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 「アンタの世渡りヘタなだけだろうが?w」、「一言謝ればよかったのでは?」とか色々意見が聞こえてきそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに私は頑固かもしれん、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退職の日、組合事務所へ顔を出したら委員長殿が不満そうだったw 何の相談も無くこちらの一存だけで退職したのが気に入らんみたいだった。

 

 

 

 そして、「何か言いたいことはあるか?」と聞いてくるので「不満の類でもいいですか?」と聞いたらそうだと言うので、前記のごとくありとあらゆる不満因縁めいたことを真摯に聞いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 在職中は「組合もグルだ、相談しても聞いてくれん!」と思い込んでいたのだが、驚くほど念入りに聞いてくれた。 ありゃ、こんなことなら何故在職中に一言ぐらい相談しなかったかな?w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豊田議員の暴言報道で長い間忘れかけていた昔のパワハラ被害が鮮明に蘇ってしまった。

 

 

 昔のことを思い出しては書いていたのですが、書きながらストレスで頭が痛くなってきましたw

 (片頭痛の持病もうつ症状の1つとして有りました。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他、D社での女子社員自殺の件等々でパワハラに悩む人が世の中に結構多いと認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の経験上、暴言には暴言で返した方が効果的、暴言を吐く人というのは自分が言われたことが無いから自覚が無い、つまり相手の気持ちがわからない

 

 

 殴り合いになってもそれはそれで良いじゃないですか、ケンカの1つもできないようで人生やってられますかの(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご自分自身が被害者となることでやっと相手の気持ちがわかるのである、「そんなことはできません!」という人もいるでしょう、その際は遠慮なく110番して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会社内であっても脅迫・恫喝行為は立派な犯罪です、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度新社会人の時代に戻れるなら、まずは誰か弁護士先生と仲良くなっていつでも連絡を取れる状態にしておいて、そして仕事中はいつもレコーダで録音、私らが若いころはカセットしかなかったから無理な話だが、今ICレコーダーという大変便利な物がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パワハラには時効が有るのをご存じでしょうか? 一般的なパワハラ行為は2年、職環境的な嫌がらせ10年という時効が有ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしがこの記事を書いた理由の1つがそれです、退職して数年たってからあれは嫌がらせだった、あれは法律違反だった、もう時効だ、訴えることが出来ない・・・www

 

 

 と、泣き寝入り状態です、そういう人々を減らしたいのが目的でこのブログを書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退職して4年後、うつ病という病気が精神障害者の認定対象になることを知りました。

 

 

 しまった・・・、在職中に認定を受けていればどうなってたか・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、市役所の障害福祉課で「精神障害者に認定します、よろしいですね?」と、5回くらい念を押されたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その意味が後日判明した、ハロワ主催で身障者対象の合同就職面接会というのが有ってそれに参加したのですが、二言目には「精神の方は・・・」でした、つまり精神障害者は事実上、差別状態であったのですwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒り心頭の私はその時の会話の様子を某大型掲示板に書き込み、雇用支援機構に抗議文とともにURLを送りつけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 政府に意見が通ったのか? その辺を汲んでくれたのでしょう、2018年度から各企業とも一定率の雇用が義務付けされるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私自身はもう五十を過ぎてますから、もうあきらめてますが、障害者差別解消の一助が出来ただけで満足しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 健常者なら五十過ぎでも人生まだまだと言えるでしょうが、大量輸血、大量の投薬で内臓ガタガタの私はもう長くなさそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残念ながら自己退してまで「ネット事業で身を立てる」と豪語しておきながら、何ら成果は得られず、スズメの涙ほどの障害年金では食うのがやっとで親族には家族葬、しかも火葬式のみの費用しか残してやれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「価値のない人間だった」と思われるのもイヤなので半生をここに書き記すことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数少ない身内たちが私の死後、ここを見てくれることを祈りつつ、カキコはこれで最後とします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随所に修正・追加文記載があるかもしれませんが、一応これにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長々とご閲覧ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パワハラ110番

 

 

法テラス

 

 

