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January 13, 2012

ペルーフニンのクリスマス

テーマ:フニン
日本の皆様、明けましておめでとう御座います。
ふれあい生活館ヤマノ フニン事務所のディアナ・ヤリです。

今日は、私が過ごした去年のクリスマスについてお話しすることにします。
御存じの通り、ペルーはキリスト教信者の国ですし、イエス・キリストは12月25日0:00時に生まれましたから、ペルーでは皆がクリスマスを祝います。
そして1月1日の正月もイエス誕生の0:00時を待つように迎えます。1月には、バハダ・デ・ニニョスとかバハダ・デ・レイエスと呼ばれる東方の三賢人が、生まれたイエスを見て拝み贈り物をささげた1月6日の宗教祭も祝われます。

私は、ここ2週間ほどフニン市の外にいました。
今年はこの特別な日を別の形で祝いたいとの思いから、休暇を利用して、先ずは以前のブログで紹介した美しいウアヌコ市に行ってみました。

この地で私は町の中心部から遠く離れた所で、その地の子供達や家族にチョコレートや玩具を配っているグループに加わって、お手伝いをすることができました。
ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス1

私はチョコレートやクリスマスにはつきもののパネトンと呼ばれるお菓子を配るお手伝いをしましたが、これら玩具などの贈り物を嬉しそうに受けとってくれた貧しいその地の子供達の微笑みは、なんとも可愛くて、私の心は揺れ、忘れられない思い出となりました。そして、その時、私は彼等の友達になれたような気すらしました。

次に、ティンゴ・マリア市に行って約3年間会っていなかった私の家族と再会できました。
その日はクリスマス数日前でしたが、その家族との昼食を一緒に楽しみました。

その後その町を散策してみました。ティンゴ・マリアの中央広場ではナシメントと呼ばれているとても美しい「イエス・キリスト誕生の飾りもの」を見ることができました。広場の奥の方では、眠れる森の美女の飾りも見れました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス2


ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス3

それから、私はセルバ農業国立大学 (略称:UNAS) にも行ってきました。その大学の中には、小さな動物園があり、セルバと呼ばれるジャングル地域に生息している多くの綺麗な動物を見ることができたので、その動物園が特に気にいってしまいました。他の所にも行ってみたかったのですが、その数日間は雨がやまずに降り続いていましたので、行けませんでした。来年、もう一度ここに来てフクロウの洞窟や他の観光地も見て回りたいと思ったりもしました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス4

12月23日に私はティンゴ・マリア市からフニン市に帰ってきました。
約8時間の旅でしたが、フニン市には夜の11時頃に着きました。

次の日にはパネトンなどの買い物をしました。このパネトンは通常、12月24日の夜に牛乳入りのホットチョコレートの飲み物と一緒に食べられます。この日、多くの家ではオーブンで焼いた七面鳥あるいは豚を食べます。

土曜日には、歯医者のサムエル・パヤノさんが子供達に玩具や板チョコを配る特別なプログラムを目にすることができました。以前は、市役所や他の団体も同郷への人達との絆を示す為に、この様な行事を行っていました。ここフニン市にも収入が多くない非常につつましい家庭の子供達が沢山いるのです。
ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス5

尚、フニンの多くの家庭ではクリスマス・ツリーと家畜小屋内の父親のホセ/母親のマリア/子供のイエス・キリストに牧童や動物達が付き添ったイエス・キリスト誕生の飾りものが置かれ、窓にもイルミネーションがつけられます。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス6

クリスマスの後、人々は正月を迎える準備に入ります。例えば、もう着ない古い服や使わない物を選んで、12月31日の夜に、それらを燃やすのです。今年は、市役所などが環境
保全の為に服などを燃やすのを禁じました。それを守った人もいましたが、夜の10時頃になると、多くの人達は燃やすのにそれらを持ちだしていました。これは新しい年を迎えるのに古いものは残さないとゆう伝統的な慣習だからです。真夜中になると新年を祝う為の花火が一斉に打ち上げられ、フニン市は花火の煙と音で一杯になってしまいました。

私の家では、1月1日に昼食を用意して、フニンの町から約10分の所にある非常に静かなウアルミプキオに行きました。そこに着いて、用意した昼食を皆で食べましたが、戸外で家族一緒に昼食を食べるのも良いもので、楽しかったです。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニンクリスマス7

