのか、消費者がついてこないのかなかなか出てきません。それが、見事なエンターテイメントで、しかも萌え作品!~悠陽大好き!(とか叫んでみる)~で演出できて、しかもこれほど胸に迫りくる話に仕立て上げられるなんて素晴らしすぎるぜアージュ。


はぁはぁ(少し息が荒くなった)。


えっと、もう一度話を元に戻すと、議論の整理です。多選択肢のループ構造を抜き出ることがこの作品テーマで、その過程でヘタレる主人公(=観客たるユーザーである我々)の甘えを、レイヤー(層)を一つ一つ丁寧に解体して壊していきます。それも執拗に。そうしてすべてのレイヤーをはぎ取られ、なぜ自分がこの並行世界をリープする存在であるか?という疑問に立ち返った時に、この物語の全体構造が明らかになります。



■タケルとスミカの愛の物語


物凄いネタバレですが、ここまで読む人はたいていプレイしている人なので、良しとしましょう。先ほどの命題、



①なぜループするようになったか?という世界の謎



②そのループを断ち切るにはどうすればいいのか?という謎


このループの原因は、BETAという異質の存在に捕虜になった鑑純夏という女の子が、徹底的に人体実験をされ解体されて・・・ついには脳だけの存在としてモルモット扱いされて、そこに、ハイブ奪還のため、アメリカ軍がG弾という特殊兵器(汚染のない核兵器のようなもの)が撃ち込むことによって、脳だけになった彼女の最後の「たけるちゃんと一緒にいたい」という願いが、タケルを永遠のループに閉じ込めることになったというのことです。それは、ある意味、夢オチのようなものですが、人の心が時空を超える!(笑)というとっても気持ちのいい「おとぎばなし」なんですよね。ようは、スミカのタケルへの思いが本物であった、ということなんですもん。別にことの科学的正しさとかはどうでもよくて、そういうふうに理屈づけたことは、とても興味深いです。


■女の子の側からの視点も構造化されている


というのは、これまでが全てタケルという男の子の側の物語でした。ユーザーもエロゲーなので、たいてい男の子でしょう。けれども、ここへきてこの作品構造全体を規定する謎が、実は鑑純夏という女の子からの視点に支配されていたことがわかるんです。


タケルが、ループしてしまうのは、脳だけに解体されて実験動物になっているスミカを、このBのオルタの世界で見つけられないが故に、そこのいる女の子たちと動物のように交尾してしまいます(笑)。と書いたら、失礼か。つまりは、ほとんど見つけるのは不可能に近いんですが、違う異世界(パラレルワールド)からタケルを拉致って(って、オルタの世界の本物のタケルは、スミカを守ろうとBETAに素手でつかみかかり、スミカの目の前でバラバラに惨殺されている)、彼女の思いが故に閉じ込めていて、しかも違う女と結ばれた場合には、何度も同じ日に戻ってきてしまうという並行世界のループを繰り返すようにしているんです。


いやーそりゃー捕まって、人体実験にされて、人類に奪還されたときはもうすでに脳だけの存在で、しかも当然人類からもモルモット扱いされるなんて過酷な目にあっているスミカが、無意識でおこなったのが、「たけるちゃんと一緒にいたい!」という嫉妬がベースの独占欲の感情だからといって、、、、それが非難はできないでしょう。


けれども、ここが製作者サイドが、本当に分かっているなーと思うのこの結末部分です。最後の最後に、スミカを選ぶことによって、ついにループする原因が取り除かれて、タケルは元の世界に戻ることができるようになります。だから、もちろん、スミカにとっては自分を選んでくれた時点で、タケルは自分の傍にいられないのですね。この辺は、Aの元の世界のスミカをスミカAとして、オルタの世界をスミカBとか区別した方がわかりやすいのですが、本質ではないので、飛ばします。えっと、結局、スミカは自分を選んでくれたけれども、タケルは去っていくし、そもそも、彼女は最後の最後タケルを守るために命を犠牲にしなければなりませんでした。


これが何を意味するか?


その辺を書いたのはエンディングに関するmixiのはし君との会話です。


**************

>ところでふと思ったのだが・・・・

あまり魅力的ではないと思っていたスミカなんだけれども・・・。最後の、霞の「ありがとう!」というセリフを聞いて、、、自分の都合がよくなる(=ナルシシズム)万能の世界で、彼女は、すべての仲間に平等に挑戦権を与えたんだよね。

それは、彼女がそれまで裏切ったすべての人への、贖罪。



しかもそれをたぶん無意識に。



考えてみると、武だけではなく彼女にとっても、ナルシシズムからの成長を意味することだったのかもしれない。そういう意味では、とってもいい女なんだよな。

********


2007年07月16日
02:52 はし

>万能の世界で、彼女は、すべての仲間に平等に挑戦権を与えたんだよね。




そう、そうなんすよね。純夏自身にしてみれば、あえて尊人を美琴にしたり、悠陽と霞も呼び寄せたりする必要は殆ど無い。というよりも、むしろ自分がタケルと結ばれる可能性を下げちゃう。



