モスクワは今日も…

コメントを承認制にしました。アメンバーは募集しておりません。エロ馬鹿が宣伝ばっかり書き込むので、当分コメントは受け付けません。すいません。


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私達がモスクワに住み始めた頃というのは、ソ連崩壊直後だったので和食ブームも無く、ただただ高級な数件のレストランがあるだけだった(無くなった店もあるなぁ…)。


兎に角、貧乏人には高嶺の花。私は学生じゃなかったけど、旦那は学生だし、友人もみんな学生なのでそんな高級レストランになんて行けるわけが無い。

更に酷い事に、当時は購入可能な米の選択が


1 日本食スーパーで売られている高級カリフォルニア米(錦米)

2 ソ連米


しかなかった。

このソ連米ってのがクセモノで、丸米と長米があるのだが(ま、どちらも美味くはない)、タイ米なんて食べた事の無い時代だったから(だって私はバブル謳歌組)、適当な売り子にだまされて長米を買ってしまうとドつぼである。


んでもって、洗うまでが大変。中には藁だの石ころだの…はまだいい。

ねずみの糞が大量に混入しているのだ。

これを洗う前にちょっとずつ、手作業で排除する。


ここまでやっても美味くないから泣けてくる


【たまには美味い米が食べたい】

そうなると、韓国飯屋の出番である。因みに韓国人留学生は、許婚が国で待ってるとかゆ~ような大金持ちのご子息が多かったので、いいものを食べていた。韓国レストランにも頻繁に通ってたなぁ。


今や日本でもメジャーな「辛ラーメン」。

こいつはご馳走だった。



さてさて、韓国レストランであるが、そこで日本食は食べられないが(今はどこでも寿司が食べられるが)、兎に角、美味しい白米とアジア飯(豆腐等)が和食レストランよりもずっと安く(とは言え、我らには高かったが)、食べられたのだ。

しかも、お約束の前菜無料食べ放題!


そんなこんなで、我が家のソウル・フードとなってしまった韓国飯。

かなりディープなものが好み。そう、石焼ビビンバとかじゃなくて、臓物系。

遂に昨日、新大久保まで行って食べてきてしまった(半年振り!)。新大久保はコリアンタウンだって聞いていたけど、大阪の「鶴橋」ほど怖く無いね。 あそこはいまだにやばいよ。


更に今日は白モツ買ってきて、自分で作ったよ。まいう~。

韓国人に「国籍間違ってるんちゃう?」って言われるけど(辛ラーメンのお湯は半分でコチュジャン入れるもんなぁ)いえいえ、在留の長かった貧乏邦人です。



でもクリスマスイブにお台場なんぞに行ってしまい、飲食店はどこも満員。 フジTV前特設会場で「辛ラーメン」食べてる私達って…実際、そう思われても仕方が無い?


いやぁ、でもホント、コリアン・パワーには感謝します。

あの人たちが毎年、キムチを漬けるお陰でオランダ産しかなかった高級野菜「白菜」が、どんどん安くなってメジャーになったんだもんね。

学生寮で逞しく商売していた人も多かった。ルーブル大暴落で多くの外国企業家が大損して国に帰ったけど、韓国人は帰ってきた。すげええええええ。


今、アルバートに建てているロッテ・ビルなんて、大昔、没になった計画なのに。



同じ時期に住んでいても、ホント生活レベルが違ってたよな、あの頃(しみじみ)。

駐在婦人が言う苦労は…苦労やないよ。特権階級

(あ、旦那さん族は仕事で苦労したと思うがね)

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母とTVで『冷凍餃子のできるまで』ってのを偶然見た。

ミンチ機からミンチがぎょわああああああああっと出てくるのを見て


母「うわぁ、ミンチが出来てるぅ」

私「そう言えば私…ミンチ、挽いて作ってたわ」


そう、もうすっかり忘れていた遠い昔のお話。

1993年、モスクワでミンチってのは…すっげぇやばかったんですな。どれ位ヤバかってと、こちら のバックナンバーを読んで頂きたい(但し、食事の前後は避け、ミンチ料理も無い日にね)。


んな訳で、ミンチは皆、自分で挽いて作っていたのだ。

私もアカデミーの仕事の帰りの道端で、憧れのミンチ機を買った。

そいつを机に固定して、塊の肉を買って来て放り込み、ぐるぐるぐるぐるとミンチを…


挽けない。


肉の繊維や脂が刃にくっついて、なかなか挽けないのよねぇ。

肉屋で合挽きミンチが売っているのを発見した時は、感動したわぁ。


もう、忘れていた大昔の話でした。


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(予定変更でまだ大阪にいる私です)


最近、フランスが暴動で わや ってニュースが出てますよね。

で、北部のアミアン周辺では16歳未満、夜間外出禁止令が出たとか。


…懐かしい。

夜間外出禁止令。



実家でアルバムを見ていると、古い写真がわんさか出てきました。

1993.9.29 モスクワ大乱直前ですな。見に行ってしまったとんでも話は昔、めるまがに書きましたが簡単にここで説明すると、ハズブラートフとルツコイが、対エリツィンで旧コメコンに篭城した後、ホワイトハウスが砲撃されて、ブラックハウスになった事件(政治的背景説明ゼロやな 詳しくは、この本に書いていてあります )ざんす。


私がモスクワ入りしたのが8.31で、当時、ロシア語のロの字もわからんのに、みんなで「歴史の瞬間を見に行こう!」と、深夜ホワイトハウス前まで突撃したんです。あとで親に怒られた、怒られた。


だって戒厳令下でっせ。

そんな中、ロシア人の友人が一人、当時ではまだ個人所有が珍しかった日本製カメラを手に検問箇所で


「日本からのジャーナリストです」って大嘘ついて突き進んだんだから。もう、反乱軍、正規軍の人間入り乱れて…ま、死んでてもおかしくなかったな、冷静に今考えれば。


そのときの写真の凄い事すごい事。すっかり忘れてた。実家にあったんだ。でも、母がべったり貼り付けるアルバムに張っちゃってるんですが…。 デジカメで撮るか?その写真…???


