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■基本的に、27話は少し短かったのか、、それとも・・・


今のところ、24話まで視聴終了。基本的に、いまクライマックスに向かっているので、この話の落ちはほぼわかった。そうすると、思うことがあるとすれば、27話で収めるには、短かったのか、それともこれでよかったのか、というところだ。悩むところだ。


というのは、やはりここのキャラクターの主観を追跡する物語になっているため(とりわけシモンの成長に特化)、全体のマクロの謎・世界観の設定・そこに存在する膨大な組織の奥深さ、といったSF的なガジェットとしては、薄い感じがしてしまう。


なんだろう・・・凄く感情移入しているし、ある種のレベルを超えたアニメ作品ではあると思うのだが、薄さを感じてしまわないでもない。物足りなさ・・・かな?。うーん言葉に言い表せない。僕の好みとして最高傑作と称するには、「あと一本のねじ」が不足しているような気がしてならない。難しいのは、この作品は、往年のゲッターロボとかキャプテンハーロックなどの骨太の物語をベースにオマージュにしている印象を受けるので、作者の意図が「まさにその薄さ(=たぶん主観中心の物語類型)」を目指しているかもしれないので、つまり狙ってやっているかもしれないので、それをマイナスといっていいのかは僕には今のところは評価できていない。まぁ最後まで見ていないからね。基本的には、手放しで文句なく面白いことは否定できないのだが・・・・リアルタイムに視聴していた『新世紀エヴァンゲリオン』や『不思議の海のナディア』『トップをねらえ』ほどの強い感興を、あとに残さない感じがするんだよね。これが何に由来するのだろうか?。


いや、水準を超えていることは否定できないんだよ、毎週滅茶苦茶楽しみにしているしね。もしかしたら、「見る時期」の差なのかな?という気もしないでもない。受け手側の心理や年齢にもとても左右されるものだしね、感想というのは。見終わるまでにこのモヤモヤが理解できるか、それとも吹っ飛ばしてくれるほどの感動をもらえるか…できたらいいのだがなー。



■マクロの責任を負うだけが、世界へ貢献する道ではない


とはいいつつ、ヨマコ先生の回は、いやー素晴らしい脚本だと感心した。


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ある既成の秩序に対するレジスタンスを描こうとすると、実は、重要なポイントがあって、レジスタンス(=革命軍)が、


政権を獲得して権力を握った後に、どんな治世を行うか?


という点だ。

ただ反対するだけならば、サルにでもできる。しかし、権力を運営するとなると、とたんに難しくなる。ただ単に反対すればいいわけではなく、マクロの矛盾を抑え込むために、膨大な組織力や煩雑な官僚手続きやそういったものを管理する能力が求められるからだ。


たいていのヴェンチャー企業が、ある規模を超えると急に経営力が追い付かなくなり崩壊したりのっとられてしまうのは、一点集中で攻撃しているレジスタンスや起業家では、そういった巨大な組織をコントロールできない場合が多いからだ。


これを、ストーリーの中盤に持ってくるのは、僕は、最高に好きな構成だ。
http://ameblo.jp/petronius/entry-10069642744.html
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この話は、どうも脚本家の中島さんはちゃんと意識しているようですね。革命政権といもの・・・・既成の権力をひっくり返す次には、「時代の権力を担う責任が発生」するということの重みを。また井汲景太が嬉しいコメントを入れてくれたので、引用をさせていただきます。


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「21話も「おいおい、『二十四の瞳』かよ!」って思われているかもしれませんが(笑)、実はこのエピソードは個人的に肝の話なんです。3部をやる意味があるのは、このエピソードがあるからだ、と言い切れるくらいです」


「僕は、自分で物語を書くときは自立したヒロインが好きで、あまり記号的には描きたくないんですよ。自分の意思を持って人生を歩いていく女性として描きたい。ヨーコもそうで、ある意味ヒロインとしてのカミナとの悲恋で終わっている。でもその先にも彼女の人生はあるわけで、その中で彼女がどう考えてどう生きるかを描かないといけないし、むしろその方が面白いと思う」


「3部の冒頭で彼女が「(政治は)性に合わないから」と去っていくのは、すごく正しいことだと思います。責任を負わなければいけない人もいれば、向かないと思えばさっさとやめて、自分の道を探すべきだと思うんです。野に下る人がいてもいいじゃないか、と。


(中略)


