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■同人誌の楽しみ方。


この夏コミで、ほんの数冊Fate本とか買いました。こんな感じ。なんの理由もなくただテキトーに買った割には、とてもよかった。(もっと買えばよかったと今更後悔)


■千歳烏山第2出張所
千歳烏山第二出張所  

昔から大好きなんだよ。女の子を柔らかく描けるマンガ家は神です。これは、なんか凄い前から知っていた。


■CRAZY CLOVER CLUB

『T-MOON COMPLEX X』が物凄くよい。マンガのできとしてもいい。志貴が最高にカッコよいぞ。


■優先席

『クスリと氷菓子』のセイバーの表紙がかわゆくてなー。


■いたち堂
 

『それなりに☆びゅーてぃふるでぃず?』の凛の壊れっぷりが楽しかった。


■BlueWave

ゆえとのどかのDearMyLittleWitchesが好きです。



けれども、もともと同人誌をあまり買ったことがなくて、それなりの数を買ったのは今回が初めてではないでしょうか。同人誌はHなものばかりと思っていたのですが、思わず買ったものが、実はほとんどHなのがなかったです。残念(笑)。けど、なるほど、何回も読み返しているんですが、、、、別にHなものはないわけだし、物語性を重視する原作至上主義的なところのある僕なので、自分がなんでこんなにぐっとくるのか、よくわからなかったのですが、なんとなくたまごまごさんの記事 を読んで、わかった気がした。


僕どこかで、士郎とセイバーがほのぼのラブしているのを、じれったくて凄く応援している(でも実はセイバーが好き)という凛のシュチュエーションの同人誌を読んだことがあって、、、、これが、もう凄い脳内を支配しているんですよね(笑)。どうも、剣×凛の潜在意識があったようで、、、、原作的にはあまり考えられないのですが、どうも脳内を支配していて…。これってなんなんだろう?って、思っていたんですよ。


ちなみに、その時の凛は、セイバーと士郎の初々しい誠実な恋愛がすごく大事で、温かく見守っているので、、、自分のことを素直に言いだせないというシュチュエーションだったのですが・・・。この二人の為には、「見守るのが正しいことなのだ」という観察者の立場にいながらも、、、、ってシュチュエーションにどうも僕は萌えるようです。はっ、ゆえもかっ!(苦笑)。


■それはカップリングという作法


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>現在ですが、カップリング中毒です。


アニメキャラを見たら即カップリングするステキ脳に進化しました。おめでとうありがとう。


というわけで、現在では、エロありなしを問わず、好きなキャラが頬を赤らめラブラブになるのが楽しくて仕方ない、という日々を送っています。

たまごまごごはんさんより

http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070831/1188495780
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なるほど、これはカップリングという作法なんですね。いままであまり考えたことがなかったです。しかし、考えてみれば、「キャラクターの強度みたいなもの」に感情移入というか寄生?というか萌えているわけだから、その感情移入を起こすキャラクターに自分の好きな関係性を挿入して、さらに深く踏み込むというのは、ありな作法だな、と思うのです。なるほど、、、これは、確かに読みの作法としては、進化ですね。いや、深化か?。僕もステキ脳にヴァージョンアップされつつあるようです。より世界を深く楽しむためには、いろいろな脳のヴァージョンアップは重要ですよねっ!。


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>しかし、あくまでもこれは「原作にはないこと」なので、自分も「絶対乃梨子x瞳子以外受け入れませんから!それ以外を言う人は間違い!」と言えません。むしろ「すいません、勝手に妄想してすいません」という感じです。すいませんほんと。でも好きなので許してください。


http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20070831/1188495780
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あーたまごまごさん、いい人だなー。あなたいい人です。なんか、ものすごく優しい気持ちになれました。なぜだろうかわからないが、何かいいものを見た気がします。ご馳走さまです。