腰痛・首痛の悪い方へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 タイミングが悪く、1人の定年退職者がいたので実際の自己退は予定より数ヶ月遅れた、代わりの人が仕事を覚えるのを見計らって退職意思表示をしたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退職のキッカケとなるパワハラを仕掛けた職場長殿は自覚(自分の責任と)が有ったのだろう、「お前、結婚してないから・・」云々と、しかし自分の決心は変わらなかった、仮に女房子供がいても結果は同じだっただろうw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とまぁ、退職願を書いてから実際の退職となるまで50日ものタイムラグがあった、何故かと言うと立場上、有休が取りにくく、バンキングも含めて溜りに溜っていたからであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有休は労働者に与えられた正式な休暇であり、何の制約も無く取れるものでないとイカンはずである、うつの症状が悪化したのもこの辺かとw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平(ひら)の時代、休もうとすると「何事か?w」とイチイチ理由を聞かれていたw これは違法行為である、有休を取るのに正式な理由など必要ないのである、→ 数年後に法律の番組で知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色んな違法行為を受けながら何の法的手段も取らず、自力だけで解決しようとしてた、これが大間違いだったのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会社自体も専属弁護士を雇っているだろう、素人が1人で対応しようとしても×なのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れたころに定期的に中高生がイジメ被害を訴え、自らの命を絶つ、日本と言う素晴らしい国に生まれながら大変もったいない話だが、私も相当にイジメられっ子だったので彼らの気持ちの一部はよくわかる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一旦イジメられだすと、廻りの人間皆が皆、自分の敵に見えるのである、誰も助けてくれる人はいない、皆グルだ、どこにも相談できるところはない、或いは相談したが最後、酷い仕返しが待っているw と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い込んでしまうともうどうしようもない、誰かがこそっと助けてくれるか、自分で努力して抵抗力を身につけるしかない、実は私が前記のパワハラを受けた後、他の先輩が助け舟を出していた、仕掛けたS職場長その他皆に電話をかけ「何故だ?」と問いただしたり、「あいつをイジメるなw」とやっていてくれたようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が小学生時代に一番酷いイジメを受けた時の話、あることでイジメっ子に絡まれ、私が抵抗するとそのグループ3人がかりで顔面を殴られた

 

 その被害を担任に訴えると帰ってきた返事はこうだったw 「お前が悪い!、原因を作ったのはお前だ! ちょっとかもわれたくらいでメソメソするからだ! イジメられる原因を作る方が悪い!w」と私だけがゲンコツを食らったw

 

 

 

 

 

 どうにも納得できなかった私は放課後のHRでその旨を皆の前で訴えたw 先公(あえてこう呼ぶ)の言い分は上記と同じだったw

 

 私は「メソメソなんてしてません!」と抗議していたw 「なぜ僕が悪いんですか!?w」とも言ったようなw

 

 

 

 

 

 

 すると一応いじめっ子3人を前に呼び出して軽くゲンコツを入れてくれたが、そのあとが最悪! よほど頭に来てたのか「ちょっと来い!」嫌な予感はしたがしぶしぶ先公の前に行くと「お前が一番悪いんじゃ!」と顔面にグーパンチを食らったw 大人が子供に本気の顔面パンチである、思いがけない痛みに泣きわめく私に「文句あるなら親でも何でも呼んで来い!」だったw

 

 

 

 呼んでこいなら呼んでやる精神でまずPTA役員の家に行って上記の旨訴え、親父が帰って来てから同様に相談した。

 

 平素は厳しく子供の泣きごと等めったに聞いてくれる親ではなかったが、よほどのことと感じたのであろう、親父は担任の家に電話をかけ事情を聞いたが先公の返事はまた同じだったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 我々の世代の親や教員たちは戦争体験世代、従って「日本人は強くあれ」じゃないが、体罰当たり前の軍隊精神世代だったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 現代の小さい子供たちを持つ親御さんの世代が上記の話を聞けば驚愕するであろう、そして今の時代にあんなことが有ったらどうなるか? まぁとんでもない話になるでしょうなw

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応、上から注意が有ったのか、2週間後位に担任は謝罪の弁を言ってきたが、相変わらず話の終りには「メソメソしたらイカンぞw」だったw ぐだぐだ言い合いをしてもしょうがないので「はい」だったが・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラック企業を擁護するわけではないが、日本と言う国は高度経済成長時代にモーレツ社員と称するお父さん方が頑張り盛り上げてきた国である、世の中自体が違うとはいえ、あの会社も除害も何もなしに赤色やら黄色やらわけのわからん激臭がする廃ガスをバンバン大気に放出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて公害法が強化され、私らが入社する頃には除害と言うものが整備され、小学生時代に体験していた激臭は消えていた。「あれ? この会社臭くなかったけ?」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全くストレスが無いわけではないが、幼少期の虐待、親も教師連中も厳しかった小中高時代を経験してきた自分らには辛抱できる世界が、体罰一切禁止、親も教師も友達感覚の昭和40年代後半以降に生まれて来た団塊2世世代君たちには相当にストレスの多い職場だったようでw

 

 

 

 

 

 

 

 相当な嫌がらせを受けてるのに平気でいるつもりがいつのまにか自律神経を蝕んでいることを認識して欲しい、実は私の親類にも1人「そうではないか?」と考えられる事案が・・・w

