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Sat, January 28, 2006

『最終兵器彼女』 高橋しん著/コンセプチュアルな表現

テーマ:書評 少年マンガ
★★★★★星5つ




「私を・・・・殺して・・・・・ください」






*****************

追記を入れました1/30


昨日久しぶりに読み返して、ぐっと涙が出た。この作品は、本当にアイディア一発勝負で凄いインパクトを持った作品だった。そして、このシュチュエーションや物語の構造は、たぶん、消費者側だけでなくクリエイターの側にも強いインパクトを与えた画期的な作品であった、と思う。



■人間のモチヴェーションが描けない作家


僕はそもそも、高橋しんさんという作家は、ほとんどキャラクターのモチヴェーションが描けない作家だと思っている。


キャラクターが、あまりに薄く、意見がなさ過ぎて、物語が全然動かないのだ。大ヒット作だった「いいひと」も、最後の最後まで、主人公のモチヴェーションが、何によって駆動しているのかがわからなかった。


こういう主人公の人格が描けない物語は、最低なものが多い。


しかしながら、高橋しんの作品は、これがけっこう面白いのだ。


実は、『いいひと』を読んでいて、これがとても不思議であった。僕のような人格の暗い情念を追及する姿勢が大好きな読者が、なぜに、こんなスカスカな人格で、はいりこめるのだろうか?、と。


そのことが強く印象づけられたのは、最新作『きみのカケラ』だ。これは、途中で週刊サンデーで多分人気がなく打ち切られた?作品なのだが、この1巻は興奮した。


僕には、久々に画期的なファンタジー・・・とりわけ、世界が何者かによって作られたことを告発する終末感覚のファンタジー仕立てで、高橋しんさんは世界設計が良くできている人なので、とても楽しみにしていた。

が、打ち切られた・・・・・・。しかし、それは、よくわかった。世界観・・・・物語の背後に設計されている舞台設定の強大なエネルギーに比較して、人物のモチヴェーションが弱すぎるのだ


さっき、僕は猫山宮緒さんの『フライングドラゴン』の書評 を書いたが、彼女は、まったく逆で、人間のモチヴェーションが見事に描けるが、舞台設定が弱くて作品が、マスターピースまで到達しない、と批評した。高橋しんさんは、まったく逆なのだ。



人物のモチヴェーションが弱いってどういうことか?



これは、『いいひと』というほぼデヴュー作の作品が典型なのだが、まさに主人公がいい人なんですよ(笑)。浜崎あゆみの歌詞ではないが、



いいひととは、基本的に、『どうでもいい人』なんです(笑)



なぜならば、自分の意見がない、自分から世界の価値をリードしない姿勢からです。価値観をはっきりさせる行為は、ある意味なんです。なぜならば、それは、どうしても他の価値を粉砕する絶対性を帯びるからです。何もいわなければ、それは確かに、善です(笑)。

高橋 しん
いいひと。―For new natural life (15)

この作品、『いいひと』の主人公は、靴メーカーライテックスの社員として、様々なトラブルを起こしますが、僕には、この主人公が、なぜ、そんなに社会の価値や秩序ヒエラルキーに逆らってまで、強い主張をしたいのかが理解できませんでした。


いや、ビジネスマンの僕から見ても、素晴らしく真摯で、情熱的で、価値のある問いばかりです。メーカーのものづくりに対する姿勢、働くことの意義など、もう素晴らしいんです。テーマは。


しかし、そういう社会の利権や秩序に逆らうのは、ただ単に「いいこと」だけでは、できません。様々な利害関係による強烈な圧迫やプレッシャーをはねのけるには、


なんらかの実存的な目的


がなければ、人は動かないと思うのです。


たとえば、わかりやすいには、復讐とか。親を殺されたとか、実はその大会社のオーナーの隠し子だったとか(実はこの設定あったのではないか・・・とにおわす設定が『いいひと』にはありましたが・・・結局出てきませんでした)。こういう主人公の実存的なドロドロしたものを描かないと、なぜ、その個人が、主人公が、物語をリードし駆動させるほどのエネルギーを持ちえるのでしょうか?。



