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2010-09-21 23:19:50

プツンと…

テーマ:ひとりごと

2010年も、残すところあと3カ月ほど。

早いなあ。


年が明け、母の四十九日も無事すんで、

しばらくは、ぼーっとしていたんだったかな。

でも、なんだか落ち着かなくて。


ウツウツの原因を取り去ってゆかないと、

前に進めないと思った。


いちばん気がかりだったのは、

空家にしていた実家のこと。


だだっ広い平屋の古びた建物は、

まだ母が住んでいた頃からもう、

薄暗くてカビ臭くて、気が滅入りそうで、

住まう気になれず、ついつい放置していた。


夏場は庭が雑草のジャングルになってしまい、

草むしりをしなきゃいけないのに、ウッツウツー…

これがまた、重荷で仕方なかった。


そんなこんなで、

春先から、実家の売却に乗り出した。


仲介業者さんを決めるまではかなり悩んだものの、

その後はトントン拍子に事が運んだ。

不安もあったけど、トラブルもなく、

無事、契約完了。

しかし息つく暇なく、今度は、早急に荷物を整理、

運び出さなければならない。


ちょうど、猛暑の入り口にさしかかる頃、

毎週末、実家に通い、

数十年分の思い出と格闘した。

もう、修行僧にでもなったような気分だった。


かろうじて引き渡しに間に合って、

ああよかった…と胸を撫で下ろす。


しかしそれもまた束の間!

入ったお金で、中古のマンションを購入することしたのだ。


「あんたは現金持ってると使っちゃいそうだから…」

という叔母たちのお説教をかわすため…と、

実家がなくなった今、ずっと暮らしてきた町に、

お墓しかのこらないのは、どうにも寂しかった。

それで、購入。


猛暑の真っ只中、引っ越しをするという、

無謀極まりない事態になってしまったが、

新生活への期待が栄養となって、何とか乗り切れた。


大きなイベントが途切れなく続いた数カ月はハードだった。

その分、すべて乗りきった後の脱力感も大きいようで、

段ボールの荷ほどきも半ば、

ここへ来てプツンと、緊張の糸が切れてしまった。


3連休は寝っぱなしだった。

先が思いやられる。。


2009-12-12 03:38:24

母の死

テーマ:ひとりごと

「きょう、ママンが死んだ」

これを実際口にする日がくるとは…
仏文科入学当時は夢にも思わなかった。


手術をしたと書いたばかりだったけど…
4日の早朝だった。


やっぱり、気管切開はイヤだったのかなぁ。
いやだよぅ、もういいよぅ…って。


駆けつけた叔父、叔母たちも、
「長い間つらかったよね、やっと楽になれたね」
そう言っていた。
わたしも、そう思った。


最後まで、お母さんが痩せて弱っていく姿を、
直視することができなかった。
介護もついつい施設まかせで、
足を運ぶこともあまり頻繁ではなかった。


後悔も反省も山ほどある。
でも、じっくり振り返るには、
もう少し時間がかかりそう。


遺影のお母さんは、まだ元気で太ってて、
幸せそうな顔をしている。
そういう写真を選んだ。
背景や服も、華やかなものにしてもらった。
今は、こういう思い出だけでいいと思った。


思い出すのは小さい頃のことばかり。
美人でやさしいお母さんだった。


喪主を務めるわたしを見て、
若いのにしっかりしてるねと、
そう言ってくれる人も多かったけど、
基本、超過保護に育った一人っ子。
スーパー甘ったれなのです。


だから、みなさん今後とも
援護よろしくお願いします。


それにしても…

じーちゃん、ばーちゃん、
おとーさん、おかーさん。
ひょっとしてみんな後ろにいるのかなー、
とか思ったら、
悪いことできないなって思いました。


2009-12-02 04:44:28

息をすること

テーマ:ひとりごと
5月に特養に入ったうちのママンですが。

先週土曜、あらたな手術を受け、
次は「療養型病院」に移ることになりました。

今回の処置は「気管切開」。
諸々の理由で窒息の危険が高まった患者さんの、
呼吸の確保のために行われるもの。

のど仏の下あたりに穴を空け、プラスチックの器具を差し込み、
空気の通り道を作ってあげる。

これをしてしまうと、医療依存度が高まって、
夜間、看護師さんがいない、
いまの特養では受け入れ不可となる。

特養のスタッフさん、みんないい方ばかりで、
建物の内部もきれいだし、雰囲気も明るいし…。

気切などしないで、寿命が短くなっても、
このまま最後まで特養にお世話になればいいじゃないか、
そこまでして、生きなくてもいいじゃないか、と、
最初はそう思った。


でも、入院中の病院のドクターに、

「むずかしい選択だろうけどね、でも…死んじゃいますよ?」

繰り返しそう言われて、気持が揺らいだ。


それは半年先かもしれないけど、明日ってことだってあるわけだ。
11月の連休中、悩みに悩んで…手術を選んだ。

やっぱり、当たり前だけど、呼吸が詰まるのは苦しい。
それさえ楽になれば、環境のほうは変えることもできる。
逆に特養にいて、死の恐怖を味わいながら、何度も助けられ、
また同じことを繰り返すようなことになったら…どうだろう。

自分の息を止めたり、口を塞いだり、喉をつまんだり、
想像力の限りをつくして、決断した。


でも…。

術後のおかーさんは、めっっっちゃ痛そうで、
涙をためた目を見開いていた。

痛そう~、痛そう~ってせんせーに言ったけど、
せんせーはへいちゃらぴな顔してたから、大丈夫みたい。
(せんせーは口は悪いけどやさしい人)
でも痛そうだった…。

おかーさんの手術なんて、ここ20年で4回目くらいだけど、
やっぱり老体にメスが入るのは見ていてきつい。

気切の欠点は、声が出なくなること。
5月に胃ろうを作った時も痛がっていたけど、
あのときは、「痛かった」って口で言えたもんね。
今度は…つらいよなあ。

しかも、いきなり口鼻じゃないところから、
空気が抜ける仕様になってしまったわけだから、
最初は慣れないみたいで、すごく苦しそうだった。

昨日、様子を見に行った時には、
出血もおさまって、かなり落ち着いてきた様子で、
少し安心したけれど、
まだまだ、違和感に慣れないのか、
懸命に呼吸しているようにも見えた。

わたしがパニック発作を起こすときって、呼吸が苦しくて、
意識して、吸う、吐く、吸う、吐く…としてしのぐんだけど、
そのうち、「ああ、これずっとやってるの、つらいな」って、
「死ぬまでこれ、やってなきゃいけないんだよな」って思って、
気が遠くなって、怖くて、余計に苦しくなったりする。
もっとも、わたしのは実際死んだりはしないけど。

おとーさんと元だんなも喘息持ちだったし、
おとーさんはプラス泥酔で窒息して死んでるし、
息ができない恐怖って、昔から想像する機会が多くて、
…だから余計に。。ね。


処置前に、気切をした患者さんに会わせてもらった。
その方は、とてもおだやかに呼吸していた。
それが、唯一の希望だった。

おかーさんも、早く、傷口がきれいに治って、
あんなふうに、楽に呼吸できるようになるといいなあ。



おかーさんに強いておいてなんだけど、
わたしのときは、もっと早い段階で、
さっくり殺してほしい。
今のうちに一筆書いとくか。


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