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研究レポート:夕映の答えと超の反論予想/さらにそれを覆すネギの論、の予想


copyright by 名も無き読者

(メールで頂いたものを本人の許可を取って転載しています)



【1:はじめに】

 ペトロニウスさんの、夕映の答えの予想についての記事は、自分にとって嬉しい驚きでした。
 私自身、あの真名との会話がポイントだと思いつつ、しかしペトロニウスさんほどには明確に言語化できてま
せんでした。私にとってはそこまで深く考えていたテーマでなかったこともありますが、それだけでなく、夕映の解答の論理的な穴が同時に見えてしまったからでもあります。
 これが「答え」でいいのだろうか。もっと違うことを言ってくれるのではないか。私も綾瀬夕映というキャラ
は好きでしたから、少し悩みました。

 ただ、そう考えた上でさらに物語全体を俯瞰してみた場合……夕映の論に穴があるのは、むしろ必然だと思うようになりました。夕映の答えは夕映の答えとして出すとして、超を「やりこめる」のは全く別の視点からの言葉なのだ、と見えてきました。
 同時に、赤松氏の恐るべき構成力に気付かされ、思わず震えが来ました。

 ここまで考えを深めることができたのも、ペトロニウスさんの的確なまとめを踏まえた上でのことです。自分1人で考えていたのでは、ここまで辿り着けなかったに違いありません。
 そして見えてしまった以上、もう居ても立ってもいられなくなり、誰かに話したくて仕方なく、しかし発表の
場も話す相手も見つからず……無礼かもしれないと思いつつ、思わず筆を取った次第です。さて、ここでは本編の議論展開を予想し、その順番に見ていくことにしましょう。


【2:夕映の「答え」 ~個人的悲劇を受容するということ~】

 おそらく、夕映の「答え」の大筋は、ペトロニウスさんの考えで間違いないでしょう。
 個人の不幸を元に歴史改変することの是非。理を歪めて否定してしまうのではなく、受け入れてこそ貫けるモ
ノ、先に繋がるモノがあるということ。
 この辺りを、どう説得力ある言葉で言い切るのか。とても興味深いところです。

 一回目のコメントで私が指摘した、夕映の祖父の過去との重ね合わせも、多分間違いないかと思います。その概要はほとんどあのコメントで書いてしまいましたが、1つだけ追加の指摘をしておくと……夕映の祖父の話が出てきたのは、学園祭編に入ってからのことなのです。恐らくは隠し設定として最初からあったのでしょうが、超編を前に「使える!」と思って引っ張り出してきたのでしょう。さりげなくこれらの事実を配置していく赤松氏の構成の妙には大いに驚かされます。
 個人的悲劇を経験してない者が、「過去を変えようとするより、受容しなさい!」と言っても、それは傲慢な
一般論にしかなりません。他者から見ればささやかな事件でもいい、人生が変わるほどのショックを経験し、それでもそれを受け入れ乗り越えた人物にしか、この指摘はできません。
 そう考えると、この指摘ができる人物というのは、ネギ一味の中には夕映しかいないんですね。いや、まだ語
られてないだけで、同様の過去を持つ人物は潜んでいるのかもしれませんが……。

 まぁ……赤松氏は伏線全てを回収しようと躍起になる人でもありませんから、話の尺やテンポの都合によっては、祖父の話に言及するヒマが無いかもしれません(既にここまでの展開でも、省略・短縮された話が結構ありますし)。
 一方で、深く突っ込んで語る余裕が与えられたなら、きっと「おじいさま」についての過去語りがしっかり入
ることでしょう。夕映のあの特異な人格がどのようにして形成されたのか。祖父の死の前後の話。夕映好きにはたまらないサイドストーリーが展開されることが予想されます。
 ああ、楽しみですねぇ。

 さて、しかし既にコメントで指摘しましたが、夕映の議論には穴があります。あの天才・超鈴音が突かないわけがない、致命的な言動不一致があります。

 それは、一週間後の世界から「帰ってきてしまった」ことです。


【3:超からの「反論」 ~あるいは超の仕掛けた「真の罠」~ 】

 ぶっちゃけてしまうと、あの状況を覆し帰ってきたネギ一味の「動機」は、「麻帆良の魔法使いたちを苦境(オコジョの刑)から救いたい」というだけでしかありません。もっと言うと、ネギ以外の面々にとっては他の魔法使いなどほとんどどうでも良く、「ネギを救いたい」の一言に尽きてしまいます。