基本的に、僕はこの高橋しんという人は、



まったく人間に、人間存在自身には興味がない人なのではないか?、と疑っています。




*****************




■世界の残酷さを余りに見事に描ききった


さて、最終兵器彼女に戻ります。


高橋しんという作家は、人間が描けません。だから、あれほど面白い設定をつくった『きみのカケラ』がどうしてもいま一歩なのです。


が、、、同じくやっぱりまったく人間が描けていないにもかかわらず、この『最終兵器彼女』はその欠点と、一気に飛び越えています。


なぜだろう?って思ってました。


やはり、僕はこのキャラたちには、まったく感情移入できません。あまりに小市民だし、実存的な魂の本質まで遡らないキャラクター造形には、僕は興味がない。


けど、凄いインパクトなんです。


ましてや、僕は、世界の設計が好きな人なので、個人と同時に全体・・・・・つまり、政治経済や文化的背景をもキチット説明してほしく、そういう世界観の設計や説明のない作品は、強烈に軽蔑していまうくせがあるのにもかかわらず、


このまったく戦争の理由も背景も説明しない作品に、強烈に感情を揺さぶられました。




実は、これらはすべて作者の設計なのだと思うのです。


つまり、描く価値もないほどの小市民で、無力で、無価値な主人公を設定し、


その主人公達と世界を結びつける、政治経済のニュースや背景説明を一切遮断し、


戦争という悲劇を、いっさいの背景説明なしに、暴力だけで描ききる。




その暴力と小市民の名もなきキャラがストレートに結びついた時に、凄まじいリアル感がくるのです。あざとくうはありますが。。。


まぁ、絵柄の好みもあるし、極端な世界なので、好き嫌いはあるでしょうが、このリアル観は相当広範囲に共有されたと思います。アニメ化や実写化やその他の盛り上がりから見て、間違いない。


時代にも合っていたのだとも思います。いまの時代は、世界のあまりの複雑さ、情報量の多さに苦しくなった消費者が、選択をやめ、信じるものを失った時代です。信じるものを失うと、人は、理性よりも、肉体感覚に回帰します。この等身大の感覚を信じるという傾向と、暴力と個人的な体験を中間媒体ナシにストレートに結びつけるという手法は、見事でした。

 

ビデオメーカー最終兵器彼女 Vol.5


ちなみに、高橋しんさんが人間をこバカにしていると思うのは、『君のカケラ』も『最終兵器彼女』も、すべての作品で連載で人気が落ちてくると、異様に女の子の裸のシーンが増えます。それもあざとく、ロリコンж1)。作者の趣味もあると思うのですが、僕はこれが結構むかつく。


ネギまなどの、そもそも裸のシーンが作法になっている作品ならいざ知らず、もともとそういう志向がない作品で、「これをだしときゃ読者の食いつきがいいぜー」みたいな、、、、態度は、なんかなめている。そして、そうするとたいてい人気が長持ちする(笑)というのも、なんだかなー(笑)。


けどね、これだけハートフルな作品が多い中で、小さなテクニックの部分が、とても人をバカにしている。



・・・・・・・・・・ああっ、これって確信犯なんだ。


と、最近思うようになりました。


『最終兵器彼女』は、コンセプトだけで成立している・・・・・抽象的な概念と舞台設定の構造だけで、マスターピースとなりえている作品です。


つまり、高橋しんさんというのは、


コンセプチャルアート的な抽象の次元での目的や舞台設定の方にこそ興味がある人


で、


世界の再現には一切興味がない人


なんだ、ということです。



極論ですが、これが僕の高橋しん論ですね。

■追記-------------------------------------

・・・えっと、昨日のアメブロで見れる訪問者数が、4000人ちかく・・・。僕のブログは、常時200人ほどの常連さんで成り立っていると認識していたので、たまげました(笑)。なんで??。なんでなんだ??。どこかニュースサイトにでも、掲載されたのかな?。もし知っている人が、いたら教えてください!。


あと、初めてのコメントをしてくださった方々が、実に、いいツッコミを入れていただいたので、その部分いついて追記します。



■女性の肉体的表現と性についての取り扱い

ж1)ロリ的な裸は、ヲタの人気取りか?


