テーマ:
あずま きよひこ
よつばと! (1)

評価:★★★★★星5つのマスターピース

(僕的主観:★★★★★星5つ)


■マンガの演出・表現技術の最高峰の一つなのでは?


**********
この手の作品、嫌いじゃないんだけれども、実はまだ評価する言葉が自分のなかで見つけ出せていない。物語性で評価すると、そもそもドラマツゥルギーがほぼ「ない」ってのが特徴で、よつばとなんか、夏に買い物に行くだけだったり思いっきり目的LESSなんだよなー。


『相沢家のえとせとら』真未たつや著 ・・・・・女の子がかわいくてさー、やばいっす。
http://petronius.ameblo.jp/petronius/entry-10026014837.html
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以前、4コマの真未たつやさんの4コマ漫画でこのような意見を書いた。僕は、たぶんこの類のマンガの中で、表現と演出の技術の最高峰に位置する作品が、たぶん歴史的にも、この『よつばと』だと思っています。そして面白さもね。


そう思う方は、やはりいるようで、伊藤剛さんが下記でそう書いていますね。


http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20041128/p1
伊藤剛のトカトントニズム


けれども、どうも僕は何が面白いのかがよく説明できないんですよ※1。ましてや、僕はどちらかというと日常を描く作品は嫌いで、思いっきり非現実的なファンタジーか、そうでなければ何か強烈なセンスオブワンダーをもたらしてくれる作品にご執心な人なのですが、何がこの作品に強烈に感動をもたらすのかがわからなかった。


     
 

前の記事でも書いているが、


物語性で評価すると、そもそもドラマツゥルギーがほぼ「ない」ってのが特徴で、よつばとなんか、夏に買い物に行くだけだったり思いっきり目的LESSなんだよなー。


主人公に目的が存在しない、ただそこにいるだけ。日常があるだけ。そして、一つの話まるまるで、だいたい一日ぐらいのよつばの日常を描写しているだけにすぎない。


僕の物語読解は、



1)主人公や登場人物の持つ根源的な動機や人格ドラマツゥルギーの原理


2)その背後のレイヤーに隠れているマクロの力学



の分析がメインになっています。


「人間なるものの」の本質を知りたい、どんなん動機で世界を眺めているのかを知りたい、という個人的な欲求と、その動機がどのような舞台(=現実)で規定されて制約を受けているのか?ってのを解析したいんですね。



ところが、どうよ?



よつばには、目的が存在しないんだよ。


そんな4~5歳児にないに決まっている(笑)


世界の仕組み?


・・・・・って、ただ、とーちゃんがいて、隣の家があるだけ、ぐらいだ(苦笑)。


それで世界のすべてなんだよ。


かっ解説するほどのこともない・・・・・。




なのに涙が出るくらい美しく感動的なの。




もちろん日常の一回性への回帰※2という、この系統の物語の面白さへの感覚同化※3の技術を持っていない人ならば、入る込むのは難しいかもしれないのだが、それは好き嫌いの次元や技術の有無にすぎない。


この美しさは理論的な確立があると思う(作者の無意識にせよ)ので、だからこそ7巻まで継続してもその美しさがぶれない。



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>そして今日、この新刊を読んで、さらに「よつばの世界」に満ち溢れている幸福と、同時に感じるはかなさのようなものはいったい何なのかについて考える。恵那と、よつばと、みうらが自転車や一輪車に乗って町を行く数コマの身震いするほどの美しさを前にして、どのように言葉を紡げばいいのかとすら思う。素晴らしい。
http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20070928/1190961311

伊藤剛のトカトントニズム

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うん、そうなんですよね。最初の頃は、これはよつばの、子供の体験に感情移入させることによって、その子供の視点(=一回性のワクワクの視点)を、読者が再体験することで、強烈なノスタルジーを喚起するという構造になっていると思っていました。