 そう、これは個人的悲劇から歴史改変を企てた超の行為と、まるで同じなのです。

 これでは夕映の言葉も力を持ちません。いや夕映の中では論理が通ったとしても、他者の心を、とりわけ様々な可能性を既に検討してきたはずの超の心を動かすことはできません。
 超はただ一言、こう言えばいいでしょう。「夕映サンたちにソレを言う資格はないネ」と。

 少し脱線しますが、実はついこの間まで私は、「一週間後の世界」編は完全に赤松氏の「設計ミス」だと思い込んでいました。
 あれだけの大仕掛けを打って、得られたものが「放っておいたらオコジョ確定」という情報だけでは、実に弱
い。ネギ一味のモチベーションを上げ、行動に説得力を持たせるためには「一週間後の世界」はもっと悲惨で大変なことになってなければなりません。それこそ夕映の言った「究極的事態」が起きてなければならないハズでした。
 刑期つきのオコジョ刑(そう、ちゃんと人間に戻ることができる!)程度では、「なぁんだ、この程度か」と
しか思えません。むしろ無能な先生やネギたちの自業自得だろ、との意見を、かなりあちこちで見た覚えがあります。実際私もそう思いました。

 ただ、これがもし「この先の論戦で負けるための急所」になるのなら、その評価は一気に逆転します。ここで悲惨な展開を繰り広げることは許されず、あくまで超と同様の「個人レベルの苦難」に留める必要があったのです。究極的事態になってはいけないのです。むしろ「冷静に考えればとってもショボい損害」であればあるほど、超からの「一言のしっぺ返し」の威力が増加されるのです。

 さらに言えば、この言動不一致な状況自体が、超鈴音の仕掛けた「罠」である可能性があります。
 劇中でも、既に千雨が「ドンピシャで3日目に帰ってこれた」ことを不審に思っています。このように劇中キ
ャラが言及するような「偶然」や「都合のよさ」は、実に怪しい(笑)。読者からのツッコミを待たず読者に強く印象付けておくことで、先々伏線として利用しよう、という作者サイドの意図を読み取ることができます。
 おそらくこれも、超の罠でしょう。というより、超の罠の真価でしょう。ネギたちを完全排除することは実は
二の次で、行き掛かり上「自分の同類」にしてしまい、反論を封じる。そしてその指摘でもってネギたちを味方につける、味方にならないまでも邪魔はさせない……。明日菜のような何も考えてないバカ(失礼!)相手には効果がないでしょうが、ネギや夕映のように賢く、かつ誠実であろうとしている者にとっては、下手に殴り倒すよりも効果的なハズです。


【4:さらなる反論の糸口 ~敗北の果てに~】

 でも……「夕映は論戦に負けました、ネギもそれ以上何も言えません」ではお話になりません。
 そんな状態で力押しで勝ってもストーリーは完全に破綻です。
 だからと言って、再度超に敗北しても破綻です。
 夕映の論争上の敗北は敗北として置いておいて、「少年漫画としての王道として」、ネギは別の路線から反駁
し、最終的には理屈の上でも勝利せねばなりません。

 そもそも――ペトロニウスさんが予想した夕映の「答え」は、超の「動機」あるいは「目的」を否定する論でした。超の動機、それは、個人的な悲劇がまずあって、それを回復させたい。これが第一です。ただ超の(論争相手にとって)厄介なところはそれだけに留まるものでなく、同時に「同様の他の悲劇」もまた救いたい・防止したいと考えている(らしい)所です。真名が超に従うのは、こちらの側面が持つ意味が大きいでしょう。
 対してネギは、歴史改変などというトンでもないことが可能とは思ってなかったため、個人的悲劇の回復は考
えてもいませんでしたが……それでも、石化した村人をいずれは復活させたい、との願いは強く持っています。

また、今後起こるかもしれない「同様の悲劇」を防ぎたい・救いたい、というのは彼の努力の根源にある願いです。

 こんなネギが、果たして動機の面から超を非難できるのかどうか。非難する資格があるのか。
 はっきり言って、無理でしょう。

 延々と続くネギの「迷い」も、まさにここに起因するものと思われます。大体、あれだけ悩んで分からない問いを、夕映の一言二言で片付けることができては、あまりにナンセンスです。
 ネギま!の物語をさらに大きな視点から見るなら、学祭終了後の展開のためにも、超の「動機」の部分につい
てはまだまだ保留にしておく必要があります。最終的に、超の「目的」を「全世界魔法バレ」とは全く異なる手段で果たしてあげること。超の経験した悲劇を、超の当初の計画とは異なる形で回避させてあげること。それが学祭終了後のネギの大きな目標になるはずです。
 超の「動機」や「過去」について、それを聞いた時にネギたちも共感できて、別の形で協力あるいは解決がで
きて……そしてそれが果たされた時こそ、超の「封印された涙」が拝めるのではないでしょうか。

