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ジェイムズ・P・ホーガン, 池 央耿
星を継ぐもの

過去の記事:『星を継ぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン
http://ameblo.jp/petronius/entry-10001721796.html#cbox


評価:★★★★★星5つマスターピース

(僕的主観:★★★★星5つ)


あの古代も含め地球上のすべての生物を保管した博物館の映像が、この小説を読んでいてまじまじと思い浮かんだ。

なんというセンスオブワンダー。この作品も、SFとしてはもう完璧な古典ですね。世界中のSF作品に影響を与えている大傑作です。 つーか読んでいないと、もったいなさすぎる作品です。ハードSFでありながら、エンターテイメントのように、スリラーサスペンスのように、ドキドキわくわく読める素晴らしい本です。

キング
ふしぎの海のナディア VOL.10

誰かが、いまのCG技術ならば、映像に表現できる!。ぜひ、映画化して欲しいといっていたが、マジで同感です。月から地球を眺める・・・・コリエルの映像をぜひ見てみたいです。 映画化権は、たしかスピルバークか何かが取得しているはずなのに一向に映画化されないですねー。早く見たいです。

人類の起源という謎を、まるで推理小説の本格ミステリーのような緊迫感とスリルに、読みやすいエンターテイメント性が混じっている、見事な作品。

もちろん、科学の厳密性から言えば、いろいろ穴があるのかもしれないが、一流のストーリーテリングは、そうした細かい厳密性をぶっ飛ばす見事な世界観と納得性を作り出してしまう。

人類とはいったいどこから来たのか?

・・・・この究極の問いに、物凄い超ど級の直球で答える作者の見事なヴィジョンに感動しました。

もう脱帽です。 こんなに、凄まじいしびれる読書体験をくれるものは、僕の人生でもそれほどない作品でした。

再掲加筆です。『星を継ぐもの』を初めて知ったのは、アニメ製作会社GAINAXの庵野秀明監督の『不思議の海のナディア』の最終話のタイトルだった。もう様式美と化したガイナのこの手法だが、このおかげでこれほど素晴らしい作品に出会えたのだから感謝しなければ。いま思うと、なるほどというタイトルだ。




ジェイムズ・P・ホーガン, 池 央耿
巨人たちの星 (創元SF文庫 (663-3))
ジェイムズ・P・ホーガン, 池 央耿
ガニメデの優しい巨人
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アーサー・C. クラーク, Arthur C. Clarke, 山高 昭
楽園の泉

評価:★★★★★星5つマスターピース
(僕的主観:★★★★★星5つ)



■物語が描き出す果てしない夢~軌道エレベーターと地球港


静止軌道上からものすごく長いロープをたらして、衛星の重心が軌道から外れないようにして、、ロープが十分強い(現代の科学でも凄く難しい)ものであれば、ロープは地上と衛星軌道を結ぶことが出来る。このロープをエレベーターとして使って荷物や乗客を運べば、ロケットの100分の1のコストで宇宙輸送が行えます。


宇宙ロケットという代物は、物凄い燃費の悪い輸送手段で(成層圏を脱出するのに必要なエネルギーは凄まじいのだ)、そのあまりの燃費の悪さにのために経済活動は、地球表面から外へ出ることが非常に難しい。ならば、もっと安くできないか?、こう考えた科学者達が60年代~70年代の洋の東西を問わずに考え出したものが、「軌道エレベーター」です。


経済活動の合理性を考えたという意味では、最近読んだ、小川一水さんの『第六大陸』もそうでした。地球人類が宇宙に活動領域を広げるためには、この地球表面から宇宙へ離脱する輸送手段をどうやって効率よく安価に、大量に、生み出せるか?が決定的なポイントとなります。



この『楽園の泉』という作品は軌道エレベーターの建設に人生を賭ける一人の技師の物語です。


衛星軌道上まで、雲を貫き地上から一直線に伸びる軌道エレベーター。その果てには、広大な宇宙への軌道ステーションが・・・・。


僕が最初にこのイメージを見たのは、中学生の頃のガイナックスのOVAアニメーションの『トップをねらえ』だったと思う。主人公が、宇宙へ向かう時に、巨大なケーブルカーで宇宙まで登っていき、オーストラリア大陸を物凄い高みから眺めるシーンがあった。今でもあの興奮は覚えている。科学が生み出す凄まじい力への驚嘆と崇拝。。。。

