Wed, August 30, 2006
posted by patissiere
ケーキング Vol.6
テーマ:関連書籍
2001年、柴田書店MOOK
----
先日、柴田書店からのダイレクトメールで ケーキング 7 の予約の案内が来た。
5号 が出て以来、久しく新刊が出ていないと残念に思っていたらどうも6号を見落としていたらしい。
で、さっそく取り寄せた。
読んでいくうちに妙なことに気づいた。紹介されているオーボンビュータンの河田シェフの年齢が若すぎる。杉野英美氏が近々神戸の店を閉店するとある。???
何と2001年6月の刊。6号はこの5年、私のアンテナに全く触れることが無かったらしい。
確かに2001年の夏、私は大変な目に遭っていてお菓子の本どころではなかった。事情についてはこちらを参照 。
5年前のMOOKとなると内容はかなり古びていてもおかしくないのだが、不思議と違和感を感じなかった。
田舎に引き籠もって新しいことに触れていないせいとも言えるけれど。
興味深かったのは「オーボンビュータン」の河田勝彦氏と「イルプリュイシューラセーヌ」の弓田亨氏の二人の「私の修業時代」の記事があったこと。二人とも何という長い店名をつけたことか。
私は掛け値なしにこの二人が80年代、90年代の日本のフランス菓子界をリードしてきたと思っている。
河田氏は本当のフランスの味を日本に住む私たちに具現して見せてくれた。初めて彼の店を訪れたとき、そう、私はこんなフランス菓子が食べたかったのだとしみじみ思った。
フランスで料理やお菓子の修行をしたことのある人は皆わかっていると思うが、現地でレシピを蒐集して、その通り日本で作ってもちっとも美味しくない。材料が違う、気候が違う、日常に食べているものが違う。
しかし河田氏のフランス菓子はフランスで味わった感動をそのまま日本で味合わせてくれたのだ。
弓田氏もフランスで体験した美味しさ、感動を日本で再現しようと腐心したパティシエの一人だ。
彼は材料にこだわった。そして、良いと思った材料の情報を公開した。
今では“どこそこの何”を使っていると言うことはその菓子屋のステータスでもあるが、80年代の日本では使用している材料の公開は非常に希有なことだった。
使用している材料のメーカー名の公開は洋菓子界を飛躍的に発展させたと思う。
5年ぶりにケーキング7号が出るらしい。廃刊になってしまったかと残念に思っていただけにこれはとても嬉しい。
----
先日、柴田書店からのダイレクトメールで ケーキング 7 の予約の案内が来た。
5号 が出て以来、久しく新刊が出ていないと残念に思っていたらどうも6号を見落としていたらしい。
で、さっそく取り寄せた。
読んでいくうちに妙なことに気づいた。紹介されているオーボンビュータンの河田シェフの年齢が若すぎる。杉野英美氏が近々神戸の店を閉店するとある。???
何と2001年6月の刊。6号はこの5年、私のアンテナに全く触れることが無かったらしい。
確かに2001年の夏、私は大変な目に遭っていてお菓子の本どころではなかった。事情についてはこちらを参照 。
5年前のMOOKとなると内容はかなり古びていてもおかしくないのだが、不思議と違和感を感じなかった。
田舎に引き籠もって新しいことに触れていないせいとも言えるけれど。
興味深かったのは「オーボンビュータン」の河田勝彦氏と「イルプリュイシューラセーヌ」の弓田亨氏の二人の「私の修業時代」の記事があったこと。二人とも何という長い店名をつけたことか。
私は掛け値なしにこの二人が80年代、90年代の日本のフランス菓子界をリードしてきたと思っている。
河田氏は本当のフランスの味を日本に住む私たちに具現して見せてくれた。初めて彼の店を訪れたとき、そう、私はこんなフランス菓子が食べたかったのだとしみじみ思った。
フランスで料理やお菓子の修行をしたことのある人は皆わかっていると思うが、現地でレシピを蒐集して、その通り日本で作ってもちっとも美味しくない。材料が違う、気候が違う、日常に食べているものが違う。
しかし河田氏のフランス菓子はフランスで味わった感動をそのまま日本で味合わせてくれたのだ。
弓田氏もフランスで体験した美味しさ、感動を日本で再現しようと腐心したパティシエの一人だ。
彼は材料にこだわった。そして、良いと思った材料の情報を公開した。
今では“どこそこの何”を使っていると言うことはその菓子屋のステータスでもあるが、80年代の日本では使用している材料の公開は非常に希有なことだった。
使用している材料のメーカー名の公開は洋菓子界を飛躍的に発展させたと思う。
5年ぶりにケーキング7号が出るらしい。廃刊になってしまったかと残念に思っていただけにこれはとても嬉しい。