あと、何故ヨーコが教師をやるかというと、7話のカミナの「皆がお日様の下でニコニコできる世界を作りたいじゃないか」という言葉が、ヨーコの心の中に残っているからなんです。しかも教えているのはテッペリン陥落後に生まれた、物心ついた頃から空を見ている子供たちです。つまり、戦ってきた上の世代が、下の世代を教育していく、ということも大事な責任なんだ、ということを、ここで見せたかったんです。なぜなら、世代交代は『グレンラガン』の大きなテーマのひとつですから。シモンたちの政治ドラマと、市井の人となったヨーコが教師となって下の世代とつながっていくドラマ……その両輪なくして、『グレンラガン』は成立しません」


おっと、出典を書き忘れていました。先ほどの中島かずきコメントは、再びアニメージュ2007年10月号付録よりです
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この回は、唐突で(そういう意味では癪が足りないから演出が間の説明なしに入るのは個人的にはマイナス)、なぜヨーコが市井の人となって教師をしているか?というのは、結構深読みしていないと、その意味の重さに気づかなかった人は多かったのではないかな?と思う。僕は少なくとも、カミナの過去のセリフは忘れていましたしね。ただ、革命軍の中核メンバーが、


さっさと野に下る(=マクロの権力を潔く放棄する)


ことと


局所的ではあっても、自分が作り出した新しい世界の教育に人生をかける(=自分の理想の純粋さをミクロで守り抜く)


というのは、非常に素晴らしい行動だと思いませんか?。マクロを維持できるほどの政治的な能力がないとしても、革命軍に参加した動機が「皆がお日様の下でニコニコできる世界を作りたいじゃないか」というものであったとしたら、自分の身の回りのごく小さなサークルの中だけでも、その理想を純粋に追及しようとするヨーコの姿勢は、素晴らしいといえないだろうか?。


もちろん、本来はニアと二分するほどのヒロイン的な立場を与えられているヨーコ個人のドラマツゥルギーを、カミナとの悲恋と市井の人間となって理想を貫くという、ともすれば現実的ではあるが華々しくない(=物語的に美味しくない)渋いものにしていることは、たぶん、エンターテイメントの観点からいうと、ちょっと微妙かもしれない、という思いがある。


尺も短いので、一話だけでヨーコの来歴や内面のドラマに感情移入するには、少し無理があるしね。このへんは、感情移入しているが故に、感動する自分と、妙に冷静に脚本を分析してしまう自分が分裂していて(要は没入できなくて)なかなか不思議な感じがした。僕はこの作品、肯定したいのか?否定したいのか?って。



■全体主義的思考に走りがちな生真面目なエリート~しかしそれ以外の方法がないじゃないか!


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放映時、21話の意味ってピンと来なくて、「ロシウは決して冷酷なわけでも、独善的なわけでもない、だけど『あなたは生き残るべき人だ』と、人の命を(自分で勝手に)値踏みしてしまうのがロシウの限界でもあり、また能吏であることの表れでもあるのだ」という所くらいまでしか見えてなかったんですが、以下の中島かずきのコメントを読んで、色々な所が腑に落ちてきました。

(そして、そんなロシウが23話で救済される展開も心に迫ります。そのときのシモンの行動・セリフが8話のカミナにぴったりかけてあるのもうまい)

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うん、この話は、僕はこの作品の中で最高の要になってい。


ある意味、官僚的リーダー・・・物語の主人公にはなりきれなくても、使命を誠実に守り切ろうとするリーダーの熱い、そして後ろ暗い使命感という、アニメではなかなか見られない人格類型を、「肯定的に描いた」という意味で、僕は高く高く評価したい(ちょっと偉そう・・・)。


いや、もう少しこれを引っ張って壮大なストーリーに組み込めればよかったんどえすが、尺が短い中で、シモン、ロシウ、ヨーコなどのここの人物にスポットライトを当てすぎる脚本になったので、軸がバラバラになった感があるのかもしれません。


19話 後手に回るプロジェクトリーダーの悲哀~ロシウくんの苦労に感情移入
http://ameblo.jp/petronius/entry-10071838736.html
19話 『生き残るんだどんな手段を使っても』~生真面目なエリートは、全体主義的思考に走りがち
http://ameblo.jp/petronius/theme-10000273916.html



■ダヤッカの抱擁シーン~日常からマクロを担う責務へ飛び出すとき

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LD >> こんばんは。少しだけ。今回の話でホロリと来てしまったのは不覚にもダヤッカの抱擁シーンでした。