実は、この部分の評価を書こうかどううか、迷ったのです。多分反発来るだろうし、少し説明不足だったので、誤解を生むかな?と思ったので。そしたら、下記のコメントで、かなり見事なツボをついたコメントが、「むぎちゃ」さんという方からあり、これは追記せねば、と思いました。とても素晴らしいコメントだったので、引用させてください。(←あっ、迷惑ならば、ご連絡願います。消しますので。)


>■ロリ的表現っていいますが

あのような体型の大人の女性は沢山存在しますよ。
むしろ他のマンガに出てくるようなナイスバディーの方が少ないのではないでしょうか?
それなのに、幼児体型=ロリコン=どうせヲタの人気取りだろ、みたいな単純な考えこそどうかと思いますが。

人間の根源的な欲求として、異性の裸への憧れ、みたいなものは当然あると思いますし、それで人気に拍車がかかるのももちろんですが、性的表現は「彼女が最終兵器なってしまったカップルの物語」としては当然直面する問題ですから、話の後半のメインとして出てきて当然ではないかと思いますが。
それを「ヲタの人気取り」というのはあまりな言い分だと思います。

実は、上記では書かなかったのだが、高橋しんという人が書く女性の裸が「日本人の体型に合った」リアルに近い造形をしているのは、たぶん有名な話だと思います。


これは、


ヲタク的表現万歳でなければ


西洋人的そんな等身いやしねーよ的ボディ


が中心の日本の裸に関する造形の世界で、とても革命的なことだと思います。というのは、極めて暴力的極端に括ってしまえば


ヲタクマンガはは、ようはマザーコンプレックスの反映ですし、


広告や女性誌などに溢れる西洋人的な等身のボディは、西洋コンプレックスの反映で、


どちらも現実の日本人の胴長短足(笑)の現実を、無視した『理想の造形』なんですね。それに対して、より造形的にリアルに近い方向へ、表現をシフトした高橋しんさんは、なかなかのものなのです。


-------------


そして、


性的表現は「彼女が最終兵器なってしまったカップルの物語」としては当然直面する問題

という、むぎちゃさんの指摘は、まさにその通り。この作品の最大の魅力を、僕は、戦争というマクロの暴力と等身大の感覚を、中間媒体ナシでストレートに結びつけたことにある、と主張しました。等身大というのは、肉感の部分で、そのものストレートでいえばセックスのことです。だから、むぎちゃさんの指摘どおり、この作品の最大の魅力が、性的表現となるのは、まさにその通りなのです。


だから、ふゆみ先輩とテツ二尉が登場するのです。


引き裂かれて会えない主人公のちせとシュウちゃんの二人に対して、会えないときの代償として、そして、二人が喪失しているぬくもりをより強く際立たせる設計として。ふゆみ先輩とテツ二尉のカップル自体もまったく同じ機能をしています。戦争という暴力の悲劇が、お互いのぬくもりを感じられないことで表現されているのです。


さて、サイカノ(というんだねーはじめて知った)こと『最終兵器彼女』では、この肉体とSEX表現は、重要な本質論であって、しかも、それをちせのようにとても造形的に日本人に近く描いているのは、僕は、とても素晴らしいと思います。もちろん、これをヲタクの人気取り、とはいえません。


これを前提として、しかし、僕が上記で主張したのは、とくに「星のカケラ」についてなんです。あの作品には、風呂場や裸が出てくる論理的必然性が存在しません


もちろん、高橋しんさんが、というよりは週刊誌のサンデーで落ちる人気を食い止めるために編集が強制した可能性も十分にあります(笑)。あきらかに人気が下がるのとシンクロしていたように、一読者の僕は感じました。