これは今でも正しいと思っています。


でも、一つ難しい問題があって、ではこれを小説で、よつばの一人称で描いたらこの「雰囲気」を出すことができるのか?って考えるんです。


たぶんできない。


小説には小説の技法があるでしょうが、このマンガの面白さは、マンガの表現的な部分を追っていくと機械的に、身体がよつばの体験を感じてしまうようなメカニカルな自動的な感じがあります。


つまりは視点をそういう風に誘導していると思うんです。


それってなんだ?ってところで、


うーん・・・・・


って止まるんです。


そこで、止まっていたところ、mixiでいずみのさんが、映画理論でいう「半主観的映像」※4の話をしていらっしゃったので、なるほど!って思ったのです。


**********

7巻P40に、よつば視点(同一化技法・モンタージュ型)のコマがみられる。

「よつば視点」とは、かつて作者あずまきよひこ氏自身が「ユリイカ」2006年1月号のインタビュー(インタビュアーは私)で意図して描いていないと語ったものだ。「よつば視点」を描かないのは、よつばの「内面」は見せないという意図によるいうことだったが、ではこれは何を意味するのだろうか。

伊藤剛のトカトントニズム

**********


僕もうまく説明できないんだけれども(このへんは、いずみのさんが理論化してくれそうなので、それを待っている身です)、簡単に言うと、


我々が感情移入している先が、よつばであって、よつばでない状態がある。


よつば自身が体験している視界の映像を、神の視点から眺めているような状態で固定されている感じだと思うんですよ。


小説でいうと、神の視点(三人称)と主人公の視点である一人称の中間に位地する感じなのだが、これが何?といわれると、うーん・・・へなへなとなる。


映画理論的にとか、哲学的にいうと廣松渉さんの間主観的な概念とかと似ているんですが、まー今それをここで話すのも違うと思うし(笑)。


廣松 渉
世界の共同主観的存在構造
廣松 渉
事的世界観への前哨―物象化論の認識論的~存在論的位相


とりあえず、

とっても凄いよ、ということが結論です。


■備考*****************

※1:何が面白いのかがよく説明できない


映画ですらあまりに複雑怪奇でまともに勉強する人はそんなに多くない問題で、まだ発達中で表現史の解析もあまりなされていない「マンガ表現における視点の問題」が面白さの核心だから、言葉で説明できないんだよね。だって理論がないんだもん。


※2:日常の一回性への回帰


体験の一回性は、僕のブログではよく見かけることば。ジャズの理論でいうインプロヴィゼーション(=一回性)の概念と、実存主義哲学における実存の感覚を合わせたような意味で使っている。


どんなことでも「はじめて」なことは、イキイキ、素晴らしい体感や感情を僕らにもたらしてくれます。けれどども、同じことを繰り返すうちにこの感覚は磨滅していきます。それは、脳の構造の中に、反復行為の始めることと帰結にリンクが出来上がると、その間のプロセスを省略する機能が脳にあるからだそうです。


慣れ


というのも、この機能によります。身体に覚え込ませるというのは、この脳の反復機能を利用したものです。しかし、この機能が、人間から、「その時出会った現実」を「現実のまま」受け取るという感受形式を奪うことになります。


この一回性のワクワクを、どうやって再現したり取り戻そうか?という議論は、実存主義哲学や都市文明の退廃につきものの発想です。


※3:この系統の物語の面白さへの感覚同化


専門用語ではなく僕のテキトーな造語。ある物語の系統お「好き嫌い」というのは、その物語類型自体への感情移入や理解の方法を知らないが故に発生することが多知思っています。


つまり、


「私はフランス映画嫌い!わからないもの!!」


といっても、根源的に嫌いかどうかはわからなくて、その理解の仕方や感受の仕方を「知らないが故に」拒否しているということはとても多い。わからないものに努力することは少ないので、食わず嫌いになっている可能が高い思っています。


※4:半主観的映像


岡田 晋
映画学から映像学へ―戦後映画理論の系譜

■関連記事


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