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評価:★★★☆星3つ半
(僕的主観:★★星2つ)


■はじまりは『西の魔女が死んだ』への嫌悪感~saoriさんのコメントへの返答



『西の魔女が死んだ』 梨木香歩著 主人公のマイは卑怯で小賢しい
http://ameblo.jp/petronius/entry-10007439986.html


梨木 香歩
西の魔女が死んだ


この記事は、基本的に好きな作品の良いところを評価しようとする僕には珍しく、基本的に絶賛されている(Amazonのレヴューを見れば)作品に対して、真っ向から反対論陣を張ったものです。これは読後直後で、かなり感情入っていますが、その後に


①「どうしてこんなにも他の絶賛する読者との差がついてしまったのか?」


②「僕の批評ポイント(=主人公の倫理的卑怯さ)の正当性はほんとうにあるのだろうか?」


③「なぜ梨木香歩さんの本にこれほど嫌悪感を感じるのか?(他の作品も同じ)」


④「僕の周りでは女性がこの作品を肯定的に、「許し」を描いていると評価することが多いのはなぜか?」


このへんの疑問がグルグルずっと回っていたのです。最近たくさんコメントくれる(ありがとぅ!)saoriさんとこの件について、真っ向から対立して(笑)、、、ああならば次の作品を読まなくては!という動機付けを強く後押してくれました。


こういう出会いは、異質な思考に対するsense of wonderであり、ましてや基本的に僕のブログの記事に好意のある人からの積極的な問いなんで、とてもうれしい。気持ちがいいよね、そういうのは。・・・基本的に人に名指しで反対論陣を張るときは、「あなたの人格は尊重しますが、あなたの意見は嫌いです」と、人格と意見は分けて説明すると、スムーズにいきやすい。まぁ難しいけどね。こういう出会いは、課題があれば、解決策向けた積極的な思考が得られるし、、、反対意見は、自らが気づきにくい物事の見方に対する出会いへの契機をもたらす。今回は、素晴らしいインスピレーションを得られました。反論や疑問というのは、往々にして人格同士の戦いになってしまうが、それを分離できると、誠意ある問いになって違いの探究に結びつくんですよね。そういうといって重要なことが多く、探求するのにも力がはいります。


最初に梨木さんを紹介してくれた、『日常&読んだ本log』のつなさん と、コメントをくれたsaoriさんへ感謝です。人生には、時があります。時のチャンスを見失わないで、ちゃんとつかめることができれば、ただの偶然や流れていく事実の断片が、よい出会いとなって、心に深く残ります。


さて、僕が、梨木さんの『西の魔女が死んだ』を読んだのは、2005年の12月頃。

もう1年半ぐらい時間が経過しましたが、実はそれ以来、①~④は折に触れていつも思い返していました。けれど、嫌いなものは感情なので、それがどういうふうに論理的普遍的に説明できるかは、なかなかきっかけがないと降りてこないものです。とりあえず、僕の思考の流れを、時系列的にだらだら追ってみたいと思います。



■作品単体に関する嫌悪感か、それとも小説家自身の本質へのものか?


********


ああ、やっぱりまだ嫌悪感を感じているのですね…。うーん、私としてはこの本に関しては自分の中でもう評価が定まってしまっているので肯定的に書いて頂かなくっても割りと平気みたいなので大丈夫ですが…、

petroniusさんがどの辺りに嫌悪感を感じているのか良く分からないので、むしろその辺のロジックを読んでみたいなーとも思います(笑)どちらにしても楽しみにしてます。

2007年4月8日saoriさんのコメントより
http://ameblo.jp/petronius/entry-10028227071.html#cbox


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これ公開質問状ですね(笑)。文句言うなら、ちゃんと読んで、解説しろ!って(爆!!)。非常に正しい意見です。僕も嫌悪するとか、嫌いとか・・・すごい挑発的なコメント出していますよね~。どうもこのテーマは、僕をして感情的にさせる何かがあるようです。普段ならこういうような危険な挑発はしないと思いますので。だって、僕の主張していいることを穿ってみれば、「こんな程度(=梨木さんの作品)の作品を、評価しているなんて低レベルだね!」ということですもん(苦笑)。よほど、『西の魔女~』の印象が悪かったのでしょう、、梨木作品全般に対する嫌悪感が表れております。


このコメントの後、『裏庭』を読み始めたのですが、最初の20Pに満たない部分で、震えるほどムカついたので、この感情は僕の中では、ほぼどの作品を読んでも梨木さんの作品であるかぎり発生することはほぼ間違く・・・・つまり『西の魔女が死んだ』で感じた印象は、僕という人間の梨木香歩さんの小説のコアな部分に対してであり、作品単体ではないというのが、わかりました。(読後冷静に分析した結果も同様です)


故に、ここは、ちゃんと読解しなければならないと思いました。僕の作品理解の根本なので、何を嫌悪するのかは、すなわち言い換えれば、「自分自身が何者であるか?」という問いですから。


は、ナルシシズムに閉じていく世界からの脱出劇を志向する1980年代から2000年代までの物語の好まれた方向性から、その次は何が来るのか?という問いを今持っているのですが、まさにそれを語る基盤とするべきポイントなので、とても興味深かった。そしてなによりも、僕という人間が世界をどう認識しているかをよくわかったテーマでした。



■嫌悪感はなにから来るのだろうか?~裏庭自体は、かなりの傑作ファンタジー





さて、嫌悪感とまで書くのだから、何が具体的にいやな気持ちを引き起こすのか詳細にみていこう。


そこで実は前提なのだが、『裏庭』を全部読みとおして、上記の星3つ半の評価をつけているのだが、4つと悩んだ微妙なラインで、、、、もし僕が『西の魔女が死んだ』を先に読まないでこれを読んだら、素直に4以上をつけていた可能性があるくらい、見事な作品だったと思う。西の魔女でも思ったのだが、梨木香歩さんは、小説の設計が文学レベルに高く、ファンタジーの基本原理を教科書的までに本質のレベルで設計できている。英国留学してファンタジーを学んだと略歴にあるが、まさに大学院レベルの教養あるアカデミックな人が書いたと思わせるくらいの構図の堅牢さがある。


p407で心理学者の河合隼雄氏が、下記のような解説を寄せているのが、納得です。


>実際に、この作品は相当な重層構造を持っている。日本と西洋、生と死、男と女、昔と今、それに現実界と異界。これらの対比と対応が見事に重なり合って、巧みな重層構造を作り出している。それら一つ一つを明らかにして全体の構造を読み解いていくには、この解説の数倍の紙面を必要とするだろう。(略)。思春期の少女の内界がどれほどの複雑さを持つものであるか、実感されるであろう。