柘榴 >> あそこは、キヤルとキノンの対比(反復?)もいいですね。 「男って…バカばっかり」


LD >> 僕は、新政府になってからのダヤッカの生き方を少しもカッコ悪いとは思わないんですが…多分、ダヤッカ自身はカッコ悪いという言葉があたるかどうかはわかりませんが、忸怩たる思いを持っていたと思っていて。


LD >> 本当は別の言葉がよさそうなんですけど、ちょっと思いつかないので「カッコつける」という言葉を使うと、ダヤッカは「オレも一緒に行ってカッコをつけたい」って言い出すのは我侭だと思っていたと思うんですよ。でも奥さんに「カッコつけに行っていいよ。我侭してもいいよ」と言ってもらったんですよね。…この時、キヨウはダヤッカの思いを我侭だなんて毛ほども思ってないんですけど。


柘榴 >> すごいよく分かります。ダヤッカは2部では四天王を一人倒してる戦士だし、キヨウはさすが兄貴があれで「陽気」をやれてるだけあって、人間が出来ているw


LD >> キヨウは良く出来た人ですねえw


LD >> ダヤッカはロシウみたいに頭が良くないから「オレのこの行為が結局は自分の家族を救う」とか巡り巡ってみたいな考え方はできないんですよね。何となくアンチスパイラルを倒しに征かないと終わりが来ない事は分かっているけど。だからみんなと一緒に行きたい!ってのは本当に行きたい!からで「お前たちを守るために行くんだ…」みたいな言葉出ないんですよ。


柘榴 >> >お前たちの為に それは全部とは言わないまでも半分くらい嘘ですから、嘘のつけないダヤッカはただ「行きたい」と言う他に無いんですよね。ううん、いい話。


LD >> そうなんです。「お前たちのため」は誰もウソだなんて思わないんですけど、ダヤッカの中ではそれを言葉で掲げて「行こう」とする行為は誤魔化しがあると思っちゃうんですね。だからキヨウが「行かないで!」と言えばダヤッカは行くのをやめるし、それこそが自分が一番しなければならない事だと。


漫研のLDさんより
http://www.websphinx.net/manken/index.html
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ダヤッカは、日常に生きるものが、マクロの重責へ飛び出すときのとっても良い例だと思うのです。革命軍の中心メンバーだった彼は、妻帯して子供が生まれています。それは、彼が革命を起こすことによって得た平和な日常です。その平和な日常を享受する何十万人の人々のある種の代表例みたいなもの。けれど、それを保証する権力に崩壊の危機がおとづれた時に、すべてを捨てて「戦いに出向かなければなりません」。


けど、それが、、、ミクロの、本当の本当に大事なものを捨てていくことが本当に大事なのか?という問いかけは、常に個人の内面になければなりません。短絡的に、マクロのために俺は、お前たちを守るためだ、と言って出ていくやつは、ミクロの重さが分かっていない大バカ野郎だと思いませんか?。自分の妻ですよ、子供ですよ!そんなものを軽々しく離れることができるなんて、、、、個人にとっては世界のすべて、宇宙よりも重いものです。けれど、、、それを捨てて戦いに行かなければ、世界自体がなくなってしまう・・・そんなことは、本当に難しい選択なのです。



■参考記事


20話『神はどこまで僕らを試す』~選択肢を奪われた指導者の全体主義への飛躍
http://ameblo.jp/petronius/entry-10073395458.html
19話 後手に回るプロジェクトリーダーの悲哀~ロシウくんの苦労に感情移入
http://ameblo.jp/petronius/entry-10071838736.html
19話 『生き残るんだどんな手段を使っても』~生真面目なエリートは、全体主義的思考に走りがち

http://ameblo.jp/petronius/theme-10000273916.html
17話 『あなたは何もわかっていない』 革命軍が秩序を打ち立てる時
http://ameblo.jp/petronius/entry-10069642744.html
11話「シモン手をどけて/何がそんなに心が震えるのだろうか?
http://ameblo.jp/petronius/entry-10067598169.html
いつだって俺の強がりを支えてくれたのはあいつなんだ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10060155418.html
セリフだけでこれだけ熱くさせてくれるのも、なかなかないね
http://ameblo.jp/petronius/entry-10055915786.html
グレンラガン見はじめています!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10052009528.html



