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2016-07-28 11:08:21

パンカーダ田園調布 7月30日(土)は14時までとなります。

テーマ:パンカーダニュース

関東地方もようやく梅雨明けの気配がして参りました。




パンカーダ田園調布は、少しづつ新しくメンテナンスが終わったお品物が加わり、また新しい雰囲気で皆様をお迎えしております。



さて、都合により7月30日土曜日、パンカーダ田園調布は14時にてお店を閉めさせていただくこととなりました。





7月31日(日)より、通常通り(12-18時)営業いたします。




誠に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます。




アンティークファニチャー パンカーダ


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2016-07-21 10:00:00

アールヌーヴォー・名窯の饗宴

テーマ:美術館・博物館巡り
日本橋、三井記念美術館にて「アールヌーヴォーの装飾磁器」特別展が開催されています。




梅雨の晴れ間にのぞいてきました。

場所は三越本店となり、三井本館の7階。
超モダンなビル入り口には、夏らしい藍染の巨大なのれん。




このセンス、なかなか良いと思います・・・。

一階ロビーから、美術館の入口へ。クラシカルなエレベーターで7階までまいります。





館内撮影は禁止なので、画像はここまで。






あまり大々的な宣伝は目にしていなかったので、内容的にどうかな、と思っていたのですが、とても充実した展示に嬉しい驚きがありました。

時代的にはアールヌーヴォー、1889年と1900年のパリ万博を軸にしているだけあって、それほど年代がある感じではないのですが、主に18世紀から始まったヨーロッパの名窯の技術とセンスの集大成、といった趣の作品が並んでいました。

なによりも魅力なのは、それらの名窯を見比べることができ、しかも大きな影響を与えあった日本の名作もともに展示してあること。


セーブルの可憐な華やかさ。

ロイヤルコペンハーゲンの白夜のような色合い。

マイセンの完成度。

そして、珍しいKPMベルリンの最高級センターピースや、あまり馴染みのないビング&グレンダール、ロールストランド、ニュンフェンブルクの名品まで・・・。



今回の展示にはありませんでしたが、代表的な窯元の古い名作を少しだけご紹介いたします。

マイセン
スープボウル
1800-1810年頃




ロイヤルコペンハーゲン
プレート
1780年頃





セーヴル
オイルポット
1778年





どれもロンドン、V&A所蔵のもの。


今回の展示はこれらよりはぐっと年代が新しいこともあり、実際に私たちが使えそうな雰囲気ももっているものでした。


個人的には、セーヴルの優美な色合い、計算されつくした曲線の美しさががいつまでも目に残り、実際に物を見ることの大切さを改めて感じました。


同時期に作られた、パンカーダのアールヌーヴォーのアンティーク家具も、美しい曲線を活かしたものばかり。











世紀を超えて、なお称賛され続けるムーヴメントの美しさを、改めて鑑賞されてみてはいかがでしょうか。



三井記念美術館
特別展 オフィシャルサイト
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html

期間は8月31日まで。





それほど大きな美術館ではないので、じっくり、ゆっくりとお楽しみいただけると思います。どんどん新しくなっている日本橋の散策も、是非ご一緒にどうぞ。



by N

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2016-07-14 12:23:23

初夏の昼下がり "Super green dream drink" をどうぞ

テーマ:季節の話題

英国でアフタヌーンティーの定番と言えば、きゅうりのサンドイッチ。





でもなぜ、きゅうりが定番なのでしょう?
英国の特産物でもないのに?


