pand

ほとんどのパンが


今では「ミキサー」という捏ね機によって仕込まれます。


さあ、仕込みを始めようという時に、


ミキサーボウルには、

粉を先に入れるのか?
水を先に入れるのか?


たったそれだけのことでパンの美味しさが違ってきたりするのです。


不思議でしょ?

粉を先に入れた場合、


それぞれのミキサーボウルのサイズに対して、原材料が一定の量を超えると、

スタート時に「フック」(捏ね棒)の回転によって、水や粉が飛び散ることがあります。


スイッチのオン、オフや、ボウルの昇降を加減しながらやり過ごす方法が一般的です。


ところが、


水を先に入れる


というだけで、あっという間に粉が水になじんで、すんなりまとまるのです。

この方法のメリットは、材料の飛散防止だけではありません。

粉の水和が早いために、仕込時間が短縮できるのです。


ふつう1~2分。


小麦粉2袋(25㎏×2)用のミキサーぐらいのサイズになると4分前後は短縮できます。

仕込時間が短縮できれば、

①生地の温度上昇を抑制できる。(不快な醗酵臭を抑えられる。)
②抱き込む空気による生地の酸化作用で、味や風味が損なわれるのを抑えられる。

たったこれだけのことで、お金もかけずに本当にパンが美味しくなります。


普段、当たり前だと思っている仕事の手順も、


ちょっぴり疑う頭の柔らかさがあれば、まだまだ面白がれる余地ってずいぶんあるものです。 パン衛門

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pan-1 どこの パン屋でも見かける

『レジカウンター』

の高さは、

売り子さんの作業性を考えて、約80センチ


小さな子が歩き始めてしばらくすると、

両手の指先をこの台の縁にかけて

いっしょうけんめい背伸びするようになります。


「ママ、見えない。見せて。」


成長と共に、

そのうちおでこが越えて、

鼻が越えると背伸びはおしまい。


そんな頃には

自分でパンを選んでトレーにのせて。

ママの財布から

お金を渡すお手伝い。


笑顔が

まるごと越えられそうな頃には

もう小学生です。


「春にはもう学校ですかぁ。はじめて来てくれた頃はまだ顔も見えなかったのにね。」

「ありがとうございます。そうそう、そうだったわねえ。過ぎちゃうと早いわねえ。」


最初にだれが決めたのか知らないけど、

80センチはとても素敵な高さです。 パン衛門

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A4 ケーキ屋の友人と酒の席。

カスタードクリームの話になりました。


「おまえんとこのクリームパン 美味いよなあ。あれなんか入ってんの?」


「生クリーム入れてるわけでもないし、特別何も入れてないよ。」


「味にけっこうインパクトあるんだよなあ。」


「ちゃんと甘いってだけだよ、たぶん。牛乳1本(1000cc)に砂糖300g。」


「さんびゃくう!???」


「あんたたちがさ、『甘さひかえめとってもヘルシー』なんてこと始めて、なんでも砂糖減らしちゃうまではみんなこれくらいだったんだよ。パン屋もいつのまにかずいぶん減らしてる。」


「なんでおまえは減らさなかったの。」


「ああ。卵の生臭さや牛乳の乳臭さを抑えて、うまみを際だたせて、パンと一緒に口に入れるとちょうどいい甘さ。300って絶妙な量だとずっと思ってるから減らしてない。俺、クリームパン 好きだしさ。ちっともヘルシーじゃないかもしれないけど、うちはそれでいい。」


「バニラビーンズも使ってないんだろ?黒いつぶつぶなかったもんなあ。」


「バニラの香りは実じゃなくてサヤにあること知ってるヤツはあんなもの入れないよ。サヤごと牛乳に入れて煮出すだけ。色も美観も損ねるし、口に残るし。実際、うちの4才の娘はアイスクリームのあれ見て、『ゴミ入ってる。』って言った。」