たしかに批評家や学者を喜ばすような、見事な構造をしている。この作品が、1995年第一回児童文学ファンタジー大賞を受賞したということ、日本発の本格的ファンタジー作品としての呼び声高いのもうなずける。


ところが・・・・最初の導入部で嫌悪感を感じて、読後も、、、構造的には素晴らしい作品であるにもかかわらず、、、、どうしても馬鹿にしたような嫌悪感が失われない。なぜだろう、と思うんでうよ?。何が僕はこれをそんなに毛嫌いするのだろうか?。


これがその時のコメントですね。


>ちなみに、梨木さんは、震えるほど不愉快だったので(笑)、なかなか食指が出ないですが、リアルな人も含めて女性で、凄く押される人は多いですよね。男性は、何人かに聞いたら、結構に体験が多かったので、性別によるのかな?とか思いました。ちなみに、個人的に、文学は小説は、単体だけで十分その人の本質はわかるので、たぶん、この作者は僕は絶対好きではないと思います(笑)。もちろん本によってポジションや描きたいことは違うでしょうが、本質の世界理解は、ほとんど文章ではぶれないものですから。。。。たぶん、彼女はそういった部分を解放したり解決を「目指す」ことがテーマでありそうなので、つまりは、「ずっとその次元にいる」人なんですよね。僕はもう既に、「その次」が見たいし、体感的にもそういう人は嫌いなので…たぶんダメだろうなーと思います。といいつつも、、、まーそうはいっても誤解かもしれないのと、なぜにそんなに受ける印象の差が出るのか?というのは興味があるので、気を長く待っていただければ読むかもしれません


>でしょう?。たぶんずっと同じところにいそうな、感じを感じて、、、そういう人とは友達になりたくありません(笑)。だって、うざいもん。あの次元にいる人は、いつも何かに苦しんでいる、自分がいつも被害者のような気持ばかりを考える人なので、ヤなんです。極力付き合わないようにしております(笑)。・・・うわー言いすぎだっ。。。。(苦笑)


それが、なんで女性に受けるのかは僕にもまだ解析ができていません。物語としては、そういった独善的ナルシシズム「から」抜け出ることがテーマなので、それ自体は否定しないですが。

ちなみに、「その次」に行きたがるのは、上昇志向ではないです。少なくともそのあたりを上昇志向的男性原理とは僕は考えていないです。「次」とは、成熟して…・生きるのが楽になって、周りと友人や仲間と幸せになるような感覚という意味での「次」です。

成熟へのステップとい意味です。

2007-03-25 23:43:15
http://ameblo.jp/petronius/entry-10028227071.html#cbox



このコメントの背後にあるロジックが、いま書いている文章の基本骨格とまるで同じものなので、最初の印象はほぼ的を射ていたと思います。とはいえ、上記は論が飛躍しすぎているので、もう少しゆっくり追ってみたいと思います。

■『西の魔女が死んだ』は・・・駄作であることを再確認~どこにポイントがあったの?

まずはじめに考えたのは、西の魔女が構造的に特に駄作で、それの印象に引きずられているのではないか?と考えたんです。



②「僕の批評ポイント(=主人公の倫理的卑怯さ)の正当性はほんとうにあるのだろうか?」


という問いですね。ちなみに上記の問い対して、確信を持って、僕はこの主張に、正しいと判断します。1年くらい考えましたが、やはりこの時のマイの卑怯で小賢しいという倫理的マイナス部分は、肯定できません。


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>自我・自意識のヨロイが取り除かれていないのだ


そして、もっと端的にいうと、主人公の「まい」に心の成長が(僕には)微塵も感じられないことだ。


・・・・・ひさしぶりに、良いといわれる本への極端な反対論陣だなぁ(笑)


でも個人的には、もし子供が生まれたら読ませたくないなぁ。。。。

http://ameblo.jp/petronius/entry-10007439986.html

2005年12月25日の記事より

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この記事の評価・判断は、いまもって自分でも秀逸であったし、かつ自分の信念が非常によく出ているいい記事だと思います(笑)。これ以外の解釈は、ざっと読み返してみたが、ありえないと断言できる。少なくとも「僕」の判断は、こうなります。


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僕は、この本を読んで、物凄い嫌な気持ちになったのですが・・・・なんか作者の高慢な態度が鼻について・・・すごく頭がよく英国留学までしているので、ファンタジーとしての基本を見事に押さえており、その描写も人をロマンに誘い、「死」を感じさせ・・・と泣かせる要素・基礎が見事であるにもかかわらず、『その技術』を使って主張しているのが、自分の傲慢さの肯定のように見えたんですね。嫌な奴だ・・・って思ってしまって。

http://ameblo.jp/petronius/entry-10007439986.html

2005年12月25日の記事より

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■もし肯定的に見たらどうなるのか比較してみる

もちろん、読解の角度はいくらでもあります。


『西の魔女が死んだ』は、思春期の少女から大人になった女性の内面を追っており、


その少女的な頑なさや潔癖さ


と、


おばあちゃんという癒しの存在(=まいにとって手が届かぬ救済=サルベーション)


との対比を描くことに、現実の世界では簡単に物事は解決されないというあきらめにも似た部分を演出し、そういった様々な動機の混乱や対立を抱えながら、大きな視点で人生という現実を人は生きているものだ…というような「包括的な受容とあきらめ・・・そして届かぬ救済からの癒し」を語っている作品であるという風にも、とれます。


この解釈が多分一般的であると思います。


ようはね、この西の魔女のすばらしい点は、2点あります。


①なんといってもまず、おばあちゃんの存在。


僕は梨木香歩さんは、はっきいいって物語作家としての才能はゼロに等しいと思います。逆に言うと、かなりの文学者である人であり、、、もしくはむしろ批評家になった方がいいような頭の構造の持ち主であると思うのです。妙に、すべてが論理的で、抽象化するとメッセージがはっきりしていて、批評家の分析マインドで見るとまるで数学のように、メッセージが抽出できるんです。こういうのって物語作家ではなく、マイナーな文学者の傾向だと思うのです。(ちなみに真の文学者は、ドストエフスキーのように物語ることと文学が両立してしまう)