けど、そこで呼んじゃうんだもんなー。そりゃあ霞も泣きながら「ありがとう純夏さん」って言いますよ。


そこは、「美しい」って言っても良いんじゃないかなと思ったりするんですが、以前は記事に書いても認められなかった状況だったという(笑)。


**************


最後の最後で、タケルが戻る世界は、ほとんど最後のスミカの希望通りの世界になるはずだったんですよね。ところが、男だったはずの美琴も女になって来ているし、悠陽も霞も、まったくその世界にいる必要性のない、タケルを大好きなライバルもすべて平等に呼び戻しているんだよね。


これは、何かというと、前に書いた冥夜の存在価値の話なんだ。


>それは、代替選択肢として相対主義の価値LESSの世界に位置づけられていても、その過酷な重荷を背負いその役割を全うし貫き通すことで・・・その思いは一つも報われることがなくとも・・・・・生きていてよかった!、その存在にはオリジナルの輝きがあるのだ!ということを示すことにはなりませんか?。彼女は心から愛するタケルとは最終的には結ばれることはありませんでした。



つまり、並行性可の一つ一つでのタケルと彼女たちの選択はギリギリのもので、たとえば、冥夜と結ばれた話が、、それが地球が滅びる最悪の話であったとしても、それの唯一性を、可能だからといって、上からなかったことにして、ループさせるようなことは神でも許されない罪なんですよ。唯一性を奪っているんですから。それは、倫理にもとる行為。人間の選択の自由という尊厳を、無意識であれ奪ってしまったのですから。そこまでの罪を自覚しなければならないほど、スミカが何かの悪をなしたか、といえばそれはNoだ。結果としてそうなったにすぎない。でも、結果がそうならば、それは贖罪が必要なのだ。罪は罪なのだから。


その責任を、スミカは、すべてとっているんですね。


そして、そのことにスミカは、明確に自覚的に、自分の都合のいい「ナルシシズムの檻」に入ることを、拒否します。タケルとスミカのラブラブの日常を作ることもできたのに。


だから、その潔さに対して、霞が


「ありがとう純夏さん」


と涙するのです。ここで初めて、男の子側の視点のタケルでも、女の子側の視点のスミカでも、両方のナルシシズムを打ち破るという仕組みになっていることがわかります。これは、とても倫理的だ。




■結論:選択自由性の中であえて、唯一性のある選択肢を選ぶこと


この作品が、真実の愛をテーマにしてが故に、マブラブというネーミングをつけたというのは、そういうことです。


つまり、美少女エロゲーの構造通り、どの女の子でも選ぶことはできるのですが、スミカを選ぶという選択肢を選ばない限り、この世界のループという永遠のナルシシズムの地獄から抜け出せないという構造上の仕組みがこの世界には隠れています。


製作者サイドは、このことで何が言いたかったのか?


たくさんの選択肢は、確かにあるように見える。リベラリズムではないが、選択自由は、確かに人を豊かにする。けれども、実は、世界はレイヤーになっていて、隠れた層にその世界の「存在のあり方」とか「仕組み」のようなものがマクロでは隠れているのだ。僕らは、なにも真っ白ななにもない自由な世界で生きているわけではないからだ。自分とは別に、厳然と現実というものは存在するのだ。だから、その現実のありようの「背後に隠れているロジック」に制約されているものを追及しないと、実は、真実の自由には到達しないのだ、と言っているのです。人間はマクロの仕組みに制約されている存在であるということです。人間存在とは、マクロから規定される不自由を自覚的に受け入れていくことでしか、真の自由には到達しない存在なのだ、ということをいいたいわけです。


外部から見ると、スミカを選ばなければいけないというのは、最初から決められた制約のように見えます。しかし、内部にいるタケルの視点では、別に何を選ぶのも自由な状態にあるのです。永遠にスミカに気づかないで、ループすることもありうるでしょうし、それ自体を楽しむこともまた可能です。けれども、人間は、そんな風には生きられません。


この世界にもマクロの制約があります。人類の最終戦争を戦っているタケルには、命よりも大事な戦友との約束や、命と同じくらい好きな人を守るためには、どうしても、この世界でBETAを駆逐し、オルタネイティヴ4の計画を完遂しなければなりません。その使命感のみで何度も何度も、この世界をトライしていくと、必然的に、スミカに行きついてしまうのです。だって彼女は、オルタネイティヴ4のキーなんですから。


つまりね、選択肢が自由のように見えるのは実は虚偽なんだってことです。


人間は、層に隠された世界の背後にあるルールに規定されています。その背後に隠されているルールや仕組みを見抜き解明して利用して、それを乗り越えることでしか真の自由を得ることができないのです。それ以外の選択肢を選ぶことは、それがいかに欲望を満足させようとも、嘘なんです。・・・・まぁ嘘ではないでしょう。先ほど、冥夜の話でも書きましたが、マクロの存在やルールに踏みつぶされる蟻もまた、唯一性の中で健げに生ききっている人間だからです。けれども、タケルという存在にとって選ぶ選択肢は、実は、一つしかないのです。