жちなみに、今考え直してみると、岡田斗司夫脚本、庵野秀明監督という黄金のガイナックスアニメにして、岡田斗司夫氏の科学的合理精神への強い愛を体現したこの素晴らしいSF作品は、僕のSF体験の権化といえよう。オタク的コラージュにちりばめられているために、それほど超度級の評価を得ていないが、僕は、歴史に残るアニメの歴史的傑作だと思っています。クラークやボーガンに感じるセンスオブワンダーを映像で見れる!!体感できる!!この作品の凄さは、今でも色あせない、と僕は思う。
このイメージは、たくさんあります。チャールズ・シェフィールド『星ぼしに架ける橋』のピーンストーク(豆の枝)と名づけた〃宇宙エレベーター〃を建設や、コードウェイナー・スミスの地球港。

チャールズ・シェフィールド, 山高 昭

星ぼしに架ける橋



いまでは、もうこのイメージは、あまりに一般化してしまった。『機動戦士ガンダム』などの宇宙を描いたアニメが代表的だが、とりわけサイエンティックフィクションを映像化するという面で素晴らしい功績のあった日本のアニメーションで育った僕らのような子供たちにとっては、既にセンスオブワンダーではないんだよね(笑)。

だが、陳腐化したものを観るのと、オリジナルのスタート時点での、遠き見果てぬ夢を再度再体験するのでは、そのセンスオブワンダーが違う。読んでなかなかよかった。ちなみに、これはとら兄貴の紹介 なんだよね、また(笑)。

■科学信仰の権化
素晴らしい傑作で、読む価値のあるマスターピースであるが、読んでいて強い違和感と苦笑を感じてしまった。

読むのが凄いつらいのだ。

なにが、ひっかかるのか?。

それを、実は、上記の引用部分を読んで、はっきり分かった気がする。前に、偉大なハードSFの傑作であるジェ ームス・P・ホーガン『星を継ぐもの』を読んだ時に、同じ感想を抱いたのだ。
そう、それは、

合理的科学精神を宗教のように妄信する姿勢だ!

この時代の偉大と称されたサイエンティフィックフィクションの作家には、とりわけその権化として名高いアーサー・C・クラークは、その代表格です。

ただの小説家ではなく、自身も最先端の科学論文を深く読み込み、作品にも高い実現性や論理性や知識の圧倒的な投入がなされています。科学のさまざまな問題への世界的な指導者の一人として高い尊敬が払われていました。そして物語作家としては、とりわけ、SFに物語としての、ドラマツゥルギーや動機の問題ではなく、世界の再現性(=技術的な考証とかね)を重視する見方をする人には、高い評価を与えられました。

よく、SFを評価するのに、常識的な科学法則とか理論とかをいかに「知っているか?」「前提にしているか?」ということで作品を評価する人々がいますが、そういう人は、技術への信仰があるんでしょうね。

えっと、どなかでしたか、コメントで、ある作品についてケプラーの法則が成り立たないのでダメだ、とおっしゃているのを聞いて、そんな分析をする人がいるのだ!と感動したの覚えています。僕は、技術に対して信仰のない文系人間なので(笑)。

僕は、物語を圧倒的に「人間の動機」で判断するので、その辺のことはいつも抜け落ちます。ただ、世界の再現性は、物語のリアリティに重大な影響を与える柱の一つなので、本当はそこも見たほうがいいのですがね。もっ、そのへんは好みの問題ですねぇ。