 

 

 

 

 

 

 あやつは成績も対人コミュニも優秀で高卒で課長になれそうな勢いなのだが、職場の配置転換が有り、外人への指導が有ったり、残業が多く常に帰りが20時以降・・・、尋ねてみた「お前、嫌がらせを受けてるのでは?w」と、しかし本人は否定する。

 

 第三者目線ではどう見てもリストラ目的の嫌がらせに見える、しかし本人は自覚してない・・・w

 

 

 

 

 

 

 私自身もここでえらそうに「相談しろ」と書いているが、働いている当時はなぜかそういう気が起きなかった、相当なビビリだったのか、「貰うものは貰っている」精神がそうさせるのか・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退職後、「これでもか」というくらい寝てばかりいた、相当な寝不足状態であったのであろう、1ヶ月間は食事・入浴・WC以外は1日中寝ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相当に自律神経に負担がかかっていたのである、退職理由の1つに「通勤途中の信号の見落としが多いw」だった、直前で赤信号に気付き急ブレーキを踏むこと2,3回・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生時代、国語の成績は(段階評定で)常に2以下であった。 「何が言いたいのか分からん」、「文章がw」、色々意見は有るでしょう、しかしここに書いたことはすべて事実である、乱文乱筆は承知の介で書いている。

 

 以下のことを言いたいだけである。 同様の被害に遭ってる方へ少しでも参考になればと記載した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌がらせ、イジメ、パワハラを受けていると自覚のある方、どうか勇気出してください、1人で悩まないでください、パワハラ110番というサイトに参考になる情報が多数記載されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 経済上、弁護士費用等が苦しい場合でも法テラス等の制度が有ります、どうか正しい対処をしてください、違法行為を行っている会社・上司連中を専門家の手で糾弾して下さい

 

 

 

 

 

 

 

 

椎間板ヘルニア(腰痛・首痛)でお悩みの方へ

 

 

 

 

 

 

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 そんなこんなで諸症状は薬で抑えながらの勤務が続いたが、ついに前記の直4名体制がスタートし、私は班長と言う役職へ昇進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前に職場長殿が新しく変わっていた。 しかしこの新職場長殿が私の会社員人生にトドメを刺したのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 この職場長殿は当該職場の生え抜きではない、いわゆる「外様」であるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えれば職場事情を知らない外様を配置してる時点で嫌がらせだったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、外様と言う言葉が出てくるなら、今までの人員配置自体がとんでもない嫌がらせであって、関連会社が倒産したからと職能のない者を配置したり、著しく能力の衰えてる年配者がいる時点で「おかしい」と感じなければいけなかったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 甘えんぼ君の若手連中もさることながら、倒産した関連会社から来た出向社員君はとんでもないことをしでかしてくれた、考えられんミスオペの数々・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それをまたこちらが責任もって対処せねばいかん、「班長はトラブル解決要員か?」と思うようになっていたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、工務的にも不審な部分がたくさんあった、明らかに下請け業者の施工不良によるトラブルの数々・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人員削減のシワ寄せを班長に押し付けておきながら、廻りの社員が(特に年配者)がやたら足を引っ張るであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出向年配となるとまたタチが悪いw おそらくは当工場が竣工してから誰もやったことが無いであろう、大大大トラブルを引き起こしてくれたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにもまして新職場長殿からのパワハラは前記にもまして悪質そのものであったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ご自分が手順の間違っている作業指示書を発行しておきながら作業にムダが生じると「班長が悪い! 臨機応変に対応できない班長が悪い!w」、つまりのご自分の不手際をあからさまに押しつけて来たのであるw

 

 同じ言葉の繰り返しだったが、罵詈雑言は数十分にわたって何十回も続いた・・・w

 

 後々考えたが、最初に理不尽行為が有った時に組合etcどこかへ相談していれば、このような”異常行為”が有った際に即電話相談して来てもらうとかの取るべきだったw

 

 他の班長さんも「あの人は酷いw」と、ボヤいていたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職場内で暴れ回したい気分だったが、廻りの者に迷惑がかかるし、何より「班長」という役職にをつけたくなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上記のストレスをぐっとこらえて私は退職の決心をした。 入社25年が過ぎていた・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 おかしな症状が出始めたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にしてみればストレスを我慢しすぎていたのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後に大学病院の精神神経科で正確な診断が出るまでストレスがそれの原因とは思いもよらなかったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように空手の稽古へ行こうと家でストレッチをすると必ず症状が出るのである、めまい、ふらつき、立ちくらみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の手術を受けたと前記に記載しているが、実はあの手術、10歳くらいまでに受けるのが理想らしく、20歳となってやっと気付いた頃には心臓(正確には心室の部分)が肥大していたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 それゆえ健常者に比べると圧縮が弱く、血液を送る機能が低下していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから私はてっきり循環器系の疾患だと思い込み、色々と病院を転々としたり、訳の分からんサプリや漢方薬に手を出してみたりと迷走していたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 地元の大学病院には4つの内科が有る、全てを受診し色んな検査を受けた、挙句の果てに下された診断が「うつ病と考えられます。」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神科を紹介されたが、中々そこへ通院することが出来なかったw

