家族単位・現在数 2 → 3

たまたまアメーバブログで読んでみたい方のものがあった。

で、ついで自分も登録。

身近にあった「不育」の事を書き、「棚ボタ」のような妊娠の事を書き、そして「出産」と「育児」につてを書いてゆくブログとなってゆくようだ。


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年が改まりました。

特に思ったのではないのですが、このアメーバさんの「ランキング」をはずしました。

これからも、のん気に書いていく予定です。

見にいらして下さっている皆さん、今年もどうぞ、よろしくお願い致します。

いつの頃からか、いただく年賀状に「子供の写真」が載って来る事が多くなった。いまや、年賀状の風物詩のような感もする。

毎年いただくものだと「○○さんちの△△ちゃん、大きくなったネェ」と、前年のものと比べながら見たりするのが楽しい…、という具合の趣旨で、この「年賀状に子供(あるいは家族)の写真」という事が企画されたのだろう、という想像はつく。(写真業界の「企み」である事は間違いないとも思う。最近はパソコンソフトウェア業界やプリンター業界までが進出している。あきれている。)

しかし、企画の段階で「子供の居ない家庭、子供を亡くした家庭」の事については、何も検討されなかったんだろうな。と、いうか、そういう家庭はそれこそ「想定外」なんだろうな。


で、年末になると、不育や不妊系のHPやBBSで必ず話題になるのがこの「年賀状」の事。

子供の事で敏感な者には、子供写真入り年賀状は負担だ。

「負担」というよりも「悪意」すら感じてしまう事だってある。もちろん、理性のうえでは、差出人の意図とは全く関係ない事も十分承知している。

だが「来るはずだった我が子が来なかった」というどん底の気持ちをひきずった心に、他人様の元気な子供は痛すぎる

「見せつけられている」と思ってしまっても、やむを得ないと思う。

流産、死産はそれだけ、心の傷は深い。

どんなに周囲が母になれなかった者を思いやり、見守ってくれるような状況にしてくれたしても、もちろん、当人も周囲に感謝していたとしても、どこかに引っかかっているもの、残っているものがある。

そして、私も毎年そう思った。

その類の年賀状が今年もやって来た。

今年は我が家も今「2.5人家族」となったし、私自身の「心の持ち具合」が少しは違うかな?と、予想してもいたのだが、今回もやはりいい気はあまりしなかった。

と、いうか、「これは『人による』な」という結論になった。あまりにも偏見なのだが。


日頃からその人に対して、好意的に思っていたり好意的に解釈出来る、あるいはその人に関して自分の心に余裕がもてる場合、または明らかに控え目に子供の事を指しているようなものなら、にこやかに見る事が出来たが、子供の写真で当たり前のような装丁のものや、直接は関係もないのに延々と子供の事を書いてあるものは、シュレッダーにかけたくなった。

昨年まで本当に処分していたから、幾分かはましになったのかもしれないが、しかし「おおらかな」気持ちには到底なれなかった。

自分から出さなかったし、いただいたが、返事をしなかった。これでご縁がなくなっても構わないと思った。逆に「関わりたくない」とも思った。新年早々、後ろ向きだったが、仕方ないと割り切った。


年賀状は年に一度。

それだけに家族の近況や元気にしている事を書く事になるのは当然のなりゆきだと思う。写真入りもそういう流れで今日のスタンダードになったのだと思う。

しかし、差し出す人に対して、果たして自分の「家族」についてを伝える事がそんなに重要か??と、もう一度考えてほしい。

人は様々に喜怒哀楽な思いをしながら日々を暮らしている。苦しい思いをしながらも、何とか1年を乗り越えようとしている者だって、当然いる。

みんながみんな、健康で平和なわけではない。

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最近、暖かいコメントを皆様からいただくのに、お返事をしていない悪いPAN妻ですm(__)m

でも、ちゃんとコメントは読ませていただいてます。ほんとにありがたいです。皆様が傍にいて下さる事が今のPAN妻には大いなる救いだと、おおげさでも何でもなく、そう思っています。

本当にありがとうございます。m(__)m


今週は産科での診察だった。

TM先生が前回「2週に1度でいいよ」と言ってくれたので、久し振りの診察。(←普通の妊婦さんは「検診」という言葉になるらしい。そうだよね。「検診」だ。)

おかげさまで20週という「安定期」に入り、お腹も妊婦らしくなってきたので、今まで足を踏み入れた事のなかった「外診室」という診察室に入った。お腹まわりを測ったり浮腫みを診てくれたりする診察室。

先生が来るまで、ベッドで寝てお腹を出せる状況にして待っているのだが…。

いかんせん、そこから、先生達のいるいつもの診察室と患者さんの声が丸聞こえ。(-_-;)