ところが、この『裏庭』でも同じなのですが、おばあちゃんがでてくると、異様な迫力をもった存在感が世界を包み込みます。裏庭でも同じなんですが、このおばあちゃんの視点というのが、生き生きと見事に成熟を突き抜けた癒しすら感じる存在感を示すのです。・・・・たぶん、何らかの原体験か、こだわりがあるキャラクターなのでしょう。ここだけ、物語になっているんです。それも絶妙に。西の魔女を読んだことがある人ならば、あのおばあさんのすばらしい許しと癒しに満ちた存在感は、忘れられないはずです。僕はそうでした。

「これ」だけで、素晴らしい小説になってしまっているんですね。もうほかの何も意味をなさないくらいに。

②そしてもう一つは、孤独に苦しむ主人公が現在の解決を指向して、過去に遡るという形式を持ち、それがおばあちゃんと過ごした時期への振り返りになっているという点です。これは、楽園願望とナルシシズムの地獄からの解放というとても近代文学的なテーマです。


この梨木香歩さんは、西の魔女では全編振り返り・・・・大人になった女性である主人公まいの振り返りの視点で物事を描いています。大人になったまいが、過去を振り返るという構造にしているんですね。だから、この作品の本質は、都会で(=田舎ではない!)孤独の中で心の闇を抱えながらもがら生きているまいという成年女性から、かつて届かなかった楽園(=救済の可能性)としておばあちゃんを振り返っているという小説なんです。たぶん人生に疲れた大人の女性が、今の自分の心のわだかまりを解くために、過去の自分を探求するという、自分探しになっているんですね。その視点から評価すると、おばあちゃんの田舎暮らしは、どとかない楽園であると、僕は当時の記事で断定しました。


個人的な体験で、僕もおばあちゃん子でした。田舎に大きな家があって、庭が綺麗で・・・・・失われた共同体のような楽園で、、、、、毎年田舎に帰るのが大好きでした。けれども、田舎とはいえども大きな家を維持するには相当の相続税がかかるし、管理だってただじゃありません。家は手入れする人、住む人がいないとすぐ朽ちます。祖母が死んだ今、当時の豊かな村の人間関係も失われてしまっています。それは、もう思い出の中にしかない楽園願望にすぎないのです。


僕らのように都市で暮らすことを決断したり宿命づけられた都市社会の人間には、そんな田舎生活などという贅沢は、そもそも金銭的にできないのです。よほど金持ちならば別ですが。そして人間関係も、田舎に何十年も暮らし続けて深い関係性の集積がある中でこそ輝きを持つわけで、そもそも資本主義でまわる都市の住人には、最初から疎外された・・・手が届かないものなんです。

だから、西の魔女には、結論がないんです。そもそも大人のまいの問題点の解決がなされていない。届かない楽園を描いただけでは、そもそも現実ってこんなに困難で苦しいところで、仕方がないよねってあきらめましょう・・・きっとおばあちゃんは、天国で許してくれるよ、、、見たいな。そんなの死んでからおばあちゃんに会うでもしなければ、わかりゃーしないじゃないですか。だから、最初に作った問題提起に答えていないと思うのです。

■花見とエンディングと楽園願望~本と映画と、時々仕事より

http://blog.livedoor.jp/magimagi7/archives/53829321.html


だから当時の記事で、僕は、おばあちゃんの存在は、自分探しに逃げ込む解決策ではなくて、いま生きている都市での生活に疲れた自分がんもう一歩成熟するための手段に過ぎないと論じたわけです。おばあちゃんのような暮らしは、しょせん、ファンタジー(=手が届かないウソ)なんだから、と。


そして、作品の構造上、大人になった成年女性の自分探し、、、都市生活での孤独とういう問題点を解決するという本質のテーマを全うできなかった。だから、駄作であると喝破します。いかにおばあさんの描写が、素晴らしい迫力をもった名作であっても。近・現代文学における都市生活者の孤独という本質のテーマに全く答えていないからです。これだけの構造が描けるほどの作者であれば、この点は、杜撰の誹りを免れないと僕は判断いたします。

■物語は世界の再現を指向するが、日常を再現することによる意味がどまであるのか?~それは趣味の問題なのだろうか?


また、読後も悪い。


繰り返しますが、まいの都市に住んでいる大人の女性としての解放が何一つ描かれてない。


包括的な受容とあきらめ


と先ほど書きましたが・・・・・仮に何らかの救済によるハッピーエンドを描いたとすれば、それは物語作家のご都合主義に堕してしまうというのはわかります。そうしたら、文学者梨木さんの評価は批評家ら地に落ちるでしょう。

ちなみに、最近僕が記事を書くマンガの『魔法先生ネギま』の連載は、ギリギリこの深い実存テーマを追いつつ常にハッピーエンドを指向するが故に、たぶん傑作として歴史に残ることはないでしょうが、同時に、深く同世代の記憶に残る作品になり、それを読んだ人の楽しみや幸せに深く資することでしょう。しょせん、梨木さんも、たぶん文学者としては甘いので、歴史には残りません。

ならば・・・・誰に向かって書いているのか?、、、何を目的として書いているのか??というのは、小説家として問われるような気が僕はします。


現実の生活は、たしかに厳しい。そんなご都合主義のハッピーエンドなんてそうありません。けれど・・・では、いまの自分の心の奥底にある魂の本質を忘れて、何となくやりすごすことが、、、それが受容や大きな許しなのか?って僕は思います。つまり、それは逃げだと思うのです。現実的には難しくても、逃げる話は、もう飽きました。


もちろんそんなことをいえないほど現実は厳しく堅固で、そもそも男尊女卑の強い近代社会で、受け身側の性である女性が、少女が、いったい何を望めるというのだ?…そもそも権利なんかほとんど現実的になかったではないか!!!とフェミニストの方々には、いわれるかもしれません。だからじっと受容して忍耐しているのだと。そいう現実を描いているのだ、と。