そもそもきゅうりは、温暖な気候を好むつる性植物。


日本でも露地栽培は夏が旬となります。


北海道より北に位置する英国できゅうりを手に入れるには温室での栽培、もしくは輸入する必要があり、しっかりとした流通経路がなかった昔では、非常に高価な食材でありました。


そんなことから、きゅうりは「富の象徴」といわれ、それをはさんだサンドイッチを添えたアフタヌーンティーは最高のおもてなしとなったのです。





その食感からも「夏の野菜」であるきゅうり。


今日は BBC FOODのサイトより、7月のレシピ「Super green dream drink」(・・・すごいネーミングですね)をつくってみました♪





【Ingredients/材料】(約2杯分)


◆きゅうり1本
(オリジナルは1/2本ですが、日本のきゅうりは英国に比べて小さいので、1本としました)


◆すりおろした生姜 ティースプーン1杯


◆アップルジュース 400ml


◆ライム半分(果汁のみ)





【Method/作り方】


1:きゅうりをすりおろします。汁もすべてとっておくこと。


2:すりおろした生姜、アップルジュース、ライムジュースと混ぜます。


3:濾しながら、できるだけ絞りつつジャグへ注ぎます。


4:背の高い2本のグラスに注いで、出来上がりです。




思いがけず、すっきりさっぱりとした口当たり。

さすがは「Super green dream drink」です!


リンゴとライムのおかげで、きゅうりの青臭さもほとんど気になりません。時間が少し経つと、きゅうりの繊維がどうしても沈殿してしまうので、お客様にだすときは出来るだけ作りたてをさっと混ぜて、サーブするのがおすすめ。



夏の集まりに、ノンアルコールのアペリティフとしてうってつけの一杯。


「沢山の氷をいれて」というのがBBCのレシピですが、お好みで氷はいれなくてもOKです。ただ、出来るだけ冷やしてお飲みください。



ランチやティータイムにお飲みになるときは、ぜひきゅうりのサンドイッチを添えて。





ひとときのリフレッシュを、かつての英国貴族もうらやむ「きゅうり尽くし」でおたのしみください。


【参考)】

BBC サイト(英語版)
http://www.bbc.co.uk/food/recipes/super_green_dream_drink_87254



by N


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2016-06-25 12:44:21

薔薇とアザミとシャムロック ・・・今後の運命は?

テーマ:パンカーダニュース

英国のEU離脱。


2016年6月23日の国民投票で離脱派への支持が51.9%となりました。





前回スコットランドのこともあり、「揉めるけど、結局残留なのではないか」と思っていただけに、とても驚きました。


この結果が引き金となり、スコットランドとイングランドの分裂、そして北アイルランドとの分裂・・・と混乱の時代の幕開けになってしまうような気配すら漂っています。



英国アンティークを扱っていると、折々に見えてくるのは、それぞれのつらい歴史です。イングランドとスコットランドの長い長い対立、ひどい戦争。




それだけに、過去にひとつになったときに(それがイングランドがスコットランドを飲み込んだことであっても)薔薇(*1)とアザミ(*2)を美しいステンドグラスに共に並べ、未来への糧とした人々がいたであろうことに、英国人の強さを見てきたように思っていました。




アーツアンドクラフツの象徴的なシンボルのひとつであるシャムロック/三つ葉(*3)は、イングランドでとても愛されているモチーフであり、家具でも時々目にすることができます。




薔薇とアザミとシャムロック。


英国の紋章にも登場しているこれらの草花が、紋章から消えてしまう時が来るのでしょうか。






変換の時代が始まりそうな今、ちょっと昔の映画からのセリフをご紹介いたします。


007 ロシアより愛をこめて/1963年 制作:英国


”My reading of the British mentality... is that they always treat a trap as a challenge.”


