テーマ:
プチクリ
岡田 斗司夫
プチクリ―好き=才能!

公式HP:http://puticre.seesaa.net/

岡田さんのブログ:http://putikuri.way-nifty.com/blog/


まだ読んでいない!!。早く読みたい!!!。尊敬する、そして自由洗脳社会のアイディア以来いつも意見を注目している岡田さんの最新作だ!。


明日は、秘密サイン会に出撃する予定!!!!。

だから発売日に買わないで待っていたのだ。


以下、読む前の疑問点を!!!


ちなみに、読了次第、感想を書きます!!!。


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三浦 展
下流社会 新たな階層集団の出現

■2005年12月02日00時07分 ファンキー通信 から引用

さて、ここで質問です。まずは下記のチェックリストの項目を読んでみてください。

□年収が年齢の10倍未満だ
□その日その日を気楽に生きたいと思う
□自分らしく生きるのがよいと思う
□好きなことだけして生きたい
□面倒くさがり、だらしない、出不精
□一人でいるのが好きだ
□地味で目立たない性格だ
□ファッションは自分流である
□食べることが面倒くさいと思うことがある
□お菓子やファーストフードをよく食べる
□一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある
□未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)
(『下流社会』(三浦展/光文社新書)より抜粋)


 上記のリスト内で半分以上当てはまる項目があったアナタは、かなりの「下流社会」にいる人間なのかもしれません。下流社会とはマーケティング・アナリストである三浦展氏の造語。実は今、この下流社会という世代階層を表す言葉が注目を集めているって知ってた?


 『下流社会』によれば、下流とは「単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低い」人々のことを指し、「いわゆる団塊ジュニア世代と呼ばれる現在の30代前半を中心とする若い世代に」多く見られる傾向なのだという。


 1億総中流化を目指した高度成長期以降の日本社会だったが、バブル崩壊に始まる不況、そして少子化、高齢化に向かう社会情勢の中で、人々の目指す人生設計のあり方も多様化してきた。現在の日本の若者に、大金持ちや社会的な名声が得られなくても自分らしい生活ができればそれでいい、という価値観が支持されているのも、この下流化が進んでいる背景にあるようだ。書籍などで年収300万円の生き方が注目されているのも、それを裏付ける証拠なのかも。


本書によると、今後は中流が上流と下流に分かれていき、さらなる社会的格差が生まれていくだろうと予想している。若者のニート化やフリーター化の次は、この下流化が若い世代のホットトピックスになる!?(太田健作/verb)


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■プリクリ的な自分の気持ち至上主義への時代の流れについての疑問



最近、下流社会という本が話題だ。これは、大きな潮流があるのだと思う。


①一つは、小泉政権の選挙圧勝を受けて、日本社会が二極化への舵を切ったこと。


②もう一つは、岡田斗司夫さんが主張するプリクリ(プリ・クリエイター)的発想が、広く深く世間に浸透していることだと思う。これは、森永卓郎氏の「年収300百万円で生きる」や「萌え経済」も同じ発想の別表現だと思う。


時代が、②に流れるのは不可避であって、岡田さんの総論はほぼ間違いないと個人的体験からも実感する。さすがに、彼の意見は、いつも鋭く射程も長い。


だが、社会の趨勢が事実そうなっているのと、「そう」なることが正しいか?というのは別の話だ。


個人的には、こういう金にもならない自己発信を、ガンガンやり続けているわけだから、僕自身も、自分の気持ち至上主義というパラダイム自体へは、賛成不賛成もなく、圧倒的な共感がある。とりわけ、子供時代に願った世界がようやく訪れているという実感がある。むしろ自分の趣味を貫くために、働いているといった実感が強いのだ。


だが、、、、やはり、いくつかの疑問点がある。


1)経済水準をこのまま維持していけるのか?


経済環境が苛酷になり、所得格差が広がることによる貧困者や経済的ルーザー(敗者)ルサンチマンが、プチクリ的人生を支えきれないほど大きくなる分岐点はどの水準か?。(多分ここには明確な物理的水準があると思う)


ましてや、日本が格差社会に舵を切ったのは事実で、2)の問題とも絡むが、立身出世的な公や経済にコミットするエリート層の欠如・パブリックマインドの欠如は、そうした気持ちが強烈に強い大国中国などとの競争に対していけるのか?というのは、重要だ。経済水準が、強烈に落ち込んでしまえば、まったくプチクリ的なモノを維持できなくなるほど、生活水準が下がったり、むしろ国際間競争による没落で強いモチベーションに駆動される国家に侵攻される危険性もゼロではない。


まぁ、覇権国を下りた大英帝国に豊かな文化が花開き、近代エンターテイメントやスポーツの基礎を生み出すほどの爛熟を迎え且つ、それなりの国家水準を保つということもないわけではないが。。。。



2)動機の欠如と減退の問題とどう絡むのか?


仮に世界観が変わってしまった=パラダイムが変わってしまったとすると、経済的なルーザーが自己をルーザーと認識しない場合もありうる。・・・・が、そこまでのパラダイム変化は、現行の民主制度や社会制度に根本的な部分で影響を与えないのか?。これも1)の疑問のバリエーションですね。


たとえば、現代社会の若者の動機の著しい欠如との因果関係は?。むしろ逆に、プチクリ的な自分の気持ち至上主義が「満たされない社会だからこそ」動機が失われるという因果の逆転も、考えられるが、、、、。そのことによって、資本制社会の基幹を支えるエリートが生まれなくなるということはないのか?。



3)表現衝動のデバイト


プチであろうとも、プロ(=お金を儲ける)でなくとも、表現・発信できるというのは、実は非常に稀な高い能力の持ち主であり、それができな人とできる人とのデバイト(=格差)が生み出すルサンチマンをどのように回収するのか?。それは、フォロワ-とリーダーという切り分けの島宇宙化のみで対処できるのか?。



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たぶん、制度の話ではないと思うので、上記の部分への言及はない気がするが、この部分は非常に気になる部分ではある。


・・・・・とわいえ、『マジメな話』で、この世界は、僕がいなくてもちゃんとまわるよ!という偉大な発言の後、フロンや人生テストなど個人の等身大の領域の古いパラダイムに縛られるが故に自由になれない人たちの個人のマインドを救う・後押しする方向へシフトした彼には、こういう制度の話は、それは他の人がやってくれるよ、、、、だって、近代社会は分業なんだから!、というかもしれないが。



また、このプチクリの概念は、下記の本のパラダイム抜きには語れない本なので、絶対にどんなことをしても、下記の本を読むべきだと主張する(笑)。


岡田 斗司夫
ぼくたちの洗脳社会


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