けれども・・・・・・・・そう、、、、僕のブログの記事を読んでいたぢている人はよくわかると思うのでうが、僕は日常を描いた作品が、大嫌いなのです!!!。なぜならば、日常は、生きて戦う場であり、、、、僕はマンガに小説にエンターテイメントとに・・・・・そう物語に、日常の我慢やあきらめなんか求めてねーんだよっっ!!!って思うんです。現実の世界で戦うことに疲れた時、ふと、ゆえゆえのかわいー姿や(って読んでない人わからんな(苦笑))、アスナの健気な姿に萌えて、、、今週のジャンプのパンチラに超ドキドキして(笑)、それでなにがいけないんだ???。それで、現実に強く踏み出すパワーが癒しがもらえるのならばそれでいいではないか????。いや、、、、物語の意味って、そもそもそーいうものなんじゃねーか??って。


それになによりも、現実の世界は、一歩一歩の集積で、一足飛びにに世界全体や大きな帰結などの、そういったソリューションは得られません。世界全体の構図も見渡せなければ、大きな飛躍やご都合主義のハッピーエンドも見れません。けど・・・・だからこそ、日常の縮図や難しさを描くのではなく、その飛躍や、もしかしたらあり得るかもしれないご都合主義なハッピーエンドを・・・・・僕らが何を目指して、、、何を希望に生きているかのよすがとなる希望の火を描かずに、、、なんの目的で文章を書くのだろう???。文書とは、物語とは、メッセージとは、孤独にさいなまれて孤独に打ち震える心へ、遠くで同じ暗闇で苦しむ人が、投げかける火のメッセージであり・・・「ここにいるよ」って、、、いうサインのはずです。それが、遠くの暗闇で一人震える孤独な魂につたわった時に、、、初めて、その「ことば」には、意味が価値が生まれるのではないでしょうか?。


自分だけがこの世界に放り込まれた孤独ではないと知ること・・・・それが、センスオブワンダーなんじゃーないんでしょうか???。


そういう意図と気概がなければ、なぜ他人にメッセージを書くのでしょうか?。



・・・・ぜぇぜぇぜぇ・・・・かなり逸脱した(笑)


裏庭の構造解析まで至らなかった(笑)。


この話、かなり続きます。


以前、ある人から、ってウタさんですが、ナルシシズムの地獄ってのを、もっとわかりやすく説明してくれよーって課題をもらっていたまま、すでに、1年近くたっているのですが、そのいい機会なんで、少し噛み砕いて続けたいと思います。体力が続けば(苦笑)。ちなみに、さくもさんは、わかると思いますますが、この裏庭の解析の後に、その比較としてさくもさんのファンタジー論が来ますんですよ。そこで、上橋菜穂子さんの傑作小説『精霊の守り人』と比較します。同じファンタジー呼ばれるものが、いかに内実が違うかという意味で。何かが来る時あ、同時に来るんだよなー。課題をもち続けて続けて考えていると、何かががーっと合わさる時があります。論は続きますが一足先に参考に。

上橋 菜穂子
精霊の守り人
上橋 菜穂子, 二木 真希子
精霊の守り人

■参考記事


物語の嘘に対するファンタジイの誠実
http://fantamanga.blog17.fc2.com/blog-entry-234.html#more


現実の単純化の結晶としての物語と、その美しさへの違和感
http://fantamanga.blog17.fc2.com/blog-entry-233.html


ファンタジーとは何か ―J.R.R.トーキン『ファンタジーの世界』より
http://fantamanga.blog17.fc2.com/blog-entry-184.html


ファンタジーとは何か その2 ―起源
http://fantamanga.blog17.fc2.com/blog-entry-197.html


>そう言われてみれば、私は小さい頃、魔法少女モノのクリーミィマミとかがアイドルに変身する系には全く興味を示さず、少女漫画誌「りぼん」で『ときめきトゥナイト』の江藤蘭世が「噛み付く対象に変身できる」という能力を持っているほうに断然魅力を感じていたなぁ。猫とか鳥とかになれんの。猫になって日向ぼっこしたい、鳥になって飛んでみたい…。

 アイドルになる(=他者からの羨望を集める)という欲求は、現実世界で実現するかもしれないけれど(少なくとも可能性はある)、鳥になる(=現実での物理法則を無視)という、どうあってもこの世界では実現不可能な願望が、トールキンが述べているような本質的な魔法を生み出すのだと思います(*つまり、「魔法」少女モノ、と言われてはおりますが、「他者からの羨望を集めたい」といった他者志向性を根源に持つ願望から来る「魔法」というのは、「ファンタジー」の本質からはかけ離れたものであると思います。


それらの欲求を満足させたい方々は、おそらく創造の物語を読むよりも、「人間ドラマ」を主眼とした物語を嗜好されるのではないかと思われます)。『ニルスのふしぎな旅』も大好きだったなぁ。小さくなってモルテンの背中に乗りたいー。

不思議漫画blogのさくもさんより
http://fantamanga.blog17.fc2.com/

J・R・R・トールキン, 猪熊 葉子
ファンタジーの世界―妖精物語について

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花見とエンディングと楽園願望

http://blog.livedoor.jp/magimagi7/archives/53829321.html


自意識と自尊心のコントロール

http://ameblo.jp/petronius/entry-10027391043.html


『西の魔女が死んだ』 梨木香歩著 主人公のマイは卑怯で小賢しい
http://ameblo.jp/petronius/entry-10007439986.html


『Landreaall 』おがきちか著 竜と囚われのヒロインを巡るファンタジーの微妙なズラし
http://ameblo.jp/petronius/entry-10029550033.html

『Landreaall』 4~5巻 本物の香り漂うファンタジー~根源的な物語の匂い②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10030180946.html


『しゃにむにGO』25巻 本当に大事なものは、なかなか見えないものだ、けれど人生は美しい②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10028227071.html


『Fate stay night』TYPE-MOON セイバーシナリオについて~不死性とは?