そのことに気づかないと、いつまでもループの無間地獄にいるだけなのです。


人間の本質的な自由は、自分が目指す本質を見据えた上で、一体どういうふうにマクロによって自らの存在が規定されているかに自覚的でなければ、得ることができないのです。このメタ的な視点、並行世界・リープモノをして、アージュはこのことを言いたかったのだと思います。


ちなみに、これを超える「並行世界からの脱出」の脚本は存在しないと断言できる。ある意味、脚本の骨組みとしては、この系統の最高レベルまでいきついていると思う。すべての並行もの、リープもの、時間旅行ものが、この原理で説明できるはずだ。まぁ・・・・・演出力は、エヴァとかみてしまうとやはり、レベルの差は感じてしまいますが。。。


話を戻そう。物凄く単純に分解すれば、この作品は、単純にスミカとタケルの愛のおとぎばなしです。どこにでもあるような。異世界をまたいでも通じ合った魂のお話でした、めでたしめでたしです。けれども、そのためには・・・結論に行きつくには、「あいとゆうき」が必要なんです。タケルがヘタレな自分に打ち勝って、ボロボロを超えるほどのボロボロな自分に鞭打って前へ進む勇気がなければ、オルタ世界の背後の背後に隠されている残酷な真実であるスミカには行き着きません。また、スミカのタケルに対する深い愛がなければ、そもそもこのようなおとぎ話めいたことはおきませんでした。だから、スミカの愛と、タケルの勇気の話なんです。


だからサブタイトルが、「あいとゆうきのおとぎばなし」なんです。


そして、この作品を終了することができれば、数ある選択肢は、、、それは冥夜のような唯一性のある存在であったとしても、すべて虚偽で、その虚偽を乗り越えて、このゲーム世界にある「世界の真実」にたどり着いた先にある愛・・・スミカとの愛が、唯一無二の唯一性のある愛だといっているのです。しかも構造的に並行世界へループする仕組みがありながらも(=永遠の日常)、「それ」を選択しないと、そこを脱出できないという仕組みになっている。


だから、真実の愛なんです。いかがでしたでしょうか?。


素晴らしい物語だと思いませんか?。


僕が、エヴァで出された問題、、、90年代以降の自意識の病という問題のあらゆるテーマのごった煮であり、そのテーマ対してエンターテイメントの次元を失わないで答えを出した素晴らしい物語だと評する理由が、納得いただけたでしょうか?。



■関連記事

その1 アージュ素晴らしいよっ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039706627.html
日常と非日常の対比から生まれてくるキャラクターの本質
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039733001.html
その3 自意識の告発~レイヤーごとにすべての次元でヘタレを叩き潰す
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039764254.html
その4-① クーデター編は傑作だ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043127518.html
その5 多選択肢の構造~なんでも選べるというのは本当は虚偽なんだ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043315057.html
その6 冥夜があれほど気高く見えるわけ/虚偽問題に騙されるな!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043448983.html
その7 夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独
http://ameblo.jp/petronius/entry-10044618054.html

『君が望む永遠』 BY アージュ 動物的快楽ボタンの連打~マクロがあまりに消失しているこ③
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033460181.html
『君が望む永遠』 BY アージュ 水月の脚本が一番しっくりくるなー②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033440649.html
『君が望む永遠』 BY アージュ この脚本そのままでフジテレビの月9になるよ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10032669858.html

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
アージュ マブラヴ オルタネイティヴ(全年齢版)
評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作


その6の続きです。



Warning!

:ネタバレです。これほど作品やらないでネタバレするのはもったいないです。


別に、また来週といった感じで、ひっぱったわけではないのですが、やっとこさ最初の疑問に戻ります。もうすぐ最後です。・・・って、おれよく書いたなーこんなに。異動直後で、物凄く忙しいのに・・・。って、実際には、休みに1日で書いた記事の分割なんですが・・・。もうええーちゅーねんとか、思われているのだろうなーとか思いつつ。


この作品の脚本には、大きなテーマが3つあります。


①タケルの勇気を試すビルドゥングスロマン(=ヘタレを潰し続ける)


②夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独


③タケルとスミカの愛の物語(これはまだ描いていません)



■夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独


疲れて書いていなかったので、蛇足ですが、ちょっと②説明しておきます。この作品全体に最高にメタ的視点を貫き続けるのが、最も全体を俯瞰して常に理解しており、世界のすべての責任を担い続けているオルタネイティヴ4のプロジェクト責任者である夕呼博士です。これは、『ヴァンパイア十字界』の記事で書いた、「力あるものが担う責任と義務」の話です。この主人公は、マクロのすべてを理解して、世界のすべてを救う力を持っていたが故に、自分の個人的な幸せと引き換えに、全体を救済します。その役割(=王)にあったヴァンパイア王ローズレッド・ストラウスは、その力故の義務を全うしたという話です。

『ヴァンパイア十字界』 "THE RECORD OF FALLEN VAMPIRE"
http://ameblo.jp/petronius/entry-10041498470.html

『ヴァンパイア十字界』7巻 城平京:著 木村有里:画 そこまで個人がマクロを引き受けていいものか
http://ameblo.jp/petronius/entry-10042160254.html

