子供に関してのこと…その2

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今、期間限定で大学生になって心理学などを中心に勉強している。
(しかし、勉強は真面目にしていない。昔から真面目は不得意。1月の試験に焦ってはいるけど、行動は至ってのん気。いいんだろうか?笑)
子供の発達、心理学から観た心理、子供の現状、問題と解決に向けての援助。
実は若かりし頃もかじってはいた。
かじったから「ヒト様のお子様をお預かりして教育するなんて、私は出来ない」と思ったから教職を取らなかった。
かじったから「子供を育てる事は並大抵の事じゃない」と思ったからなかなか自信も持てなかった事もあった。

今改めて勉強していて「結果の理想系」のようなものが示された時、
「そううまくはいかないでしょう」と思えるようになっている。
「こうでなくちゃいけない」とそこにあてはめちゃいけないんだよね。
だって子供はなまもの。自分とは違う人間
旦那とのDNAを考えるとどういう子になるのか、なんとなく想像がつくでしょう。笑。
(実際、自分の事や旦那の事を思う時、親達の事を思うと「あぁ、そうか」と合点がいく事、多いから、うち。)
親は子供に「それ以上」を求めちゃいけないと思ってしまう。

今度恵まれる事になったら、ちゃんと居心地のいい腹にしておいてやりたい。
そんな感情で通院している月一回。
担当医も理解してくれているのがありがたい。
でも、私の場合は不安材料がそれ以外にもてんこ盛り。
それを考えると超暗くなるので、今は意識的に考えていない。
「そうなったら考えよう」と旦那と。
だって、元々は落ち込み始めるととことん落ちてく性格なので。

とにかく今はそんな感じかな。
揺れてるんだ。私。
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子供に関してのこと…その1

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今「欲しいか」と聞かれると「よくわからない」。
相当いいかげんである。怒られそうである。笑。
不妊はもちろんのこと、不育で頑張る人も、毎月試行錯誤している人がほとんどのようだ。
でも、私は「何か違う」、と思っているのが現状。
年齢を考えても相当焦らなくちゃいけないんだが、今、そんなにしゃかりきに「子供を得るために」という気持ちにならない、なれない。
なぜなんだろうね。

結婚した頃は子供はまだまだという感じだった。
なにせ育てる自信がなかった。
やっぱり「身体障害」というものが邪魔をしていた。
普段は平気な顔をしているくせに、いざって時には立ち止まってしまう。
しかたないか。でもね…。とずっと自問自答してた時もあったな。
こういうのを「葛藤」っていうんだろう。

ようやく「そろそろ」という気持ちがした時に流産した。
その後2回。
年齢の事も考えると流産は確率でなってしまったかもしれない。
そうは思ったがとりあえず解るのであれば検査してみて…。
まぁ、立派な不育症。異常値がそこここに。

え?私って検査値に引っかかるんだね。そっちに感動。
なぜならば、私の身体障害は全くの不明で検査に引っかかってこなかった人生だったから。(でも整形外科の手術はしたぞ。今になるとよかったんだか悪かったんだかわかんないけど。んなもん、言っても始まらないし。)
異常値には対策。
え?治療としての投薬があるんだ。これまた感動。
妙な所に感動だらけ。

薬が効いて数値が下がる。わぁ!効果あったんだ。感動。
医学って凄いわ。私の障害はわかんないけど、判るものには効くんだわ。
すごい感想かな、これって。笑。

月一で専門の診療科に通院中。
明確に「子供が欲しい」と思っているわけではない心境で行くから、担当医に申し訳ない気がする。毎回。
だって、そんな患者、困るでしょう?!具体的な目標が立てられないんだもん。
でも担当医も出来た人で(患者からこんな事言われると迷惑かも。笑。)、私の愚痴や素人の浅はかな知識についてちゃんと受け留めてくれる。もちろん、専門家も知識や考えもちゃんと応えてくれる。
ありがたいぞ、これは。

患者って医者がちゃんと受け留めてくれてると思えるだけで、癒される。
どの科でも同じだと思う。
だから、お年よりの診察は一人につき時間が長い。
もちろん、病院の感じや方針、お医者様自身の方針にもよるし、「長けりゃいい」ってもんでもない。
こちらが事前に質問を考え、いろいろすると、一つ一つに的確に答えてくれる医師も、私は好きだ。
昔某病院の神経内科で私が質問するメモを持っていたら「あ、見せて下さい」と言って一つ一つに応えてくれて、そのメモをカルテに張った先生がいた。
あれは恥ずかしかったけど嬉しかったなぁ。
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不育と不妊 大変なんだから。