もともとコンセプチャルな舞台瀬設計を重視したい人だけに、その表現を、その文脈で『出す』意味について認識がないとは思えません。まぁ、商業誌ですから、当然にそれもアリだと思います。


が、そもそも巨乳が嫌いで、あえていうなら貧乳(笑)派の僕が、非常に不愉快に感じたのは、そういった文脈がなしに唐突に裸が出てくるからなんです。もともと造形がリアルなだけに、凄く嫌悪感を持ってしまいました。これは、裸というよりは、そもそも文脈に敏感なセカイ設計を重視する高橋しんという人が、あまりにわざとらしい挿入は、個人的に良くないぜ!って、思ったので、書きました。


つまりね、高橋しんほどの人が、軽々しく文脈抜きに、裸やエロを使用しないでほしいと思うのです。彼の作品の傾向からして、そういう文脈抜きのものは、目に余る。いいひともサイカノも、裸のシーンには、多少あざとさがないとは言わないが、本質的文脈がありましたらね。


ちなみに、僕が星のカケラで裸が気になったのは、他のブログで、ちせの裸ばかりのシーンに物凄い憤りを感じた人がたくさんいて、その記事を見ていたから、というのもあります。まぁ、万人に評価される表現というのはないものなのでしょうねぇ。

あっ、ちなみに、酷評しているようですが、★5つのマスターピースだと、僕は思っています。このサイカノという作品は、見事だもん。



・・・・・ちなみに、サイカノは、SEX表現が本質なんですよねー。そうすると、実写で、それが表現できるのかなぁ?。。。

高橋 しん
最終兵器彼女 (7)

コメント

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1 ■いいひと

ですか、懐かしい。
最後までは、途中までしか読みませんでしたが・・・
こういう人のイイ人間がいるのか?
と当時、考えこんでしまいました。
組織・団体中心の価値観から、個人中心の価値観へシフトしてきて、自己主張することが当然の風潮になりつつある、現代、日本。
『自分をあまり前面に出さない』
という価値観が、希少価値を増してきたから、
あの作品は、
多くの人に新鮮な気持ちを与えてくれたのでしょうか?

2 ■【adさんへ】

どもーこんにちわ。コメントありがとうございます。

>『自分をあまり前面に出さない』という価値観が、希少価値

うーん、あの作品が、価値観を前に出さない・・・とは思えないなぁ。だって、ヒドイでしょ、他人の巻き込み方が(笑)。本当は自己主張は、その起こした波乱を最期まで責任取る覚悟がいると思うのですが、、、、なんか、捨て身な感覚の主人公は、放棄すべき犠牲にすべき『自己』が空っぽなんで、なんか、あまり責任と取っている感じがしなかったなぁ。

たぶん、通俗的には、adさんがいった風に世間には受け取られたのだとは思います。もともと作者は、駅伝のランナーかなんかだったようで、チームワークと目的意識というものをよく理解しているので、大切なものが良く肌で分かっている気がします。

が、僕は、この作者と作者の設定した人物像には、けっこう強いエゴイステックを感じました。それは、多分、チームワークよりも、目的意識の方が、作者は強いのではないかな?と思う。あまりに、人格的に安定しているので、見えにくいのですが。

3 ■ふーむ

「最終兵器彼女」は、実写化もされてるし、そういえば、ペトロニウスさん、書評書かれていたかなぁ、と思っていたら、ちょうど書評が!
確かに「人間」は書けてないし、その背景の説明が全くなかったのに、ものすごくインパクトのある物語でしたよね。舞台設定が見事だと思っていたけど、そうか、舞台設定にこそ意味があったのか・・・。

「いいひと」は目が細い人は得なの?、と思ってました。笑 周りをやる気にはさせるけど、確かにその影響の波紋とか、責任とかいう視点は抜けてましたよね。

で、ロリ的な裸。なーるほどー。
あのべったりした胸が、なぜやったら出てくるのか?、と思っていたのですが、そうか、青年誌ですもんね。笑 人気回復のためだったか・・・。色は綺麗だったけど、ロリはちょっとダメでした(裸であっても、あの色使いはすきだったんだけど)。

