今年初めての着物

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1月29日、ロイヤルオペラハウスに行きました。「連隊の娘」の三回目。もうこれで終わりです。


諸事情により午後休暇を取り、帰宅して着替え。ゆっくり時間があったので、いつものバッチン付け毛ではなく、コイル・ピンを使って自分で髪をまとめてみました。前の日に練習したんだけどなかなか上手くいかなくて、バラバラしたところはイヤリングでボロ隠し。



  


着物は母のお下がりの戦前レトロ。

お古と云っても、どうも古着屋で買ったものらしく、特に愛着もなさそうだったし、着用の形跡もなくまだしつけ糸が付いてました。母は「お召し」と言ってましたが、果たしてそうなのでしょうか?


長めの袖のせいでどうしても「娘風」になってしまい、日本ではとても私が着られる代物ではありませんが、それはいつもの「ここはロンドン、なんだってOK!」というキャッチフレーズでこれもよしとしてしまいましょう。(しかし、この縞柄、袂を普通の長さにしたら「粋」な着方ができそうので、いっそ切ってしまうかしら、とも思ってます。)



  


それにしても、裏地の派手なことと言ったら!

しかも胴裏が真っ赤で八掛はレモンイエローというものすごい組み合わせ。昔はこれが流行りだったのでしょうか?それとも母の好みだった? 何十年も経っているとは思えないほどの鮮やかでキレイなもんです。


帯は11月に日本で買った乱菊柄。ここでは「菊=秋」とは誰も連想しないので、季節は敢て無視。


  


この着物を選んだ理由の一つは、この道行コート。袂の長さも色もぴったり(母は紫色が大好き)。とても薄手なので畳んでも嵩張らないのは便利。


昔の長羽織など、今着ると丁度よさそうな丈のものは、「み~んな人にあげてまったがね」と言っていた母ですが、これだけは後生大事に仕舞ってありました。


それもその筈、「女学校時代に自分で縫ってどえらい誉められただゃーじ(大事)なコートだでね」、なんですと。勉強の成績はぱっとしなかったようですが、洋裁和裁は得意だった母です。

なので、私が着てあげたら一番喜ぶのはこのコートにちがいなく、写真を送ってあげましょう。


真で見るとスミレ色に見えますが、実物はどぎつい赤紫。そしてこれも裏が真っ赤。目がチカチカするような色の組み合わせです。


キラキラチカチカと言えば・・・・


        



統一感の無い中年かしまし娘・・・


オペラハウスに着物で来るのはこれが初めてのEさんは、「なるべく派手なのにしようね」という私の提案通り、「キラキラとド派手な演歌歌手のような着物よ。まるで水前寺清子だからね」と事前に仰っていたので、期待は高まるばかり。


そして、(写真ではよく見えないのすが)金粉をまぶしたように全身がキラキラと、想像以上の輝かしさ!

夜の照明の下ではこういうのが一番ゴージャスに見えるんです。私はいつもラメ入りドレスが一番映えると思っているのですが、着物でも可能なんだ~。私も欲しい~!


この濃い青緑色に桜の着物、海外のパーティ用にと振袖の袖を切って訪問着になさったそうで、余った布でお揃いのバッグと草履もあり、華やかなパーティに出席する機会の多いEさんならではのお誂えで、羨ましい限りです。


カルメンさんの大きな薔薇刺繍が控え目に見えるほどのEさんの訪問着に敵いそうな花柄着物を私は持っていないし、「まあ着物って花柄ばかりなのね」と思われるのもナンなので大胆な縞柄にしてみました。

3人のバランスは取れませんでしたが、「年齢は無視して思い切り派手に」とういテーマで「三人でやれば怖くない」とばかり着飾って、たくさんの方に誉めて頂き、日本では着られない着物も海外でなら、という皆様のご期待に沿えたと思います。チョキ


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娘の創作帯

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椿姫さん、この頃ちっとも着物着ないのね~、と思ってらっしゃる方もいらっしゃることでしょう。


しょぼんそうなんですよ~、


オペラに2回行ったのに洋服だったし、悲しいかな私は毎年1月の大半は仕事が忙しくて、どこかに着物で遊びに行く時間的精神的余裕がないんです。決して着物に飽きたわけではありません。



ひらめき電球それならば、こんなときこそ、着物ネタが不足したときにアップしようと温存していたことを話題にしましょう。



娘は去年の秋から一年間、アート基礎コースに通っていて、あらゆる分野のアートを少しづつ教えてもらっているのですが、2週間textile(織物、布地)の授業で、「日本の着物」をテーマに選び、プロジェクト作品として二部式帯を作りました。


