「恋をした、
朝まで遊んだ、世界に見つめられながら。」
のマリー・アントワネットを有楽町の日劇で観てきました。
なんちゅーか。
拍子ぬけけけ。
恋してないし。
朝までは遊んでる。
世界は見てないよ。
だってよくわからないのよ。
彼女の日常の一コマ。
そんな感じでさ。
WHY?
WHY?
WHHHHY??
イマジンくらいやばいよ。
世界はこれを求めていたのですか?
ドラマチックでないマリーを??
それは、マリーでなくてもよいのではないでしょうか???
マリーはマリーなのです。
後付けであろうと。
虚構であろうと。
虚像であろうと。
虚無であろうと。
マリーはマリーであって、マリーでしかないのです。
マリーは世界を救えないし、救わないし、救おうとも思わないのです。
マリーは日々食べ散らかし、最後は自分も喰い殺してしまったのです。
噛み切って。
マリーは当時の仏蘭西には必要とされていなかったけど。
マリーは歴史に必要とされていたのですね。
生き神は許容されないのです。
死んで初めて神になれるのですね。
救世主なんて。。。
TVでやってるマトリックスとマリー・アントワネットの区別がつかなくなってきました。
死ぬことによって、完結するなんて。
馬鹿馬鹿しいよなー。
生きてると、何が起こるかわからないし。
生きてると、失敗もするので。
ダメなんですか?
ぐーるぐるっと。
猫でも喰えば治りますか?
犬は喰いません。
だって、夫婦喧嘩ではないのです。
いろいろおかしくなってきたので、今日はこの辺で。