2011年05月02日(月)

東日本大震災:父子家庭、立ち上がろう 妻と次男失った岩手・陸前高田の33歳

テーマ:時事ニュース

 ◇同じ境遇の人と悩み共有…あすサークル旗揚げ

 東日本大震災で妻と次男を失った岩手県陸前高田市の電器店経営、吉田寛さん(33)が、同様に父子家庭となった男性とその子どもたちと悩みを共有して交流を深めようと20日、サークル「父子家庭を支える会(仮称)」を旗揚げする。店と自宅を失い、悲しむ間もなく長男と2人の避難所生活を始めた吉田さん。被災地では同様のケースが多いとみられ、「同じ境遇の父子が集えば安心でき、声も上げやすい」と参加を呼びかけている。【鈴木敦子】


 3月11日、消防団員でもある吉田さんは大きな揺れに見舞われると、すぐに店を出て近所の人に高台への避難を呼び掛けた。近くの自宅前では、母静子さん(73)と妻真紀子さん(33)、青白い顔で真紀子さんにしがみつく次男将寛(まさひろ)君(5)の姿があった。「とりあえず避難しとけよ」。言い残して再び住民の誘導に戻った。


 十数分後、突然、背後から津波が押し寄せてきた。胸まで水につかりながら市立高田小学校の2階に逃れた。「死なずに済んだ。家族に会える」。安堵(あんど)感から声を上げて泣いた。


 しかし、翌日再会できたのは長男芳広君(9)=高田小4年=だけだった。1週間後、行方不明者を捜索中に自ら真紀子さんの遺体を発見。静子さんの遺体も見つかったが、将寛君は行方不明のままだ。


 生きるのに精いっぱいだった避難所生活が少し落ち着いた16日、父子2人で初めて買い物に行き、日帰り温泉に立ち寄った。そこで芳広君がつぶやいた言葉がショックだった。「思い出すから母さんの話はしたくない」


 23歳で父が急死して店を継いで以来、仕事に追われ、子育ては妻に任せていた。そんな自分にとって、いざ長男と二人きりになってみると、思い出を語り合うのは難しいかもしれないと感じた。


 仕事と家事、子育ての両立に追われる父子家庭への公的支援が少ないとも思った。実際は母子家庭と同様の支援を受けられることが多いが、当事者への周知は徹底されていない。例えば、仮設住宅に優先的に入居できる条件に「母子家庭等」とあるが、そこに「父子家庭」が含まれることを気付かなかった。


 そんなとき、市内に住む友人も妻を亡くし、幼い娘との父子家庭になったことを知った。女の子が思春期になったら、男親には話しにくいこともあるだろう。同じ境遇の父子が集えば安心できると考え、サークルの設立を思いついた。まずは口コミで仲間を募る考えだ。


 近く仮設店舗を市内に開き、仕事を再開する予定。生活が安定すればサークルのホームページを開設し、全国の父子家庭との交流も計画している。吉田さんは誓う。「俺には『父親だけでも子どもを立派に育てる』という人生の目標ができた。息子と2人、前向きに生きる姿を天国で見てもらいたい。子どもの前で泣いてる姿は見せられねっから」

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