“ 罠にあえて挑戦するのが英国人気質だ ”


犯罪組織"スペクターの幹部が、ジェームズボンドへの復讐のための罠をはる時に言ったセリフ。結果、ボンドはもちろん見事に危機をくぐり抜けるのですが・・・。


果たして、今回の危機の行方は、どうなるのでしょうか。





by N

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薔薇(*1)
イングランドを象徴する花。15世紀の薔薇戦争からうまれたチュードル・ローズ(赤い薔薇のなかに白い薔薇がある)が紋章に使用されています。


アザミ(*2)
スコットランドを象徴する花。13世紀、夜の闇にまぎれてスコットランドを攻撃しようと裸足で身を潜めていたヴァイキングたちが、アザミのとげを踏み、その痛さに思わず声をあげたことによって、スコットランドの人々が侵略の危険を察知した、という言い伝えから。


シャムロック(*3)
アイルランドを象徴する草。守護聖人、セント・パトリックを象徴するモチーフです。

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2016-06-16 10:00:00

東洋と西洋をつなぐ18世紀にうまれたモノトーンの風景

テーマ:美術館・博物館巡り
フランスで生まれたコットン・プリント、トワル・ド・ジュイ/Toile de Jouy。

それは「ジュイの布」の名のとおり、フランス、ヴェルサイユ近郊の村、ジュイ・アン・ジョザスで生み出された布のことです。





渋谷、東急文化村のザ・ミュージアムにて「西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展」がはじまったので、行ってみました。(館内撮影禁止なので、入り口とパンフレットだけご紹介します)





インド更紗がもたらした影響や当時の製造風景を描いた油彩など、トワル・ド・ジュイの歴史背景がとてもよくわかる展示となっています。



18世紀のオリジナルのファブリックや版木の展示、木版と銅版の違いなどの説明によりより深くトワル・ド・ジュイの世界を知ることができます。




現代のプリントは、ほとんどがスクリーンプリントやロータリープリント、もしくは転写プリントという技法が使用されており、それは素晴らしいものですが、やはり銅版のものは線の際立ち方が違いまるでエッチングをみているような気持ちになります。

たとえるなら、活版印刷とデジタルプリントの違い、といったところでしょうか・・・。



パンカーダにも、このテイストの布を使用したランプ・シェードをもつテーブルランプがいくつかございます。







さて、このように単色で景色を表現した意匠として、イングランドの「ウィローパターン/Willow Pattern」を思い出す方も多いのではないでしょうか。


中央に柳、空を飛ぶつがいのキジ鳩やマンダリン(中国の高級官吏)の館、その館を取り巻くジグザグのフェンス、さらに中国風の橋の上に三人の人物などを周辺に配した陶磁器の文様。




マンダリンの美しい娘と若い書記との、許されざる悲恋の物語を表わしているともいわれているこの模様は、18世紀末イングランドでうまれたもので、当時のシノワズリの産物のひとつ。

もちろん、シノワズリは家具の意匠にも多大な影響を及ぼしています。





ウィローパターンのオリジナルはトーマス・ミントンとも、ジョサイア・スポードともいわれていますが、実は多くの似たような「中国風の」デザインが集まったもの、という説もあります。

それほどに、このデザインは当時流行し、多くの陶磁器が生産されました。





フランスとイングランド。

どちらも1700年代後半に、布と陶磁器という別々の素材をもとに、華美な色彩を廃したモノトーンの意匠が流行したことは、とても不思議な気がいたします。

そして、そのどちらもが、現代においても根強く愛されている・・・。





土地と時間を隔てても、人の心がどこか繋がっていることを感じられるような気がします。






「西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展」は7月31日まで。18世紀のオリジナル・ファブリックをぜひ見てみてください。

オフィシャルサイトはこちらです。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/16_toiledejouy/



by N


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2016-06-02 12:00:00

ジョージアンからヴィクトリアンまで キャビネットメーカー・セダン商会の100年 後編

テーマ:家具史上の人物

一代でセダン商会を築き上げたジョージ・セダン亡き後、事業は息子たち、トーマスとジョージⅡの兄弟が引き継ぎました。


早速、財政上の問題から、1804年、ほぼ倒産の状態となってしまいます。同時期に、トーマスは死去。
やはり創業者は偉大だった、というところでしょうか。

ただ、その後のジョージⅡの活躍ぶりは凄まじかったようです。借金をほぼ返済し、商売をなんとか軌道に戻したところで、やはり彼も生涯を終えます。


この跡を継いだのは、甥のトーマスⅡ。(本名はトーマス・セダン。ここでは便宜的に"トーマスⅡ"と呼びます)1817年には、彼の弟、ジョージⅢが経営に参加。(本名はジョージ・セダン。ここでは便宜的に"ジョージⅢ"と呼びます)


・・・ヨーロッパの人の名前は、どうしてこうも親子、親戚、と同じ名前をつけるのでしょうか?


