弁理士会研修 「侵害訴訟に強い明細書等」 その8

 文章の意義等に関する例(実施例不拘束表現との関係)として小松先生が挙げた事件、流し台シンク事件(知財高裁 平成22(ネ)10031号 平成23年1月31日 判決言渡)は、 「実施例に限定されない旨の表現」 を付加することで、原審(東京地裁 平成21年(ワ)第5610号)を覆して侵害を認めた事例である。


 本件特許
 特許番号第3169870号
 発明の名称流し台のシンク

 本件明細書の段落番号【0027】には

 「なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるわけではなく、その他種々の変更が可能である。・・・シンク8gの後方側の壁面8iは、上側段部8fと中側段部8nとの間が、第2の段部8bを経由して、下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも、上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう、奥方に延びるように形成されているものであればよく、その形状は任意である。」

の記載があり、この記載を根拠に原審を覆して文言侵害を認めたものである。


 以下原審が覆った経緯を詳しく説明する。

 本件発明1
 A1 前後の壁面の,上部に上側段部が,深さ方向の中程に中側段部が形成されて,
 B1 前記上側段部および前記中側段部のいずれにも同一のプレートを,掛け渡すようにして載置できるように,前記上側段部の前後の間隔と前記中側段部の前後の間隔とがほぼ同一に形成されてなり,かつ,
 C1 前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている
 D1 ことを特徴とする流し台のシンク。


本件発明


知財雑感ブログ-流し台シンク事件 本件発明

 争点
 リブ(段部)が,壁面を構成する金属板を折り曲げて加工し,壁面と一体的に形成されたものであり,かつ,リブ(段部)の下部に傾斜面があるという被告製品の構成が,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)を充足するか(構成要件C1の解釈)。


 争点についての東京地裁の判断
 本件明細書の記載,図面及び出願経過に照らせば,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)という構成は,後方側の壁面の傾斜面が,中側段部によりその上部と下部とが分断されるように後方側の壁面の全面にわたるような,本件明細書に記載された実施形態のような形状のものに限られないと解されるものの,その傾斜面は,少なくとも,下方に向かうにつれて奥方に向かって延びることにより,シンク内に奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積(奥行き方向の長さと左右方向の幅)と垂直方向に対する傾斜角度を有するものでなければならないと解するのが相当である。


 知財高裁の判断
 「発明の実施形態」では,後方側の壁面は,上側段部から中側段部に至るすべてが,奧方に向かって延びる傾斜面であり,垂直部は存在するわけではない。しかし,本件明細書中には, 「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。・・・また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」 と記載されていることを考慮するならば,後方側の壁面の形状は,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面を用いることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にすることができるものであれば足りるというべきである。


 そうすると,構成要件C1の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」とは,後方側の壁面の形状について,上側段部と中側段部との間のすべての面が例外なく,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面で構成されている必要はなく,上側段部と中側段部との間の壁面の一部について,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面とすることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にするものを含むと解するのが相当である。


 被告製品のシンクは,リブ(段部)が,壁面を構成する金属板を折り曲げて加工し,一体的に形成されたものであり,かつ,後方側壁面の上段リブ(段部)の下部に,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面が存在する。そして,上記リブ(段部)の下部の傾斜面により,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とがほぼ同一となっていることが認められるから,構成要件C1を充足する。


 実は、本発明は「実施例の記載に限定されない」旨の記載について、あえて考えず、明細書に機械的に入れるようしていたが、上記裁判例の如く有効に働く場合があることを再認識されてくれた事件である。


 でも負の側面(かえってクレームが狭く解釈されること)は全くないのだろうか? どうなんだろう?