同じことが、夕呼博士にも言えます。彼女だけが、この世界の起きているすべてのことを理解でき、またその理解を力に変えて世界を救うだけの権限と資格をもっています。全世界の対BETA戦略の要となる国際連合の巨大計画オルタネイティヴ4の日本誘致の発案者にして執行総責任者だからです。


彼女には、言い訳はできません。愚痴る上司もいません。危機を共有できる仲間もいません。


それほどの責務と力が彼女にはあるのです。


そして、たぶんそれが理解できているのも、ほぼ彼女一人だけでしょう。


ましてや並行世界を飛び越えてくるタケルの存在などという非現実的な状況を共有できる仲間などいません。また、彼女の研究のスピード一つで、人類が滅びるかどうかの瀬戸際にいるのです。


・・・・にもかかわらず、日本帝国と米軍、国際連合などなどの人類は内ゲバを繰り返しています。人類が死滅しかかっているその時でさえ。


彼女は、そのため利用できる駒は何でも利用して、冷酷な政治家として、自分の計画を前へ進めます。このすべての物語の章建てが、彼女大きな戦略のコマに過ぎないことばかりで、後になってそのすべての整合性がもってくると、僕は驚嘆しました。


凄い戦略家だ・・・と。


クーデター編も、素晴らしい巨大な物語でしたが、それすらも米軍の影響力排除や、国際連合での裏の政治勢力の暗闘・・・・オルタネイティヴ4推進派と5推進派の政治抗争を潰し、日本の政治的姿勢を自分の都合のいい状況に変えるための大きな戦略の一環でした。


このあたりは、しびれるほどのマクロの感覚で、ああ…政治と権力をよくわかっているなー感心しました。


この辺の描写は、言葉ですると陳腐ですが、、、この延々なん十時間もかかるゲームで、ずっと見ていると、彼女がただの一度も計画遂行中に愚痴も弱みも見せたことがないことに僕は驚きを隠せません。計画のすべてが自分の手を離れる時に初めて、親友のまりもの死を悼むシーンがあったり、本当はことして凄く苦しんでいることが、物凄く最小限ですが描写があるのですが、、、そんなのは全体の欠片です。


いかに彼女が信じられないほど強い責任意識で行動しているかがわかります。


この責任意識があったればこそ、タケルをボロボロに追いやり、スミカで平気で人体実験を施し、自分を慕ってくれる部下を皆殺しにするような危険な実験や挑戦を彼女はつづけます。そして、この強い目的意識があるからこそ、彼女が冷酷にもタケルに浴びせ続ける現実を直視しろという(時には、忠告すらしないで見殺しにします。)言葉が、鋭いエッジで胸に突き刺さるのです。


わかりますでしょうか?。


責任を担う、大勢の人生、大きなマクロを担う選良(エリート)には、このような戦略眼と、個人的な幸せを犠牲にするか覚が必要なんです。たぶん、これは、こういったソフトを作る社長さんとかプロジェクトの責任者でも同じです(笑)。死ぬ気でやってどんない頑張っても、最高のクオリティーでつくっても、遅れただけで、死ぬほどバカにされ罵倒されたりするんです。ただ待っているだけのくせのユーザーに(苦笑)。責任って、たいへんですよね~。


ものづくりにかかわるひとには、わかるはずですが、もっと簡単な儲け方とか、安楽な生き方ってたくさんあるんです。にもかかわらず、ボロボロになっても、なにかの創造物を作り出すときには、やっぱり何か伝えたいメッセージや使命感や、愛してやまないなのかがあるんですよね。


ただそのために背負わなければならない責務は大きい。


実際、この労苦に見合うほどのリターンはたいていないんですよ。ただ大きな目的は、次にまたそれを作ったりする資金を獲得したり、作ってくれる仲間に報いたり、そのためには絶対ある程度の利潤は吸い上げないと続きません。そういったギリギリでやっている人は多いはずです。そのなかで、夕呼先生ほどの覚悟はともかく、そういった責任意識とさらには選ばれた者のみの才能があって初めて、質というものは維持できるのです。これは大変なことですよ。僕は作り手に、そういう意味では、感謝します。このような人生を豊かにしてくれる物語を創造して、そして市場に流通してくれたことを。

話がそれましたが、とりあえずこの②の夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独を説明しました。


これは、①「タケルの勇気を試すビルドゥングスロマン(=ヘタレを潰し続ける)」と対になっていることがわかります。タケルがいかに足掻こうとも苦しもうとも、それ以上の苦しみを戦い抜いている人がいるのです。


これは、恋愛とは違いますが、ある意味深い愛(=つながり)です。


それは、師匠と弟子の愛なんです。


もしくは戦友の友情。部下と上司の目的意識をともにする者の熱い思いなんです。タケルがどんなに苦しもうと、その苦しみを彼女から与えられようとも、それ以上の苦しみを夕呼せんせーは、悩みぬいているのです。


タケルは、物語の全編を経て、夕呼博士の悩みの次元まで登っていきます。世界で唯一、彼女の理解者になったのですね。最後の最後に。そこには恋愛はないとしても、ある意味、最高レベルの愛だと僕は思います。