その疑問はさておき、ここにまた現れた、トーマスとジョージ兄弟。彼らは再び、セダン商会を盛り上げてゆきます。


1827年、彼らはウィンザー城模様替えのため、Nicholas Morelと臨時のパートナーシップを結びます。


このようなクオリティの高い家具を「Morel&Seddon」として数多く納入しました。





この仕事は彼らに多くのものをもたらし、1832年、「T. & G. Seddon」はロイヤルワラントを受けことになるのです。


さて、彼らが本拠地としてきたオルダーズゲート通りのロンドンハウス。ここでは数度の火事が記録されています。ロンドン大火(1666年)以降、建造物は煉瓦造りとなったものの、燃えやすいものを揃えたキャビネットメーカーの仕事場は、火事からは逃れられなかったのでしょう。





1830年、Gray's Inn Roadに工場を新設。当時の設計図をみると、中庭とそれを囲む建物があり、当時の工場風景が忍ばれます。







やがて、ついに彼らはロンドンハウスを出て、ニューボンドストリート67番地/67 New Bond Streetへと移転。





さて、ここで一人、重要な登場人物がいます。

トーマスⅡの息子、トーマス・セダン。(また同じ名前です・・。)実は彼は、画家として後世に名を遺した人物。ここでは画家のトーマス、と呼ぶことにいたしましょう。1850年撮影、画家のトーマス。




1821年にオルダーズゲート通りのロンドンハウスで生まれた彼は、パリで美術を学ぶために留学し、帰国後、家業へと参加します。1848年には装飾的なサイドボードのデザインで賞を受けるなど、将来を嘱望されていました。



さぞ、トーマスⅡは息子に期待していたのではないでしょうか。ただ、美術への道を捨てがたい画家のトーマスはバルビゾン派と交わり、やがてウィリアム・マイケル・ロセッティらラファエル前派の運動へと参加してゆきます。


こちらはそのころの作品。





テートギャラリー所蔵、「悪しき評議の丘から眺めたエルサレムとヨシャパテの谷」
Jerusalem and the Valley of Jehoshaphat from the Hill of Evil Counsel, 1854



画家のトーマスは、エジプトにも魅了されていました。数度のエジプト旅行をしつつ、素晴らしい作品を遺しています。





惜しむらくも、そのエジプトで1856年11月、なんと35歳で客死。ラファエル前派の画家たち多くが、その才能と若すぎる死を悲しんだといいます。


・・・ただ、誰よりもつらかったのは、父、セダン商会のトーマスⅡだったはず。偶然にも、彼は弟であり、大切なパートナーであるジョージⅢを同じ年に亡くしています。



パンカーダには、まさにこの後に作られた6脚の椅子 があります。





この刻印「T Seddon」は、ジョージⅢが1856年に亡くなったのちに作られたものでしょう。一人となった彼は、どんな思いで「G」の文字を削除したのでしょうか。





その後、1864年、トーマスⅡがなくなった後のセダン商会の記録は見つけることができませんでした。


以上が、1750年代から約100年、セダン家が紡いできた英国キャビネットメーカーの一幕。


その間、様々な文献からセドン家の足跡を追うことができます。
そして、それはいつも 「the finest of craftsmanship」 という文言とともにありました。

ここにその最後の一雫ともいうべき、美しい椅子があることは、ある種の奇跡。






画家のトーマスが流れを推し進めたラファエル前派、その後継ともいうべきアーツアンドクラフツ運動をおこしたウィリアム・モリスの張地が、歴史の不思議さと美の確かさを物語っています。