「きみのカケラ」とやらは、全然知らなかったんですが、サンデーにいっちゃったんですねえ。

4 ■いいひと

良い人なんだけど、どうでもいい人でもある(笑)。
そういう人物の典型を描いた漫画だったのかもしれないなあ。そういう意味ではサイカノより注目すべき作品かもしれない!
なんつか。
作品の中で筋道を探してはいけないのかもな。その場のムードで読んでいかないといけないものなのかも。
(そのせいか)ちょっと苦手な漫画家だったりします。

5 ■どうでもいい人(笑)

■とらさん、つなさんへ

僕は、この高橋しんという人は、けっこう嫌いではないのですが、昔からどうも評価が定まらなくて、悶々としていたのですが、恩田陸のことを考えていて、あっ対極なんだ!ってひらめいた気がしました。とてもハートフルで、駅伝ちっくなチームワークを描くので、まるで人物が描写できていて、温かい人間観の人と持っていたのですが、実は『人間に興味がない』人だ、と仮定すると、しっくりくるんです。あまりにあったかい話なので、ここまで思いつけなかったんですね。

そういう意味では、『いいひと』の方が、とら兄貴の言うとおり凄い作品かも・・・。というのは、このブラックホールのような不思議な人格をえんえん20巻を越えて描いたのですから、それはそれで画期的だったのかも。あのコンセプチュアルな技術あってこそ、最終兵器彼女がありえたのでは、といまでは思います。

そんでもって、最初は、とってもハートフルな作品なので、ロリ的な裸は、べつに『そういう意図を持っている』とはぜんぜん感じなかったんですよ。ぜんぜん萌えないし、そもそも、ああいう幼児体型は好みじゃないし(笑)・・・けど、どっかのブログで、そうとうあの裸がいやらしいと怒っている人がいて、へー気にしていなかったのだけれども、怒る人がいるということは、対極で萌えている人がいるということだろうと思い、気にしていたんです。

そんで、その使い方があざとくてイヤになったんですよね。連載で見ると、見事にシンクロしているから人気と(笑)。

僕は、別に記号の萌えや裸は全然悪いとは思いません。ロリだろうが巨乳だろうが、それは記号ですから。けれども、どーせだすなら、自覚的に僕好きです!(笑)と宣言してほしいし、、、そういうさらっと出すのではなく、自覚的に物語や主人公たちの気持ちとシンクロさせてくれなければ、エロはエロとして、物語の質を下げてしまいます。なんかなーそこが、イマイチなんだよなー。。。

まぁくさしましたが、くさしようがないくらいスキのない完成度の高い漫画家です。

6 ■きみかけ

きみのかけらは打ち切りは打ち切りでも
作者体調不良で一旦打ち切って復活するもすぐ終了してしまったのです。
なもんで、単行本だと結構な加筆があると思いますよ。

7 ■【通りすがりさんへ】

コメントありがとうございます。僕も、100%リアルタイムで見ていたわけではなかったのですが、、、一度復活したのですね。体調不良は、人気なしの打ち切りの言い訳に良く使われますが、実際はどうだったのでしょうか?。

8 ■質問

「コンセプチャルアート的」ってどういう
意味っすか?

辞書やネットで調べてみたんですが外郭的な感じでしか意味が解らなかったので具体的に教えて頂けませんか?

お願いします

9 ■【ラスさんへ】

コメントありがとうございます。適当な言葉です・・・というと、怒られるかな(笑)。現代美術の分野で、コンセプチュアル・アート(Conceptual Art)という分野があります。物事の物質的側面ではなく、観念的側面に重きを置いた作品群のことを指します。僕のイメージでは、近代芸術批判を行ったマルセル・デュシャン(だっけか?)らのモダンアートのイメージで、、、ようは、たとえば、壊れた便器だけが置いてあったり、ただのスープの缶をたくさん並べたけのものがあって・・・・その物質ではなく、背後に隠れている観念のみを重視したりする解釈する芸術の種類のイメージです。