この対比構造があるから、この物語は締まるんですよ。


タケルには、常に導き手としてのモデルが存在しているのです。


その8へ続く


■関連記事


『マブラブオルタネイティヴ』 吉宗鋼紀監督 その1 アージュ素晴らしいよっ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039706627.html
『マブラブオルタネイティヴ』 その2 日常と非日常の対比から生まれてくるキャラクターの本質
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039733001.html
『マブラブオルタネイティヴ』 その3 自意識の告発~レイヤーごとにすべての次元でヘタレを叩き潰す
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039764254.html
『マブラヴオルタネイティヴ』 その4-① クーデター編は傑作だ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043127518.html
『マブラヴオルタネイティヴ』 その5 多選択肢の構造~なんでも選べるというのは本当は虚偽なんだ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043315057.html
『マブラヴオルタネイティヴ』 その6 冥夜があれほど気高く見えるわけ/虚偽問題に騙されるな!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043448983.html



『君が望む永遠』 BY アージュ 動物的快楽ボタンの連打~マクロがあまりに消失しているこ③
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033460181.html
『君が望む永遠』 BY アージュ 水月の脚本が一番しっくりくるなー②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033440649.html
『君が望む永遠』 BY アージュ この脚本そのままでフジテレビの月9になるよ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10032669858.html

いいね!した人  |  リブログ(0)

テーマ:
アージュ
マブラヴ オルタネイティヴ(全年齢版)
評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作


その5の続き


■多選択肢の構造~なんでも選べるというのは本当は虚偽なんだ!~それはビルドゥングスロマン(=自己成長)への誘い


さきほどいった通常のエロゲーでのA世界・・・・楽園のように感じられる時間の止まった世界での多選択肢群。これは、なんでも選べるのさという相対主義の感覚を表している。しかし、実はこれ自体が虚偽だという告発をこの作品はベースにしている。これほどまでにその感覚の特徴をすべて利用しているにもかかわらず、製作者サイドの込めたメッセージはまったく逆のものなんですよね。まったくかっこいぜっ!アージュ!!。


まずは冥夜の話をしてみましょう。このキャラクターの強い覚悟は本当に素晴らしい。このキャラクターは、たの鑑純夏や委員長、彩峰、タマや美琴、柏木とは比較にならないほど強い印象を僕は受けます。そして、たぶん彼女は、たとえば同人誌の対象にはなりにくいだろうなーとも。


「アージュの作品の二次創作が極端にすくない理由。」 アセティツクシルバーのはし君より
http://d.hatena.ne.jp/hasidream/20070716/1184610001



それはなぜか?


それは個性が強すぎるのですね。何度も書いていますが、マンガや小説家のクリエイターが、「キャラクターが勝手に動き出す瞬間がある」ということをいいますが、キャラクターの中の「内的ドラマツゥルギー(=動機)※10」がはっきりセットされて、その作品世界のマクロ環境の制約条件がしっかり描けてくる※11と、「あるべきところにあるべきものがおさまる」としかいいようがない、強いありうべき感※12が存在してしまうのです。


これは、『Fate/StayNight』のセイバーやエンディングの話や、『魔法先生ネギま!』の超鈴音編で僕は何度も言及 していますが、「キャラクター・記号メインの感情移入装置をベースとする現代日本のエンターテイメントの感受方法の一人称化※13で特有な現象の一つで、大衆エンターテイメントの次元は広く厚くマーケットして存在して、連載などの長期間の市場圧力にさらされる掲載方式がなければあまり生まれなかった形式なのではないか?と僕は思っています。


まぁとはいえ、これは、究極的には、物語る人・・・・長編を得意として、おとぎばなしのように、マクロとミクロを一体化となった次元の物語を構築して、他者に喜びを与えるような形式で作品を作成するクリエイターに特有な世界的な現象ともいえると思う。そもそもキャラクターの持つ強度などというのは、作品自体をメタ的に設計しようとしたりする現代小説では、なかなか生まれてこない発想だと思う※14

赤松 健
魔法先生ネギま! (1)
TYPE MOON
Fate/hollow ataraxia 通常版(DVD-ROM)


おっと話がまたずれた。


冥夜の話なんですが、彼女は、そういった内的ドラマツゥルギーのポテンシャルがとても強く高い人なんですね。僕は彼女がその他のキャラクターと際立って、深みを持つ理由は何といっても関係性の深さと重さだと思うのです。考えてみてください。この登場人物群の中で、冥夜が断トツに家族関係や家庭環境の縛りが大きい。実際に、メイン級で彼女に強い影響を与えている親族が出てくるのは、冥夜だけです。関係性というのは、その背負うものの重さと具体的な人数や存在が多く大きければ多いほど、周りに強い重みをありうべき感を与えるようです。


Aの永遠の日常では、彼女が当主として、御剣財閥を継がなければいけなくなった理由は、双子のお姉さんが亡くなったためです。それまで普通に暮らしていた彼女が、本家に連れ戻されたのもそれが理由でした。だから、彼女は「家を継ぐ」という「生き方の強制の縛り」がとても強く、その厳しさは、彼女のお姉さんとの関係が強いのですね。どちらにしても、彼女の両親は、早くに亡くなっています。家を継ぐ、、、大きな組織のそれに関わる何百万人の人々の人生を背負うというマクロの宿命は、ある種の人々には心を食い潰しかねないほどの巨大な重責を背負わせます。このテーマは、ガンダムのアムロやエヴァンゲリオンのシンジくんなどのように、いやなんだけれども、どうしても人類や仲間を守るためには自分が犠牲にならなければどうにもならないという役割を背負わされた場合の、不自由感のテーマです。