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>しかし、二次創作で好きなキャラがエッチしているのを見るのも確かに楽しいんですが、最初に書いたように自分は、手をつないだりキスしたりするシーンの方がグッ!とくるのです。

 

二次創作で自分がキャラ恋愛に求めるものは、「そこに至るまでの過程」です。


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うんうん。僕はHなマンガは大好きなのですが、その背後に物語の強度とでもいうものがないと、どうも入れないのですね。恋愛も同じです。なんというか、、、やっぱセクシャリティーが一番気持ちよさを持つのは、対象への感情移入効果と肉体的な快感が一致しているときです。一番好きな人とHするのが一番気持ちいいといわれるのは、本当は事実の片鱗で、物語性をもってそれに乗せている時のHが一番盛り上がるんですよね。人間は身体性と物語性の両輪で生きている生物だから。だから別に好きでもないけれども、「何かの物語」とともにHをするのは、気持ちいい。ようは脳内補完ですから。


ただ、脳内補完を補強するのに、視覚やイメージだけでは、刺激が弱すぎる。肉体的刺激とともに物語性を刺激するのがいちばん来るんだよね。


・・・ってなんか話がずれた(苦笑)。


えっと、実は僕も二次創作系の作品には、Hマンガと同じで、キャラクターの関係性の距離の縮まり方を描いたものが好きのようです。


恋愛とか人間関係って「距離の遠い近い」なんですよ。


その距離感覚が、短い方がいいと考えると、SEXが肉体的一致なわけでゴールのように見える。精神的な一致は、理解(=内面への共感・被共感)とかですね。


けれども、たとえば、抵抗感が凄く薄いところでいきなりHをするのと、、、凄く抵抗感が強い・・・つまりは緊張している初々しいカップルがやっととなんとか手をつないだりおでこにチューしたりするのを比較すると、手を握る方が、距離の長さと密度のブレイクが大きいわけです。


関係性で「距離が縮まる過程」が僕は好きなのですが、別にそれが、肉体的なHであろうと、言葉による相手への侵入であろうと、絶対手が触れられないと遠き果てだと思っていた彼女の手に触れることだろうと、その距離と心理的障害の密度を、どのように崩していくかが、、、ドキドキを誘うと思うんですよね。



・・・・・ぜんぜん違うことですが、スッゴク厳しい上司に、いきなりぼそっと



「おまえよくやったな・・・・」



とかいわれたり。



手ごわいお客さんに



「ありがとうございました」



とか言わせた時も似たような快感がある。



ようは、なにかの障壁があるところにそれをブレイクするには、「関係性の距離を縮める」ステップみたいなものがあるわけで、、、、それを、好きなキャラクターでやられた日にゃーたまらんっ!てことになるわけです。


ちなみに、僕には表現上では、男×男でも女×女でも全く問題はありません。だって、「相手の心に踏み込んでいく行為の快感」は、男女年齢関係ないのだもの。


たぶん同人誌のカップリングというのは、このあたりのものを利用した想像力なのだろうなーとか思ったり思わなかったり。

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だから、今回の内閣改造・党役員人事は
一言で言うと、


「安倍首相、体にダイナマイト巻きつけて政権の座を人質に、官邸に立てこもり人事」


と、呼ばせていただきたく


かみぽこ政治学より
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diaryall

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相変わらずここのブログは、ウルトラ受かりやすくて面白い。うーん、GiGiさん、ありがとう。また生きるのが楽しくなりました。


安倍人事を考える(1):麻生・谷垣・町村、それぞれの選択(前編)/かみぽこ政治学より
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200708280000/


>僕はこれまで、
外相というポストが
いかに総理・総裁の座を
狙うに当たって、
おいしいポストであるかを
書いてきたんだけれども
(2004年9月28日
小泉人事の神髄:町村信孝外務大臣)
麻生外相もこの1年、
ものすごくおいしい思いを
してきたと言える。