     
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天元突破グレンラガン 9 (最終巻)

うう・・・・最近、気合入り過ぎで、感想が書けません。ええ物語だのー。


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天元突破グレンラガン 7

■日常の延長線上にあるマクロの決断


キタン法務局長が、命をかけ、妹たちを逃がすために一人残った。


やられる寸前、昔の仲間がガンメンで助けに入る。



「すまん、子供を預けていたんで、遅れちまった」


「生活感あふれるセリフだぜー。」

(キタン)



このシーンえらく感動した。


見事だなーと思う。


こういった人類の最終戦争を扱った脚本では、「すべての個に優先されて全体が優先される」というドラマツゥルギーが描かれる。それは、それで壮大で美しく、しかもマクロの「どうにもしようもない構造」から導かれるものが故に、ある種の免罪符を持っている。個を抹殺しても、切り捨てても、仕方がないという免罪符だ。


が、たとえば、他者のために命をかけようとするキタンも、それを助けようとする昔の仲間も、実は、、、生活があるんですよね。マクロの命題は、容易にミクロの個の次元を切り捨てるものだが、もともとそれは、「ミクロの小さな生活そのもの」を守るためだったはずなのに。


たとえ、人類の未来のために戦う戦闘員であろうとも、実は、生活があって・・・・その生活の、「個」の重さを知っているからこそ、彼らの行動が輝きを帯びるのです。


その部分を、ほんの少しのセリフにも感じるこういったセンスは、脚本うまいなーと思います。


というか感情移入しますね。僕も、マクロの決断すべきときは、ちゃんと公共性を理解した行動がとれる人間でありたいといつも思いますが、、、でも、子供預けなきゃ、そりゃー駆けつけられないし奥さん守らにゃーならないし、、、そういうものに束縛されている行動だからこそ、その行動に価値があるんだよね。束縛がない人が行動するのは当然だもの。


■選択肢を奪われた指導者の全体主義への飛躍


指導者、として考えるならば、たぶんシモンもロシウも、無能なのだ。このようなことは、螺旋王が死んだ時点、革命が成立した時点ですべてわかっていなければならなかったはずだ。指導者というものには、そういう責務があるのだ。ましてや、螺旋王の最後の言葉で、可能性は理解していたはずなのだから。


けど、、、わかっている。それは、神の視点から俯瞰してい論評するものの傲慢さなのだ。歴史を安全な立場から眺める僕らは、いつもさかしらに、偉そうなことをいうものだ。


しかし・・・・




人間は、たいてい、「もうどうしようもない」状況になって初めて、現実を理解する。また追い詰められた状況で、権力を渡される場合が多いのだ。



だから、「そこ」から、、、、撤退戦のような状況からどうやって、正しい手打てるかが指導者に要求されるのだ。



決断・・・・権力を持つ者の意思決定は、選択肢を奪われた状況で要求されるとても過酷なものがとても多い。




ほんもの指導者は、


①選択肢が奪われない状況こそを作り出すこと、またその状況を指導者になる前からオルタナティヴな選択肢を準備していくこと


もしくは、


②圧倒的に追い込まれた、選択肢のない状況で、第三の選択肢を探し出せること


なのだとは思う。



が・・・・そんなことは、本当に不可能なのだ。


仲間を見殺しにして切り捨てなければ、人類が滅びる状況で、人類の過半を皆殺しにする責任を、全体主義的(=民主的な手続きをする暇なしに)決断しなければならないもんなのだ。



ロシウの手の震えに、胸が迫った。



それ以外の何が、なにを、僕らは、選択できるというのだ!


■参考記事


19話 後手に回るプロジェクトリーダーの悲哀~ロシウくんの苦労に感情移入
http://ameblo.jp/petronius/entry-10071838736.html
19話 『生き残るんだどんな手段を使っても』~生真面目なエリートは、全体主義的思考に走りがち

http://ameblo.jp/petronius/theme-10000273916.html
17話 『あなたは何もわかっていない』 革命軍が秩序を打ち立てる時
http://ameblo.jp/petronius/entry-10069642744.html
11話「シモン手をどけて/何がそんなに心が震えるのだろうか?
http://ameblo.jp/petronius/entry-10067598169.html
いつだって俺の強がりを支えてくれたのはあいつなんだ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10060155418.html
セリフだけでこれだけ熱くさせてくれるのも、なかなかないね
http://ameblo.jp/petronius/entry-10055915786.html
グレンラガン見はじめています!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10052009528.html

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天元突破グレンラガン 7  

■革命新政府が、これまでの愚民を抱えながらどう統治するか?