 

 

 

 何せ基本体調が悪いのである、それに加えて大学病院と言うのはとにかく待ち時間が長い

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月の間をあけてやっと精神科へ通うことが出来た。 教授に言われた「何故もっと早く来なかったの?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとえにうつ病と言っても実は効うつ剤は数十種類ある、何種類か試したあげく、やっと今現在処方されている数種類にたどりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし・・・、遅かった・・・、受診が遅すぎたのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 既にかなり進行していたのであろう、対症療法で上記の症状を随時抑えるしか効能はなかったようで、しかも職場の立場と言うものがかなり厳しい状態に押し上げられていたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら薬で抑えても仕事によるストレスがそれを上廻っていてはどうしょうも無いw

 

 

 

 

 

 

 

 まして3交代勤務と言うのはうつの人体実験みたいなものであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さて、恫喝には恫喝で言い返していたものの、病人の威厳なんてあるはずもなかった、職場復帰はしたが、身体状態は体力作りが継続できなかったこともあり、病気前とは全然違っていたw

 

 

 

 

 

 

 

 またも次の嫌がらせが来た、労働者と組合への「つなぎ」となる代議員という制度が有ったのだが、この役職?をやれ! と某班長から言ってきたのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 前記の上京団での失敗もありイヤな予感もしていた、病気復帰直後ということもあり、「まだ完治してない!」と拒否していたのだが、「世話ないっちゃ」としつこく何回も言ってくる、挙句の果てには得意の「お!」と脅迫w

 

 

 

 

 

 

 

 だから精神科医へ通って念入り治療を受けるべきであったのであるw 幼少期の虐待、小学生~社会人になるまで随時親父からのDV、後にうつ病が酷くなる爆弾脳に抱えた状態であったw

 

 

 

 

 

 

 

 2ヶ月の休眠状態だった心身は単純な脅迫にも屈してしまうほど衰えていたw やむなく引き受けるハメになったw

 

 

 

 

 

 

 

 世話ない=どうってことない 的な言い方に騙された、人間は同じことを何回も言われると「脳が勘違いをする」をするらしい、ここでもまたしくじっていたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ嫌がらせは続く、ほぼ10年ぶりだったろうか、ある課からの応援業務依頼があり、私と最年少の後輩君が選ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にして考えてみれば、「まだ完治してない」状態であったのであるし、代議員という別の仕事も受けている、このとき、この応援業務を拒否すべきではなかったかと?w

 

 

 

 

 

 

 

 

 応援先は医薬品系のクリーンルームでの開発途中の試験製造的作業だった。 作業自体はそんなに重労働ではなかったが、今まで屋外製造所という常に「外気」にさらされていた職場と違い、エアコンが効いてるとは言え、妙に湿度が低い乾燥した室内での作業だった。

 

 

 

 乾燥している空気が過去に強酸・強アルカリで薬傷被害を被っている眼球の神経に触った

 

 

 

 

 

 

 

 つまり当該職場は常に「軽く目が乾燥して痛い」状態だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、根っから辛抱強い私はその環境でも我慢して働き続けた。 自律神経悪化させる第一歩になってしまったw

 

 

 

 

 

 

 

 話が変わるが、「イヤな予感」が的中した、本職場は'87年に7名→5名の人員削減が行われたと前記に記載していたが、また更に1名削減して直4名の案が本社で浮上していると言うのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 私に代議員という職を押しつけたA班長はそのことを知っていたのであろうw よりによって最悪のタイミングで・・・、大うそつきにきれいに騙された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらにまた組合諸氏はまるで話の進め方がグダグダ・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分らが若いころはそんなものはなかったが、'90年代に入り、あまりに各職場で若手の不満が出過ぎと言うほど出ているので「職場集会」なるものが組合主催で毎年行われていた。

 

 各職場内の不満なり問題点を拠出して組合と当該管理職とが皆の前で話し合ってくれるというものだが、何せ最近(当時)始まったこと、要領を得なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 前記の人員削減説明会議職場集会混同したのであるw 当然、皆からは非難轟々、代議員の先導が悪いみたいに言われたw

 

 

 

 

 

 

 

