2歩進んで3歩下がって6歩進む

つれずれなるままにもっちゃりと

とにかく。更新することって大切だなぁっておもいました。
うん。
森良太です。よろしく


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夏がだんだんと暑さに飽きたのか、それとも秋を思い出したのか。

風に匂いが付き始め、夜が少しずつ長くなってきました。

 

想像力がすっぽりと、働くことをさぼっているせいで

頭の中にはペーズリー模様の煙がぷかぷかと浮かぶばかりで

なんか、その向こうも、ここから後ろも

なんにも見えないみたいな日が続いてます。

暑さのせいなのか、無意識のうちに癖になった抑圧を無視することのせいなのか。

それは全然わかりませんけれども

最近はただ、目の前にある本を顔の近くでぺらぺらとめくって唇に感じる紙の感触と

埃みたいな匂いを嗅いだりしながら

あ、あと30分で家でなきゃなー。

なんて考えながらそのまま28分過ごす。

みたいな、なんともぼーっとした日々を送っています。

んや、厳密にいうとぼーっとというか

ぱらぱらーの隙間にみえる「酒の壜」だとか「自我の分離過程」だとかなんだかわからないけど目につく言葉の一つ一つが脳みそに刻まれたりはしてるわけです。

瓶じゃなくて壜ってかいてんのはなんでだろなーとか考えながら

古い本だし、土ついてるからなんかもしかしたらガラスの瓶じゃないからかなーとか。

まぁ、でもそんなことを考えて26歳の男が部屋で机に肘ついて本をぺらぺらめくってることなんておそらく隣の部屋の人間は死ぬまで知る由もなく生きていくでしょうし、その瞬間を知っているのは少なくとも自分一人であるということを実感すると

脳みその片隅にぶどう色したシミみたいな寂しさがじわっと滲んだりしてきます。

 

そう、そういう寂しさに気付くことができるのも、幸せといえば幸せです。

昔っからずっと思ってますが

そういう、寂しさやらは趣向品みたいなもので、浸れば浸るだけ気持ちいいもんなんですよ。脳みそは寂しさ中毒なんです。

どうやって、寂しさを紛らわせるか、ってのはすなわち寂しさを欲しているも同義です。

紛らわせることによって得られる安心感は紛らわせる対象がなくなったら得られなくなりますから。

 

 

とかそんなことを書き連ねているとそとでパトカーがうぃーんってサイレンをならしながら通り過ぎていきました。

パトカーの運転手さんはなんらかの手順を経て、サイレンをならして、パトカーのアクセルを強く踏み込みます。足のサイズはどれくらいで、靴下はちゃんとあらってるんだろうか。とか

奥さんの誕生日にちゃんとあえてるのかとか、子供はもしかしたら父親をみてその影を欲してぐれているのかもしれないとか

あることないことがくるくる頭を回ります。

 

でも、どっちにしろ、それもどうでもいいことなんです。

だって、家の横を通り過ぎたパトカーを運転していたおまわりさんと道ばたですれ違ったとしても、それに気付くことはまあできないでしょうから。

 

でも、たしかにさっきそこに、その人はいたんですけど。

 

 

世の中にはどうでもいいことがあふれています。

 

 

それは、どうでも良くないことがあふれているということと同義です。

 

 

 

 

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朝方5時
まあなんというか、いつも通りのこと。この時間から、寝ることを考え始める。
なんとなくだ、こう、なんとなくただぼーっと起きてる時間
そういう時間が俺にとっては脳みそが一番仕事してる時間だったりするんだなぁとふと。

さっき洗濯干しながら
こういう瞬間ってめっちゃ間抜けだなー。生きてんなと思ってたりした。
昔、スティーブンセガールかなんかの映画で護衛の兵士が立ちションしてるところ後ろからセガールに首へし折られて死ぬシーンがあって
こういう最後だけはマヂ勘弁だなーと思った。
おしっこするとき背後気になるのは未だにそのせいなんだろうとも思う。
そう、そんなこと思い出したりしながら
ここ最近ブログ書いてないなぁなんて思ったりして。