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■三角合併解禁
http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/cf09cea78b0dcf7ca8164584641c3f5a
債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら 
ウォールストリートで20年、生き残ってきたノウハウを開示、日々のマーケット・社会情勢を分析します。


あーーー時代は変わるねー。どんどん世界は動いている。。。。


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■日本企業による世界的企業の大型買収がこんなにあった

時事通信
いよいよ5月1日、三角合併が解禁される。多くの日本企業の株式を大量保有するスティール・パートナーズや、日本ビクターを傘下に入れるTPGなど、外資のM&Aはすでに話題だが、外国企業からの買収がしやすくなる三角合併の解禁により、外資からの脅威はますます高まることになる。やっぱりグローバル時代は厳しい…というのが、最近よく見かける多くのニュースの流れ。だが、実は見方を変えれば、グローバル時代もちょっと違って見えてくるのだ。

例えば、新聞に小さく出ていたのが、こんな記事。日本たばこ産業(JT)による、イギリスのギャラハー・グループの買収が、英国裁判所の審問とギャラハーの臨時株主総会で承認された、という。これで買収手続きを終えることになり、4月18日に買収完了予定である、と。裁判所の審問? なんでそんなことに? 実はこの買収、世界第5位のたばこメーカーの大型買収なのだ。だから、こうした手続きが踏まれた。そして、これを手がけるのが、日本企業のJTだったのである。買収総額は日本円で約2兆2000億円! とんでもない規模の世界的な買収が行われたのだ。

外資の脅威が騒がれているが、実は日本企業は買われる脅威にだけさらされているわけでは決してない。表をご覧いただければわかる通り、世界的企業の大型買収を次々に行っている存在でもあるのだ。背景にあるのは、もちろんグローバル競争。世界のマーケットで勝負するとき、例えば特定のエリアに強い企業を買収する、自社の事業を補完できる会社を買収するなど、M&Aは有効な戦略になりうる。ビジネスを拡大し、根付かせる時間と人材を簡単に手に入れられるのだ。最近では、優秀な外国人経営陣を手に入れるために、M&Aを発想する日本企業も出てきているという。

日本企業が外国企業を買収する海外投資は、すでに8兆円以上の規模になっているといわれる。三角合併解禁前に、ぜひ知っておきたい事実である。
(上阪 徹)
http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200704191106?vos=nr25alsc0139002

【コラム】 日本企業による世界的企業の大型買収がこんなにあった
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=198567&media_id=29

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外国企業による買収が
容易になる「三角合併」って?

2007年の経済キーワードのひとつに「三角合併」が挙げられるだろう。06年5月の商法改正で実施されるはずだったが、買収防衛策の猶予期間として1年延期された。それがいよいよこの5月に本格実施を迎えるのだ。

三角合併は、1999年の商法改正で国内企業に限り可能になった「株式交換」による買収方法のひとつ。かつて会社の買収は、現金で相手の会社の株式を買い取るしかなかった。しかし株式交換なら、現金の代わりに自社の株式を使い、買収相手の株式と交換することで吸収合併することができる。つまり、現金を用意しなくても、価値を持つ自社株さえあれば買収ができてしまうということ。三角合併は、いわばこれを国際規模で可能にしようというものだ。

Aという外国企業があって、Cという日本企業を買収したいとする。現行法では、外国企業による日本企業の直接合併は認められていないため、まずAはBという日本子会社を作る。通常の株式交換なら、BとCとの株式交換だが、「三角合併」が解禁されると、Bは自社株ではなく、親会社のAの株式を交換に使っていい、となるのだ。結果的に、Cの株主が受け取るのはAの株式。つまり、外国企業Aは、日本企業Cを実質的な株式交換で買収することができる。

三角合併が生まれたのはアメリカ。どうしてこんな仕組みが生まれたのかというと、大規模な企業買収をしやすくするため。時価総額の大きな企業は、資金繰りの不安なく、株式の交換で買収が容易にできる。

日本の三角合併導入の背景には、経済産業省による“国際標準の導入を”という意識があるらしい。しかし、実際には、三角合併を認めているのはアメリカだけ。ヨーロッパにはない。また、もし三角合併が実施されて先ほどのCの株主がAの株式を手にできても、Aは外国株式。国内では換金ができない。財界から反対の声があるのは、単に外国企業の買収が怖いからというだけではない。このキーワード、覚えておいて損はなさそうだ。
(上阪 徹)
http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200701051106?vos=nr25alsc0139001

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■三角合併 5月1日解禁 「黒船」に揺れる日本企業
5月1日9時52分配信 毎日新聞



 外資が日本企業を買収しやすくなるとされる「三角合併」制度が、1日解禁される。昨年施行された会社法で新設された規定の一つだが、産業界などが「備えがないまま導入されれば外資の買収が相次ぐ」と反発し、1年間施行が凍結されていた。「黒船」上陸をにらんで駆け込み防衛策に走る企業が相次ぐ一方、こうした企業の支援をビジネスチャンスとみて動く金融機関も出てきた。【小林理、平地修、松尾良】
 ◇防衛策ラッシュ
 「何が起きるか分からない」。王子製紙の篠田和久社長は4月27日に、買収防衛策の導入を発表した。同社は昨年夏、北越製紙に対し、敵対的TOB(株式の公開買い付け)を仕掛けて失敗した経緯がある。当時は北越の防衛策を批判したが、篠田社長は「防衛策自体を否定したわけではない」と説明した。
 導入するのは、「事前警告型」の防衛策。発行済み株式(議決権)の20%以上を買い付ける投資家に目的などの説明を求める。その結果を社外取締役らで構成する特別委員会が検討し、敵対的と判断した場合、既存株主への新株予約権割り当てなどを検討する。
 会社法などによると、議決権を20%以上保有すると相手会社が連結決算の対象になり、過半数で役員人事など事実上の支配権を獲得、3分の2以上で合併承認などの「特別決議」も可能になる。新株予約権が行使されれば、発行済み株式(議決権)が大幅に増えるため、買収による会社支配は難しくなる。
 玩具大手のタカラトミーは同17日に、防衛策導入を発表した。「米国の玩具大手の企業規模は日本の2倍。三角合併解禁で、玩具業界でも外資が日本企業をのみこむケースはありうる。個人株主主体の当社ではきちんと対応策をつくっておかないと」と説明する。
 横河電機、クラレ、ベスト電器なども4月に入り、相次いで買収防衛策を発表した。
 野村証券金融経済研究所の調査によると、同16日現在で防衛策導入を発表した上場企業は累計229社。中には、買収者から防衛策をめぐって訴訟を起こされる危険を回避するため、防衛策発動の是非を審査する外部委員会の設置や株主総会での確認などを盛り込み、「いつでも使える」(電機メーカー)よう改定するケースも目立つ。
 ◇目立つ増配