そのテーマが、Bの世界では、一挙に「日本人・日本国家すべて」と「人類の生存」というさらに巨大化した重荷にヴァージョンアップします。


双子の妹として、Bの世界では、影に生きる存在として・・・・本家の当主たるお姉さん悠陽が死んだ場合の影武者として彼女は政治的コマになっています。このことが、もちろんこの作品全体のテーマである、オルタナイティヴ(=代替選択肢)というテーマ、、、、たくさんのある選択肢の中ら「それ」を選ぶ(=決断する)ことはどんな意味があるのか?、また代替選択肢として置かれるといことはどういうことなのか?ということを、示しているのは言うまでもありません。


この作品の隠された主人公は、メインであるタケルとスミカの物語以外に二人います。一人は冥夜で、もう一人は、夕呼博士※15です。



以下、その辺の熱い思いを、語ったはしくんのmixiの記事を引用してみましょう。




******************かなりのネタバレです。

■死に際に収束する想い。

ペトロニウスさんが、ついにオルタ終了したってことで、いろいろネタ出し。

最後の冥夜は微笑み顔。あれはマジで反則。


ちなみに、オルタの作品中で冥夜が「姉上」と呼ぶことが許されているのは、死に際だけだったりする。他のシーンでは「殿下」と呼ぶ事はあっても、一度たりとも「姉上」とは呼ばない。すげえよ冥夜……。


つまりね!、最後に「姉上」と言えるのは、最後の最後ですべての誓約から解放されたからってことなんですよ!!


悠陽から人形を貰っても、どんなに近づいても、声を交わしても、もっとも深いところで理解しあえても、絶対に踏み越えられない線があるわけですよ。

「根っこでつながりあってるから、逢えなくても良い」なんてのは欺瞞でしかないですよ。でなければ、悠陽から人形を貰った冥夜は、涙を流さない。


でも!!唯一!!!たった唯一その越えられない線を越えて悠陽と触れ合えるようになるのが、死に際なんですよ!!。その瞬間だけ「双子の姉と妹」になれるんですよ。



これが、冥夜に嬉しくないわけが無いだろう!!


だから!!


だから、冥夜の最後の表情は微笑んでいるんです。


ちくしょう……冥夜好きすぎるぜ……チクショウ……!!

あーもうホント好きすぎます(病気)。


そう考えると、冥夜もある種のツンデレかもなと思ったり。つーかそれ以外にもすき過ぎます。


最後に、タケルに、「それ言っちゃうのかよ!!」っていう。冥夜ほどの人が、言っちゃうって、どんだけなんだよ!!あもうたまんねー(笑)。


本人も「墓まで持っていくつもりだったのに、許せ、鑑……。」と言ってるけど、いや、ホントはいつもの冥夜ならいわねーんだって!!(笑)


悠陽にさえ、髪を引かれながらも、ずっと一線を引いてきたのに。冥夜が、タケルへの想いを言わないでいられないわけがない。


だから、ああ、つまり、最後のシーンは冥夜にとっては(悠陽とタケルへの)『二重の告白』に近いのか。


しかも、それって、冥夜だから、あの極限状況でしかありえないわけで……。


別の話にしよう(笑)。


でも、冥夜の最後のシーンは、本当に素晴らしい。


俺、あそこのシーンを「いちいち長いんだよ、冥夜苦しがってるじゃん、はやく撃てよタケル」とか批判するやつ、すっげー嫌いなんですよね(笑)。


あほか!!!!!!!


お前、いままでオルタの何見てきたんだ!!!!!っていう。


こういう事を言う点で、俺は栗林みな実は実は大嫌いでもあるのです(笑)。ざけんな栗の子。


あの最後のシーンで、オルタ世界にいた全ての人間が収束している、最高のシーンなのに、それを感じられねーのかよっ!!っていうね※16


すべてのキャラクターがフラッシュバックしてきて、A01小隊の人たちの想いがあって、最後まで来て、悠陽と冥夜の想いがあって……。それをなんで感じられない!って。


吉宗綱紀が、奥井雅美の「あのシーンはあんぐらい無いとダメですよ!」発言に頷いていたのは、そういう背景があると思う。てか間違いないと思う(笑)。


しかも、タケルにとっては、以前乗り越えられなかった苦渋の決断を迫られるシーンで……細かい演出だけど、レバーを握る手が震えているんだよね。


もう、あのシーンはほんとすげーんだって。


しかもね!あそこで流れてるBGMは、オルタ、マブラヴ全編含めて、『あのシーンのみしか使われてない』んです!!!


しかもBGMのその曲名は「冥夜」って!!(笑)


すげーよアージュ……!