つまり、ここで絵が書いてあったとして、物語が動いて、そこに人間がいても・・・・その人間達の気持ちや手触りや空間といった「世界そのもの」を表現しようとする志向・・・前の記事で、恩田陸や猫山宮緒さんに対して評した言葉ですが、こういう人々は、『その物語の中をに生きる人間』が描きたいのです。

が、高橋しんさんは、その物語を通して、キャラクターを通して、その背後にある抽象的な観念を描きたいと志向しているのではないか?という意味で、上記の言葉を使いました。彼は、キャラクター個々の気持ちではなく、その世界や舞台が作り出す『全体』の意味=抽象概念を、描きたいのではないか?・・・という感じです。

わかりますでしょうか?。

それと、できれば、より良いコミュニケーションをするために、ラスさんのHPかブログにアクセスできるようにしておいてもらえるとうれしいです。一方通行では、ブログの楽しみが半減しますからね。ないのならば、残念ですが・・・。

10 ■たのしく拝見しました。面白いです

考察 大変 興味ぶかく拝見しました。
スカスカな人物たちってのが
ほんと 納得です。でも おもしろい 不思議な作品群ですよね。

なんか その辺に、
ほんとに 誰でもいい っていう匿名性と、
環境と偶然の物語っていうか、
当事者感のなさも ちせ とかから感じられて 表現方法が 独特な漫画家だと思います。

11 ■ロリ的表現っていいますが

あのような体型の大人の女性は沢山存在しますよ。
むしろ他のマンガに出てくるようなナイスバディーの方が少ないのではないでしょうか?
それなのに、幼児体型=ロリコン=どうせヲタの人気取りだろ、みたいな単純な考えこそどうかと思いますが。

人間の根源的な欲求として、異性の裸への憧れ、みたいなものは当然あると思いますし、それで人気に拍車がかかるのももちろんですが、性的表現は「彼女が最終兵器なってしまったカップルの物語」としては当然直面する問題ですから、話の後半のメインとして出てきて当然ではないかと思いますが。
それを「ヲタの人気取り」というのはあまりな言い分だと思います。

12 ■re

コンセプチュアル・アート作品の観念の対照はどこにあるのでしょうか?

作品は作った人の観念を表したモノでしょうか?(例えば「空き缶を重ねただけ」の作品があったとします、一般の人が見ればそれはただの「空き缶を重ねただけ」のモノにしか見えないでしょう。でも作者はその作品は「心の闇」を表現して作ったと主張したとします。
(作者には「空き缶を重ねただけ」の物から心の闇と感じてしまうような人生の背景があると仮定した場合)そんな作品がコンセプチュアル・アートですか?この場合、作者は誰を対照に作品を作ったのでしょうか?(一般人の評価を得る目的で作られたのなら大失敗でしょうが)

それとも、ひとつの作品があり、その作品の観念的な部分を、作品を見る人(不特定多数)がそれぞれの価値観で判断してもらう。それがコンセプチュアル・アートですか?

自分、文章下手なので伝わったか微妙な所ですが答えてやってください

ps自分は漫画描きなのでサイトの公表は勘弁してやってください。自分の才能のなさを改めて痛感しなくちゃならないんで…

13 ■【ラスさんへ】

ラスさん、再度コメントありがとうございます。いろいろコメントいただけるのは、とてもうれしいです。

>コンセプチュアル・アート作品の観念の対照はどこにあるのでしょうか?

また、凄いデカイ質問ですね(笑)。ちょっとサイカノとはずれますが・・・

えっと、コンセプチャアルの対象物とは何か?ですよね。

①ハイアートとしての

Mデュシャンらがいったのは、近代芸術批判として、そういった表現史に関わる世界で共時的なレベルの文脈は、見る側もつくる側も、共有してて当然という強いエリート意識(僕にはそう見える)がありました。壊れた便器、というのは本当にあった作品ですが、便器も空き缶も、ようは『美』とされていた西洋の通俗的な美しさの価値を破壊するところ、その価値の「解体」に、当時は、意味がありました。世界的な抽象的な文脈で、批評界とリンクして、わかる人にわかる閉じた世界を形成していました。そこにウォーホールのような大衆性を付加させて、ほーら大衆は、みんなバカで表現の価値なんてわからないんだぜ!とあざ笑うことに当時に現代美術の確信があった、、、気が僕にはします(笑)。いいすぎ?。この表現は、エリーティズムなのです。