町のマトリス教会で、イエス・キリスト像を祝福してもらい、イエスがこの世におりて来られるようにと、その家に飾ったナシメントのキリスト像を教会に持って行った家族もいました。
フニン市では1月に色々な行事が予定されていますので、これらの行事の様子もブログで紹介してゆきたいと思っています。お楽しみに。

今日はこれで終えますが、又 次号でお会いしましょう。

ディアナ
December 08, 2011

フニン市 67周年イベント

テーマ:フニン
の皆様、お元気ですか。フニン事務所のディアナ・ヤリです。
11月27日はフニンが市になった日です。ここ数日、フニン市が市になってから67年目の記念日を祝うお祭りでにぎわいました。この間、色々な行事が行われましたので、それらの行事を紹介しておくことにします。

この記念日のお祭り行事はカミノ・デ・ロス・プンプッシュと呼ばれるモトタクシーの第1回レースで始まりました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン市67周年1


ディアナ&ジョエルのブログ-フニン市67周年2


ロス・プンプッシュとゆうのは紀元前700年頃にフニン湖の周辺に住んでいたプンプッシュ民族のことですからカミノ・デ・ロス・プンプッシュとはプンプッシュ民族の道とゆう意味です。

この民族は既にマカを主な食料源として栽培していたと言われています。モトタクシーとゆうのはモーターバイクのタクシーで特にペルーの地方都市で良く見られます。日本資本のホンダ・デル・ペルー社もこのモトタクシーをペルーで生産していると聞いています。
このレースはフニン市のアルマス広場をゴールとする約20キロを走るレースでした。このレースは市民に大好評だったので、市長は以前のブルグで紹介したフォルクスワーゲン車レースと同じように継続すると約束されました。

フニン市役所はマラソン・レースも主催しました。
男性ランナーはオンドレス区からの約27キロ、女性ランナーはパチャ村からの約14キロのレースで、フニン市の有名なスポーツ選手も参加されていました。なんと55歳ぐらいの男性ランナーも参加されていましたが、おそくない順位でゴールされました。確かに、スポーツに歳は関係ないようです。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン市67周年3

でも、標高4千メートル以上の所でのマラソン・レースですよ!! 私もゴール地点で選手の到着を待っていましたが、市民の人達は街路の歩道に並んで到着する選手たちに温かい拍手を送られていました。

この記念日前日の11月26日(土)は、点灯照明の内で学生達のパレードが行われました。
それぞれの学校や学院の生徒達がつくった山車やこの記念日を祝う言葉を書いた札などもこのパレードにならびました。フニンの女性を模った山車やサンブジドスと呼ばれているフニンの鳥の山車などは大きくて車にのせられてパレードにならんでいました。このパレードを多くの人が楽しんでおられました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン市67周年4

リベルタ広場ではパレードに続いて音楽会が行われました。フニン地域のバンドが、この67年目の記念日の前夜を祝うべく演奏を始め、皆さん飲んだり踊ったりでとても楽しそうでした。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン市67周年5

そして真夜中の12時になると城の形をした仕掛け花火に火がつけられ始めました。フニン市の夜の空を光の色で彩らせた花火はまさに射石砲から飛び散っている様でした。この花火は67年目の市の誕生日を祝いたいフニンの人達の気持ちを更に高揚させたと思います。
私もこうゆう時の花火って良いなーと思ってしまいました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン67周年6

そのなかで、ワンカイヨ市から来たバンドがステージでフニン市のハッピー・バースディを歌いだし、ルイス・ソロルサノ・タラベラノ現市長にステージに上がって挨拶してほしいと呼びかけました。他のフニンの人達と同様に羊毛の帽子とポンチョをつけられた市長は勿論ステージで挨拶されました。日本の皆様に想像がつくか解りませんが、フニンの夜はとにかく寒いんです。そして、その寒い中この行事は11月27日の午前3時頃までも続きました。


改造中だったアルマス広場はこの日に合わせて工事が終わり、この日にベネズエラ大使を招いて開所式が行われました。
午前10時半から市民・学生パレードが始まりました。このパレードには小中学校、高等学校、公私立学院、NGO諸団体、母親クラブや他団体が参加しました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン67周年8


私は上から広場の様子を見ようとフニン市役所の2階に登ってみました。市役所のひとりから禁じられていると言われましたが、何度もお願いして2階にあがり写真を撮る事ができました。2階から見れた改造後のアルマス広場は素敵でしたし、周りにいる沢山の人達が様々な色の服を着ていて広場が余計華やいで見えました。

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン67周年9

67年目のこの記念日はこんな風に終わりましたが、来年のこの記念日はもっと良くなるのではとの予感がしています。日本の皆様も来年のこの記念日あるいは8月6日のフニンの戦いの戦勝記念日においでになりませんか?