選りすぐりのウォールナットを贅沢に使用した美しい椅子は、まさにセダン商会100年の歴史を背負って、凛とした輝きをはなつよう。






・・・セダン商会の100年、いかがでしたでしょうか。


この続きは、このチェアのオーナーとなる貴方に、託されています。



by N


*チェアの詳細はこちら からどうぞ。






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2016-05-26 11:00:00

ジョージアンからヴィクトリアンまで キャビネットメーカー・セダン商会の100年 前編

テーマ:家具史上の人物
産業革命から、大英帝国繁栄の時代、多くのキャビネットメーカーが現れては消えてゆきました。今回はその中でも、ある一族の一幕をご紹介いたします。


始まりは、18世紀半ば、ジョージ二世の時代。





オーストリア継承戦争やフランスとの七年戦争など、きなくさい世情はありましたが、それらを踏み台として、英国はこれからはじまる栄華の道、産業革命への萌芽を確かにつかみつつありました。

ロンドンは大都会への道をまっすぐにすすんでおり、それと同時に犯罪率も増加。最初の専業としての「警察」ができたのもこのころと言われています。





栄えてゆくロンドンへ、1777年、文学者サミュエル・ジョンソン/Samuel Johnsonはこんな言葉をのこしています。





「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ。ロンドンには人生が与えうるもの全てがあるから。」

「when a man is tired of London, he is tired of life; for there is in London all that life can afford.」





さて、そんなロンドンの中心街、オルダーズゲート通り/Aldersgate Street。





現在では大英博物館の少し北あたり、南北にのびる通り。(最も、まだこのころは大英博物館はそこにはありませんでしたが)


そこの「ロンドンハウス」という立派な建物に、1750年頃、20代のジョージ・セダン/GeorgeSeddon(1727-1801)はキャビネットメーカーとして「セダン商会」を開きました。





ジョージ・セダンの生い立ちははっきりしていませんが、一説にはヘップルホワイトと同時期に、かのトーマス・チッペンデール(1718-1779)に弟子入りしていた、という説もあるようです。





「セダン商会」の家具はチッペンデールの影響を色濃く持ちつつ、スタイリッシュなデザインが評価され、英国の発展に合わせるかのように、セダン商会はやがて多くの働き手を抱えるようになっていきます。


ジョージ・セダンは二人の息子、トーマスとジョージⅡ(ここでは便宜的に"ジョージⅡ"とします)がいました。それぞれ、キャビネットメーカー、そしてアップホルスタラー(椅子張り職人)として修業をつんだのち、1785年に経営に参画。

ますます大きくなるセドン商会。1786年には、400人余りの働き手がいたといわれます。

1788-98頃、義理の息子、Thomas Shackletonも経営に参入。


ここでは、ブランド名'Seddon, Sons & Shackleton'として、スペインのカルロス4世(1748-1819)に素晴らしい家具を納入した、という記録が残っています。





やがて1801年。ジョージ三世の治世が始まった年、ジョージ・セダンは74才で亡くなります。


20代で商売をはじめ、英国の発展とともにロンドン中心で成功を治めたジョージ・セダン。


スペイン王家とのつながりも出来、あとは二人の息子、そして義理の息子に商売を任せ、さぞ満足していたのではないでしょうか。


ただ、セダン商会の波乱の幕開けはこれからなのです。


~後編はこちら からどうぞ~

by N

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2016-05-19 11:00:00

妖精のドア

テーマ:豆知識

昨年から、アメリカ、そして英国で、思いがけず増えているもの。


それは、「Fairies Door/妖精のドア」。


もともとは、アメリカ、ミシガン州のアナーバーという町でジョナサン・ライトという童話作家が、子供たちが喜ぶように、自宅のマントルピース脇に小さな、小さなドアを作ったことが始まり、と言われています。