リサイクル素材を使うことが条件だったので、新品でさえなければ普通の布地でもよかったのですが、それでは面白くないと、娘は家にあったショッピング用のビニール袋(英語ではplastic bags)を利用。


まず一枚づつアイロンで溶かしながらくっつけ、それを12枚重ねてある程度の厚さに。これだけで丸一日掛かったようです。

それを、前の部分は赤と黄色の角柄になるように折り紙の要領で形にし、それを紐で繋げました。仕上げに黒いビニールをの形に切って、これもアイロンで貼り付けました(形がいびつなのは、溶け方がひとつひとつちがうためで、これもご愛嬌でしょう)。

そして、後のお太鼓部分は黒と黄色で古典的なのデザインに。この柄にするのは難しかったようです。


ここまでの材料は、ビニール袋と紐だけ。ビニール袋の中に芯を入れてもよかったのでしょうが、それでは表面的なので、リサイクルというポイントをとことん追及したようです。



↑ お太鼓のタレ部分は敢て省略。黄色の前部分にSelfridgesというデパート名も見えるでしょうか?



ベルトのように固いので、締め心地は決してよくないですが、まあ云わばファッションデザイナーがファッションショーで発表するのと同じで、実用性よりコンセプトとしてのデザインでしょうから、よしとしましょう。


お母さん、これでオペラハウスに行ってね!」とは言わないでしょう・・・まさか・・・・・


赤と黄色の前帯だけなら、ドレスのベルトとして実際に使用できそうではありますが・・・



 

二通りの着物で。帯締めや帯揚げはしてもしなくても・・・。



更に、ありふれたお太鼓の形だけではつまらないので、折り紙風の花や鳥の飾りをつけて立体的にしたところがユニークではないかと。紙ではなくて厚めのプラスチック板が使ってあるのですが、透明なプラスチック板に切り紙を入れてラミネートしてあります。



  
クリックして拡大するとよく見えます。お太鼓は、アイロンで溶かしたら、ちょっと小さくなり過ぎたようです。



メモ授業のプロジェクトとしては、帯を作っただけではなく、着物を全く知らない人のために初歩から説明を書き、最終的にどうしてこういう帯になったかという経緯のレポートがなかなかの力作でした。家にあった古い着物雑誌から写真もたくさん切り抜いて貼付してありましたわ(実際の帯作成は全て娘のアイデアでしたが、このレポート部分は、雑誌の翻訳とかカーチャンも手助け)。


私と一緒に日本でよくデパートの呉服売場や古着屋さんに行って実物を見ているし、去年の夏に京都で絞りメーカーさんを訪問して色々見せて頂いたことも貴重な実体験としてレポートの信憑性に貢献した筈です。もちろん、娘は何度か着物を着た経験もありますし・・・



口紅いつか娘が帯を作ってくれたら嬉しいだろうにと願っていましたが、意外に早く実現してしまいました。まあ例えばキャンバス地に絵を描いた帯とか実際に締められるものを想像していたので、この展開には驚きましたが、この体験によって娘がより着物に興味を持ってくれればこんな嬉しいことはありません。



来月は、娘のオペラハウス着物デビューも実現しそうで、私の方がドキドキしながらも楽しみにしてます。


私が娘に着せるときに「難しいわ~大変だわ~」と騒ぐので、それなら自分でやるわよ、と着付けも覚えたいと言ってくれてるので、それもそのうち・・・。



チョキということで、娘は得意なことをあれこれやらせてもらって楽しくも刺激的な毎日を送っています。



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<1月24日(水)>


雪の結晶朝起きたら、一面真っ白の銀世界!キラキラ


雪なんて、この前降ったのはいつだったかしらねえ? 


写真は全てクリックでおっきくなりますので、珍しいロンドン郊外の雪景色をご覧下さい。



カメラ

まず、私が身支度をしている間にトーチャンが庭の写真を撮りました。


  



 まだ薄暗いので、石灯籠に灯りを灯してみました 

    

 あまり登場しませんが、庭にはもう一つ灯篭があるんです 




「行ってきま~す!」と娘が学校へ。

可哀相に、バス亭まで結構歩くんですよ。 今日は教材が少ない日でよかったね~

玄関の中から撮った写真で、これは我が家の前庭。




カメラ

では私はおツトメに。

うわーっ、すでに解けはじめてビチョビチョつるつるだよーん!