 組合にも後に大文句を言ったが後の祭り、「手腕の悪い代議員」というイメージだけが残ってしまったw

 

 

 

 

 

 

 

 というか、その時気付いたのである、「皆で組んでいるw」と、

 

 

 

 

 

 

 

 つまり私への矛先を若手や管理職・班長その他で「あいつが悪い、あいつをw」と悪口を言い合い、集中攻撃することが彼らのストレス解消となっていたようでw

 

 

 

 

 

 

 

 

 憤慨していた・・・w '97年当時は大変憤慨していたw そこいら中のやつらをボコりたい気分だったw しかし出来なかった、体調が最悪だったから・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故相談しなかったのだろう、何故? 専門家(弁護士等)へ・・・・?w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ある日、職場長殿に依頼を受けたらしい、k先輩にぼそっと一言言われていたw 「職場長に頼まれてる・・・。」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何の意味かわからなかった、(自分は)意味がわからないほど頭が悪かったのであろうw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハッキリもの言えぇや! お!」これが最初のパワハラスタートであるw

 

k先輩は5つ上だが、高校時代、いわゆる「」を張っていた方で空手部にも属しマジの殴り合いも随分やっていたらしい、175cmの私でも見下ろすほど長身でパワーも結構ある。


柔道やらなんやら格闘技をやってきた経緯からパッと見で「この人は強い」かどうはすぐわかる。 本来は優しい人なのだが、よほど職場長殿に厳しいことを言われたのであろうw
(「わしが責任を取るからあいつ(私)をド突いてでも何とかしろ!」とでも命令されたのであろうw)


「わしは会社辞めたヤクザになるしかないんじゃ!」という気質の人で上司命令には逆らえず、かなり気力体力も上げていたようで、当時の怖さは半端なかったw
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのさぁ、親に文句言ってくれよw 滑舌が悪いのは昔からのこと、いくら訓練をしても変わらないのであるw 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっちは具合が悪いのに「自分が職場へ出なければ」精神で出社しているのに、「ヤル気が無けりゃ帰れぇや!」だのなんだの、「お前が中心にならんにゃいけんのやど!!!www」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アホか・・・何勝手に決め付けてんねんw て、話w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらボンクラ課長殿はくだらんことでイチャモンつけた挙句、わしみたいな半病人職場のリーダーに仕立てたかったようだが、わしには何の関係も無いw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事あるごとヤクザ恐喝まがいにワーワーイビリ倒されていた日々が続いた

 

 

 健康状態が少し良くなったころを見計らって以前から考慮していた実戦空手の道場へ入門した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にして思えば空手の道場へ通ったのは間違いであったw まずはビビリを克服すべく精神科のお医者へしっかり通って、音楽教室のボイトレかアナウンス学院じゃないがそっち系の方で専門家の元でしゃべる訓練を受けつつ弁護士へ相談に行くべきだったw 莫大な費用がかかったとしても後に裁判起こして損害賠償で取り返せばよかったのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビビリ克服、しゃべりの訓練、ケンカ強さの訓練、これらが一挙に出来ると思って通っていたのが某実戦系の空手道場だったが、結果的には間違っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のような半病人が空手の達人になれるのなら、もっと若い時期から始めてイジメ・パワハラ被害等情けない状態になる前に防御線を張ることが出来たであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道場での稽古は壮絶なものだった、初心者のうちから上級者にバチバチやられることはないが、 高校時代、柔道の選手でもあった、「中途半端な強さ」を持ってる自分は入門2ヶ月目くらいから黒帯の先輩方にとっては格好のサンドバッグになっていたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 在籍8年の間にアバラを折られること数回、足を折られること1回、まぁ、どの道半自殺行為で入門した道場である、別に命を惜しいとは思ってなかった「いつ殺されても良い」と我が親父に対してその旨念書も書いていたくらいである、「私に何があっても道場や先生・先輩方を訴えないでください」と、一筆ひそかに書き残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入門半年後くらいから随時、私を見下していた上司連中をk先輩も含めて脅迫には脅迫で、恫喝には恫喝で対処できるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅行の際の飲み会で職場長と言いあいになり、「リーダー?中心? 関係ねぇわ! オレにそんなことができるか!、勝手に決めつけるな!」と、自分の意思をぶつけることが出来たw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで安心しきっていたのが間違いだった、組合に一度相談に行って上記の旨、工場長ラインで再確認なり、正式な対処をするべきだった、組合が相手にしなければ人権擁護委員会(法務局にて無料)なり弁護士へ相談に行くべきだったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は私の選択を「間違っている」とばかりにまた次の試練を与えて来た。 「もう少し強くなったらそこいら中のやつをぶっ飛ばして見返してやる」の状態だったのだが、何とも非常なことに入門2年目に全治2ヶ月も要した難病にかかってしまったのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜急性甲状腺炎・・・、聞いたことも無い名前、簡単に言うとノドのところに内臓その他を動かすためのホルモンを分泌する甲状腺という塊があってウィルスその他の原因でそこが破壊されてしまった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はしかと一緒で何の治療薬も無く自然治癒しかないというのであるw 2ヶ月間、半寝た切りだった、横になっていても常にめまいがしてフラフラだったのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 当然、道場稽古もできるはずはなく休会状態であった、その間にせっかく鍛え上げた身体は白帯に戻っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 この休職期間中に考えるべきであったのである、職場復帰したらまた弱い者イジメ始まる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、せっかく2ヶ月のヒマな時間が有ったのに、何故あのとき弁護士事務所へ行って相談しなかったのだろうとw