 では「動機」でないのなら、何でもって当面の超と対立し、彼女を凌ぐのか。
 それは、「方法論」のレベルでしょう。
 それも……「超のやり方では混乱と犠牲が出る可能性がある」といった言い方では足りません。その方向性の
議論は、既にタカミチが論破され敗北しています。マイナスの可能性をいくら挙げたところで、相手からプラスの可能性を示されて終わりです。結局のところどちらの可能性が高いと信じるか、ということになり、どこまで行っても平行線になります。
 同じことをネギがやっても、果たしてタカミチ以上に上手く語ることができるでしょうか? まず無理です。
 あるいは夕映が「一週間後のタカミチ」から受け取った伝言は、この議論の限界を指摘したものかもしれませ
んね。一週間後の彼も151話目のタカミチ同様、この種の議論の果てに動揺して敗北したのですから。

 ネギが超にぶつけるべき「本命」の議論は、だから具体的な手法、表層の話ではなく、それらの根底にあるものです。もっと深い所で、可能性の多い少ないに由来しない、超の計画が孕んでいる方向性の問題。
 つまり「態度」。とりわけ、他者に対する基本的態度の問題です。


【5:ネギの反論 ~学祭3日目のネギだから言えること~】

 ここで1つ、学園祭編の全体を、否、「ネギま!」の物語全体を貫くテーマを思い出してみて下さい。「少年の成長」、その中でも「精神面」においてどのように成長したのか、思い出してみて下さい。
 「小さな勇気」や「悪になる覚悟」など、他にもいくつか精神面の成長を示すキーワードはありますが……そ
の中でも学祭編の中で大きく変わったのは、他者に対する「信頼」の在り方です。
 1人で何でもやりたがっていた彼が、武道会(特に刹那との試合)を通じて自らに寄せられる信頼を自覚し、
エヴァの格闘相談で自己欺瞞を指摘され、一週間後の世界で皆に逆に助けられるという経験を経て、最終日の作戦では下準備を「皆に委ねることができる」程に成長しました。
 一言で言えば、ネギはリスクを恐れず「他人を信頼できる」ようになったということです。
 現在進行中の作戦は、極端なことを言えば、一般人生徒の能力を「信頼」し、敵であるはずの超すらも「信頼
」した上に成り立っています。
 超一味が他者を傷つけることはない、との確信が持てなければ、こんな作戦立てられません。そしてそういう
人間性の面については、ネギは超のことを深く信頼しています。種類と方向性こそ違えども、ネギ一味に対する信頼と何ら変わらぬ強固な「信頼」でしょう。

 対して、超は――よくよく見ると、彼女は自分以外の誰をも「信頼」していない。
 ネット上の論考で、学祭2日目夜の超一味との会話「明日を逃すと帰れなくなる」発言と、3日目のタカミチ
との会話「私が監視し調整する」との間に矛盾が出ている、との指摘がありました。要は赤松氏が行き当たりばったりの展開をした結果、かつてキャラに発言させた内容を忘れているというのです。
 学祭が終ったら未来に帰るのか、それとも現在に留まるのか。確かにこれは大きな違いです。
 しかし私は、これは「矛盾」ではない、いやむしろ読者に是非気付いて欲しい「言動の不一致」なのではない
か、と思い至りました。内容を考えれば、おそらくタカミチに語ったことの方こそ真実でしょう。ある程度留まって状況を見極める方が現実的でしょう。
 だとしたら――超は、ハカセや茶々丸たちに対してさえ、計画の全貌を伏せている。真実を語っていない。嘘
をついている。

 すなわち超は、超一味のことすら信頼していない。

 真名の会話やハカセ・茶々丸たちの態度からして、「超は彼女たちから」十分に信頼されているというのに、です。
 そう考えれば、「その気になればもっと賛同者が集められるはず」の超一味が極めて少数の人間で構成されて
いること(数の不利は心の無いロボット群や鬼神で補っている)にも納得が行きます。ネギに対し2日目夜に「目的を語る」と言いながらも、延々語るのを引き伸ばしている(全てを終えるまで語る気がない)のも、おそらくはネギのことを根本的には信頼していないからです。
 また、そもそもタカミチに語った「私はうまくやる」発言も、その根底に流れるものは人間全般への不信です
。「強制認識魔法だけ放って、あとは世界の自浄作用を信じて任せる」(恐らくハカセたちが聞かされていたであろう計画)ではなく、「その後の不測の事態に超が延々と干渉する」。はっきり言って傲慢です。傲慢な上に、世界そのものを信頼していない。
 キャラ設計の段階まで遡れば、こういう態度に説得力を持たせるために用意された天才設定なんでしょうね。