ディアナ&ジョエルのブログ-フニン67周年10


今日はこれで終えますが、又 次号でお会いしましょう。

November 04, 2011

11月1日は日本のお盆 諸聖人の日

テーマ:フニン
日本の皆様、お元気ですか。フニン事務所のディアナ・ヤリです。
11月1日は「諸聖人の日」です。この日は休日ですからペルーの各地で諸聖人の日が祝われます。

フニンの人達は、この日に亡くなった家族や御先祖様の精霊がお墓や家に帰ってこられると信じていますので、10月25日頃からこれらの精霊をお迎えする準備を始めています。
それにフニンの外に出ている人達がお墓参りをしてこの日を家族と一緒に過ごそうと故郷のフニンに帰ってきますから、10月の中旬頃から町の通りは賑わいます。ワワと呼ばれる人形などの形をしたパンやお粥やスポンジケーキやトウモロコシパンなど、精霊の方々へのお供え物の材料を買いに通りに出ていらっしゃる人達も多く見られようになります。

11月1日の正午に食卓にお供え物をならべてお祝いを始めるのがここでは通常です。去年、私の家では食卓に花やワワやスポンジケーキやトウモロコシパンや色々なお粥(トウモロコシのお粥や牛乳が入った小麦粉のお粥やキヌアのお粥やカヤ芋のお粥など)のお供え物を食卓にならべましたが、精霊の方々が生存中に好きだった食べ物や飲み物をお供え物にするので、お供え物の種類は各家庭によって違います。

11月1日から3日間、これらのお供え物が供えられていますので、その間にフニンのある家庭を訪ねられたら他の家庭と違うその家庭特有のお供え物も目にすることになろうと思います。いずれにせよ、これらのお供え物を皆さん、心をこめてつくっていらっしゃいます。

唯、パン類は買ったり注文したりするようになってきています。私の家でも以前は家族で、パン類もつくっていたのですが、今年は時間がなかったのでパン屋さんに注文してつくってもらいました。注文したトウモロコシパンとロールパンを取りにいったついでに、そのパン屋さんのパン焼き場をのぞいてみると、沢山の人がワワやロールパンやトウモロコシパンやスポンジケーキの生地をつくっておられました。


ディアナ&ジョエルのブログ-諸聖人の日1


ディアナ&ジョエルのブログ-諸聖人の日2

そして、そこではリャマやバナナや人形や精霊などの形をしたワワやロールパンやトウモロコシパンやスポンジケーキなどを芸術的につくっていました。これらの日々、フニンの町の通りはパン焼き場からでる良い匂いがして、諸聖人の日が近いとの特別な思いをさせてくれます。フニンの人達がこれら色々のワワをつくったり注文したりするのは、諸聖人の日は日々売られている朝食用のパンがどこにも売られていないせいもあります。ですから、どこのパン屋のパン焼き場もこの時期、大忙しです。


ディアナ&ジョエルのブログ-諸聖人の日3


ディアナ&ジョエルのブログ-諸聖人の日4


ディアナ&ジョエルのブログ-諸聖人の日5


私はこれらのフニンの慣習を楽しむのが好きです。毎年、やきもきしながらこの日を待ちます。なんといっても「諸聖人の日」用につくられる特別で美味しいワワやトウモロコシパンやスポンジケーキが食べられます。
他の日にいつでもそれらのワワを食べられるわけではありません。トウモロコシパンやスポンジケーキは他の日でもお店で見られますが、いつでも売っているわけではありません。
お墓まいりをして亡くなった家族や御先祖様をしのび、彼等の精霊を家族皆でお迎えして一緒に楽しむのは心がなごみます。
今日はこれで終えますが、又 次号でお会いしましょう。

ディアナ・ヤリ

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