思いがけない広まりをみせ、家の中はもちろん、家の外につけたりする人が続出。




小さなドアをただ立てかけるタイプから、内部まで作りこんだものまでタイプはいろいろ。共通点はペットや子供のためではなく、「妖精」のためのドアであること。





心のどこかで、ちいさな人々がいることを信じたい、という土壌があってこその流行といえるでしょう。


ドアの設置場所、一番人気は木の根元。




その結果、妖精のドアは増えすぎて、木にネジでとめたりする人もいるため、社会問題になっているようです。

例えば、これは英国、ガーディアン紙のサイトから。


”Fairies' woodland homes face planning control”




デイリーミラー紙のサイトでもとりあげられています。

”Hundreds of fairy doors have appeared in woods and nobody knows who put them there”





世界に問題はいつも山積みですが、この問題に関しては、どこかちょっと嬉しくなってしまうのは私だけでしょうか?


さて、アンティーク家具にも、まるで妖精しか使わないような、ひっそりと小さな開口部をもつものがございます。





1820年代、ジョージアンのニーホールデスク の足元の扉。





幕板・・・と見せかけての引き出し。




こちらはチッペンデール様式のニーホールデスク




やはり足元にはカーヴィングで飾られた扉が。




1900年代、ゴージャスなミラーバックサイドボード




ボウフロントの引き出し下の飾り・・・と見せかけての引き出し。



持ち主だけが知っているような、小さな収納の場所は、実は妖精たちもこっそり使っているのかもしれません。



妖精の世界への小さなドア。


貴方の周りで探してみてください。


・・・実はパンカーダの壁にも、最近1枚の小さなドアが出現したんです・・・





by N



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2016-05-12 10:00:00

ハイブランドの驚くべき美意識~旅するルイ・ヴィトン展~

テーマ:美術館・博物館巡り

千代田区麹町。赤坂見附からもほどちかいホテルニューオータニの裏手で、「旅するルイ・ヴィトン展」が開かれています。

「入場無料なのに、すごい!」 という噂をきいて行ってみました!


そして、噂にたがわず、素晴らしい内容に圧倒されてしまいました・・・・。




もともとはパリのグラン・パレで2016年2月まで公開されていた展示会。コンセプトからデザインまでを、オペラやミュージカルの演出家として活躍するロバート・カーセン/Robert Carsen氏が担当し、旅物語の形式でテーマ別に9つの章で構成されています。


特設会場外観。





超都心、ビルの谷間に突如現れるスカイブルーの躯体。「場所がわからなかったらどうしよう」なんて心配は無用です。


まずは1906年のトランクが、革張りの回り舞台にのってお出迎えしてくれます。



初めのテーマは「木材」。これは創業者ルイ・ヴィトンの初めの仕事が、レイティエ・アンバルール(荷造り用木箱製造兼荷造り職人)だったことへのオマージュから。


19世紀後半のかんなや工具は、アンティーク家具屋としては見たことのあるものですが、それぞれのクオリティが高いことに思わず見とれてしまいます。




次に現れるのは、アンティークのトランクが沢山。ディスプレイしてある小物も当時のもの、というこだわり。キャプションが展示台に直刷りなのが泣かせます。








展示のタグもこの凝りよう。



展示は船から・・・




車の時代に移っていきます。



トロンプ・ルイユの仕掛けで、フランス郊外のどこまでも続く道を走っている気分に。



そして空の旅。








豪華列車をイメージしたコーナーも。車窓には流れる風景が映し出されています。







ファッションやミュージック、絵画用などのテーマを経たのち、最後は実際に職人の方が作業しているコーナーが設けられています。





展示物をご紹介するときりがないので、少しだけ。



1926年、マハラジャのティーセット。







イブ・サンローラン氏 所蔵の書籍用のトランクもあります。





そして、日本がテーマのコーナーにあるのは・・・





歌舞伎役者のもの、という鏡台トランク。目に鮮やかな紅色はモロッコ革。脚もついていて、ふつうのデスクくらいの高さにもできる、という化粧台にはモノグラムとともに「海老」の紋が踊っておりました。