天才にありがちな(つまり、読者に対し説得力ある)落とし穴です。

 だだ。
 少年漫画的な王道として、「他人を信じられない者」の計画が上手くいくはずがありません。
 必ず、どこかで破綻します。
 そしてネギも、こういう彼女の態度を許さないことでしょう。

 これが学祭1日目のネギだったなら、超を批判する権利はありません。彼自身も「何もかも自分1人でやろう」としていたわけですし、本当の意味では他者を信頼できていなかったわけですから。
 ただ、今のネギなら反論できる。学祭3日目の彼なら反論できる。
 例えば超から「ネギ坊主も仲間を捨て駒にしてここまで辿り着いたネ。同類ネ」と嘲笑されたとしても、今な
ら確信持って反論することができるはずです。逆に、真名の漏らした短い言葉の中から、超に向けられた信頼を嗅ぎ取って、「どうして信頼で応えられないのか」と追求できるはずです。
 長い長いと不満も出ていた学祭編ですが、しかし双方の言葉に説得力を持たせるには、この長さがどうしても
必要だったわけですね。


【6:最後に 】

 さて……これらの「解答」を、しかしどうやって漫画の中で提示していくつもりなのか。これについてはとても期待が高まるところです。
 特に、「超が仲間を信頼していない」という事実は、現時点でネギたちが手にしている情報からは読み取るこ
とが困難なものです。言われてみれば、と思えるシーンはいくつかあるでしょうが、彼らの視点から断言するにはまだ足りない。今後の超との直接対決の中で、読み取るしかない。
 のどかが途中退場させられたのも、ここを探る部分にストーリーの山場を重ねたいからでしょう。『いどのえ
にっき』で超の心を読めてしまえば、簡単に分かりはしますがお話としては実にツマラナイものになってしまいます。

 妄想するに、一度は夕映の論が論破されて、戦闘の上でも大いに危機に陥って、そこで超がポロリと他者への不信を匂わせる言葉や態度を垣間見せるのでしょうか。ネギの再反論、それと重ねる形でに、ネギの仲間たちが彼の信頼に応える働きを見せて逆転するのでしょうか。

 具体的に、どういう風に会話を組み立てるのか。そしてその会話にどう戦闘の展開を重ねるのか。
 とてもとても、楽しみで仕方ありません。
 すっかり先が読めているのに全然萎えに繋がらない。これってすごいことです。

 また一方で、赤松氏の構成力には本気で感嘆させられます。あれだけ引っ張った「超は正しいのかどうか・超の動機は何か」という問いを「捨て問題」あるいは「今後の宿題」にする! そう思って見返せば、この問題に急に答えが出せるはずのない、ネギの言動の数々! そしてそれに代わる解答が、ネギの成長の問題でしかないと見せかけていた「信頼」についての問題だということ……!
 いやはや。赤松健、恐るべし。


 この読みが当たっていたら、ちょっとした自慢ですね。
 逆に赤松氏の「解答」が稚拙だったら――方向性や組み立て方はともあれ、深く考えた上のモノでなかったら
、正直、ネギま!読むの、この学祭編までで終りにするかもしれません……。
 一週間後の世界編、一時は本気で失望しましたもん……。



以上



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名も無き読者さんが、自身のブログをお持ちでないこと、また僕に送られてきたメールがあまりに素晴らしかったので、僕だけが見るのはもったいない!と思い、本人の許可を取って転載させていただきました。


■追記

ちなみに、僕のゆえの答え予想に、名も無き読者さんが、それを踏まえた上で、その先を予想されて、その予測をさらに踏まえて、海燕さんがその先を予測されて・・・しかも、それをもう一つ高い目線で見るとどうみれるかを、いずみのさんが分析されて・・・・と、、、こういう予測の連鎖って、最高ですね。なんというか、連載を読んでいる醍醐味中の醍醐味です。うっわー今週のマガジンの発売日が死ぬほどワクワクしてきました。日常を彩るエキサイティング。こういうのがあると、すげーたのしいですよね!!!。

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