大前提として、西洋美術価値の美学の歴史を、知っている、理解しているの人が見るべきとなっていると、僕は思います。

もちろん、純粋に万人の感覚に訴えようと志向するアーティストもたくさんいますがね。モダンアートにも流派があるんですよ。たぶん(笑)

②それも超えた個人的実存として

が、しかし、ウォーホールのように、結局時代を超えても、大衆に支持され続けるアーティストはいるんです。馬鹿にされていた、イサム・ノグチなんかも、そうです。つまり、その人が実存の本質的な部分を、継続的に世界に問い続けることと、そしてやはりなんらかの美の基準があるのでしょうね、人類には・・・それにかなっているモノが残されていくのだと思います。

14 ■【ラスさんへ②】

ちなみに、

>ps自分は漫画描きなのでサイトの公表は勘弁してやってください。自分の才能のなさを改めて痛感しなくちゃならないんで…

残念です。メールでこっそり教えていただくのもいいですが(笑)。

いや、せっかくブログなのだからコミュニケーションを継続的に取りたいな、と思うのです。

やっぱり、書き捨てで逃げられるのは、あまりい気持ちがしません。丁寧な言い方なら別ですけれどもねうふ♪(* ̄ー ̄)v。まぁ無視されるよりは、、、うれしいかもですが・・・。

反対意見も質問も、とてもうれしいです。僕も、かなりおもいきった断定口調で書いていますが(笑)、しょせん専門家といわけではないので、いろいろ話して知識や理解が広まれば、こんな嬉しいことはないです。

15 ■【マガジーンズ編集長さんへ】

コメントありがとうございます。なんだか、めずらしく新規の方が多くて、とてもうれしいです。

「スカスカ」

って・・・・(笑)。ほんとうは、高橋しんさんは、全作品(小冊子も含めて)持っているくらいのファンなので、こういうマイナスの言い方は、やめるべきなのかもしれないですが(笑)。でも、逆に、その本質を追求したいと思わせるくらいに、素晴らしく独得な作品でもあるわけだと思います。(←いいわけ?(笑))

うん、実は、キャラクターがだれにでも入れ替え可能な匿名性を背負っていて、感情移入しやすいというのも、特徴かもしれないですね。ぼくは逆に、あまりの薄さに、感情移入が出来ないのですが。。。

16 ■【むぎちゃさんへ】

コメントありがとうございます。新規の方が多くて、なんだか不思議です。

いや、お見事。このつっこみは、来るかなーと思って書いたのですが・・・・こうまで、ストレートに本質が来るとは・・・。彼女が最終兵器になったというテーマの本質から当然性的表現が重視される、というのは、まさにその通りですね。これを、映画でどう表現するのでしょうか?。ちゃんと肉感的な部分を描がいて、戦争の暴力性と対比しないと、作品として本質を失うような気がします。

えっと、記事に引用させてもらいましたが、ダメならばご連絡ください。消します。

でも、どう思います?。僕は、星のカケラは、ちょっちあざとくて、イヤな感じがしましたが・・・。あれって、必然性ないと思いませんか?。あんなにいい物語の背景を持つのに、ああいう風には、してほしくなかったんですよねー。。。


あ、えっと、昨日、ラスさんにもお願いしたのですが、せっかくのブログなので、ぜひ、またよろしく。

>それと、できれば、より良いコミュニケーションをするために、ラスさんのHPかブログにアクセスできるようにしておいてもらえるとうれしいです。一方通行では、ブログの楽しみが半減しますからね。ないのならば、残念ですが・・・。

17 ■ペトロニウスさんへ

ああ、うんうんと納得しつつ今回に限らずいつも読ませてもらってます(^^)