安倍人事を考える(2):麻生・谷垣・町村、それぞれの選択(後編)/かみぽこ政治学より
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200708280001/


小泉人事の神髄:町村信孝外務大臣。
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200409280000/




こういう記事を読んだ後に、↓の記事なんかを読みなおしたりすると、いたく面白い。夜はい物事を多面的に見ると、面白いねー。ちなみに、麻生さんって、演説うまいね。流石だなー。



「Mr.COOL JAPAN」麻生太郎をとりあげたイタリア雑誌
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/283837/


麻生太郎・秋葉原演説全文
2006/09/11 11:02
http://cedarsforest.iza.ne.jp/blog/entry/37288/

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<ダイアナ元妃>「世界で最高の母だった」追悼式典で王子
9月1日0時3分配信 毎日新聞


 【ロンドン町田幸彦】英国のダイアナ元皇太子妃がパリで交通事故に遭い、36歳の若さで非業の死を遂げて10年になる31日、ロンドンのバッキンガム宮殿近くの近衛騎兵連隊兵舎内の礼拝堂で、追悼式典が行われた。ダイアナ元妃の息子、ウィリアム王子とヘンリー王子が主催した礼拝には、エリザベス女王、96年に離婚したチャールズ皇太子ら親族、ブラウン英首相ら約500人が参列した。
 ヘンリー王子は追悼式典で「世界で最高の母だった。私たちの守護者であり、友であり、私たちと他の多くの人々を幸福にしてくれた」と追慕の式辞を述べた。 チャールズ皇太子が元妃との結婚(81年)後も交際を続け、05年に再婚したカミラ夫人も両王子から式典に招待されたが、一部国民の反発を考慮して欠席した。一般国民が式典に参加できないことに批判の声も出た。
 ダイアナ元妃が暮らしたケンジントン宮殿前には多くの市民が訪れ、「国民のプリンセス」をしのぶ花束や添え書きのカードをささげた。
 元妃は97年8月31日未明、パリ・セーヌ川沿いのトンネル内で起きた乗用車の衝突事故で、恋人のエジプト系実業家、ドディ・アルファイド氏と共に死亡した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070901-00000000-mai-int

******************


ああ、もう10年も経つんだな・・・・・時は過ぎさるんだ、と感慨深い。友人や先輩がパリに住んでいるので、彼等は見に行っているだろうか?とか思う。僕はこういうのはおのぼりさんで見に行く方なので(苦笑)。


ダイアナ妃を見ていて、いつも思うことがある。グレートブリテンと同様に、わが国も、統治者に君主を戴く国で、そして同じように皇太子の妃がいる。


僕はすぐ感情移入して考えるので、「ああである存在とは、いったいどういうふうに世界を見ているのだろう?」って思います。特別な存在であること快感と恐怖は、凄まじいものがあるでしょう。パパラッチ・メディアという国民大衆の代理を通して絶えざる目にさらされる自分の一挙手一投足の全てが世界に曝される恐怖。圧倒的な孤独。・・・・彼女たち彼らは、その一分の一である特別な人生を、どのように生きているんだろうか?って。そして、「選ばれた存在」である自覚をどのように得るのだろうか?って。同じように、モナコ大公妃のグレースケリーの一生も思い出します。


いつも思うのですが、ぜひオリジナルな人生を生きている人に、直接、同じ目線、等身大に話をしてみたいと思います。ただそれはとても難しい。直接に話さないと、理解しがたいですからね。理解は、対等なコミュニケーションの中からしか本質的には生まれないと思う。ただ、たいていの場合、相手と同じくらいの特別な人生を、自分が生きていない限り、こうした人と出会うことも話すこともあり得ない。そういう意味では、やはり遠くから眺めて仰ぎ見るしかない存在なのだろうなー。貴族の友達なんていないし。