19話。さっ最高でした。時代考証というか論理的に考えると、たった7年でそこまで文明が復活というか成立するか?、というのは少し疑問を感じるが、素晴らしい展開であることは否定できない。第1部と2部が、ひたすらシモンの成長と個人的視点に特化しているのに、3部からは一気に話が、マクロの問題に飛躍している。


17話 『あなたは何もわかっていない』 革命軍が秩序を打ち立てる時
http://ameblo.jp/petronius/entry-10069642744.html  


まさに、この革命軍・・・・つまり、統治の経験がない田舎モノが、さらに革命を経験した暴徒になりやすい、しかも旧体制の澱を依然強く持つ民衆を抱えながら、どう統治するか?という部分が、本当にわかりやすく出ていて、うまいなーと感心。須賀しのぶさんの『砂の覇王』で、民衆の公開処刑を要求する公開裁判の中に引きずり出された主人公が、熱狂的な民衆の「うつろい易さ」に恐怖するシーンがあったが、マクロの世間や民衆がいかに、強烈なエネルギーの渦なのかを知らしめす表現だった。


***************

弁護側の席についているカリエの姿に気づいた聴衆の一人が、しわがれた声で言った。

「あそこに売女がいるぞ!」

指し示す指に、いっせいに彼らがこちらを向いた。

「なぜそこにいるんだ皇女!」

「俺たちを裏切ってエティカヤに行くくせに!」

「人がな避け馬鹿かりかけてやれば、図に乗りやがって。こんなところまで出てくるか恥知らず!」

「皇后にあそこまでかばってもらって、それでもまだ裏切るか?地獄に堕ちろ!」

「海賊のけがらわしい情婦など、とっととエティカヤに行っちまえ!」

「そうだいつまでこの国にいるつもりだ」

次々と飛んでくる罵詈雑言は、先日の比ではなかった。

その凄まじいばかりの悪意と憎悪に、カリエは呆然とした。

肌が粟立つ。憎しみだけならばまだいい。ここには強い殺意さえあった。心臓が早鐘のように鳴りつづける。汗が滲んだ。体が震える。

言葉と念の力だけで、こんなにも大きな苦痛を与えることができるものだとは。

罵倒されるのは覚悟してきたが、実際にその攻撃にさらされると、あまりの激しさに血の気が引き、呼吸さえあやうくなる。

p229 『砂の覇王』9巻 第24章トルハーン裁判


 
須賀 しのぶ
砂の覇王〈8〉―流血女神伝 (コバルト文庫)  

***************

この民衆からの場とうのシーンは、僕は衝撃だった。ほんの数日前に


「カザリナ皇女万歳!」


と叫んだばかりなのだ。また、カザリナ(=カリエ)には、トルハーンを救う理由も強かったし、その個人的な理由も非常に深くカリエに感情移入している我々読者には納得できるものであった。しかし、そんな個人的な理由など吹っ飛んでしまうような民衆の憎悪・・・・雰囲気にのまれる熱狂。そして、権力者側にいた、カリエも、この「民衆のパワー」に実は権力の方が、支配されているような、制御できない圧倒的なエネルギーがあることをこの時実感するのだ。


そこで初めて、統治者である皇帝ドミトリアスの真の苦悩を理解する。


僕は、このシーンで、カリグラやネロ、ティベリウスなどのローマの皇帝たちを思い出した。民衆の承認を必要とするローマの皇帝システムは、どれほど統治者の心を切り刻んだであろう。民衆は具体的なことには極めて正しい判断を下すが、ことが抽象的になるととたんに愚かになる・・・とは、塩野七生が、なんどもその著書の中で書いている。

塩野 七生
ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)

ちなみに、この『砂の覇王』全編には、ヨーロッパ史を貫く民衆の愚昧な、それでいて具体的には正しい選択をするという民衆のエネルギーというものの、為政者の視点からの姿がよく描かれていると思う。ローマ人の物語でも同じことを感じたのだが、


民衆が怖い


のだ。どこへ向かうかわからない膨大なエネルギーが亡霊のように暴発寸前でうろうろしている感じだ。これも、『砂の覇王』など、時代の大きな変化に無力に無才にもかかわらず誠実に全力で、そして平治であれば見事な名君であろう統治者の能力で、時代の流れを食い止めようと苦闘するドミトリアス皇帝やカリエなどの権力者個人の側にシンパシー・感情移入しているだけに、その圧倒的な悪意の塊で、すぐに移ろう民衆というのは、本当に怖いのだ。