これほど、あの最後のシーンは重要なんですっ。


*******************


mixiのはしくんの記事に転載なのだが、この記事は、さすがアージュ信者かつ冥夜LOVEきわまっているアセティツクシリバーのはし君らしく、ここのすべての意見に僕も大賛成ですし、このへんの微細な演出の部分を完璧に理解している点で、よっぽどはまったんだなー(笑)って感心します。そのとおり。冥夜の存在とは、この作品すべての女の子たちが、究極的には意味のない、鑑純夏の代替選択肢でしかあり得ないという存在とを、重ねているテーマなんですね。姉という当主の影としてしか生きられなかった彼女が、「彼女らしく生き切るとは?」というテーマ・・・これは、冥夜というキャラクターにとってのテーマですね。そして同時に、僕らメタな観客からすると、実は、代替選択肢としてただのHな欲望の対象(全年齢版はエロシーンはないですが)なのではなくて、代替選択肢たちも、またその人の一度限りしかない人生を切実な思いで生きている一人の他者(=自分と同等の存在である)ということに気づかされる、、、というか、気づけ!という製作者側のメッセージになるんですね。その辺がすべて収束していることを、タケルは理解しているからこそ、精神的に追い詰められるんですね。この作品全体が、冗長な演出をしていることは否定できないが、ここの余白や時間で「それ」を読み取れない人は、作品が理解できていない証拠か、そもそも作品やキャラクターがそれほど好きではない人なんだと思う。


さて、ここで御剣冥夜というキャラクターの話をしたのは、「あるべき感」の話でした。たとえ、ストーリの主軸とは関係のない(スミカとタケルのメインの物語から考えると彼女はただの異物・邪魔者)彼女が、なぜか全キャラクター中で、一番強い存在感を輝かせているのは、彼女のテーマが奥深く、関係性が深く演出されていること、そして彼女の内的ドラマツゥルギーである「影である自分から脱却して彼女が彼女らしく生き切ること」が、「それしかありえない!」という強い必然性を持つが故に、その必然性が強度となってあらわれてきているのだと思います。強度ってよく使われる言葉なんだけれども、意味不明なので、一応こうやって文脈に落とし込みました。


それは、何を指すか?


それは、代替選択肢として相対主義の価値LESSの世界に位置づけられていても、その過酷な重荷を背負いその役割を全うし貫き通すことで・・・その思いは一つも報われることがなくとも・・・・・生きていてよかった!、その存在にはオリジナルの輝きがあるのだ!ということを示すことにはなりませんか?。


彼女は心から愛するタケルとは最終的には結ばれることはありませんでした。


そして、影である存在からやっと政治的に解放されたときには、イコール彼女は政治的には不必要な存在になってしまい、自分を見守ってくれた月詠さんからも離されてしまいます。ようは、死ね!ということですね。


けれど、そのことはすなわち、政治的な駒でなくなること、、、政治的な駒としてではなく、選ばれた貴族としてではなく、ただの一人の人間として、仲間のために戦い、そして大好きなお姉さんの前でただの妹でいられるチャンスを得たということなんです。その時に初めて、最後の最後の死に際で、彼女の最も大切に思った姉を、姉として呼ぶことを自分に許すのです。


なんて、せつない。なんて孤独な。なんて意味のない。なんてちっぽけな。


・・・・けれど、何と覚悟のある素晴らしく実存の輝く瞬間であろうか!!!。


この一瞬のために、人間は生きているといっても過言ではない、と僕は思う。彼女は、Bのオルタの世界では日常的な幸せを何一つ得ることがなかったにもかかわらず、最後の最後まで彼女の追い求める本質と尊厳を失うことがありませんでした

。たとえどのような過酷な時であっても。弱音一つはかないのです。なんて誇りのある人生!。


彼女は、その人生において、ただの一度たりとも逃げなかったのです。


・・・なんか、書いてて涙出てきた(苦笑)。僕らは、そんなふうに生きているだろうか?、自分課せられた意味のない過酷な役割に最後まで受け入れて戦いながら、それでも、大切なものを失わずに、尊厳を貫けるあろうか?。たとえ個としての自らの幸せが全くなくとも。報われることがなくとも。


これは製作者サイドからのメッセージ。


たとえ、代替選択肢に貶められた意味無き存在であっても、そうであったとしても貫ける真実の生き方が、気高い生き方がありうるのだ!ということのです。


言い換えれば、多選択肢の構造、、、、それが並行世界やタイムリープであっても、美少女エロゲーのどの女の子を選べるシステムであっても、結局、ちゃんと物事を深く読み込んで、理解して、背景をや課せられている役割や使命を考え抜くと、「あるべき姿(=真実)」に向かって収束していくもので、そこに向かわないことは倫理的にもとる行為であるということです。


ここで結論が一つ。


多選択肢の構造があったとして、なんでも選べるというのは本当は虚偽なんだ!ってことです。ほんとうは、選ぶべき選択肢や目的が存在していて、その目的へ向かって生き足掻くのが人生であって、多選択肢の構造を並べててて、選択可能性の段階で満足して行動しなくなること、その世界に埋没して逃げてばかりいることは、間違ってるんだってことです。