厳密にいうと、何回も書こうとしたんだけども、さらーっと書き連ねた言葉をみて全くなんて無駄の多い。しょーもない。と思って消してしまってまた書いての繰り返しでした。



まあ、たまには何か書きましょう最近思ったこととか。



最近、たくさん嘘をついてそれがばれたりだとか、なんかカッコの悪いなあと思う情けないなあと思う経験を幾つかしました。
なんというかそれは人生を振り返ったときに汚点として鮮明と思い出せる(ある意味ではとても美しい)思い出になるだろうという予想ができるくらいには、いろんな人の心にかかる負荷が大きい出来事でした。
そのおかげで、ごく限定的な意味で自分のサイズを明確に知ることができた気もします。
なんとなく、一歩深いところに踏み込んだ気もします。
空の青の青さの中に更に青をみつけたような気持ちになりました。
顕微鏡を覗く自分を適当な距離から見つめているような気持ちにもなりました。

悲しいや寂しいが形を得たので、
悲しいや寂しいがちゃんと栄養になって嬉しいや楽しいを育てたりする実感にも触れました。そだった嬉しいや楽しいは枯れてまた悲しいと寂しいになるわけですけども。
そういうサイクルの中で、使い古したどうだっていいや仕方ないの類も山ほど不燃ゴミとして捨てました。

丸腰で、ただぽつんと

思い出の中の体育館の真ん中に佇んでみると
自分ってのは本当に価値のないちっぽけな存在なんだなぁということに気付くことができます。
それは、なんら大げさなことではなく。

だから、人は人を愛することができ、例えばあいつは来月妻と旅行に行くために休みをとったりできるわけです。

この、貧弱でちっぽけな自分を、できる限りの大切なことを抱きしめるための大きな宇宙にかえるためにまず知らないといけないのは
その無力さなのかもしれません。

俺は歌います。空っぽで歌う。
そこにいる一人一人は、あなたは、空っぽでとても遠くまで声の響く奥行きの無限な空も同然です。
もちろんだからこそそこに境目も区分もなく。
座標という名の個人が散りばめられているだけで、全ては繋がっているんです。
もちろん俺も、あなたも、そのとなりのひとも、もっというと、その隣の人の昔付き合ってた彼氏のお母さんとも繋がってるでしょう。
なんともわかりにくい話ですが
そういうことは、自分が特別で優位だと繋がらずにプラスとマイナスだけの話になってしまいます。
もっともっともっと
複雑で尊く、そして簡単でちっぽけなことなんです。

真実と引き換えに自分の座標を。久々に取り戻したような気がします。
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乖離してゆく精神と身体の尺度のズレとその整合性の定義による物理的制限

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Brian the Sun6月1日をもちまして、メジャーデビューいたしました。

はるきと出会って今年で10年目なんですけど、メジャーデビューできてよかったなと思ってます。
というのも
俺はボーカルなんで、バンドの大黒柱なわけでして。
ちゃらんぽらんな一面をみせつつも、結局のところバンドを続けてきた理由は
個人的にはメンバーがバンドを離れたとしてもそれぞれの道をしっかり歩んでいけるようになるまでは続けたいなとおもっていたから。というところが原点です。
それにはやはり、バンド自体で結果をださないといけませんから。
と、バンド結成の当初はおもってました
そのうちに、メンバーに加えて大切だと思える仲間がふえて行き
そして、お客さんとも自分たちなりに絆のようなものを紡いで来れたのではないかと思います。