このいつ暴徒と化すかわからない民衆の近視眼的なエネルギーをみると、僕はロシア革命やフランス革命の意味がやっと体でわかって来た気がするのだ。いま自分が人事権も含めて一つのチームを実質まかされているような状態が故に、このことを強く感じるのだとも思う。人間似たような立場に立ってみなければ、本当に実感できないものだ。


なんの対案もなく自立した責任意識もなく盲目的に「くれくれ!」と「権利だけ主張する」人々を、自分が指導・統治する立場に立ちながら、しかも彼らの人生とモチヴェーションをより良くしようと思い悩み、自分の与えられたミッションの挟間で苦悩し続けてこそ、この「指導者孤独と恐怖」というものを理解できるのだろうと思う。


ケネディ大統領の言葉を思い出す。


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ケネディは1961年1月20日に第35代大統領に宣誓就任した。ケネディは就任演説において、アメリカ人がみな「アクティブ・シチズン」である必要を語った


「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」。


さらに「人類の共通の敵」暴政・貧困・疾病および戦争と戦うためにともに参加してくれるように世界の国家に依頼した。この演説は、「近年で最も偉大な大統領就任演説」として、多くのアメリカ国民の記憶に留められた。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3

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そして、「これ」が体感できなければ、なぜカリグラやネロのような最高権力者の立場に立つ人間が、あのような変な狂い方をするのかも理解できないのだろう。

タキトゥス, Cornelius Tacitus, 国原 吉之助
年代記〈上〉ティベリウス帝からネロ帝へ (岩波文庫)
安彦 良和
我が名はネロ (1) (中公文庫―コミック版)
塩野 七生
ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2) (新潮文庫)

ちなみに、僕は、いくつかの文献を読む限り、皇帝ネロというのは外交センス抜群の非常に優秀な為政者であったと思う。キリスト教迫害のシンボルになっているのと民衆に激怒されたが故に、「悪の暴虐な皇帝」というレッテルを張られ映画『クオ・バディス』のような暗君としてのシンボルのように記号化したが、これは嘘だと思う。彼の対パルティアの外交センスなど、為政者としては水準以上の人材だと思う。マクロの本質が見事にわかっている。


・・・・にもかわらず、確かに少し破たんしているところがある耽美主義的のナルシシズム君であることも確かに否定できない。けれど、若くして皇帝になった彼にはそのあたりを割り引く思考があってもいいのではないか、と思う。政治としては文句ないもの。災害対策も優秀だったことや、民衆に理解できない大開発というのは、歴史を作るに十分なセンスを感じる。あとは、やりきれるだけのブレーン官僚集団の忠誠をどう確保するかとか、等々の権力を制御する小技が若者故に下手だったと思えるに過ぎない。

シェンキェーヴィチ, 木村 彰一
クオ・ワディス 上 (1) (ワイド版岩波文庫 289)
ファーストトレーディング
クォ・ヴァディス

ただ、、、それって、マウロの為政者である限りは、権力を一身に集中させられる身としては、どこがバランスが崩れていなと「自己」を支えきれないのではないか?と思うのだ。少なくとも、血統による統治者の継続システムは、この「マクロの為政者が被る精神的な不安感」を無視している気がする。一度、権力の外側で、自己を確立させた経験がある人ならばともかく指導されることもなく若くして自分よりも強い権力がない状況で育成されてしまうと、人格が物凄い不安定になってしまうのだと思う。


そもそも権力を掌握する立場に立つということは、そもそもただ物理的に「立つ」のも困難なほどの選ばれた職業であることを、みんな無自覚なのではないか?と思う。今の総大衆化・平等化時代は、リーダーという言葉を手垢にまみれさせ、どこにでもあり、誰にでも努力をすればできるように語るが、それは嘘のような気がする。


リーダーや責任者には、異様な不安と責任意識が降りかかり、「自らの足で立とうとしない愚昧な民衆」をベースとする亡霊のように徘徊するエネルギーを制御しつづけるという、科学的な検証のしようがない人間的な曖昧なものに日常につきあうことが切実に要請される。