 配当金を増やして株価を上げるとともに、買収に応じない安定株主づくりに励む企業も多い。世界的な企業再編が進む鉄鋼では、07年3月期に新日本製鉄が年間配当を9円から10円に、神戸製鋼所が6円から7円に、それぞれ増配。外資の買収攻勢がうわさされる製薬業界でも、武田薬品工業が106円から120円に、アステラス製薬が70円から80円に増配する。
 新光総合研究所のまとめでは、4月23日現在の東証1部上場1382社の07年3月期の配当予想額は5兆6671億円で、前期より約1割増加した。同総研の山本光孝クオンツアナリストは「増配の第一の理由は業績回復だが、今期は買収対策の意味合いも強い」とみる。
 ◇対抗策ビジネス本格化
 株主名簿の管理など株式代行業務を手がける信託銀行では、防衛策導入の支援ビジネスを本格化させている。
 三菱UFJ信託銀行は昨年1月、株主戦略支援室を新設。これまで約10社の防衛策導入を支援し、6月の総会に向けてさらに約10社と契約を結んだ。また、敵対的買収者が現れた際の対応策をまとめた「危機管理マニュアル」の作成支援や、株主の動向を知るためのアンケートなども請け負い、買収防衛に関する総合サービス展開を目指している。
 みずほ信託銀行も昨年度から買収防衛の導入支援ビジネスを本格化している。昨年度は15社の支援を手がけたが、今年度は倍近くに増えた。いまや「防衛策導入は当たり前」(三菱UFJ信託)の時代とみて、防衛策導入のピークになる今年と来年の総会に照準を合わせ、各信託銀は「ビジネスチャンス」を拡大させる構えだ。
 ただ、三角合併が解禁されたからといって、5月以降に外資による日本企業買収が激増するかというと、その可能性は小さい。買収に詳しい檀柔正(だんよしまさ)弁護士は「三角合併はあくまで当事者が合併に合意したうえで使う手法。嫌がる相手を無理やり買収する敵対的買収とは違う話だ」と指摘する。
 とはいえ、外資が穏やかに新制度を活用するという見方は経済界では少数派だけに、警戒を崩さない。安倍政権は対日直接投資倍増を公約しているため、民間企業には「政府は国内企業を本気で助けてくれないのでは」(メーカー幹部)との不信感も渦巻く。各社とも外資勢の動向に神経をとがらせている。

 【ことば】三角合併 株式交換制度を使ったM&A(企業の合併・買収)手法の一つ。企業の拡大、効率化の手段であるM&Aを容易にし、外国企業の資本や経営手法を導入しやすくするメリットがある。外資による対日直接投資の増加を公約していた小泉内閣が昨年5月施行の会社法に盛り込んだが、日本の産業界からの批判に配慮し、解禁は1年先送りされた。
 A社がB社を吸収合併する場合、A社はB社の株主が持つB社株を買い取るが、旧商法の規定では、買い取りの対価として渡すものはA社株に限られていた。会社法では、買い取り対価を何にするかの制限はなくなり、現金や親会社の株でもよくなった。その規定を利用し、A社が親会社(C社)の株をB社に渡し買収するのが三角合併だ。
 外国企業が日本企業を直接吸収合併することは認められず、国内の子会社を介在させる必要がある点は変わらないが、自社株を相手会社の株主に渡せば済むので、新たな資金負担は不要。株価が高く、発行株式数の多い企業ほど、買収する余力が大きくなるため、時価総額が巨大な外資にメリットが大きい。


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最終更新:5月1日9時52分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070501-00000002-maip-bus_all.view-000

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■予備選勝利目指し初の舌戦=イラク、銃規制で民主が討論会-米
4月27日10時0分配信 時事通信


 【ワシントン26日時事】2008年の米大統領選挙を目指して指名争いに名乗りを上げている民主党の有力候補者8人が26日、サウスカロライナ州オレンジバーグで開かれた公開討論会で初めて一堂に会し、論戦を繰り広げた。予備選や党員集会の開始まであと9カ月あるが、指名争いに勝利するには序盤でライバル候補をたたいておく必要があるため、ヒラリー・クリントン上院議員やオバマ上院議員らの有力候補はイラク政策などをめぐり舌戦を展開した。
 出席したのはヒラリー、オバマ両氏のほか、エドワーズ元上院議員、リチャードソン・ニューメキシコ州知事、バイデン上院議員、ドッド上院議員、グラベル元上院議員、クシニッチ下院議員の8人。
 討論の中でイラクについては「ブッシュ大統領の失敗」で一致。期限を定めた駐留米軍撤退法案が同日、上院本会議でも可決されたことを受け、「これが米国民の欲していること」(ヒラリー氏)、「戦争を今終わらせるために政治的な力が必要」(オバマ氏)などと自説を展開した。
 最有力とされるヒラリー氏は、イラク開戦決議に賛成した点を突かれると、「当時の情報で判断したが、問題は今何をするべきかということだ」と弁明したが、「同じ情報でも最初から判断できる」(クシニッチ氏)との反論もあった。このほか、銃規制の必要性、妊娠中絶の是非、社会保障税制の在り方などが議論された。 

最終更新:4月27日11時0分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070427-00000051-jij-int



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■オバマ氏の追い上げ急=ヒラリー氏と5ポイント差-米大統領選の民主党指名争い
4月27日7時1分配信 時事通信


 【シカゴ26日時事】米紙ウォール・ストリート・ジャーナルとNBCテレビの最新の共同世論調査によると、次期大統領選の民主党候補指名争いでヒラリー・クリントン上院議員とオバマ上院議員の支持率の差が急速に縮まっていることが明らかになった。26日付の同紙が伝えた。
 同紙によると、今回の調査でヒラリー氏の支持率は36%と、3月時点の40%から低下。一方、オバマ氏は逆に3月時点の28%から今回は31%に上昇し、両者の差は5ポイントにまで縮まった。3位はエドワーズ元上院議員で、3月の15%から20%に上昇した。 

最終更新:4月27日7時1分

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■ヒラリー氏vsオバマ氏 舌戦いきなり熱く 米大統領選民主党候補
4月28日8時1分配信 産経新聞


 ■指名獲得へ討論会

 【ワシントン=山本秀也】2008年の米大統領選で、民主党の候補者指名獲得をめざすヒラリー・クリントン上院議員ら8氏による最初の公開討論会が26日、南部サウスカロライナ州オレンジバーグの同州立大学で開かれ、イラク政策などで論戦を繰り広げた。共和党も公開討論会を来月早々に予定するなど、大統領選の前哨戦がいよいよ本格化する。

 民主党の候補者指名は、来年1月のアイオワ州党員集会から本番を迎える。しかし、今回は大票田のカリフォルニア州など各地で予備選、党員集会の日程を繰り上げる動きが出ており、与野党とも序盤で候補者が固まるとの観測が強く、討論会は出足から熱を帯びたものとなった。