なぁにが「個人情報保護」じゃ(-_-;)!、こういうところもどうにかせぃ(怒)!!と思う。


聞こえてくるものを聞いてしまうのは人間の悲しいところ(^_^;。

その中に、やはりいた。

流産を宣告された患者さん。


声からすると若い感じだった。他の病院からの紹介でやってきたようだった。

通院している病院で流産と言われても、納得がいかずに他の病院を回る方もいる。話の感じからするとその人もだったようだ。

TM先生、私の時と同じように淡々と事実を説明して、「早いうちに手術をした方がいいよ」と勧める。TM先生は出血をする事がいけないとすごく思っているので、私にも毎回、必ずそう言っていた。

患者さんの声は聞こえない。きっとうなずいたんだろうな。先生が下っ端さんに手配を進めるように指示している。

私の時と同じだ。そういう時の先生はほんとに淡々としている。私にはそれがありがたかった。性格にも因るんだろうけど、そこで優しい言葉なんかをかけられると感情の方が優先してしまって、収拾がつかなくなる。後に待っている患者さんも大勢いるから、それを考えると迷惑はかけられない。

「今、手続きをしているので、詳しい事は後でまた、お呼びしますからね」と言う先生。これも同じだ。いったん、診察室を出るのは宣告された側にはつらいこともあるんだが(お腹の大きな妊婦さんを目の当たりにするのはきつい)、仕方ない。


産科ではこういう事も結構ある状況だと思う。医師をはじめ、看護師さんや助産師さんもそれまでよりもより丁寧な扱いになるし、「気持ちはわかるからね」という感じの態度で接して下さる。

それはそれでありがたいんだが、診察室から患者を出すのではなく、そのまますんなりと別室のこじんまりとした部屋にでも連れて行ってもらえないものだろうか。

ひとり、あるいは夫婦で入れて、そこで感情が出せるように出来るような部屋。落ち着いたところで、検査や入院に付いての説明を聞く事が出来、今後の事についてもその場で質問できるような状況になれる部屋。


ダンボな耳をしながら、自分の過去の事を思い出しつつ、胸が痛んだ。

彼女の気持ちが手にとるようにわかる。だから腹を出す用意をしながら↑のような事を考えた。


通算して8年世話になっているここの産科。改善された点だって、結構あるし、「あぁ、ありがたいなぁ」と思う事も結構ある。

でも、やっぱり流産した者にとって、妊婦をみるのはつらい。憎くなる。

そういう面からも患者への心理的なケアが、これからの医療には重要になってくると、絶対に思う。

ちまちまと放送大学で心理学に取り組み始めた理由も、ここにある。


外診室にやって来たTM先生も心なしか元気がなかった。


先生の気持ちもわかるよ。つらいよね、先生だって。だって、先生、エコー診てお子が元気だと嬉しそうにしてくれるもん。今回、お子が元気な事で、「先生ってこんな人だったんだ」ってところがわかったからさ。

大丈夫だよね、私みたいな症例だってあるんだしさ。


お腹周りを測ってくれる先生を見ながら、そう思っていた。

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あるおっちゃんの学者。

T大大学院を出て関西のある大学で研究室を持ち、結構有名どころとも対談をするくらいのそこそこな学者のようなんだが、日本の生殖医学について、倫理的・社会学的に考察している論文を読んだ。

感想は「だから、なん?(=何が言いたいわけ?)」。

だから、おっちゃん、そこから先、どーすりゃいいわけ???そこまで分析してるんなら、そこからどーしたほうがいいか、とかいう見解はないわけ???

確かに今の生殖医学の実態とそこで治療を受ける夫婦や家族についての関係と構造は生理整頓されてるけど、そこから先は領域じゃないってか???


確かに自分が社会学をした時には分析まででいっぱいいっぱいだった。

そりゃ、学生だもん。試行錯誤だし、参考文献&論文を探すだけでも必死。今みたいにネットで繋がっているわけではないし。でも、「こういう方向に行かなくてはならないのではないか?」というその時の自分なりの方向性ははっきり言った。

だから、たぶん一流に位置付けられている学者先生が、まるで「後はその分野の方が考える事ですから」みたいな終わり方はしないで欲しい、と感じるんだろう。

不完全燃焼な気分だ。そんなに領域が大事かな???領域を踏み込まざるを得ない事になったとしても、それはその人の視点なのだから、いいんじゃないか??

それとも、やっぱり私の考えが所詮素人、なんだろうか??