写真を撮りながら駅までそろそろ歩きましょ。


  

                         ↑ これは角の家のだだっ広い前庭なんです    


  


  


我が家の回りは3センチほどの雪で、一応は真っ白ですが、ほんの薄化粧。午後にはすっかり解けてしまったようです。



今年は暖かくて、水仙の今にも咲きそうだったのに、この寒さでまた硬く閉じてしまったことでしょう。


でも、春はもうすぐそこです。



今は仕事で忙しい私にも楽しい時がもうすぐまた巡ってきます。


来週は三日連続でコベントガーデンだかんね~


  さくらんぼ月曜は「連隊の娘」の三回目、

  いちご火曜日は丸ちゃんのトロヴァトーレの初日、

  ぶどう水曜日はちがうチームの「カルメン」



なんちゅう切符の取り方やねん、と呆れるでしょうけど、今週末まで忙しいのはわかっていたので仕方なくこうなったのです。


ま、人生、メリハリも大事です。



         ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。雪.:*・゚ 人気ブログランキング  ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚      

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去年12月17日に93歳で脳卒中と肺炎で亡くなったおじいちゃん(義父)の一生を掛けた趣味について書いてみます。

趣味もここまで来れば大したものだと思いますので。


イギリス東部のノーフォーク州(Norfolk)のノリッチ(Norwich)という、我が家から車で北東に2時間余りの地方都市で一生を過ごしたおじいちゃんは、成績はよかったのですが良い家柄でもないので大学には行かず、街で一番良い学校を出て18歳で市役所の職員になりました。ずっと事務畑で堅実に勤務して、途中で出兵した以外は平凡な役所勤め生活だったのですが、趣味として、18歳から亡くなる直前までの75年間、生まれ故郷の建物の写真を撮り続けました。


カメラ

几帳面なおじいちゃんは、写真を撮るだけではなく、撮影日時やその時の状況などを地道に記録に残し、新聞の関連記事なども切り抜いてきちんと整理してました。(おじいちゃん程ではないにせよ、トーチャンにもこの性格は受け継がれています)


多くの建物は戦時下の独軍による爆撃や区画整理で破壊されたため、彼の記録は貴重な資料となり、やがてそのコレクションは人に知られるところとなり、お役所をはじめ各方面から問い合わせを受けたり、何度か新聞でも紹介されラジオにも出演し、写真集も2冊出版しました。今でもいくつかの公共の建物で彼の写真が飾られています。


その2冊の本は説明文も全て彼が自分で書き、地方限定販売なので出版数も印税額も大したものではありませんでしたが、おじいちゃんの人生の中で一番誇りに思える出来事だったにちがいありません。1冊目は妻と二人の息子に献呈されましたが、2冊目はたった一人の孫である私の娘に捧げられました。そのときまだほんの小さかったのですが、本を捧げてもらえる幼児はそう多くはいないでしょう。


亡くなった直後には、地方新聞で一面全部割いて彼の偉業がちょっと大袈裟に紹介されました。



 おじいちゃんの本棚の前で (クリックで拡大します


この新聞の写真にも出ている愛用した旧型のカメラで撮った写真のほとんど白黒で、つい最近まで自宅で現像してました。



車を運転しないおじいちゃんは、様々な建造物の他、ライフワークと決めたノーフォーク州の全ての教会の写真を撮るために、80代半ばまで精力的に自転車で遠距離を走り回ってました。典型的なイギリス人らしく宗教には興味のないおじいちゃんでしたが、建物としての教会に興味を持ち、600以上もある教会全ての写真を撮り終えたのは、数年前のことです。私たちが訪ねている間によくカントリーサイドをドライブしましたが、行き先はいつもまだ写真を撮ってない教会を基準にしたものです。

教会を網羅した後は、そんなに数多くはないのですが、古い風車もテーマになりました。



2冊の写真集は数年前に絶版になったのですが、折角の貴重な資料を多くの人に見てもらいたいと考えたトーチャンは、2000年にホームページを作りました。ずっとソフトウェアのデザイナーをしていたトーチャンはコンピューターはお手のものですから技術的には簡単だったのですが、一番時間を費やしたのは、8千枚のネガをスキャンした上に汚れや傷を修正することで、まだ会社勤めしてた時から暇さえあればパソコンで長時間作業してました。


世界中からメールもたくさん届き、HPを通しておじいちゃんとトーチャンの世界は広がりました。二人三脚は残念ながら終わってしまい、これからはトーチャンだけでは質問にも簡単に答えられないでしょうからちょっと困ってしまいそうですが。