この後、夜間外出禁止令が発令され…たのを知らなかったんですな、私たち。

(大使館に在留届は出しましょうね、皆さん)

友人のいる寮に遊びに行ったら「よく来れたね」って呆れられて初めて知ったんだもんナ、外出禁止令なんて。


ま、この事件から私のモスクワ生活は始まったわけですが、やっぱ波乱万丈の幕開けだった訳です。

あ、その数日前に中心地の韓国レストランでご飯食べてたら、料理が出た瞬間に「あと30分で店閉めるよ」って言われて、理由を聞いたら 戦車部隊が市内を包囲していて帰れなくなるから だったんだよなぁ。


あの時、無理やり捕まえた白タクの運ちゃんのセリフは忘れられんよ


「あのさ~、ロシア貰ってくんない?日本。そしたら落ち着くと思うんだわ」って。

~~旦_(^O^ ) イ-エ ケッコウデス(キッパリ!)



何にせよ、在留邦人の特に学生さん、在留届は出しといたほうがいいよ。それ以外は関わんなくてもいいからさ。

で、フランスの皆さん~! 気をつけて。


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ちょくちょくコメントしてくださるGROWTHさんところの TBネタですが、『炭酸水』。

最近日本でも「おいしいわ~」「おしゃれだわ~」って感じで受け入れられつつあるようですが、

結構高いですよね、○リエとか。


1992年、外貨ショップで水を買ったら全部炭酸入りだった。しかも高かった。当時100$あれば

わっはっは~!な生活が出来たのに、水が3$は高いだろう。

大枚はたいて水買ったら炭酸でしかも温くて…悲しかったわ。


私が炭酸水が飲めるようになったのは在留何年目くらいからだろう?


ああ! グルジアの美味しい水、ボルジョーミを飲み始めてからです。えっと…2年目か3年目だ。

ボルジョミ公式ページ

ボルジョミの紹介をしている日本のHP


まずグルジア料理とグルジアワインに嵌って、水にいったのだな。水って~とこれしかなかったんですよ、そのレストラン(う~ん、レストランと言うより食堂っぽかったが)。 ちょっとしょっぱいんだけど、合うんだこれが料理に。


因みにこのボルジョミ、めちゃめちゃ旧ソでは有名なんですが1995年っちゃぁ、偽物商品作りまくりの最盛期ですから当然、偽物が出た。


…地下室で瓶に水道水と塩詰めてやんの。


今ではエビアンやアヴェンヌみたいに

BORJOMI

スプレータイプも出ております。数年前に展示会でむりやり見本品を貰って来たのですが、最近やっと普通のスーパーにも置くようになりました(卸値がけっこうするんですわ)。


ただなんとかの一つ覚えで、携帯サイズが無いのよね~。だから結局、機内にはアヴェンヌを持ち込む私です。


さてこれが私の炭酸水に関する昔話なんだけど長くなったんで、1980年代ソ連の炭酸水ネタなどはまた次回に(メルマガにでも書くか)。

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「姐ぇさん、関西が全滅や!」

そう叫びながら友人がドアを叩き殴る音で目が覚めました。

当時、既にモスクワ。
電話なし。TVあり。TVをつけると

「なんじゃこれ?爆弾でも落ちたんか?!」

慌てて電話のある友人の部屋へ行って、電話を借りたのですが
「This is KDD Japan...」丸半日、不通。
留学生の一人は彼氏が長田在住で、パニック状態。

ロシアのニュースでもずっと、「ナガタ ナガタ コーベ」が
連呼されていました。

もう今日は電話は繋がらない。最後の一回だ…とダイヤルを回したら
なんと実家に繋がった。
「おかん!大丈夫かいな?」
「ああ、おかあさんねぇ…大変なのよ…風邪で熱が出て」


ぶっ飛んだけど、めっちゃ安心した。

後日、友人から送られてくる手紙は悲壮なものばかり。
一方、関東在住の友人に送られてくる手紙は、いつもと変わらないもので
温度差を感じたものだ。

当時、日本語教師だった私は早速、「地震」を授業のテーマにした。
「地震」という言葉すら知らない。理解できない若い子がいたのには
びっくりしたが。

当時の関西のように、「地震は無い」という思い込みから全く地震に対する
知識も、対策も無い。
「地震が起こったらどうしますか?」との私の問いに全員が
「外に飛び出す」と答え、
「ではどうやって?」と聞けば

「エレベーターに乗って」

と、答えた。

モスクワの建物は、お馬鹿な爆弾による爆風対策だけされていて、
地震対策が無い。防災知識もお粗末過ぎる。
数年前の学生寮の火事で死者が多かったのは、
エレベーターを利用して避難した際の、バックドラフトだ。

あれから我が家には、避難セットが準備されている。

10年前のあの日に合掌。

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