以前、不妊について研究しているのに、脳天気な社会学者のHPに激怒したが、それとはまた違った怒りというか不満だ。


だんだん社会学が嫌いになっていきそうだ。

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私は大学で社会学を専攻した。

あれから20数年。

社会学も心理学や教育学とクロスオーバーしながら学問の考察が進んでいる、という事を、ちまちまやっている放送大学で知る。いい事じゃん。人間と社会を科学する学問なんだから視野視点は広く持たにゃ。

社会学も細分化されて専門領域が広がっている。「医療人類学」。文化人類学から派生しているらしく、研究している方がいろいろいらっしゃる。そして「医療社会学」。

ほぉ。そんな分野があるのだったら、やってみたいよ。と、いうことで検索をかける。その時、ふと「不妊」もキーワードに入れた。そうしたら社会学視点で不妊に関してを研究している人がいる。私よりもずっと若いねぇちゃん。

HPを持っていた。社会調査よろしく大々的なアンケート調査と敢行したらしい。治療に頑張っている人達は「自分の声がお役に立てれば」という良心的な人が多いのだろう、アンケート回収率もいい。

しかし、このねぇちゃん、プライベートでは子持ちで、自分が出産に至りその後の子育てについてもエッセイと称し、子供の写真を載せてやがる。「はぁ?」(←お笑いの「まじゃ」風)

あんたねぇ、不妊に関しての事をするくせに、それはなんなんだ?????

それじゃ、よく不妊・不育でのHPで自分が妊娠した途端にエコーの画像を貼り付けたり、妊娠経過を嬉々と書き散らすヤツらと変わりないじゃん。仮にもあんた「学者」じゃろう?????

私の神経逆撫で。

確かに「不妊と出産」について研究しているらしいが、不妊をやっていて、大々的なアンケート調査で治療に頑張っている人達の声も吸い上げたんなら、何とかしろ!(怒)


そんなヤツに、みんなの頑張りや人知れない苦労、涙は、心(しん)からわかるわけはなかろう。


おかげで、勉強する意欲が湧いた。

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日本において、「医学部に入った」「医学部にいる」といった若者に世間は「優秀」という事を一様に貼り付けるが、それは本当ではない、と思う。

小学生の頃から成績優秀だから医学部に入ったという者、たまたま試験がよく出来て「あら、入っちゃった」と当人も周囲も思う者、「医者になりたい」と懸命に勉強し入学する者、親の代、その前の代から家が医者で環境として医者になる道が出来ていた者…。いろいろな過程を経て「医学部」に入る。

そんな若者達が「医者になるため」の一つの目標に向かって怒涛のごとく勉学に入る。目の当たりにしたわけではないが、記憶しなくてはならないものは膨大だし、言語だって日本語以外のものを当然のように使いこなさなくてはならない。「命」を扱う仕事だから覚悟もいる。「器用・不器用」も問われてくるだろうし、最近ではコミュニケーション能力も問われる。大学生活をのほほんと過ごした私には到底出来ない。尊敬する。大学だけではなく実際に病院でも「研修」の名のもとに「労働」をする。若い時は薄給でパシリ同然。所属外の病院でアルバイトは常識のようだ。ほとんど寝ずに働くような状態も珍しくないらしい。事実「過労死」が出てきている。(頑張ってるお医者様、くれぐれもお体に気をつけて下さいm(__)m

「臨床」の他に「研究」もして論文を発表しなくてはならない。それには「最新」の情報や知識がいるだろう。
そういう中で、能力が高い者、ぎりぎりの者、「どうしてこんなヤツが??」と思うほど低い者が出てくるという事になるのだろう。その時には「どういう過程で入ってきたか」という事はほとんど関係がなくなり、「医者に向いているかいないか」という事にもなるんじゃないか。
だから、患者の立場からすると「おい、お前、なんで医者になったんか?」というようなヤツが現実にいるんだろう、と私は勝手に想像している。

そりゃ、医者も人間。長所だって短所だってある。私は人を見る時はかなり性善説視点なので医者に対しても「良い所」を必ず見つけて仲良くなろうとするタイプだ。でも、やっぱり「医者」として「こいつ職業間違えとるわ」というやつは、存在しているような気がする。流産を経験して、いろいろな同じ立場に立った人達の話を聞いていて、思う。

私は、大学病院での通過儀礼状況の時に若いヤツで「おまえ~~(怒)」というのには遭遇した事があるが、(麻酔が切れていたら、ぐーで殴っていたところだった)どこの科でも主治医にはとりあえず恵まれている。

命を預かる事にもなるから、自覚でもはたから見ても「向いてる??」と思うような人は、お願いだから臨床はしないで!!医学は臨床だけじゃないんだから。

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