 戦争中のおじいちゃん
  
 93歳、今年の夏


郷土を愛したおじいちゃんは歴史にも詳しくて、先日のお葬式でのスピーチの中でお義兄さんが、「僕が子供の頃の学校の宿題でこの街の歴史について最初に答がわかったら賞金がもらえたことがあり、他の子は図書館で調べなくてはならないけど僕はお父さんに聞けばなんでもすぐわかったので楽だった。でも僕が勝ってばかりだったので、先生から僕だけ回答禁止が出されてしまったんだ。」というエピソードも紹介されました。

更に、おじいちゃんが熱心な会員であった考古学協会の人もお葬式で、「とある通りの昔の写真があって、どこだか誰にもわからなかったのが、彼に見せたらすぐにわかったことがあった。あれだけでどうやってわかったのだろうと皆が驚いてた」と言ってました。



そして、つい最近、また本を出版したいとの申し出が小さな出版社からありました。ほとんどの写真はHPに載っているのですが、やはり本でしか見ない人はいるでしょうから、嬉しいことです。でも、おじいちゃんが生きている間に言ってくれたらさぞ喜んだでしょうに、残念です。


物静かで謙虚なおじいちゃんが淡々と一筋に体系的に残した記録はもちろん立派ですが、父親想いのトーチャンの貢献も誇りに思います。


イギリスに関心のない方には退屈なサイトでしょうけど、ご興味あれば訪問してみて下さい。


  → パソコン  トーチャンが作ったおじいちゃんの写真HP



                            

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今日(20日)、ロイヤルオペラハウスに又「連隊の娘」を観にいきました。


9回のパフォーマンスの4回目で、私は大成功の初日 に続き2回目。またupperslipの9ポンドの席でしたが、ここは高いところにあるものの舞台からさほど遠くもない上に、前方以外に天井、後の壁、横の壁の三方から音が跳ね返ってくるので、本当に音が良いのです。但し、舞台は座っていると半分しか見えないので、ほとんど立って乗り出してました。


初日は少し空席がありましたが、軒並みのべた褒め批評のせいか、切符は売り切れたようで、舞台がほとんど見えない席までぎっしりで、期待と熱気でムンムン。



Natalie Dessay、自由自在の声のアクロバット!



マリー役のナタリー・デッセーは、初日も素晴らしいの一言でしたが、今夜は更に絶好調で、初日より声が澄んでました。

後半ちょっと疲れたかなと思った瞬間もありましたが、最後は回復。


素晴らしい歌唱にうっとり聴き惚れることはオペラでは時々ありますが、今夜のはそんな生易しいものではなくて、震えるほど感動しました。震えただけではなく、体中の力が抜けて溜息が出たり。


嗚呼、ボキャブラリーが乏しくて、この思いを上手く表現できないのが口惜しいです。



ハイソックスがずり落ちてるよ~



フロレスは、初日はちょっと声量不足に聴こえましたが、今夜はちゃんと声出てました。彼独特の声の甘さが時々充分発揮されなかったアリアもあり、全体としては会心の出来とは言えなかったかもしれませんが、例のアリアは素晴らしくて、歌っている本人も今日は調子いいぜ!と嬉しそうでした。


デッセーには又負けましたけどね。ま、例えフロレスが最高の出来でも、このオペラはマリーが主役だし、今の彼女には誰も敵わないでしょう。




カメラ

では、さっき撮ったばかりのカーテンコールの写真を貼っときますので、初日と同じにしか見えないでしょうが、クリックして拡大してみて下さいね。皆の嬉しそうな様子がわかって頂けるかと。


今夜は一旦幕が下りた後も拍手が鳴り止まず、また幕が上がりました。これは珍しいこと。



   




29日に又行くのですが、次はもうちょっと良い席だし、着物で行きます。(今日は土曜日でも会社帰りなのでまた洋服でした)


この後23日から、25日、27日と一日おきの強行スケジュールなので、29日にはもう疲れているのないかと心配ですが、今日こんな素晴らしいのが聴けたんだもの、もうこれで満足と言えば満足。




雪の結晶雪だるま

今日から急に寒くなったのですが、冷たい風の吹く夜道を歩いていても(洋服のときはトーチャンは車で迎えに来てくれないので)、デッセーの歌声が耳に残って興奮冷めやらず心はポカポカドキドキ


おまけに見上げれば満天の星空星空


今週は、トーチャンの誕生日以外は毎日うんと残業して我が身の不幸を嘆いてましたが、一気に幸せな気分で胸が一杯。


この喜びを早く伝えたくて、私としては珍しく、その日のうちに記事が書けましたメモパソコン。 明日は朝寝坊できるしね。


では幸せな土曜日の夜、おやすみなさ~い!


 

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