A2 パンを評価するために人が口にする言葉は、大きく4つに分けられます。

「おいしい」

「まずくない」

「おいしくない」

「まずい」


「まずくない」パンを作れさえすれば、

あとは売るためのノウハウで商売は成立する、と言われる時代になりました。

でも、

作り手の心情としてはそんなわけにはいかないものです。


パン屋(独立でき得るパン職人)を志して

この仕事を始める人間のすべてが、

「おいしい」パンを作れるようになりたいと思うのは、当然です。

しかしこのご時世、

企業にも経営者にもあまり余裕がなくて、

そういったことのための試行錯誤の余地を許容できなくなってきています。

「余計なことはするな。」

「言われたことだけやれ。」

出るクギは打たれます。

でもね、出過ぎれば誰も手出しはしなくなるんです。

志を保ったまま、手段を誤らずに早く力を付ければいい。


以前、競輪選手の話を聞いたことがあります。

平均年収が最も高い、日本のプロスポーツです。

ポルシェに乗ることが目標のヤツと、日本一になることが目標のヤツとでは自ずからあらゆることに差ができてくる。

志が大きいほど大きな存在に成れるというのです。


私ですか?

ずっと私も日本一美味しいパンを作れるようになりたいと思って仕事をしてきました。

ただ、

時と共に、

「おいしい」という抽象的な 言葉の中で、自分の目指す場所が明瞭になってきたのです。

自分にとって最高の美味しさって?

人それぞれでしょう。


私にはそれが、


「思わずほっとする美味しさ」

「気持ちがあたたかくなる美味しさ」


だと思えるようになりました。

ここ2、3年、少しずつ形にできるようになった気がしています。

コツはあります。

でも、それはナイショ。 ぱん衛門

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8歩目の「メッセージ」。

テーマ:
cky1 望月さんは、店のお客さん。

常連さんです。


ちょうど僕の一番下の叔母さんぐらいの、

夫婦仲のとてもいい、

物腰の優しい御婦人です。


今日もまた、

いつものように買い物を済ませ、

いつものようにレジカウンターから7歩で店のドアまで。


ところが8歩めでゆっくりこちらに向き直り、


「いつも美味しいパンをどうもありがとうね。」

と微笑んだまま、深々とお辞儀をなさったのです。


そんな不意の衝かれ方は生まれてはじめてだったから、

ビックリするより先に、

感激するより先に、

不覚にも、

思わずウルウルしてしまい、


「恐縮です。精進します。」

と言ったきり、


負けないくらい頭を下げて固まってしまったのでした。 ぱん衛門

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金色のシリンダー。

テーマ:

p51 バロックに傾倒していたわけでも、

J・S・バッハが好きだったわけでもなく、

「バッハ弾き」と言われたヴィルヘルム・ケンプにいたってはその名前すら知らなかったのに、

その後、輸入盤店でLPまで買ってしまうことになるこの曲のタイトルが、

『主よ、人の望みの喜びよ』

だということを知ったのは、

20年ほど前、

僕がまだ名古屋でパンを焼いていた頃のことです。


仕事場の近くに

「アロハ商会」

という名のオルゴール屋さんがありました。

きっと輸入雑貨なども扱う卸問屋の一階の空いたスペースに併設されたオルゴール用のショーコーナーだったのかもしれません。

その証拠に、

素通しの窓ガラスに 貼られた赤いカッティングシートの「アロハ商会」の文字は、

どう見ても素人のやっつけ仕事。


それでも、

その頃の僕にとっては、

特別なとっておきの空間だったのです。

大好きな『オルゴール屋さん』だったのです。


お店の棚には所狭しと、いろいろな大きさ、さまざまな形のオルゴールが並んでいます。

カウンターの中にはいつも品の良い様子の老紳士がひとり。

短く刈り込んできれいに撫でつけられた白髪まじりの髪に、パリッとした白いシャツ。

落ち着いた色目のベストと、茶かグレーのスラックス。

とどめはお約束の蝶タイ。


仕事帰りの僕はといえば、

ヨレヨレのTシャツもしくはトレーナーに、ジーンズ&くたびれ放題のスニーカー。

そんな僕にイヤな顔ひとつせず、

「いらっしゃいませ。」


その途端、

オルゴール以外には何の飾り気もない空間が、

魔法にかかったように、キラキラし始めるのです。


「聞いてみたいのがあれば、おっしゃって下さい。ご用意いたしますから。」

「すいません。いつも聞くだけで。」

「いいんですよ。このごろは、あなたのようにオルゴールをゆっくりうれしそうにお聞きになるお客様も、めっきりいらっしゃらなくなりましたし。」


カウンターのすぐ横に1500㎜のガラスのショーケースが1本置かれていて、

その中には、

棚に並ぶオルゴールとは明らかに趣のちがうものが数点飾られています。

ちょうど5本セットのレンチが入っている木箱ほどの大きさのそのオルゴールは、

ずっしりとした重厚さを感じさせる輝きを放ち、

縁取りには象嵌細工が施してあります。


ある日、


「これも聞かせてもらっていいんですか?」

「是非、お聞きください。」


取り出されてテーブルにおかれたそのオルゴールは、

ゆっくりとカチカチ、

ゼンマイの音が苦しくならない八分目ほどを優しい白い手で巻かれ、

そっと扉が開かれ、

スイッチがオンになる。


金色のシリンダーが音もなく回転を開始し、

えもいわれぬ音色を奏で始めました。


鳥肌が立ちました。

聞いたことのない音の世界でした。

扉の内側に貼られたラベルには


『主よ、人の望みの喜びよ』


と書かれていました。(オルゴールが聞けます。→「j05-3.ram」をダウンロード

子供の頃からずっと耳に残っているこの優しい旋律は、こういう名の曲だったんだ。


しばらくのあいだ、

親しい人への贈り物やお祝いはもっぱらオルゴールでした。

20個ぐらいにはなったでしょうか。

それでも、次のパン屋に移るまで500日ぐらいは通ったことを思えば、

決してありがたい客ではなかったかもしれません。


「オルフェウス」

という名の、あのオルゴールのことも、

「アロハ商会」

のことも、すっかり縁がなくて今はわかりません。

誰かご存じの方はいませんか?あんな商売ができるようになりたくても、彼の域にはまだまだ30年ぐらい歴史が足りないことを実感させられる日々なのです。 ぱん衛門

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ROAD HOME.

テーマ:

k&m2 「若いウチは都会に憧れて、学校を卒業すればすぐ飛び出すようにみんな都会(まち)に出ちゃうけど、ある程度の年齢を境に、無性に故郷に帰りたくなる。」

よく聞く話ですよね。

でも僕には、生まれた土地や、育った場所を、

「故郷」や「クニ」

と呼ぶような特別な感情や思い入れがありません。

親しい友もいれば、大好きな場所もたくさんあるのに。

たぶんきっとそれが小さい頃から

「放浪癖がある。」

とよく言われる所以なのでしょう。

「だからなんなんですか?」

と、口ではそう答えてきたものの、

自分には人として大切な感情の一つが欠落しているのかもしれない、と考えたことがあるのも事実です。


一昨日のこと。

保育園に通う4才になる次女を、夕刻迎えに行きました。

保育園の玄関を出て、

いつもなら山道を駆ける子犬のように一定のリズムで振り向きながらどんどん1人で走っていく彼女が、

雨に濡れた歩道を怖がって

僕の左手をギュッと握りしめます。


よく知っているはずの

彼女の手の温かくて柔らかい感触が、

なぜだかいつもと違うように感じられたのです。


「こいつの手って、こんなに優しかったかな。」

親の情とは違うもの?


はっとしました。

「俺の故郷はたぶんこれだ。」


彼女の大好きな鼻歌をいっしょにくちずさむ帰り道。

「♪まっかなゆ~やけおいかけぇ~お~れたちゃながれるROCK'N ROLL BA~ND!!」 ぱん衛門

「パダワン」現る。

テーマ:
mixflowerd 4才ぐらいの男の子を連れたお客様が店の入り口のドアから入って来られました。

「カランコロン。」

「いらっしゃいませ!」

その小さなジェダイは、一通り店内を見渡すとすかさずひとつのパンを指さしたのでした。


「お母さん、ほらほら、見て見て見て。こーんなところに『まっくろくろすけ』がいるよっ!」
彼はニコニコ有頂天です。


トトロの朝ごはん

という、そのパンのプライスカードにはちっちゃなイラストが添えてあるのです。

座ったトトロと、隣に立つ小トトロがそのパンを頬張っている。

そのまたうーんと右端にひとつだけ『まっくろくろすけ』が描かれていて、

離れて見ればほとんどサインペンの汚れぐらいにしかみえないようなそれを、

彼はめざとく見つけたのでした。


誰も気が付かないだろうと思っていました。

今まで500人を越える数の子供たちが

「あ、トトロ。」

で済ませたイラストです。

あとにも先にもきっと1人だけでしょう。


絶滅のおそれのある希少種を久しぶりにまた1人発見しちゃった気分です。

こんな感性はあとから育まれるものではなくて、

ひとりひとりが母親から産まれる時に、

こっそり携えてくる小さな宝物の一つだと思っています。

とても素敵な宝物。


ぼーず、20年後、楽しい仕事をいっしょにしような。

仕事がムリならいい飲み友だちになれると思うぜ、おじさんはさ。

早くおっきくなれ。


結局、彼は店を出るまでトトロには一言も触れませんでした。 ぱん衛門

父さんは飛べるんだよ、ほんとさ。

テーマ:

sora 空を見上げることが好きです。

だからいつもついつい。

空も雲も太陽も月も星も。


高校生の頃、

部活の帰り通、

ペダルをこぎながら星を数えることに夢中になって、

路駐している車にノーブレーキで激突。

チャリンコを2台つぶしたことがあります。


仕事を終えて、工房の外にでる。

セブンスターを一服しながら、

南の空、

駿河湾上空を行き交う旅客機の赤い点滅を、つい無意識のうちに数えてしまう。


「今日は7つ見つけた。」

たったそれだけのことがうれしかったりする。


「空への想い」はどうやら遺伝するものらしく、

娘二人に

「飛べるほうき、こんど見つけたらきっと買ってね!」

と、最近せがまれています。


「ああ、約束な。」

あなたたちの父親の時代にはまだ、

『ほうき』も『デッキブラシ』もなくて、唐草模様の風呂敷のマントでしたが。 ぱん衛門