 討論会にはクリントン上院議員のほか、オバマ上院議員、エドワーズ元上院議員の有力候補らが参加した。

 イラク撤退法案をめぐり民主党がブッシュ共和党政権と対立を深める中、オバマ氏は「予備役や州兵を含めたわが軍はもはや限界を迎えつつある」として、大統領の拒否権を覆して法案を成立させられる3分の2の支持獲得を訴えた。

 クリントン氏は「もし大統領が戦争終結を図れないなら、私の就任後に終わらせる」と発言。イラク開戦決議を同氏が支持したことをエドワーズ氏に突かれたが、「当時の情報に基づく判断に過ぎない」と受け流した。

 安保政策に関しては、米国の3大同盟国を挙げるよう質問されたオバマ氏が、欧州、日本に触れた後、なぜか中国に言及。「日本は多年の同盟国だが、中国は急成長を続けている。敵でも味方でもなく、競争相手だ」と論じた。

 討論会終了後にNBCテレビが実施したインターネットによる簡易世論調査では、「最も説得力のあった候補」としてオバマ氏(37%)がクリントン氏(21%)を引き離した。

最終更新:4月28日8時1分


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■米モルガン・スタンレーCEO、ヒラリー議員への支持を表明
4月27日11時59分配信 ロイター



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 4月26日、ビジネスウィーク誌最新号によると、米モルガン・スタンレーのマックCEOが民主党の次期大統領選候補者の1人ヒラリー・クリントン上院議員(写真)を支持する意向を表明(2007年 ロイター/Jim Young)

 [ニューヨーク 26日 ロイター] ビジネスウィーク誌最新号によると、米モルガン・スタンレー<MS.N>のジョン・マック最高経営責任者(CEO)は、民主党の次期大統領選候補者の1人ヒラリー・クリントン上院議員を支持する意向を表明した。同CEOは共和党員。
 同CEOは、ヒラリー氏は共和党と連携する意思があり、金融業界や医療問題をしっかり把握していると信頼しているとの考えを示した。
 ビジネスウィーク誌は政治献金を調査しているポリティカルマネーラインを引用し、リーマン・ブラザーズ<LEH.N>、ゴールドマン・サックス・グループ<GS.N>、JPモルガン・チェース<JPM.N>のトップも、過去数年間、民主党に好意的な見方を示していると報じている。


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第120回 これがアメリカ大統領選だ!
http://www.uraken.net/zatsugaku/zatsugaku_120.html

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■なるほど!

>無力なガキは嫌い・・・・とネギに最初に何ども言っていたのは、守られるだけで守ってくれる人に対して何も返せない「過去の自分」が許せなくていっているセリフなのは、明らかそういう見方があったんですね・・・確かにそう考えると、明日菜の考え方も納得がいく。当時の記憶が無いのに、無意識にそういう思考を持っているというのも興味深いです。オヤジ好きはガトウに対する記憶が影響してるとは思っていましたが・・ガキ嫌いも、そういう考え方ができるんですねぇ。


しかし、「ネギま!」ってこういう、ペトロニウスさんみたいな深い読みを「しなくても楽しめる」ようになっているじゃないですか。例えば文学(的作品)なら、そう読むことをある種強制される為に、理解した読者は全員「そういう楽しみ方をできることを知っている」わけですが、「ネギま!」の場合はむしろそういう楽しみ方を知っているのは少数派ですよね。中にはギャグ漫画として読んでいるから、超編の展開にあまりついていけない人もいるみたいで。


ということは、知らない人がネギま!を知る時に伝え聞く「作品の魅力」だと、こういう深い部分が伝わりにくいような気もしますね。そうなると単なる萌え漫画のイメージが先行して、ユーザーを限定してしまう気がして・・・それがもったいないなぁ、と思ったり。

・・・すみません、全然コメントと外れてしまったのですが、思ったことを書かせて頂きました(汗)

カルマ 2007-04-25 14:32:41 [コメント記入欄を表示]



**************



■さまざまな読み方~文脈の深さを読む行為は、その人の教養と比例する


ああ・・・・このカルマさんのコメントは、教養主義に対する僕のスタンスをとってもあらわすコメントだと思います。文学は、そのオリジナリティ故に、読解の方向をかなり縛る傾向があります。それは、文学が明確なメッセージを込めている場合が多いからです。けど、物語は、娯楽作品です。メッセージを読み取るべきものではなくて、一夜の寝苦しい夜に、ふと空を見上げて空想するように、癒しやワクワクを与えてくれるものだと思います。



けれども、物語というものが目指すべきところは、「世界の再現」です。



「こことは違う時空間」を完全に再現することが志向されています。だから、現実の多様性と同じように、物語には、様々な前提の文脈が背後に隠されており、それを読み取れるかどうかは、その人次第なのです。


人間が同じ現実を生きていても全く異なる感覚世界を生きているのと同じように、同じ物語を読んでも読み取れる能力の違いによって全く違う相貌を発見することになります。だから、教養を深め、さまざまな多様な文脈を読み込めるようになると、世界の輝きが変わります。そういう意味では、僕は勉強は必要だなーと思いますよ。


もちろん「そういう読み方」をしなくてもいいです・・・・が、重要なのは


しなくてもいい(選択可能だけれども、あえて選択しない)


ということと


できない(そもそも選択肢を見つけ出す能力が欠落している)


はまったく違います。




>しかし、「ネギま!」ってこういう、ペトロニウスさんみたいな深い読みを「しなくても楽しめる」ようになっているじゃないですか。



一流のエンターテイメントは、そういうものなんですよね。さまざまな次元から読解可能で、とりわけ様式美に則って人々の動物的快楽のボタンを素直に押してくれるものが多い。


ただ、、、やはり、作者にいいようにしてやられるのは、残念でなりません。


作者が思いもよらなかったようなボタンを自ら押したり、作者がびっくりするほど深く物事を読み込んだりして、そういう読者の存在がたくさんいることで、作品世界がより深く読まれ、それに対抗して作品作りを深められる…そんなコラボレーションになると最高なんですがね。