さて、話がずれましたが、 最初の疑問に戻ろうと思います。この偉大な作品に対して、なぜ、違和感を感じたのか?。その違和感とはなんなのか?、です。

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北アフリカ自治共和国の大統領をせきたててみても、何の役にも立たなかったし、モーガンはそんなことをしな いだけの分別を持ち合わせていた。(中略)シーク・アブドゥラは、危険を冒すこと恐れない家系の出身で、そ れを公開する要因もめったに引き起こさなかった。彼の最初にして最も有名な賭けは(半世紀近くに及ぶアラブ世界の憎しみを買ったのが)そのありあまるオイル・ダラーをイスラエルの科学と工学に投資したことであった。この先見の明のある行動は、やがて紅海からの採鉱、砂漠の征服、そしてずっとあとではジブラルタル橋を生み出すことになったのだ。
p156 引用
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このシーク・アブドゥラという北アフリカ自治共和国の大統領は、モーガン(この機動エレベータープロジェクトの指導者)に一番最初期に投資した良き理解者で、極めて政治的でありながら、技術者や科学者が抱くマッチョな合理精神にシンパシーのある非常に見識の高い人物としてこの作中にという登場し、その扱いから作者であるクラークの深い愛を受けているように僕は感じました。


しかしですよ!、ちょっと考えてみてください。


これ以上の政治的背景を書いていませんが、この楽園の泉というも2080年代ぐらいの想定をしているようですが、その時には、北アフリカにイスラムを背景とした強大な国家があり(どう考えてもエジプトですよね・・・・リビヤやナイジェリアを征服している!と想定しているんですよ)、そのイスラム国家が、よりによって膨大なオイルマネーをイスラエルに投資するんですよ!!!。


そして、そのリターンで、世界の強国としてのし上がるのです。


僕は読んだ時に、もし宗教な民族主義の制約から離れることができるならば、たぶんこれは非常に実現性の高い投資や安全保障条約となる、と唸りました。たしかに、政治的にはエジプトのナセル大統領の登場時のアラブナショナリズムなどのとても合理的な政治思想を感じます。


が、、、、そんなのありうる?


民族・宗教・領土対立の激化で、殺しあっている相手が相手にお金を投資するんだよ?。さすがに無理さ。・・・・これには、宗教や民族対立が、物凄くバカがて狂ったことである!という信仰にさえ似た強い意識を感じます。


宗教や民族などというレベルの低いものが、合理的判断に混入することを毛嫌いしたことで有名なクラークには、を言えば、科学的合理的精神という名の『もう一つの宗教』を信じていたことになるんです。


けれども、残念ながら、宗教を『信じる』信仰という概念には、唯一性や絶対性が付きまといます。


信仰は排他的なのです。


だから、合理的科学主義という名の宗教に対する客観性の判断が失われてしまっているんです。


現実的に、アメリカ的にプラグティックに考えると、そもそも上記のような投資をするには、相当の背景の哲学が必要で、圧倒的な武力やカリスマ的な現地への支配が必要です。そういった現実性を無視して、合理的に考えればこれが正しい!と、発想が飛躍してしまっているのです。ここが僕にはツライ。


科学主義という名の宗教の力は、否定しません。むしろ、僕もどちらかと言うとその申し子かもしれません。が、しょせん、宗教は宗教であり、現実の世界での絶対性を獲得はできません。ましてやこの多様な現代では。そのなかでの絶対性の主張は、はっきりいって、マルクスからつらなる西洋合理主義・キリスト教文明の、



進化のステージによる階段的発展



という、エゴイステックでエスノセントリズム的な傲慢を感じずにはいられない。このエセダーウィニズム的な傲慢さを、強く感じ取ってしまうのです。ああ、よくもわるくも、ヨーロッパ的な発想だな、と。クラークさんは、、、、アメリカ人かな??ちょっと忘れましたが、むしろアングロサクソンのイギリス的な正義の感覚を感じる。多様性への鈍感さを。


こうかくとおかしいですけれどもね。欧米の作家の中では、異常なほどのアジア通で、深くアジア・・・とりわけスリランカ(作中に出てくるタプロパニーは古い名前)を愛した平等な合理主義者で多様さを強く称揚したクラークにはにあわない言葉です。



が、合理的科学主義という名の宗教を信じる人々には、ある種、幻想で「生の現実が見えなくなる」という癖があり、この癖が一番悪い形で出たのは、科学的マルクシズムという名のものにと行われた虐殺です。ロシアの収容所や、ナチズムによる民族浄化、ポルポトのクメールルージュなどなど。