「でも入れたほうが本物っぽいじゃん。」


「本物っぽくなくてもいいよ。たしかに商売考えればさ、バニラビーンズ使ってることをアピールするためには有効かもしれないけど、つぶつぶ残して美味しくなるわけでもないからね。みんながそんなことするようになってきたから、そのうちバニラの実に見えるような物を混ぜちゃうヤツでてくるんじゃないの。」  ぱん衛門

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い・た・ず・ら☆

テーマ:

p57 回転寿司の入り口のドアを押すと、

厨房の奥から威勢のいい元気な声で、


「いらっしゃいませ!」

「しゃいませ!」

「しあわせ?」


「え?」

たしかに三つめはそう聞こえたのです。


腕の中でスヤスヤ寝息をたてる息子の横顔を思わず眺めながら、

「しあわせかな。」

そうつぶやいたのでした。


それ以来、

うちのパン屋の店先で、

小さな子供連れのお客さんを見つけるたびに、


パイローラーのフットスイッチを踏みながら、

「しぁ~わせぇ~?」


そう僕が叫んでいることに、きっと誰も気づいてないと思う。


こんなイタズラならたぶん、

神様もバチなんか当てないよね、きっと。


世界に平和を。

おやすみなさい。 ぱん衛門

ふと気付いた変わらない景色の理由

テーマ:

h-4 パン屋になって4年目のある日。一番の幼なじみと、夜、飲みに出かけたその帰り道。

馴染みのラーメン屋で、いつものようにくだらない話をしながら、いつものラーメンを食べるいつもの景色。


そう、ふと気付いた変わらない景色の理由は、

カウンター越しに

店主を挟んだ奥の壁に置かれたピカピカの冷蔵庫の扉。

「もう何年も通ってるのに、そういえばいつもピカピカだよな。手のあとひとつ付いてないし。きっと中もきれいなんだろなあ。」

急に、みるみる酔いが醒めていくのを感じました。


「俺、この親父に負けてる。おんなじ食べ物商売してて。」

 一通りの仕事を形だけはこなせるようになって、

すっかり一人前のつもりで、

「店ぐらいいつでも始められる。」

と天狗になり始めていた僕は、

「たかが酔っぱらい相手のラーメン屋。」

と、バカにして見下していたにちがいない。


そんな思い上がりを、

脳天からぶん殴られた気分で、

黙って帰りました。


それ以来、厨房のステンレス製の扉の無機質な輝きは、仕事に向かう自分の姿勢のような気がして、どんなに疲れていても気になります。 ぱん衛門

crw  クロワサン のあの形、

いわれはいろいろあるようです。


パン屋になって3日目だった私は、

つるはし説を先輩から聞かされました。

で、

元々へそまがりな当時18才の私の感想。

「いかにもエピソード好きなヨーロッパ人が考えそうなネタだな。」


じゃあ何故あんな形になったのでしょうか。


 バター100%で作られるクロワサン は、

両端を曲げないまっすぐな成型をすることが多いのですが、

巻いたままの生地を天板に並べると、

ホイロ(パンの醗酵室)で醗酵する間に巻が戻って形が崩れたり、

隣とくっついてしまったり。

焼成時のカマ伸びでも同じことが起こります。


ところが、

天板に並べる際、両端をほんの少し曲げてやるだけで、

製品が不揃いになることも、

ロスを出すことも防げます。


焼き上がった頃にはカマ伸びの勢いでほぼまっすぐになるものの、多少曲がりが残るものもあります。

これがクロワサン の形の由来です(たぶん)。


クロワサン を成型しながら、ふとそう思った22の秋以来、ずっとそう思っています。

 