多かれ少なかれ、「人の上に立つ」ということは、こういう不安を抱えることだ。


なんというか、この不安は、自分が為政者や人を率いるリーダーの立場の「個人」であったらという感情移入やシンパシーがなければ、なかなか理解できないのではないかな?と思う。というのは、僕はやっとこのことが、もしかしてこれのことか?と30を超えてなんとなくわかってきたくらいだからだ。歴史を、権力という総体としてあがめてしまうと、権力を構成するのまた個々人の人間であるということを忘れ去ってしまうな気がするのだ。世界を眺める立場によって、感じる感じ方、風景は全く異なるのだ、こくことを常に胸にとめながら、情報というものは摂取しなければならないのだな、と思います。


そして、そういう権力を率いるモノの絶望にも近い不安感を考えないと、このロシウ君の行動の変化や、苦悩がなかなか理解できないと思うのだ。


実際に、これまでの英雄で新政府の最高首脳であったシモンを平気で処刑を望む、、、、統治者にいつも責任を押し付けるうつろいやすい民衆というものの暴虐ぶりをよくよく示していると思う。さらっと書いてあるが、このへんの演出はとてもうまい。



■圧倒的にロシウくんに感情移入、、、、民衆に絶望した行き過ぎの生真面目さ


採用すべき代替案が示されていないという中という演出もあるのだが、もう圧倒的にロシウ君に感情移入。こういう生真面目過ぎる全体主義者に感情移入するのもどうかなーと思うのだが、


ロージェノム螺旋王を打倒した革命後の新政府の「総司令」という役割が、シモンの

肩書。


これはなにを示すか?


というと、この新政府が、まあ「軍政」であり「軍事政権」であるということを示しているんではないだろうかと思う?(ちがうかな?)。


たぶん、、、、物凄く不安定な政権なんだろうねぇ。


その中で政府のかじ取りをしていくことは、ロシウのような「先の見える生真面目な官僚タイプ」には、世界の在り方や民衆に絶望する見事な導入部を果たしたんだろう。この手のタイプは、すぐに管理社会に走りやすい。気持ちは切実にわかる。


ましてや、地球の滅亡という現実が前に迫っているとすれば、容易に軍事政権を掌握してクーデターを起こし、迫りくる危機に「合理的」に対処しないと、世界は終わってしまうという全体主義的な思考に支配されるのは、よくわかる。ミドルレンジのモノの見える官僚的エリートが、「今ある時点の情報」を元に、世界に絶望してしまうのは本当によくわかる。なんというか226の青年将校や北一輝的なものを思い出すよ。

北 一輝, 長谷川 雄一
国体論及び純正社会主義 北一輝自筆修正版
山本 七平
裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)



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けど、世界にあふれる害悪を見据える時に、こんな世界滅びてしまえという気持ちにもなるし、、、なにもうまくいかないちっぽけな自分に絶望してその不遇感から、世界よ滅びろという気持ちも起きてきます。真理に程遠いこの汚物にまみれた現世に生きている価値があるのか???浄化しなければならないのじゃないか?(笑)とか、そういう気持ちだってわからないでもありません。



だって、世界はこんなにも汚れているんだぜ!


世界の捉え方~極端を同時に感受することで中庸を見る ジャック・ウェルチとダライラマ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10070349097.html
****************


少なくとも、「今ある情報」でいけば、シモンの行動・態度はすべて、ロシウに排除されて当然だと僕も思う。彼のロジックは、一面凄く正しい。総司令補佐官というマクロの為政者として、彼にキノン・バチカ(好き!)やギンブレーなどたくさんの共感者がおり、官僚機構に支持者が厚いのが、非常に納得できる。


何が言いたいかというと、たった7年でできるとは思えないが、重厚な官僚組織を感じるんだよね。迫りくる大きな「危機」に対処するための特別チームが、権力の中で、増殖して深く浸透しているのが感じるんです。つまりね、古典的で骨太のSFの印象を感じるんです。それまでの一部と二部が、まるで過去のアニメ作品のパロディを中心としたミクロ(=シモンの成長)だけを描いていたのに比較して、いきなりフェイズが一段飛躍した感じがする。


ちなみに、世界の苦悩を一人背負う悩み方をする(本当はそこがダメなのだが・・・)ロシウに、自らの身を犠牲にしても献身するキノンの姿は、、、うーん、、、なんというか、一番ダメなタイプの愛情の捧げ方なんですが、、、背徳的でたまらんですなー。組織の中での孤独な指導者・改革者とその秘書の背徳的な、同志的な愛人関係ってのは、なるほど、よくわかる設定だなー。たぶん生真面目過ぎるから、なんだろうなー。