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 「体力が落ちたのならまた鍛え直せば良い」この考えが甘かったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう30半ばである、健常者なら十分やり直せる年齢だが、自分は大量輸血を受けてる病人であることを考慮すべきだったとw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素人は黙って現場に任せてくれればいいのに、何だかんだと職場をひっかきまわしてくれたボンクラE課長殿は我が職場に6年在籍後に辞令を受けて他工場へ転勤して行った・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次はどんな課長?の中、「もう言いなりになっちゃイカンよ!」とk先輩は職場長殿に噛みついていた。

 つまりk先輩もE課長の被害者であったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 辛抱強く働くことの何が悪いのでしょうか? このブログは言わば「しくじり先生」のブログ版とでも理解していただければよいかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は芸能人ではありませんからあの番組に出ることはありません、出ても笑いの取れる内容はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 管理職連中の様子がみるみる変わっていたようで、人のあるいは職場の「揚げ足取り」をすることが彼らの職務となっていたようでw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その辺に気づかない方が悪いのでしょうか? それにしても若手連中があんなに泣き事や先輩・職場の悪口を言っていたのは気付きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中にはあけっぴろげに号泣しながら上司連中に訴えていたのもいたようで・・・w

 人事はどこを見ていたのか? ストレスの多い職場なのに胃潰瘍持ちを何故採用したのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 「若手連中が泣き事を言うのはアイツが悪いw」と、いつの間には私ら中堅社員はヤリ玉に上げられていたようで、いえ、「私ら」ではなくて「」に、が正確に言えば・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 アホか、こっちは会社へ出てきて仕事するだけ銘一杯なのに、「愛想よく彼らの機嫌取るとこまで行けるかいw」 が、こっちの言い分なのだが、管理職連中は勝手妄想起こしていたようでw

 

 

 

 

 

 

 

 

 「職場にリーダーが必要である!」が、彼らの言い分だったようで、こっちには関係のない話なのですが・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会社が社員たちに受けさせている通信教育の中に「実力中堅社員コース」というのが有って、中堅こそが会社の中核となり、中堅の活躍こそが業績UPにつながるとか何とか・・・、 は? 入社5年以上が云々とか書いてあるが、何故5年以上でそれを受けさせない? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっちは入社10年過ぎている中堅が云々なんて一言も聞いたことはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつぞや老齢の班長さんとくだらん意見の食い違いで大ケンカしたことが有って「辞めれぇや!」の売り言葉に「おぅ!、辞めたるわい!」の修羅場も有ったが、後の話し合いで「お前が辞めると工場が止まってしまう」と泣きつかれたもんで仕方なく働いてたのだが・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の中では前記の手術・輸血の影響で会社に出てきても「これしか動けん」というスケールが有り、その御老体には理解してもらってたのだが、その御人が定年退職した時点で辞意を表明するべきだった、後々後悔・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし退職したくても出来なかった、それは前記に記載してますな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 30歳を過ぎてからふと思った、「あれ、予定が狂ってる、まだ生きてるw」と。

 

 

 

 

 

 

 

 パワハラに遭いやすい人の特徴として”言いなり症候群”というのが有ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 90年代に入ると何故か老若問わず、やたら資格・試験・講習の類をたくさん受けさせられましたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりに多過ぎるので願書退出用の写真を数十枚用意するほど・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危険物・高圧・冷凍機など様々にありました、確かに当該職場には必要なものですが、今にして考えれば能無し管理職連中の点数稼ぎの1つだったのでしょう、我が部下はこれを取った、これを受けたと本社アピールするのは、それくらいしか手段がなかったのでしょうか?w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相当数取得した次の年初め、酸欠を受けろと言われました、「去年あれだけ取ったじゃないですか? 今年は・・・w」と言うと、上司は体当たりをかましてこう言いました、「話を聞くだけじゃぁや!w」と、