ベン・ヒルズ, 藤田 真利子
プリンセス・マサコ―完訳 菊の玉座の囚われ人

プリンセスという存在は、非常に興味深いです。僕は、国家も同じですが、組織における「統合」の機能とはどういうものか?、どういう方法論を使えば、部分最適や分裂に陥りがちな組織が求心力を持つのか?って事が大きなテーマであって、いつも考えています。


そういう意味で、いわゆるメディアの作り出す「アイドル(=偶像)」という幻想の装置や、こうした皇室、王室のへの目線や支持についていつも不思議な気持ちで眺めています。


英語の教材でよくプリンセスダイアナやチャールズ皇太子のスピーチなどを読むことがあるのですが、とっても練れている名文が多いのですよね。そして、公の人として、あるテーマを持って積極的に世界と関わっている姿が浮かび上がってくる。日本の皇室には、宗教的な聖なるものの機能が色濃く残るので、必ずしも近代的な王室の貴族としてのノブレスオブレージという機能を全面に出すことは少ないが、それでも「そこに足を運び手を振る」だけで、大きな意味を持つのは間違いない。


いや何となく、いろいろ思ったので。。。。時間があれば、海外各国の王室制度や君主のことを比較してみたいなーと思う。ダイアナ妃や雅子妃なんかの比較は、まさに日栄の本質の比較だと思うしね。

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■ファンタジー今昔ものがたり 1900年から2007年までの名作を紹介
http://weekly.yahoo.co.jp/25/fantasy/index.html
株式会社トーハン企画推進部児童書担当の二宮政文氏の記事



この記事話題でしたよね。

ゆるゆる+メリハリ+バランス
http://d.hatena.ne.jp/chika_kt/20070831

やっぱりね。僕もこの記事には、凄い違和感があって、漫画家のおがきちかさんも批判的なコメントを書いているので、さすがに違和感感じた人は多かったんだなーと。ファンタジー好きには、非常にカチンとくる記事だったですよね記事自体のコンセプトやアーカイブとして一覧性があるなど、とっても良い記事だと思うし、わざわざ『ハリーポッターシリーズ』というウルトラメジャー作品と、和製ファンタジーの極北にある上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』シリーズというウルトラメジャーとはいえないが、その質と深さの素晴らしさは筆舌に尽くし難いこの作品を、宣伝するという意味ではなかなか考えた広告コンセプトだったと思う。広まることは僕はうれしいので、話題にすること自体は、そのやり方を問わず悪いこととは思わない。


しかし・・・・


**********


>ちょっと前からヤフーのトップページに「ハリーポッターVS守り人・日英ファンタジー対決!」とかって見出しがあったので、うへえ、と思ってましたが(ここでなんで「うへえ」なのかも、うまく説明できないなー)
http://d.hatena.ne.jp/chika_kt/20070831

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おがきちかさんが、こう書いているが、僕も「うっ」と思った。それは、かなりカテゴリーの異なるものを、同じレベルで対立させていることがあり、ハリポタの購買層への訴求力を利用して、全然別のカテゴリーに誘い込もうという宣伝側のみえすいた意識が見えてしまうからではないでしょうか?。まぁあまりによく使う典型的な広告手法なので、僕はいまさら批判する気はないですが。


**********


>今や「ファンタジー=児童書」ではない


わおー!今や、っていつからだよー!ファンタジーは子供の趣味ではありません!しっけいだな!むしろ大人になってから読んだ方が面白い本もあると思うけど。
http://d.hatena.ne.jp/chika_kt/20070831

**********


まさに、その通りだ。この記事を書いた人には、物語に対する強い蔑視があるのだと思う。文学とかそいうものが一流で大人が読む価値のあるもので、それ以外は、低レベルのものであるという文化の二元論的な意識があるのだと思う。こういうのは、60年代のアメリカのカウンターカルチャー(対抗文化)やデュシャンら現代美術の挑戦、それに日本のサブカルチャーのグローバルな広がりとかを考えると、あまりにあまりだ。古臭いにもほどがある化石みたいな発想だ。