見どころは沢山。



展示物もさることながら、会場の演出、ディテールのこだわりが素晴らしく、何度でも見たくなってしまいます。(私は二周しました)




会期は2016年6月19日まで、とまだひと月あまりありますが、この内容でしたら、加速度的に混雑していくことは必至。




世界的なハイブランドの底力、そしてとびぬけた美意識を存分に堪能することができます。


心から、おすすめいたします。ぜひ、お早めに行ってみて下さい!


帰り道は、近くのカフェ・オーバカナルで一休みはいかがしょう?すっかりパリの気分になること、うけあいです。






ルイ・ヴィトン展、オフィシャルサイトはこちら。
http://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/heritage-savoir-faire/tokyo-expo#/home


【参考】
入場無料ですが、サイトからオンラインで時間の予約ができます。私の時は混雑はそれほどではなかったので、ゆるい感じでしたが、一応予約した人としてない人の入り口は分けられていました。


混雑してくると、予約優先になるのかもしれません。ご予定がはっきりしているのであれば、予約をおすすめいたします。


オフィシャルサイトでは明示されておりませんが、私が行った時点では、写真撮影OKでした。「必ず撮影したい!」という方は、念のためルイ・ヴィトンクライアントサービス(Tel. 0120-00-1854(10:00~20:00))までお問い合わせください。


by N


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2016-05-05 12:00:00

1914年6月11日

テーマ:季節の話題

もうすぐ母の日。


フラワーショップの店先には、あふれるほどのカーネーションが飾られています。





ただ、今日お話ししたいのは、母の日・・・ではなくて、カーネーションと、それにまつわる100年前のカードのこと。


パンカーダには、アンティークマーケットで手に入れた、古いアルバムがあります。絵葉書やグリーティングカードなど、未使用のもの、実際に使用されたものなど沢山のカードが挟まっています。




その中からみつけた、2枚のカーネーションの絵葉書。





てっきり母の日用かな、と思っていましたが、よく見たらタイトルは


「To my dear Granpa」


もうひとつは


「Best Birthday Wishes」・・・。



あて名やメッセージをよく読めば、これはどちらも Hullに住むウッドコック氏にあてたもの。Hullとはキングストン・アポン・ハル/Kingston upon Hullのこと。街を起こした寺院から権利を取得したエドワード1世が1299年に命名したという名前をもつ古い街です。





片方はメリーから、片方はエマから。





ちょっとたどたどしい筆致から、書いたのはきっとまだ幼い二人。きっと姉妹なのでしょう。消印はどちらも1914年6月11日。その当時の習慣のせいなのか、発送元の住所は書かれてません。





地中海沿岸から西アジア原産のカーネーションは、古くからその可憐な佇まいで多くの園芸家を魅了してきました。17世紀にはイングランドやオランダで300種以上の品種がみられたといいます。


・・・こんな想像はどうでしょう。


6月に誕生日を迎えるウッドコック氏は英国民らしく、大のガーデニング好き。カーネーションがお気に入りで、お庭には、丹精込めたカーネーションが咲き乱れ、お手入れに余念がありません。ときおり届く、離れた町に住む孫たちからの便りを、いつも心待ちにしています。



6月11日、ポストに届いた2枚のカーネーションのバースデーカード。


「感謝」の花言葉をもつピンクのカーネーションが美しく描かれたカードをウッドコック氏はどんな思いで受け取ったのでしょうか。



・・現代の日本。今はまさに、店頭で様々なカーネーションをみることができます。


17世紀の300種、とまではいきませんが、普段みられない色合いや形のものを見ることもできることでしょう。


古い歴史と、「感謝」の花言葉を持つ可憐な花を、お母様に・・・だけではなく、近しい方へ、気持ちをこめてお送りしてもよいかもしれませんね。





by N


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