虚偽問題とは、ほんとは解く必要なの無駄な問題設定をして、その問題にかかわらせることで相手を欺いて、時間を無駄にさせる問題設定のことです。


冥夜を気高く感じるならば、「そう」考えないとおかしいのです。作品や媒体の構造こそ、多選択肢の永遠の楽園構造ですが、物語の指し示す核心は、逃げないで戦うことなんです。つまり、それはビルドゥングスロマン(=自己成長)への誘いということです。

※10:内的ドラマツゥルギー

また今度機会があれば書きます。

※11:マクロ環境の制約条件がしっかり描けてくる

これも説明するのしんどいです。

※12:ありうべき感~人間には、真・善・美を審美する審級の能力がある

ようは、「こうでなければおかしい」とかなりの人が思えるものがあるのではないかってこと。

※13:キャラクター・記号メインの感情移入装置をベースとする現代日本のエンターテイメントの感受方法の一人称化」

これも長くなりそうなんで、今回はカット。


※14:そもそも作品自体をメタ的に設計しようとしたりする現代小説では、なかなか生まれてこない発想だと思う

もちろん、そういった設計主義的な小説の技法に反旗をひるがえす文脈は、ヨーロッパ・アメリカの教養主義的な文脈では何度も出てきている。が、、それが、かくも長く大衆に愛され、かつそれが資本の論理で激烈な競争を繰り広げ、多様化した果実を生み出すに至ることは、ヨーロッパのマーケットではありえない。そういう意味では、大衆文化を広く遍く形で形成したのは、アメリカのハリウッド映画の文脈と日本のマンガ・アニメーションの文脈であると僕は考えている。とりわけ、日本の平安京の源氏物語や日記文学や江戸期後期の大衆文化によって培われてきた、日本のアートの文脈で語られるジャパニーズクール。意味がないところに意味を見出して、価値の序列などといったメタ的な部分を完全に無視して、人々に愛されるものという次元で、イデオロギー抜きで培われてきた技術があったればこそ、と思う。

※15:この作品の隠された主人公は、メインであるタケルとスミカの物語以外に二人います。一人は冥夜で、もう一人は、夕呼ぶ博士です。

※16
>俺、あそこのシーンを「いちいち長いんだよ、冥夜苦しがってるじゃん、はやく撃てよタケル」とか批判するやつ、すっげー嫌いなんですよね(笑)。

基本的にオルタ全編の演出の問題点に、説明が冗長というのがある。そもそも、あの状況で、あれだけの会話や葛藤する時間は本当はない。あと、30分しかないという極限状況で、悠陽が延々1時間近く演説するのとか、おかしくないか?って何度も心で突っ込んだ(笑)。本当は、状況からいって省略せざるを得ない部分を、それを延々すべての感情を言葉で説明してしまうところにイラダチを覚えるというのは実は僕も分かる。

だたこれは、「そういう演出」なのだ、と割り切らねばなるまい。ノベルゲームである限りそれ以外の演出はできないし、そもそもあのシーンで、あの葛藤を説明描写しなければ、オルタのオルタたる本質の意味を失ってしまう。

>俺、あそこのシーンを「いちいち長いんだよ、冥夜苦しがってるじゃん、はやく撃てよタケル」とか批判するやつ、すっげー嫌いなんですよね(笑)。

これは演出の失敗でもあると思うのだ。

たしかに、あそこであの葛藤がなければ、オルタのシナリオが意味を失うし、そもそもタケルの成長という意味での自己の完成が脚本の最大目的であるので、「目的と責任が故に、自らの手で最愛のものを殺す」という決断と「そもそもそんなことができないヘタレ(=優しい)心」との葛藤の結論がつかない。

それをもっと早い尺というか演出で、表現すべきであるというのはわかる。ただ媒体上不可能だというのも、わかる。またこの作品の特質で、読者が「それほど頭がいい」とは思っていない(笑)ので、何度も反復して冗長に繰り返す。うざいほどに。

そういう意味では、非常に「らしい」演出であった。

ちなみに、感情的には、はし君の意見に全面賛成。このシーン、早くうてというのは外道。


■関連記事


『マブラブオルタネイティヴ』 吉宗鋼紀監督 その1 アージュ素晴らしいよっ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039706627.html
『マブラブオルタネイティヴ』 その2 日常と非日常の対比から生まれてくるキャラクターの本質
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039733001.html
『マブラブオルタネイティヴ』 その3 自意識の告発~レイヤーごとにすべての次元でヘタレを叩き潰す
http://ameblo.jp/petronius/entry-10039764254.html
『マブラヴオルタネイティヴ』 吉宗鋼紀監督 その4-① クーデター編は傑作だ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043127518.html

『マブラヴオルタネイティヴ』 その5 多選択肢の構造~なんでも選べるというのは本当は虚偽なんだ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10043315057.html

『君が望む永遠』 BY アージュ 動物的快楽ボタンの連打~マクロがあまりに消失しているこ③
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033460181.html
『君が望む永遠』 BY アージュ 水月の脚本が一番しっくりくるなー②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10033440649.html
『君が望む永遠』 BY アージュ この脚本そのままでフジテレビの月9になるよ!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10032669858.html

いいね!した人  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。