まぁ話題になることは、別い悪いことではないが。。。。


しかし、しかしである。あまりにといえば、あまりな差別意識がにじみ出ていて、がっかりしてしまう。ああ、この人は境界を超えるという物語の本質に鈍感なまま生きていく人なんだな、と思ってしまう。コンセプトがうまく、しかも網羅性のあり方など、児童文学のファンタジーをたぶん好きなんだろうな、とは思うのだ。これだけの記事を書くのだから勉強もして読んでもいるのだろう。しかも仕事でかかわっているのだから。


が、「それにもかかわらず」こんなに狭い視野で、なんてさびしいんだろうと思う。さびしいっ、なんか、泣けてくるほどさびしい。こういう文章を見ると胸がゾワゾワする。無意識の差別意識・境界意識・上下の区別。


世界がこんなに豊かで豊饒なのに、まったくそれを見ないで、「これが正しいものだ!」と押し付けてくるいやらしさ。勝手な線引きをする・・・それは、ありだとおもう、、、けれども、それが「ハイ(高級な)」とか「正しい」という価値判断を伴うと、非常に腹が立つ。

いいものかそうでないかは、その人それぞれが決めるものだ。もちろん、評価の線引きはあるとは思う。質による評価付けというのは確固としてあると追う。・・・・が、それをイデオロギック(適当な造語)に、ある種の、正当性を主張されると、違和感ありまくり。いまの時代で、そういった全体の包括的価値基準を語りたいならば、それこそ『十二国記』や『ドラゴランス』『Fate』とかとかを同じ線上で正当に評価した視点が比較としてなければ、おかしい。否定するにせよ、だ。フェアではない。


**********


>それを受けて以降、高校生以上が対象となる「ハイ・ファンタジー」から子供向けの「ロー・ファンタジー」まで、対象読者別に数多くの作品が世に送り出され、併せて過去の名作の再評価や映像化も活発に進んでいる。

http://weekly.yahoo.co.jp/25/fantasy/index.html


**********


これも、あいまいな定義の用語を、あまりにあいまいに使い過ぎ。ぜったい誤解が起きるし、教育上よろしくない。世の中の豊饒さを型にはめるイデオロギーはいまの時代には、子供にとって物凄い有害だ。現実が多様で豊饒なのに、画一的な見方しか教えないでイデオロギーで支配すると、現実と概念の世界にあまりに齟齬があって、苦しむのだ。多様性恐怖症は、強いパニックを引き起こすので、とても教育上よろしくない。まじで。



『ハリー・ポッター』中心史観の恐怖。/Something Orangeさんより
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070826


ちなみに、ネーミングセンスさすが。さすがです。海燕さん。これは、エスノセントリズム(自民族中心主義)的な、発想なんですよね。そして、自分が極端な差別していることに気づいていない鈍感さ。さびしいですね。こういう発想を見ると。


**************


>そのわりに、初めノベルズ形式で出版され、のちにハードカバーになった『西の善き魔女』*21は載っているので、本を出版形態で差別しているんじゃないか、と思ってしまいます。たぶん、ノベルズのままだったら載せてもらえなかったでしょうね。


 あと、『グイン・サーガ』*22とか、『アルスラーン戦記』*23とか、『デルフィニア戦記』*24とか、そこらへんのエンタメ系も、当然のごとくないですね。『ブレイブ・ストーリー』*25や『アラビアの夜の種族』*26もない。

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070826

**************


ちなみに、さすがわれらが海燕さん。このファンタジーという言葉に触発されて出てくるリストが、素晴らしい。そう、あなたみたな脳内空間が僕の理想です。まじで。このリスト、全部読まねば、と胸が熱くなります。包括的にファンタジーというくらいならば、この海燕さんのリスト全部をちゃんと分類しなければ、ダメなんだと思うよ。これだって、欧米系のSFや日本のサブカルチャーに偏っていて、それ以外の物語に言及が少ないわけだしさ。