アニプレックス
天元突破グレンラガン 8


■参考記事


17話 『あなたは何もわかっていない』 革命軍が秩序を打ち立てる時
http://ameblo.jp/petronius/entry-10069642744.html
11話「シモン手をどけて/何がそんなに心が震えるのだろうか?
http://ameblo.jp/petronius/entry-10067598169.html
いつだって俺の強がりを支えてくれたのはあいつなんだ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10060155418.html
セリフだけでこれだけ熱くさせてくれるのも、なかなかないね
http://ameblo.jp/petronius/entry-10055915786.html
グレンラガン見はじめています!
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バンダイビジュアル
機動戦士ガンダム00 (1)


■機動戦士ガンダム00/02ガンダムマイスター~ネオリベラリズムは肯定されうるのか?


ずっと撮りだめていたので、余裕があるときに少しづつ見てみる。


ソレスタルビーイング・・・・武力による世界平和・・・・基本理念は間違っていないが、どうしてこう空虚に聞こえてしまうのか?。この空虚さを、「もしかしたら…」という実効を感じさせるのが、劇中でもそうだし、外部の観客の納得度合いをもたらす。それができるかが、この物語設定の重要な演出だろう。


当然、



①資金源は?


②理念は?(そんなバカげた理念を誰がそこまで温めた?)


③どういった政治勢力と結びついているのか?(単独ではできないはず)


④リクルート(そんな不可思議な理念に命をかける人材をどうリクルートする?)


⑤技術的に国家連合を超える技術革新をどういった経緯で成し遂げたのか?


というようなマクロの命題に、ちゃんと真摯に答えないと、すぐに陳腐に見えてしまうからだ。これだけ大掛かりに嘘をかますのだから、そういうことの演出は真摯にしてほしいと期待する。たとえば、人類革新連合というような、アジア人を中心とした国家連合が人類の主軸として中心するという描写は、時代を反映しているなーと思う。このへんを、もっと展開してくれたら興味深いが・・・でもまぁー難しいだろうなぁ。これ難しいんだよ。まぁ「人類」という概念で、平和を考えるとそれは無理かもなー。



閑話休題



・・・・・おーいきなり、スリランカのタミルとシンハリの殺し合いに介入。世界の紛争を知っている人ならば、ここの紛争の厳しさはよく分かっているだろう…。いや、日本の大多数の若者は、その存在すら知らないだろう。これは、部族社会に、新しい秩序を作り出す無慈悲なカエサルの行動と同じだ。登場人物が、「変革に伴う痛み」と認識しているのも、なるほどな、と思う。



「そうか・・・・ここにくるか・・・」



という無名の大尉のセリフが、胸にぐっときた。


現場の指揮官は、みんなその空しを知りながら、最前線で殺し合いを続けるものなのではないか・・・と思う。優秀な現場指揮官であればあるほど。この無力さを知りながら・誰も好き好んで未来のない殺し合いをしたいわけではないはずだ。


しかし、この脚本はいいな。


少数派のタミル人が南部を根拠にしていて、それをその海岸線を走る軌道エレベーターの太陽エネルギー供給システムのパイプを守るために、人類革新連合が、タミル人に加担しているという設定も、非常にリアリティがある。


ふむ、、、、導入部分は、素晴らしく良いが、、、これがどう展開するのかな・・・。でも、この手の大風呂敷は、納めるのが難しいからなー。


ガンダムサーガに対する記事

機動戦士ガンダムSEED

■全体と個人の分裂/総合的な演出の未熟さ
http://ameblo.jp/petronius/entry-10006310439.html
■政治性の欠如/戦争は政治・外交の延長戦
http://ameblo.jp/petronius/entry-10006318353.html

■歴史と戦争に翻弄される個人を描く/ガンダムサーガの骨子

http://ameblo.jp/petronius/entry-10006309689.html

************

ターンAガンダム

■富野監督の新境地?/穏やかな終局
http://ameblo.jp/petronius/entry-10006315784.html

■産業革命を求めるグエンラインフォードの思想/黒歴史の正しさ?

http://ameblo.jp/petronius/entry-10006315708.html

■福井晴敏の原作
http://ameblo.jp/petronius/entry-10006315435.html  


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