 

 

 他にも訳のわからん研修に行って来いと言われて「こちらにも都合があるw」と拒否ればワーワーギャーギャーわめくので仕方なく・・・w ってことも有りましたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えればこれが後々十数年にわたって続いたパワハラの第一歩でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「暴力をふるったり脅迫してまで講習etcを受けさせられてる、何とかして欲しいw」と、組合にでも相談するか、弁護士事務所へ行くべきでした、小さいことと放置したことが後々までネチネチいちゃもんをつけられる第一歩となったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会社の社員規約上はどうだったのか? 退職した今となってはもうどうしょうもありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取れるものは片っ端から勉強し制覇してきました。 私自身はそれだけで満足していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、上層部は資格だけでは満足してなかったようで、何か目に見えない、何か嫌な予感を感じていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「QCサークルに興味はありませんか?」とか言われたこともありました。

 

 「何か企んでいませんか?」と年の近い大卒スタッフに尋ねたこともありました。

 

 

 

 

 

 

 

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 月並みに新人歓迎会送別会花見忘年会なども普通に行われていた職場だったが、ある日、同席していた職場長からわけのわからん「いちゃもん」をつけられたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工場長をはじめとする管理職連中が私に因縁を持っていると言うのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バブル崩壊の影響だろうか? 各管理職や大卒新入社員達の自己退が妙に多かったが、会社内に目に見えないリストラが横行していたらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その煽りが当時のE課長にも向けられてたらしい。 色々工場長から文句を言われていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その矛先の末端がだったのであるw 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時の担当工場の製品がバカ売れ状態だったらしいが、以前の人員削減のせいで月間の生産量は制限されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 つまりは当時の専務がやらかした「予算計上せず」精神から省力化工事は十分に行われておらず、私があの時上手に専務の機嫌を取っていれば工場の生産量はもっと多く、売上げ及び会社の業績UPにつながっていたというのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アホかって言うの、工事をやらなかったはあくまで上の胸先三寸、「わしの知ったことかいw」の世界で相手にしなかったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「E課長に謝れw」とか職場長は言っていたが酔ってる時の話で「何をたわごとを」で以降も無視していたw

 (実際、法律上でも酔っている(飲んでいる)時の約束事等は一切無効らしい。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こちらにも考えがあるぞ、それなりの対応をするぞw」とか言っていたが「やりたかったらやれよw」の精神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも前記の'90年代以降に入社してきた若手連中殆どが「こんな職場イヤですw、辞めさせてください、(他職場へ)変わらせてください!w」とかピーピーピーピー泣き事を言っていたらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際、入社して職場へ配属されたその日に「退職します。」と言った者もいたらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、E課長は工場長殿に「どうなってるんだ!? 君の職場は?w」とか散々文句を言われていたらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、E課長は90年に前任のI課長から引き継いだだけで訳のわからん話、当然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今では考えられん話だが、当時の若者(つまり団塊2世世代)には1人当たり10社も求人が来ていたバブル世代だったのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから彼らにしてみれば古い工場で毒劇物も多く、私のような無愛想な先輩もいて、いわゆる「貧乏くじを引いた」感で一杯だったらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけに私は子供のころからの半病人、詳細な理由はわからんが妙に「滑舌」が悪かった、一部の若手からすると「何を言ってるかわからんw」「この工場で働き続けるとあんな風になるw」と言っていたらしいw

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来なら私だって親父さえ詐欺被害に遭わなければ、とっくの昔に退職してたか他職場へ移動していたはずだったw しかし、前記の事情でそれが出来なかった、辛抱して働き続けたことが管理職たちにとっては迷惑行為だったと言うのであるwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結婚のことについても言及していたらしい、若手連中クレームの中に「この職場で働いてたらあの人みたいに結婚できないのでは?」とか、

 

 

 あのさぁ、事情をよく聞いてからイチャモンつけろってぇのw 私は病弱な心身に加えて前記の金銭的被害、そして幼少時代の虐待の経験から精神面、健康面、金銭面、どれを取っても、とてもじゃないが結婚に踏みこめる状態ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 参考までに私はまるきり私はモテナイ君ではなかった、いやむしろチャンスは何度も有った、しかし全てわざと”見送り三振”していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 20歳の時に発覚した心臓病のオペで地元の大学病院へ約2ヶ月入院していた。 オペの後の苦しみは筆舌になんとかの世界だったが、一部のナースたちにはいじめられていた。

 

 

 

 

 

 当然である、普段年寄りや子供の面倒ばかり見ているところへ20歳の若者が入院してきた日にはハッキリ言って”餌食”である、あるナースには顔を合わせるたびにを吐かれていた。