アクセスが200から一気に4000というのもまたスゴイ話ですね(^^;)
ぼくはニュースサイトの「ゴルゴ31」さんで紹介されているのを見かけましたよ~。
かなり有名なトコですから派生して色々各所で紹介されたのかも知れませんね。

・・・と、もう知っていたらごめんなさいです(^^;)

18 ■【はしさんへ】

ゴルゴ31・・・しらんかった。探してみますね。ありがとうございます。僕は、ニュースサイトはほとんど見ない人なので・・・更新するのでせいいっぱいです、、、なんか、うれしいけど、知らないので微妙です(笑)。

昨日は、6000千人でした・・・ほんとなんだろうか???。イマイチ現実感がない。

・・・・僕は、毎週水曜日のネギまを楽しみに生きるだけの、しがないサラリーマンなので、なんか、よくわからんなー(笑)

19 ■無題

余計かもしれませんが
追記の辺り『星のカケラ』になってますよ>きみのカケラ

20 ■無題

本文への引用、ありがとうございます(^^
なるほど、といった感じですが、正直「星のカケラ」の方は殆ど見ていなかったり・・^^; 申し訳ない。
でも最初の方は見てましたよ。
たしかに無用な裸が多い気はしていました。でもまあ、「こういうあっけらかんとした世俗の表現なんだろうな」と思ってました。

21 ■【通行人Aさんへ】

ども、ありがとうです。

22 ■【むぎちゃさんへ】

>本文への引用、ありがとうございます(^^

いえ、とてもいいコメントでしたので、高橋しん論の核心の部分ですのでうふ♪(* ̄ー ̄)v

>なるほど、といった感じですが、正直「星のカケラ」の方は殆ど見ていなかったり・・^^; 申し訳ない。

いえいえ、まだ完結していないですし、人気も微妙みたいですしね(笑)。


>でも最初の方は見てましたよ。
たしかに無用な裸が多い気はしていました。でもまあ、「こういうあっけらかんとした世俗の表現なんだろうな」と思ってました。

うーん、世俗は、世俗なりのロジックが、必要だと思うんですよ~。僕は、裸大好きですし(笑)、萌えも大好きですが、やはり、名作になりうる設計をしているからには、哲学は貫いて欲しいなぁか、と思うのです。高橋さんは、そもそも萌えや裸を、ある意味ガジェット的・・・修飾詞として使える人ではないし、そもそも裸がリアルなだけに、低年齢の裸を書くと、正直いってロリにしても、ちょっと厳しい(笑)。まだ、典型的な巨乳ロリ顔とかのほうが、作法(笑)なんで、まさに世俗のあっけらかんとしたもの、と思えます。

とはいえ、サイカノは、いい作品ですね。まじで。

23 ■マンガ家って

提供する側もされる側もオタクロリコンが大半の世界だから、当然の手段だしそれで需要も伸びるんですよ。それにそういう絵を入れろとか、すべてマンガ家の判断じゃなく、多分に編集側が命令してきた可能性が高いですし。あくまで雇われている仕事ですから、上からのお達しに反して好きなことだけ描くことはできなくて、面白いモノを創作するより、とにかくビジネスだから売ることが最優先ですよ、実際。。

24 ■【トオリスガーリさんへ(笑)】

まっ、売ること優先というのは、あるでしょうね(笑)。僕も、編集に命令されたっぽい気がしますよ、確かに(笑)。

・・・・でも、それを逆手にとったり、そういった事を利用するのも、商業誌のプロに要求される「能力」だと思いますがねぇ。実際、サイカノの裸は、意味があったほうだし、なによりも、そもそも純日本人の体型を造形したというのは、意味があると思いました。。。。

が、、、やっぱり、もう少し意味とか文脈を込めてもらわないとなー、、、とか、思うのですよ。いや、もしかしたらあるのかもしれないですが・・・。『きみのカケラ』は、設定がハードSF的で、奥深かったので、ああいうのは、なんか、なぁって(笑)。

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