良い観客と良いクリエイターがそろって、はじめて芸は深みを増すものですから。



■そこまで書く必要があるのか?~読みの多様性が、読書体験を豊かにする


前にも書きましたが、ある編集者が言っていたのですが、マンガ批評は実際にはマーケットにならないそうですので、マンガを高度な文脈から読み解くという作業や批評は、書くほうも見るほうもかなり少ないと考えられます。僕は、赤松健さんの『ネギま!』のような中学高校生を対象にした週刊マガジンの連載の中で、僕のような解析をするる文学読み野郎は一桁のパーセンテージに満たないだろうと書いていますが、そもそも読み捨てられるのが前提のマンガ作品に、そういった解説を加えようとする行為に、意味があるか?といわれると、まぁ難しいところでしょう。


でもまー、僕はこの記事を書いて人々を啓蒙しようとしているわけではありません。何度も書いていますが、僕のこのブログは・・・・というよりも文章は、自分がより物語に深く没入するためのある種の修練とか手作業みたいなもので、こうやって文字で分解しなおして、作品の構造的視点や自分が持っている内的テーマとの関連性を確認した後で、物語や現実を見直すと、いままで見えなかったものが見えたりわかったりするようになり、、、それがたまらなくエキサイティングなんです。


マンガや小説など、疑似現実も確かに死ぬほど好きです。


けれども、そういう疑似現実の背後の文脈多様性を一瞬で見抜く癖をつけると、現実も同様に様々な背後文脈に敏感になって、ぼけーっと生きている人では考えられないような多様性に敏感になるようになりんす。



そちらのほうが、人生が楽しいと僕は思っています。



そして、文脈の解釈とういうのは、自分一人だけだとナルシシズムに陥りがちで、様々な人の意見を見て、相互比較して、そして深めていくと、よりバランスのとれたものになって深まっていきます。


まぁ、、、なんというか、僕は物語を現実とほぼ同等の存在としてとらえているので、そこを豊かに読み込めるということは、すなわち人生も豊かに生きているという意味になると思うのです。


僕は、少し深刻に物事を考えすぎてしまう頭脳空転系(笑)ですが、こうやって書くことによって相対化すると、自分の感覚や反射的態度が、どういうもので、世界という文脈にとってどういう意味があるのかという自己言及…自己相対化の契機にもなり、そういう内的自己の深化というのは、いや面白いと思うんだけどなー。どこかで、自意識の栽培と書いているブログがありましたが、まさにそれです。


まっ、自分の楽しみで書いているんですが、それを好きだと思ってくれる人と共有して、さらに深めたりできると、最高だなーと思います。


僕も、何が言いたいかわからなくなってきました。



>ということは、知らない人がネギま!を知る時に伝え聞く「作品の魅力」だと、こういう深い部分が伝わりにくいような気もしますね。そうなると単なる萌え漫画のイメージが先行して、ユーザーを限定してしまう気がして・・・それがもったいないなぁ、と思ったり。



そうですね。たしかにもったいない。


でも、、、まぁーなんでも・・・僕はやりたい人はやればいいし、やりたくな人はやらなくてもいいと思うので、それは実際どうでもいいです。読者層を広げるとか、もっと異なる深さを気付かせるというのは、マーケティングの仕事で、講談社の編集部の戦略や赤松スタジオが考えるべき戦略ですから(笑)。


そもそもパッケージが萌え的な位置づけなので、それを打ち破るのは難しいし、基本的にティーンズを超えた女性には、明らかに受けない(笑)ガジェットが多いですので、、、、ユーザー限定は半ば意図的なんで、それを超える内容があったとしても、基本的にはパッケージで選ばれる時代ですから、難しいでしょうねぇ。


ただ、おっしゃるとおり、もったいないなー。とも思います。


でも、僕はアニメは2期目は結局一度も見ませんでしたし、イベントも声優も全く興味の外にあります。興味がないというよりは、僕の楽しみがオリジナルテクストを深く深く読み込むことで、、、、かつ萌えで物語を読んでいないので、表層部分で戯れるというのがあまりできないのかもしれません。イベントとか声優とかは、もともとよく知らないので、楽しみ方の作法がわかりません。作法がわからないものは、人はなかなか入っていけないものです(少し残念です)。


けど、実際にはネギまのコアなファン層は、高校生から大学生ぐらいまでの「この」層っぽいですよね。そこに僕は余り理解が及んでいないので、そもそもネギまが何で、どういうふうに売れているのか?ってのが、いまいちよくわかりません。


僕はただ、オリジナルテキストの近代古典文学的(=ビルドゥングスロマン!)な背景を隠しつつも、技術的に萌を煽り、総花的に今の深化した漫画技術をぶち込み続ける赤松健さんという人の創作物に、いやーj菌性を楽しませていただいております、ありがとう!って感じですねー。


とりとめがなくなったので、とりあえずここまでです。

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これは2人の若者の恋のお話。
しかし、恋と呼ぶにはあまりに過酷で切ないお話。

舞台は空中浮遊都市ネオ・ヴェローナ。

キャピュレット家統治の下
神秘の力の恩恵に恵まれ栄華を誇ったこの場所は
14年前、モンタギュー家の反乱により、
その平和は過去のものとなる。


暴君による悪政が敷かれ、貧富の差は明白。

キャピュレット王家の血を引きし、
ただ一人の生き残りである少女 ―― ジュリエット
両親のカタキ ―― 独裁者の息子ロミオ



残酷な運命は2人を引き合わせ、恋に落ちる。


http://anime.goo.ne.jp/special/gonzo/romejuli/index.html

ロミオ×ジュリエット

監督 : 追崎史敏
シリーズ構成・脚本 : 吉田玲子


偶然に見つけた。さすがGONZO映像が美しい。巌窟王で味をしめたのかもしれない…確かに過去の有名どころ作品を、うまくSF風に味付けしてリメイクするのは、興味深い手法だ。あまり映像に自信がないところでは、岩窟王やシェイクスピアクラスは、たしかに怖気づくと思うしね。


すっごくおもしろそうだし。世界が美しい。男装の少女は大好きなので、個人的にジュリエットは大好きなんだけれども、、、、それでも、やはりGONZOは、キャラクターのパンチ力に欠けるなぁ。壮大な世界を描くのに、特別に萌えるキャラクターは不要とも考えているのかもしれない。巨大なマクロを描こうとすると、逆にライトノベル的なキャラの強度は不要かもしれないけれどもね。


昨日、どーも頭痛がして、ねむれなかったので3時ごろ起きだしてきてネットを見ていて、なんとなく見てみました。

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