 

 

 

 自分がM男君的な性格だったら1人や2人くらいは妙齢のナースさんをgetしていただろう、実際、あれだけ冷たく当っていたナースが1人退院の日になってから逆ナンしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし私はとして拒否した。 いくらHが目的でも媚売って一緒になったとしても、とても長続きする気がしなかった、そのナースは誠にアイドル顔の「べっぴんさん」だったが強烈にS的な性格だったのであるw

 

 

 

 

 

 

 5回も6回も「ねぇねぇ」じゃないが普段は見せない猫なで声で言い寄ってきたが「ダメだ! あなたとはつきあえないw」と拒否したw

 

 

 

 

 

 

 何故か主治医がすっ飛んできて言い放った「何故ですか? 何故あの子じゃダメなんですか?」と・・・、私は言い返した「あの子には幸せになって欲しい、自分のような病弱で貧乏人とつきあったり一緒になったりしてもロクなことにならんw」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 他、友人たちからも随時「女の子紹介してやる」とか言う話があったが、それらも全部拒否していた。

 

 

 

 

 

 

 

 手術後のガタガタな健康状態、私は「30歳までしか生きられないであろう」と若き日から自分の人生をあきらめていた

 

 

 

 

 

 

 

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 '90年、入社10年目に2人の若者が入社してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 '86年にも1人入社してきたのだが、'89年に他工場へ移籍していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結婚しなかったせいか、昨今の若者の感性がわからない、どう対応していいのか分からない、というか'89年は最悪に近いくらい体調が悪かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話が戻るが、'87年頃から前記の上京団の際の私の言動・態度に腹を立てた専務が嫌がらせを仕掛けて来たw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諸般の事情でお得意さんを失い、製品の売り上げが落ちていた、○○(製品の名前)ショックと称されていた、月間の生産量縮小に伴い人員削減が行われたのであるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4班3交代の職場だった、直7名を名、つまり総員で言うと28名を20名に削減された。 

 

 

 にもかかわらず、専務が怒り心頭で本社内の予算会議で人員削減に対する省力化工事に関して「予算? そんなもんは要らん!」と”ツルの一言”でなんら諸作業の自動化工事は一切行われず、人員だけ削減されるという第2の嫌がらせが始まったw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし生産量が一時的に落ちたからと言って人員だけを削減しておきながら、また(注文が)少し復活して変則6名シフトでの増産が始まった。 総員数はそのままで直6名にするために常時12時間勤務が始まったのである。

 

 

 「時間残業? 月50時間? そんなもんは大したことねぇわ!」という声が聞こえてきそうですが、日勤の残業と交代者の残業では疲労度が明らかに違います。

 

 (まして私は何度も書いている病人だと言うことをお忘れなく。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさしくロボット生活だったw たまたま結婚相手がいなかったのでどうでも良かった、起きては出社、起きては出社の毎日が続いたw 全く遊びの類は出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし前記の詐欺被害のせいでこちらとしては都合が良かったのである。 失った貯金をまた貯めることが出来る、稼げるということでホイホイ残業・早出をこなしていたのかも知れん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「忙しすぎて食事が出来んw」と嘆く諸氏もいた。 そして当時のI課長が言ってきた、「君のせいでこうなった」とばかりに「(専務に)謝りなさい!」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしこちらが謝る筋合い一切なかったのである、「体調が悪い」と頑として断ってたのに「行ってこい!」と「連日電話攻勢で強制してきた執行委員に言ってくれ!」と皆に説明していた。

 

 しかしは逆切れ「おまえが・・」どうのこうのと言ってくる、「知るか!俺は行かないとあれだけ拒否ってたのに! 」がこっちの言い分だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20年以上過ぎてからふと思った「何故この時点で裁判を起こさなかったのだろう?」と。

 つまり当時は嫌がらせと思ってなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずはTの行った迷惑電話・強要行為、そして本社に対する労働環境配慮不備・人権侵害についての損害賠償、訴えていればいくらか会社から取れてたであろう・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで気付けば入社10年を超えていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 '90年~'93年にかけて毎年新入社員が10人単位で入社し、当該職場へその間毎年2~3人配属されてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配属されてくるのは良いが、会社は指導人員なんて置こうとしない、入ってきた分だけベテランを他職場へ移転させるという嫌がらせが数年横行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、新人君たちが仕事を憶えるまで(2ヶ月前後)担当工程は早出・残業で人員を補充するという暴挙に遭っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組合に相談したところで前記の暴挙は止まりそうにない、当時はそれが当たり前だと考えていたから・・・、しかし退職して第三者目線で考えれば相談すべきだった、弁護士や人権擁護委員会その他・・・w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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