世界は、もっと広く豊饒なんだよ。


なんで、わざわざ狭くするのかなー。


ファンタジー今昔ものがたり 1900年から2007年までの名作を紹介/族長の初夏さんより
http://umiurimasu.exblog.jp/


**************


>どこか慧眼の出版社が、指輪物語級の非欧米ファンタジーを探しだしてきてドカンと出版してくれたりしないものでしょ

うか。


**************


とてとても同感です。


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アージュ マブラヴ オルタネイティヴ(全年齢版)
評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作


その6の続きです。



Warning!

:ネタバレです。これほど作品やらないでネタバレするのはもったいないです。


別に、また来週といった感じで、ひっぱったわけではないのですが、やっとこさ最初の疑問に戻ります。もうすぐ最後です。・・・って、おれよく書いたなーこんなに。異動直後で、物凄く忙しいのに・・・。って、実際には、休みに1日で書いた記事の分割なんですが・・・。もうええーちゅーねんとか、思われているのだろうなーとか思いつつ。


この作品の脚本には、大きなテーマが3つあります。


①タケルの勇気を試すビルドゥングスロマン(=ヘタレを潰し続ける)


②夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独


③タケルとスミカの愛の物語(これはまだ描いていません)



■夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独


疲れて書いていなかったので、蛇足ですが、ちょっと②説明しておきます。この作品全体に最高にメタ的視点を貫き続けるのが、最も全体を俯瞰して常に理解しており、世界のすべての責任を担い続けているオルタネイティヴ4のプロジェクト責任者である夕呼博士です。これは、『ヴァンパイア十字界』の記事で書いた、「力あるものが担う責任と義務」の話です。この主人公は、マクロのすべてを理解して、世界のすべてを救う力を持っていたが故に、自分の個人的な幸せと引き換えに、全体を救済します。その役割(=王)にあったヴァンパイア王ローズレッド・ストラウスは、その力故の義務を全うしたという話です。

『ヴァンパイア十字界』 "THE RECORD OF FALLEN VAMPIRE"
http://ameblo.jp/petronius/entry-10041498470.html

『ヴァンパイア十字界』7巻 城平京:著 木村有里:画 そこまで個人がマクロを引き受けていいものか
http://ameblo.jp/petronius/entry-10042160254.html

同じことが、夕呼博士にも言えます。彼女だけが、この世界の起きているすべてのことを理解でき、またその理解を力に変えて世界を救うだけの権限と資格をもっています。全世界の対BETA戦略の要となる国際連合の巨大計画オルタネイティヴ4の日本誘致の発案者にして執行総責任者だからです。


彼女には、言い訳はできません。愚痴る上司もいません。危機を共有できる仲間もいません。


それほどの責務と力が彼女にはあるのです。


そして、たぶんそれが理解できているのも、ほぼ彼女一人だけでしょう。


ましてや並行世界を飛び越えてくるタケルの存在などという非現実的な状況を共有できる仲間などいません。また、彼女の研究のスピード一つで、人類が滅びるかどうかの瀬戸際にいるのです。


・・・・にもかかわらず、日本帝国と米軍、国際連合などなどの人類は内ゲバを繰り返しています。人類が死滅しかかっているその時でさえ。


彼女は、そのため利用できる駒は何でも利用して、冷酷な政治家として、自分の計画を前へ進めます。このすべての物語の章建てが、彼女大きな戦略のコマに過ぎないことばかりで、後になってそのすべての整合性がもってくると、僕は驚嘆しました。


凄い戦略家だ・・・と。


クーデター編も、素晴らしい巨大な物語でしたが、それすらも米軍の影響力排除や、国際連合での裏の政治勢力の暗闘・・・・オルタネイティヴ4推進派と5推進派の政治抗争を潰し、日本の政治的姿勢を自分の都合のいい状況に変えるための大きな戦略の一環でした。


