3月20日までは魚座月間。心がかたい体を抜け出す。

無境界の多形の夢想に誘われやすい。
一個の体にとらわれたリアリティの囲いは弱まり、

様々な形ない波動との浸透性は高まる。
多数の想いがなだれ込む坩堝。

溶け合えるとき、1と多数の仕切りをとっぱらえるとき。

 

 

 

 

 

 

 

ここ数日、海王星太陽が、魚座で重なっている。
これはまるでマッチ売りの少女が最後に見た夢。
 
吹雪にさらされ凍える少女は、儚いマッチの炎の中、
数々の幸せな幻影を見た。
それらは小さな身体に閉じ込められた現実を忘れさせた
心が描くことのほうがより実感的なリアリティを持ち、
むしろ一個の身体に押し込まれた痛み苦しみなど、かりそめのものに過ぎないと分かった

やがてその一個のかりそめの容器すら完全に焼き捨てるかのように

すべてのマッチを擦った、
炎に投影された映像の中、会いたかった優しい祖母にも再会し、失われていた愛を取り戻した。
そして形ある世界で負わねばならぬ制約から完全に解き放たれて、夢の世界へと旅立った。
怪物テュポーンに追われ水中に飛び込んだアフロディテとエロスのように、少女とお婆さんは抱き合いながら一体となって、この世の重力におさらばした。
 
牡羊座火星・金星・天王星のある今ならば、このマッチの火は他の家に引火して火事も起こすかもしれない)
  
  

魚座は、12サインの旅の最後でありながら、
牡羊座の新しい第一歩が踏み出されるその手前にある、
身体以後、または言葉以前に浮遊している、形ない磁場。
 
魚座のシンボルは逆方向を向いた2匹の魚だ。
一方の魚は、すべてを経てきた後に滅びる肉体から抜け出さんとする浮遊霊。
もう一方の魚は、まだ生まれ出ていない胎児。 
 

骨も皮膚もあまり役に立たない。
定形的な立場の制約から解放されていて、
とても柔らかい
未分化または無形のエッセンスそのもの。
あらゆる形になれるが、すべてがかりそめ。
変化し続ける多様なかりそめの姿を、
そのたびにすべて真実と思い込み、そのたびにそこにすべての想いを注ぐ。
 
魚座スティーヴ・ジョブズは、いつでも無境界の混沌の海にアクセスできるよう、何千曲もそこに音楽を投げ込んでシャッフルできる底無しの器であるiPodを作った。
  
魚座はまるでiPod

多数の想いがなだれ込む坩堝。
どんなものでも区別なく投げ込むことができ、どんなものにでも形を変えられる、

永遠の多形倒錯、永遠の未熟者。
  
かたい体を脱ぎ捨てた心が、無境界の混沌の海にただよいたがる。

あるがままに流されりゃいい。

 



  
 

ところでついこの間(2月の26~27日あたり)
この魚座で「日食」をともなう新月も起こった。
 
日食太陽に遮られてしまう。
 
生命の熱源たる、星星のリーダーのような太陽からの光が、
遮られてしまう。

ある意味、これまで権威の中心としてあったものごとの
失墜とも言えるようなことだ。

でもまたすぐに光は戻ってくる。
ここから新しく光は増してくる。
つまり、古い体制が通用しなくなるということと、
これから新体制が作られてゆくということは表裏一体。
日食前後で起こる変化の影響力は大きく、
このとき日常に生じたことが起こした波紋はその後数か月間広がり続ける
生活の中で何かが大きく変わっていく。
その予兆があったのでは。 

 

魚座日食ICで起こった。
  
ICは仲間や家族で共有する故郷。
 
小さな単位では個々人の実家や地元。
大きくとらえれば「日本国」という観念もまたそれにあたる。
  
その日本国の象徴たる天皇陛下の退位が実現する見通しがたった、のは、まさにこのIC魚座日食の象徴と合致するような出来事だと思う。
天皇陛下は国民の親のような立場的な制約から解放されることになる。
やわらかく、形ない存在に回帰する。
 
個々人のレベルではどんなことが起こっただろうか。
  
私自身、家で火事を起こし、親や職人たちが乗り込んできて、ほとんどリフォームするくらいのところまでいった。
  
書いてないことでも他にもいろいろとあった。
  
次回は

日食の影響について、12サインごとに書いてみようかしら

 

 

 

※絵はフランシス・ピカビアの作品

 

 

 

 

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