ただ、

もっともらしい顔をして、

もっともらしい楽しいエピソードを人に聞かせた大うそつきのパン屋の親父(たぶん)のことも、


クロワサン が転がらない工夫を考えた、

若いオーストリア人のパン職人(たぶん)のことも大好きです。


なぜなら、

いつまでも頭の柔らかい、

遊び心を忘れないそういうパン屋でありたいと、

私自身願うからなのでした。 ぱん衛門

A2 パンを評価するために人が口にする言葉は、大きく4つに分けられます。

「おいしい」

「まずくない」

「おいしくない」

「まずい」


「まずくない」パンを作れさえすれば、

あとは売るためのノウハウで商売は成立する、と言われる時代になりました。

でも、

作り手の心情としてはそんなわけにはいかないものです。


パン屋(独立でき得るパン職人)を志して

この仕事を始める人間のすべてが、

「おいしい」パンを作れるようになりたいと思うのは、当然です。

しかしこのご時世、

企業にも経営者にもあまり余裕がなくて、

そういったことのための試行錯誤の余地を許容できなくなってきています。

「余計なことはするな。」

「言われたことだけやれ。」

出るクギは打たれます。

でもね、出過ぎれば誰も手出しはしなくなるんです。

志を保ったまま、手段を誤らずに早く力を付ければいい。


以前、競輪選手の話を聞いたことがあります。

平均年収が最も高い、日本のプロスポーツです。

ポルシェに乗ることが目標のヤツと、日本一になることが目標のヤツとでは自ずからあらゆることに差ができてくる。

志が大きいほど大きな存在に成れるというのです。


私ですか?

ずっと私も日本一美味しいパンを作れるようになりたいと思って仕事をしてきました。

ただ、

時と共に、

「おいしい」という抽象的な 言葉の中で、自分の目指す場所が明瞭になってきたのです。

自分にとって最高の美味しさって?

人それぞれでしょう。


私にはそれが、


「思わずほっとする美味しさ」

「気持ちがあたたかくなる美味しさ」


だと思えるようになりました。

ここ2、3年、少しずつ形にできるようになった気がしています。

コツはあります。

でも、それはナイショ。 ぱん衛門

8歩目の「メッセージ」。

テーマ:
cky1 望月さんは、店のお客さん。

常連さんです。


ちょうど僕の一番下の叔母さんぐらいの、

夫婦仲のとてもいい、

物腰の優しい御婦人です。


今日もまた、

いつものように買い物を済ませ、

いつものようにレジカウンターから7歩で店のドアまで。


ところが8歩めでゆっくりこちらに向き直り、


「いつも美味しいパンをどうもありがとうね。」

と微笑んだまま、深々とお辞儀をなさったのです。


そんな不意の衝かれ方は生まれてはじめてだったから、

ビックリするより先に、

感激するより先に、

不覚にも、

思わずウルウルしてしまい、


「恐縮です。精進します。」

と言ったきり、


負けないくらい頭を下げて固まってしまったのでした。 ぱん衛門

金色のシリンダー。

テーマ:

p51 バロックに傾倒していたわけでも、

J・S・バッハが好きだったわけでもなく、

「バッハ弾き」と言われたヴィルヘルム・ケンプにいたってはその名前すら知らなかったのに、

その後、輸入盤店でLPまで買ってしまうことになるこの曲のタイトルが、

『主よ、人の望みの喜びよ』

だということを知ったのは、

20年ほど前、

僕がまだ名古屋でパンを焼いていた頃のことです。


仕事場の近くに

「アロハ商会」

という名のオルゴール屋さんがありました。

きっと輸入雑貨なども扱う卸問屋の一階の空いたスペースに併設されたオルゴール用のショーコーナーだったのかもしれません。

その証拠に、

素通しの窓ガラスに 貼られた赤いカッティングシートの「アロハ商会」の文字は、

どう見ても素人のやっつけ仕事。


それでも、

その頃の僕にとっては、

特別なとっておきの空間だったのです。

大好きな『オルゴール屋さん』だったのです。


お店の棚には所狭しと、いろいろな大きさ、さまざまな形のオルゴールが並んでいます。

カウンターの中にはいつも品の良い様子の老紳士がひとり。

短く刈り込んできれいに撫でつけられた白髪まじりの髪に、パリッとした白いシャツ。

落ち着いた色目のベストと、茶かグレーのスラックス。

とどめはお約束の蝶タイ。


仕事帰りの僕はといえば、

ヨレヨレのTシャツもしくはトレーナーに、ジーンズ&くたびれ放題のスニーカー。

そんな僕にイヤな顔ひとつせず、

「いらっしゃいませ。」


その途端、

オルゴール以外には何の飾り気もない空間が、

魔法にかかったように、キラキラし始めるのです。


「聞いてみたいのがあれば、おっしゃって下さい。ご用意いたしますから。」

「すいません。いつも聞くだけで。」

「いいんですよ。このごろは、あなたのようにオルゴールをゆっくりうれしそうにお聞きになるお客様も、めっきりいらっしゃらなくなりましたし。」


カウンターのすぐ横に1500㎜のガラスのショーケースが1本置かれていて、

その中には、

棚に並ぶオルゴールとは明らかに趣のちがうものが数点飾られています。

ちょうど5本セットのレンチが入っている木箱ほどの大きさのそのオルゴールは、

ずっしりとした重厚さを感じさせる輝きを放ち、

縁取りには象嵌細工が施してあります。


ある日、


「これも聞かせてもらっていいんですか?」

「是非、お聞きください。」


取り出されてテーブルにおかれたそのオルゴールは、

ゆっくりとカチカチ、

ゼンマイの音が苦しくならない八分目ほどを優しい白い手で巻かれ、

そっと扉が開かれ、

スイッチがオンになる。


金色のシリンダーが音もなく回転を開始し、

えもいわれぬ音色を奏で始めました。


鳥肌が立ちました。

聞いたことのない音の世界でした。

扉の内側に貼られたラベルには


『主よ、人の望みの喜びよ』


と書かれていました。(オルゴールが聞けます。→「j05-3.ram」をダウンロード

子供の頃からずっと耳に残っているこの優しい旋律は、こういう名の曲だったんだ。


しばらくのあいだ、

親しい人への贈り物やお祝いはもっぱらオルゴールでした。

20個ぐらいにはなったでしょうか。

それでも、次のパン屋に移るまで500日ぐらいは通ったことを思えば、

決してありがたい客ではなかったかもしれません。


「オルフェウス」

という名の、あのオルゴールのことも、

「アロハ商会」

のことも、すっかり縁がなくて今はわかりません。

誰かご存じの方はいませんか?あんな商売ができるようになりたくても、彼の域にはまだまだ30年ぐらい歴史が足りないことを実感させられる日々なのです。 ぱん衛門

ROAD HOME.

テーマ:

k&m2 「若いウチは都会に憧れて、学校を卒業すればすぐ飛び出すようにみんな都会(まち)に出ちゃうけど、ある程度の年齢を境に、無性に故郷に帰りたくなる。」

よく聞く話ですよね。

でも僕には、生まれた土地や、育った場所を、

「故郷」や「クニ」

と呼ぶような特別な感情や思い入れがありません。

親しい友もいれば、大好きな場所もたくさんあるのに。

たぶんきっとそれが小さい頃から

「放浪癖がある。」

とよく言われる所以なのでしょう。

「だからなんなんですか?」

と、口ではそう答えてきたものの、

自分には人として大切な感情の一つが欠落しているのかもしれない、と考えたことがあるのも事実です。


一昨日のこと。

保育園に通う4才になる次女を、夕刻迎えに行きました。

保育園の玄関を出て、

いつもなら山道を駆ける子犬のように一定のリズムで振り向きながらどんどん1人で走っていく彼女が、

雨に濡れた歩道を怖がって

僕の左手をギュッと握りしめます。


よく知っているはずの

彼女の手の温かくて柔らかい感触が、

なぜだかいつもと違うように感じられたのです。


「こいつの手って、こんなに優しかったかな。」

親の情とは違うもの?


はっとしました。

「俺の故郷はたぶんこれだ。」


彼女の大好きな鼻歌をいっしょにくちずさむ帰り道。

「♪まっかなゆ~やけおいかけぇ~お~れたちゃながれるROCK'N ROLL BA~ND!!」 ぱん衛門