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人生上、たいした障壁にも遭わずに流産に遭ってしまうと、もっと大変らしい。
私は障壁だらけのような気がしているから、偉そうな書き方だけど。笑。

山のようにいる。たいへんな人。
もちろん私も精神が大変になったので解る。
でも負のままでループしちゃいけないんだよね。
けど、これって絶対に他人が言うべきものじゃない。
身内でも。肉親でも。ご主人でも。言っちゃいけない!
実感。自覚。これしかないんだと確信してる。
「あぁ、そうなんだ」と思った時にはい上がれる。前に進める。
当人に自覚が起きるまで身内も周りも見守れるか否かは大きい、という事も確信。
でも、超難しいんだよね、それって。
誰かが何かを必ず言うんだ。事態を動かしたくて。
そうすると当人も回りも陥るんだよな「負のスパイラル」ってのに。
当人だってどうにかしたいのに気持ちがどうにもならない。
周りは見ていてやきもきしたり、腹を立てたり。
まぁ「せっかく親切に言ってやってるのに」的感情は、こういう所以外にも人間関係としてはいろいろ出てくるけど、やっかい。
前に、私は「ラッキーだ」と言ったのはそういう考えから。
ほんとに恵まれてる。ありがたい。

不妊。これも超大変。
不育の知識を仕入れながら、不妊についても勉強。
技術は日進月歩。凄いぞ日本の医療。
でも、成功率はここ数年上がってないんだよね。
でも頑張ってる人達がいる。物凄く費用がかかっても頑張る。物凄く過酷な途中経過でも頑張る。自分の子供が欲しいから。成功している人がいるから。
ネットを通じてたくさん知り合った。頭が下がるくらいに皆頑張り屋さん。
気持ちだって前向きであろうとする。こちらが心配になるくらいに。

子供は一人では作れない。ご主人も頑張る。中には「頑張らされている」人もいるらしいけど。
つい最近あるデカイBBSにご主人の気持ちを赤裸々に聞こうというトピックが出来て、なかなかの反響だった。
ここも一緒。負に入り込んでいた奥さんが気づいた、という意見もかなりあった。
よかったね、気がついた奥さんをお持ちのご主人。
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不育な私

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四十路である。
家族は2。つまり子供はいない。
「そろそろかなぁ」と思った頃に流産した。初。
超知り合いの産婦人科医と担当してくれた産婦人科医が「流産の確率」について話してくれた。
のん気な私は心にひっかかるものはあったが、そんなものかな、と思った。
だが、今考えると心に引っかかるもののせいでその後7年何事も無かった。
で、その次。また流産。しかも心拍確認後に。
これは来た。精神に。「どうして私が」と思った。今考えると「パターン」ってやつだけど。精神のジェットコースター。きついぞ。あれは。
そばにパソコンがあった。調べまくった。ありがとう、パソコン。

「不育」という言葉がある。
ここ10年くらいに飛躍的に研究も臨床も進んでいる分野。
「不妊」は妊娠が難しい場合だが、「不育」は妊娠は出来るんだが継続が出来ない。これか?これかも。
ホルモン、免疫、染色体…。医者のいう事がすんごく解るようになった。
調べていくうちに多いんだな、そういう立場の人。
今まで知らなかった世界。でも身近になった世界。

ついでに書くと私は原因が不明の身体障害者。
(あまり「ついで」な事ではないかもしれないが。笑。)
「健常でない世界」とのお付き合いは長い。その分野の知識もてんこ盛り。いろいろな団体も経験。
結論は「群れるのは好きじゃない」。
ヒト様のHELPはあったら嬉しいがなきゃないで何とかなる。そんな状態だから。

ちょっとやさぐれた(?)人生を送ってきて、「もうこれ以上の事はないだろう」と思いつつ、「縁」としかいいようない巡り遭わせのおかげで結婚し、落ち着いたと思ったら、親があっという間に亡くなったり、癌になったり。
忙しいぞ、私の人生。

もうこれ以上の悪いイベントはないだろうと思っていたのに、自らがでっかいイベント(しかも最悪)にでっくわすとは思わなかったが、さほど時間を費やす事なく調べまくって知識武装したら、後は「なんとかなる」と、生来の「のん気」が出た。
幸いにも、傍にいる人も周りの人も強制もなく静かに見守ってくれている。
本当にありがたい。ラッキーな環境だ。

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ここのブログは社長のがおもしろいので覗いていた。
今日新たに楽しそうな産婦人科医のを見つけたので読者になろうかと思ったら、登録しなくちゃいけない。
なんてやつだ、アメーバ。せこいぞ。
絵文字もないのでつまんないんだが、ちょこちょこ自分の思ったことを書くのにはいいのかも。
そんな感じ。