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153時間目『いけ! ネギ坊主』



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(↑ゆえファンならば、今週号のマガジンのネギまの最後のカットは、ぐっと来たはずだ(笑)・・・・ふふふふ邪魔者はすべて去った(笑)、ねぇりゅーりゅーくん !!)


ちなみに、予想!


この回のゆえの龍宮への質問内容で、ネギの疑問へのゆえの答えがわかった(気がする)。


あまりのシンクロニシティに、ちょっと感動。というのは、ゆえの答えは、↓『Fate stay night』で僕が書いた記事と多分、全く同一だと思うからだ。つーかこの質問が出たら、この答えしかあるまい。



■『Fate stay night』TYPE-MOON セイバーシナリオについて~不死性とは?http://ameblo.jp/petronius/theme-10002502479.html


この記事で書いた、主人公の衛宮士郎の決断と、全く同等だと僕は類推します。間違っていたら、超恥ずかしいけれども(笑)。でも、個人的には、間違いない!と思う。むしろ、あっているのは当然として、この複雑な内容を、どうやって短い言葉に置き換えて、読者にわからせるか?ということに興味がある。僕自身、奈須きのこさんのこの概念を説明するのに、上の記事のような、異様な長い記事になった。赤松健さんは、こういう超深い内容を、ほんとうにさらっと流すように、しかも非常に的確にわかりやすく表現するので、ゆえにどういうわせるかが、いまから凄い楽しみです。



■質問から類推される答えの分析



『超さんが 変えようとしている 不幸な未来とは 地球・・・或いは 人類の存亡といった究極的自体に関係しているでしょうか?』(夕映)



『いや・・・そんなSFめいた大袈裟な話はないさ 奴の動機の源泉は今現在も この世界のどこかで起こっているありふれた悲劇と変わりはないだろう』(真名)



えっと、この質問が、既に答えですね。


いま、酔っ払ってて明日も朝早くから会議なんで、精確にかけませんが・・・・(でも書きたい(笑))あのね、この問いを細かく分解して見ましょう。


ゆえの質問を、言い換えると、


もし仮に、チャオが、人類の存亡に関わることで歴史を変えようとしているならば、それは正しいことだっていっているんですよ、この質問形式だと。わかりますよね?。つまり、『不幸な未来』というのは、チャオ個人にとってなのか、人類すべてなのか?ということによって、事の正統性が変わる、といっているんです。

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いきなり飛びますが、ドラゴンボールのトランクス編は正しいんです。というのは、もし、トランクスが何かしなければ、人類は滅びてしまいますよね?。それは、過去を変える正当な理由です。それは、わかりますよね?。人類全てが消失してしまうことならば、人類という人間全てにとって、なくなるよりは、救ったほうが良くて、誰一人それによって損はしない。無か有かですから。けれども、龍宮は、それは、人類ではなくチャオにとって不幸なことであって凄い不幸な厳しい出来事かもしれないが、しょせんは個人の問題だって言っているんです。


さて、では、その不幸が・・・・たとえば、チャオの家族とか自分の愛する国とかが皆殺しにあったとかいう非常に、厳しい出来事だとしましょう。それを、理由に過去を変えたい!と考えることは、非常に理解できます。そして、過去を変えたとしましょう。そうするとね、その過去が変わったことで、今度は連鎖的に、それに関わる全ての歴史が書き換わってしまいます。もしかしたら、そのチャオの不幸によって幸せになった人もいたかもしれません。ある一つの出来事が起きることによって、連鎖的に発生する全ての事柄・・・・・そのすべての事柄に関わる人間の、思い出、営み、悲しみも含めた行為の全てを、個人の正しさによって、破壊してしますのです。


正しさってものは、残酷なものです。極論ですが、たとえば、戦争で人を殺しまくった王様が、間違っていたといえるでしょうか?。たとえば、死ぬほど人を殺しまくった織田信長がいたからこそ日本が統一国家になり、その後、死ぬ人が激減したかもしれません。もし彼に殺された人々が歴史を変えて信長を殺したら、日本の戦国時代という内乱が、他の国に征服されるまで継続して、もっともっと多い人が死んだでしょう。


・・・・・・それは、信長に家族を皆殺しにされた生き残りが、信長を殺せ!と言うことが正しいのか、信長を生き残らせるのが正しいのか?、どっちだと思いますでしょうか?チャオが、もし信長に殺された人々の子供だったとか、仮定してみたときによくわかると思います。


たとえば、もっと卑近に考えると、日本は先の戦争で、たくさんの人が死にました。では、これが凄い悲劇で、家族が皆殺しにあったとします。その人が、その悲しみをバネに、日本が戦争に負けない、自分の家族が死なない未来をつくる為に過去を変えたとします(これって、『ジパング』(笑)ですね)。その結果、たくさんのアメリカ人が、中国人が死ぬかもしれません。それって正しいことでしょうか?。


つまりね、世界には、ルールとか過去と理(ことわり)があります。一番大きなものは、時間は元に戻せない、ということです。あたりまえですが(笑)。


しかし、それを個人の動機で曲げてしまうと、その動機の出発点は、家族を殺されたくないとか言う純粋な動機でも、それに波及して、その代わりに誰かが死んでしまったりすることが発生してしまいます。


だから、個人の動機で、世界の理を曲げることは、許されないんです。倫理的に。


「起きてしまった事」は、受け入れこと以外の選択肢がないんです。


何かを変えるならば、「過去を変える」のではなく、「未来を変える」べく動くべきなんです。


・・・・・・・いっていることが伝わるでしょうか?



ちなみに、会社や国家で、制度論・・・・もともと決められた制度をを変えるときに、凄まじいリアクションがあるのは、世界に『所与(元からという意味で)に与えられているルール』を変更することには、非常に倫理的に問題がある行為なんです。だって、みんなそのルールを前提に、がんばって生きているわけでしょう?。人々が、信じ、マクロで人生を支配しているルールを変更することは、凄い難しいことなんです。だって、考えても見てください、明日から銀行に預けているお金は、国のものです!、ルール変えました、とかいわれるのは許さないでしょう(笑)。チャオのしようとしていることは、どんなにキレイゴトで言いくるめようとも、そういうことなんです。



それを個人の動機ですることは間違っているんです。



Fateのゲームの感想で、死ぬほど長くこのことを書きましたが、どーもシンプルには説明にしくい。・・・だから、これを赤松さんが、どのように物語りに組み込むか楽しみです。



個人の不幸を動機とする、「歴史の改編」は、絶対に許されない悪なんです。



それは、究極のナルシシズム


この記事でも同じことを書きました↓


■『新暗行御史』/Classic.16 洪吉童伝(ホンギルドン伝説)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004704548.html



このことを、的確に抽象化するのは、とても難しい。ああ・・・来週が待ち遠しい。






・・・・・ちなみに、のどかって、こういうところが大人だよなーゆえとネギを二人っきりにできるんだから(笑)。まぁ、自分を身を挺して守ってくれたのだけで、充分、て思うところが彼女らしい。


赤松 健
魔法先生ネギま! 16巻 限定版

ちなみに買いました!!!



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