と、そんな風に思いながらやってきて、ふと後ろを振り返るとメンバーや仲間やお客さんに助けてもらいながらここまできたんだな、ということがよくわかります。


なんか、そんな風なことを思いながら生きてこれたのは、俺が人に恵まれたからなんでしょう。




メジャーデビューした心境は?とか
昨今の音楽がどうだとか
まぁ、なんか色々と聴かれたり答えたりしてますけども
正直、なんていうか
何を訪ねられても何を答えても
手応えみたいなものって全然ありません。
先のことなんか何一つわかりません。
大きくうねる時代の中で、俺たちバンドマンやみんなが一つの波を立てること
それのくり返しで歴史が刻まれていく。
今やってることが世間に評価されるかどうか?とか
そういうこともたまに考えたりはしますけど
そんなことよりも、
俺は
自分の目に焼き付いたあの人の泣き顔だったり
あなたの抱える苦しみや葛藤の原因が本当はどこにあるのかだったり
日常がなんとも尊いことや、雨の音が不規則に立てるメロディだったり
そういう感情や、執着や希望やその全ての心の揺れる仕組みを共鳴させることの方が
興味をもてます。

CDが何枚売れて、チャートがどうとか
そういうことを考えながら音楽を続けていくには自分はどうしてもバカ正直すぎて
息苦しくなってしまいますが
それを考えてくれる人が周りにふえたことで、いまのところ俺はどうやら
とても息がしやすいらしい。
ということは確かです。


なんていうか、インディーズからメジャーに行く苦悩とか葛藤とかみんな想像するの好きなんやと思うんですけど
全然ないんすよ。俺。
やりたいことできへん。とか、決まった時期にリリースがどうとか
メジャーいって曲調変わった。とかなんかそういうこと言いたがる人いますけど

思ってるより普通っす。ぜんぜん拍子抜けするくらいには普通に曲も書いてます。

だから心配しないでください。
みんなが好きなBrian the Sunのサウンドは進化こそしても、悪くなることはないですわ。
なんか、普通な葛藤とか悩みとかそういうの、全部食べちゃえるくらいには
森君ののーみそは普通じゃないので
安心してください。

本来メジャーデビューってそういうものだと思います。
アーティストがアーティストに専念するために、チームで音楽作るのがメジャーですよね
きっと本来は、そうなんだと思います。

俺はすげく満足です。
本来の形で動けていて。

なんか、いま一緒に音楽作ってるチームには好きな人しかいないんで、色々楽しいですよ。



まぁでもなにせ
このバカ正直で、素材の味重視みたいな音楽性。けしてわかりやすくはないのに
それを心のそこから味わってくれるお客さんたちがいることで
俺が生きて音を鳴らす意味がやっと生まれるんですよ。
聴いてくれて、心揺らしてくれるあなたたちがいるから
俺も、これからが楽しみなんです。
ありがとうと、とても思うから
もっと曲、たくさん書くし、歌もがんばって歌う。かけるし、歌える。

そういうことです。
俺だけが創ってるものではない
ってことですね。


進んでいくねー。ついてきてねぇー。
ついてこれなかったら適当にしててねー。
縁があるならまたどっかであえるしきっと。

帰る場所になれるような曲をたくさんかける音楽家になりたいですね。


んじゃ。おやすみ。








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運動場の端に座ってジュースをのんでる。
向こうの方で友達がサッカーをしてる。
たのしそうだなとは思うけど、自分がボールを蹴る姿はあまり明確に想像できない。

空は多分、もう春を置き去りにしたんだろう。

今日はファミレスでハンバーグを頼んだ。
俺はいつもだいたい、ファミレスに行くとハンバーグを頼む。
隣ではよそ行きの服をまとった主婦が2人で話をしてる。
家に帰ったら息子がテレビを見ながらDSでもしてるのだろうか。
家の車はプリウス。
大通り沿いのコンビニの角を曲がって、しばらく進んでからタバコ屋の筋を少し入ったところにある一軒家。玄関にはマリーゴールド。
そんな感じの主婦だった。


最近は頭の中がどこまで進んでも行き止まりにならない。
曲がり角も時折見えるが、曲がりたいとおもうような魅力的な道ではないので
どうしてもまっすぐ進むしかない。
「今を今と認識するまでの微妙な誤差」
が常に人間にはつきまとう。
つまり、多くの人は過去を生きているのである。
今を生きるということは本当は実感や体感で脳を満たすこととは少し違う。
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