このへんは、リベラリストの矛盾なのだと思う。世界の平等を一番強く願ったはずの左翼が、なぜこれほどまでに悲惨な実験を生み出し続けているのか・・・。


そういった類型の基本発想を、この美しき科学主義に僕は見出してしまうのです。もちろん、クラークの名誉のために言わなければならないのが、アーサー・C・クラークという人は、そういった他者を踏みつけるようなことを許すようなダメな思想かではなかったのです。しかし、ある意味、この時代の見た科学主義の夢というのは、非常にヤバイ構造を持っていた、ということです。


ちなみに、僕はクラークが大好きなのですが、それは、彼が欧米的発想から出発としながらも、その徹底的な科学主義の展開による近代を信じきった近代主義者であり、『幼年期の終わり』のアンチキリスト的な色彩を帯びた、人類よりも大きな、高次なものがあるという確信に貫かれた圧倒的な謙虚な感覚・・・・、合理主義者でリベラリストが抱く思想って、どうしてもこうなるのではないか・・・と思わせる、、、なんだか、非常に親近感を感じるだよね(笑)。


------------------



2069年6月8日GMT15時37分 通信6943 系列2
スターグライダーから地球へ
貴下が神と呼ぶ仮設は、論理のみによる反証は不可能とはいえ、以下の理由により不必要なものである。もし宇宙が、神と呼ばれる実体を創造したものとして「説明」できると仮定すれば、神は明らかに自己の創造物よりも高次の有機体でなければならぬ。かくして、貴下は当初の課題の大きさを倍加するにとどまらず、発散的無限交代への第一歩を生み出すことになる。ウィリアム・オブ・オッカムは、貴下たちの14世紀というこごく最近の時期に、実体は不必要に増加させるべきではないと指摘した。したがって、わたしには、なぜこの議論が続くのか理解できない。

(中略)
一方、スターグライダーは、人類文化に他の無数の影響を与えただけでなく、すでにかなりに進行していた過程を、その絶頂に到達させた。外見上は知性を持つものたちが、何世紀にもわたって自己の頭脳を錯乱させてきた
、何十億語という敬虔なたわ言に、終止符を打ったのである。
p141

------------------


さて、しかしながらそういった科学主義という名の宗教を、最も見事な形で世界へプレゼンテーションしたのが、このSF作家という職業で、そして同時にこれらの科学信仰のエヴァンジェリストたちの最も見事な結晶が、クラークである、と言えると思います。不思議なことに、少し前の世代のハインラインのほうが、現実をそこまで称揚で来ていないというのが、今後の知りたいことだ・・・。


クラークの最高傑作は、僕はやはり『幼年期の終わり』 だと思うのですが、この傲慢な進化主義・・・・エセダーウィニズムに基づく人類の至上性を謳う思想に対して、破壊的なイメージをもたらした、オーバーロードという存在。


もし、人類よりも高度な生物がこの宇宙に存在したとしたら・・・・という感覚。


この楽園の泉にも、表面的には物語にリンクしていないので、なかなか読み取りにくいが、このスターグライダーという他の人類が作ったと思われるコンピューターとの会話が、全編に少しづつ描かれています。


とりわけ、神の存在を完璧に否定している上記に文章は(笑)、もうユーモアとしか思えない(笑)。


これが、僕にはたまらなかった(笑)。


いやーウィリアム・オッカムの議論なんて、受験以来だったけど(笑)、これは、よくよく考えると宗教や民族などというものを、鼻でバカにしていて、人類にとってなんら価値のないものと見下していたクラークの世界観を分かっていないと、何のためにここでこういった会話がされるのかがわからない。


つまり、この楽園の泉は、宇宙へ出るためのコストを引き下げる軌道エレベーターに人生をかけたモーガンの人生を語ったものだが、彼があう様々な抵抗の背景には、地球規模での異性人との出会いと、いまだに宗教や民族対立などという『くだらぬ』ことに時間を費やしている暇はない、と人類がきづく過程があり、その後押しとなったのが、他の人類との遭遇なのだ。


そして、その他の人類が来る遠い未来までに、人類のレベルを引き上げなければならない、という強い使命感が、モーガンらトップランナーに生まれているということを表わしているのです。