このあたりは、しびれるほどのマクロの感覚で、ああ…政治と権力をよくわかっているなー感心しました。


この辺の描写は、言葉ですると陳腐ですが、、、この延々なん十時間もかかるゲームで、ずっと見ていると、彼女がただの一度も計画遂行中に愚痴も弱みも見せたことがないことに僕は驚きを隠せません。計画のすべてが自分の手を離れる時に初めて、親友のまりもの死を悼むシーンがあったり、本当はことして凄く苦しんでいることが、物凄く最小限ですが描写があるのですが、、、そんなのは全体の欠片です。


いかに彼女が信じられないほど強い責任意識で行動しているかがわかります。


この責任意識があったればこそ、タケルをボロボロに追いやり、スミカで平気で人体実験を施し、自分を慕ってくれる部下を皆殺しにするような危険な実験や挑戦を彼女はつづけます。そして、この強い目的意識があるからこそ、彼女が冷酷にもタケルに浴びせ続ける現実を直視しろという(時には、忠告すらしないで見殺しにします。)言葉が、鋭いエッジで胸に突き刺さるのです。


わかりますでしょうか?。


責任を担う、大勢の人生、大きなマクロを担う選良(エリート)には、このような戦略眼と、個人的な幸せを犠牲にするか覚が必要なんです。たぶん、これは、こういったソフトを作る社長さんとかプロジェクトの責任者でも同じです(笑)。死ぬ気でやってどんない頑張っても、最高のクオリティーでつくっても、遅れただけで、死ぬほどバカにされ罵倒されたりするんです。ただ待っているだけのくせのユーザーに(苦笑)。責任って、たいへんですよね~。


ものづくりにかかわるひとには、わかるはずですが、もっと簡単な儲け方とか、安楽な生き方ってたくさんあるんです。にもかかわらず、ボロボロになっても、なにかの創造物を作り出すときには、やっぱり何か伝えたいメッセージや使命感や、愛してやまないなのかがあるんですよね。


ただそのために背負わなければならない責務は大きい。


実際、この労苦に見合うほどのリターンはたいていないんですよ。ただ大きな目的は、次にまたそれを作ったりする資金を獲得したり、作ってくれる仲間に報いたり、そのためには絶対ある程度の利潤は吸い上げないと続きません。そういったギリギリでやっている人は多いはずです。そのなかで、夕呼先生ほどの覚悟はともかく、そういった責任意識とさらには選ばれた者のみの才能があって初めて、質というものは維持できるのです。これは大変なことですよ。僕は作り手に、そういう意味では、感謝します。このような人生を豊かにしてくれる物語を創造して、そして市場に流通してくれたことを。

話がそれましたが、とりあえずこの②の夕呼博士の全体を俯瞰する視点~真の支配者の孤独を説明しました。


これは、①「タケルの勇気を試すビルドゥングスロマン(=ヘタレを潰し続ける)」と対になっていることがわかります。タケルがいかに足掻こうとも苦しもうとも、それ以上の苦しみを戦い抜いている人がいるのです。


これは、恋愛とは違いますが、ある意味深い愛(=つながり)です。


それは、師匠と弟子の愛なんです。


もしくは戦友の友情。部下と上司の目的意識をともにする者の熱い思いなんです。タケルがどんなに苦しもうと、その苦しみを彼女から与えられようとも、それ以上の苦しみを夕呼せんせーは、悩みぬいているのです。


タケルは、物語の全編を経て、夕呼博士の悩みの次元まで登っていきます。世界で唯一、彼女の理解者になったのですね。最後の最後に。そこには恋愛はないとしても、ある意味、最高レベルの愛だと僕は思います。


この対比構造があるから、この物語は締まるんですよ。


タケルには、常に導き手としてのモデルが存在しているのです。


その8へ続く


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