今日から秋葉原の駒草出版さんのフォーラムダンクで「アキバでタロット」
わたし初日からいます。




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ところでこの間、ある人の相談にのったんですが、そのとき横にいたS下さんの名カウンセラーぶりに舌を巻き、お株奪われ、シャッポ脱ぎかけまして、

ちょっとしたアイデンティティクライシスってやつに陥りましたんでした。

あれ?この人のまったくもってファンタスティックでグレートな説得と導きで、わたしタロットとかするまでもなくなっちまったな、みたいな。

さてさて自分というものの存在意義についてこりゃもう少し考えなおしてみねばな、的な。
そんなことがあったんでした。
でもですね、
そのあと

別の日に別の方の相談にのったときのことでした。
議題のひとつは恋愛関係のことで、
わたしは話を聞いているだけでこりゃカード出すまでもないだろう、そんなんいっそ思い切って別れちゃったほうがいいんじゃないかな、とか思えてきてたのでした。
 
 
でもまあ、それもまた辛いんだろうな、複雑なんだろうな、とも思って、とりあえず会わずにしばらく冷却期間を、とか一般論的なアドバイスでお茶濁したのです。
 
 
で、そちらのほうは置いといて、ホロスコープ見ながら、どうにか希望の持てることを探して、これからの明るい方向性はどんなところに開けてくるのか、みたいなことを提示したのでした。
 
 
そこで今日は終わるか、と思ったのですが、やっぱり一応出してみてほしい、と言われたので、先ほどの恋愛問題についてカード並べてみたのでした。年内、という期間設定で
 
そしたらですね、なんと、結果、そんな悪くないんですよ。
 
途中の冷却期間を置いた後に、彼のほうの気持ちになかなか劇的な変化が訪れるんじゃない?って感じの、あれ?これは薬が効いたのかな?とか思えるような、そんな結構明るい出方だったんでした。
 
 
ダメか?と思えてきてるところに一縷の希望が見えてきたのでした。
 
 
カード出すまでもない、とか思ったのはたんに自分の人間的な思考の習慣が生み出すくだらない正論的推論からなのだった、ということがそこでわかったのでした。
 
 
カード出してみてよかった。
なぜなら自分自身のくだらない思考の習慣が生み出す推論を裏切ってくれる予想外のことをカードは見せてくれたからだ。
 
 
たぶん相談者が望んだのもこれだったのかも。
まだ希望があるならすがってみたい。目の前に悲観しかないからどこかでそれを裏切ってくれるものがでてきやしないかしら、と。
 
 
あ、これじゃないの?と思った。オレの存在意義って、
 
 
ヒトの表層的なマインドを裏切る要素、それは奇跡とか不条理とか深層心理とか、量子論的不確定性とか、まあそんな呼び名がつけられてるが
 
 
そういう対話しづらいものと対話できる、ということ。
 
 
どんな賢者も名アドバイザーもバカにする悪戯な神サマたち。そういうものも考慮に入れることができる、ということ。
 
 
そうなんだよ運命は「愚者」なのよ。
「愚者」は人間の知性を裏切るのよ。
タロットカードって、そういうものと対話できるツールなのよ。
 
 
オレ別に必ずしも賢い名カウンセラーである必要はないんだ。むしろ世間的な知的な意見をバカにするような奇跡や不条理の可能性を提示してやれるかもしれない、そこを狙ってみたらいいんだ。
 
 
映画『マグノリア』みたいにカエルがいきなり降ってくるかもしれないぜ?
目の前のひでえことはこれから起こる信じられないような面白いことの伏線なのかもしれないんだぜ?
あそこに釣り糸たらしてみたら思わぬ大物釣れるかもしれないぜ?
現実は映画や小説より奇なり、なんだぜ?
 
 
そういうこと。それが見れること。そんなものと対話できること。それが醍醐味のひとつであり、みんなわたしに期待しても良いことなんじゃないか。
 
 
なんか、当然のことかもしれないけど、改めて気付いたかも。
 




ヒトの固まった見方を笑う神サマの悪戯を、手玉にとったろうぜ!
ってなもんさ
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