この

宗教的情熱にも似た科学信仰

と、

人類の次のステージへの進化

という両輪をなくしては、この作品の本質は語れないでしょう。

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★★★星3つ


■巨大な力あるものの苦悩

子供を(いや実は人間の成長を)書かせたら、この人に勝る人はいない。この作品は、エンダーのゲームというヒュウゴ・ネビュラ賞というSF大賞のダブルクラウンに輝いた作品の、姉妹編。


カートさんといったらエンダーシリーズだが、その最初の作品の主人公エンダーの側にいた少年の視点から描かれた小説です。

 

卑近な例では、冷静と情熱のあいだみたいな、視点の違いによる作品ですね。作者は「視差小説」と読んでいます。とはいっても、エンダー人気にあやかった二番煎じ作品なんかではありません。


このビーンという少年は、実はエンダーよりもはるかに優秀な超天才少年だったことが明かされます。実は、バガー戦役の最終総司令官候補は、ビーンとエンダーが争っていて、エンダーはそれを知らなかったけれども、ビーンは、教官たちを出し抜いてあらゆることを推理と行動で突き止めてしまいます。



・・・・こう書いたらエンダーファンは、「えっ!」て思う


でしょう。いやー絶対お勧めです。


なによりも、エンダーとは異なる形での「リーダーとは何か?」という倫理的な問題で苦悩するビーンの姿は、すばらしい。誰より優秀な頭脳を与えられたビーンが、そのずば抜けた悪魔的な力を、「どのように使うべきなのか?」を悩みます。


彼は優れすぎているので、別に他人に共感する気は毛頭ありません。


力あるものが、力をどう使うべきか?というカートさんらしい倫理的な問題設定が、とても気持ちよかったです。


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トム・ゴドウィン, 伊藤 典夫, 浅倉 久志
冷たい方程式

<<物理法則という冷徹さ>>


★★★★★星5つです。


SF古典の最高傑作のひとつですね。


過去幾多のSF作家が、このモティーフを様々に料理しなおし、そのインスピレーションの根源となったものです。SFのテーマというのは、同じテーマを様々な意匠に変えて、様々な作家が料理しなおしています。僕がこの作品を始めて知ったのは、栗本薫の全然違うパロディを読んだ時でした。



人間的情をはるかに超える物理法則が、実は人間の安全な社会を規定しています。物理法則は、人間の温情では変える事ができない。




片道分の燃料しか積んでいない宇宙船に、兄会いたさに密航した少女がいたとしたら・・・。

しかし彼女を船外遺棄しない限り、誰も助からない状況に追い込まれたとしたら。


そんな事実を、真綿でくるまれた安全圏で過ごす人類には、なかなか理解できないかもしれない。
けど、宇宙が身近になってきた現代、この冷たい方程式はもう一度読まれてもいいのではないかと思う。



僕は、この作品の持つ残酷な真理に、いつも涙します。




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著者: シオドア スタージョン, Theodore Sturgeon, 山本 光伸
タイトル: きみの血を

シオドアスタージョンは、知る人ぞ知る有名作家です。一時期ほとんど書店で見ない時期があって、見つけたときはあとがきの評論家風間賢二さんが言うように、狂喜乱舞しました。

というのは、僕は吸血鬼モノが好きでいろいろ読んでいるのですが、この作品はヴァンパイアものの古典と呼ばれており、「読まなくては!」という使命感があったにもかかわらず、なかなか見つからなかったからです。スタージョンは、ネームヴァリューは凄い割にはなかなか本を見ない不思議な作家です。ただこの作品を読むと、その理由はよくわかります。

というのは、スティーブンキングのようなモダンホラーとも、ブラムストーカーからのヴァンパイアモノの古典とも、もしくはサイコスリラー等等いろいろないわれ方をします。


が、実際にはカテゴライズつまり分類するのが非常に困難な作品です。



つまり、人に紹介するのが難しい。


だから、「どんな作品ですか?」と質問されると、説明するのが難しいんです。


しかも厄介なことに、僕は読んでいて話が終盤になるまで、意味が分からなかった。


そして終盤で、話の構造が読めてきた時点で、電撃が落ちたように


「おおっ、これは傑作だ」


と感じたんです。


だから、


どういう分類かも分からない、


しかも序盤は話の内容がよくわからない小説を、


読み進めないと「あの感動」にたどり着けないのです。


難しい作品ですね。

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