東日本大震災が起きた直後のことだ。



福島がどんなことになっているのかも

全く分からず


姉も震災から2週間連絡が取れず

行方不明となっていた。



ただ、父親と今は亡き祖母が

無事であることだけ確認が出来ていた。


それだけの情報と事実をぼんやりと受け止め


出来ることと言えば

赤十字に募金することと

計画停電に協力することだけだった。





私が当時住んでいた場所は湘南。



被災地から遠く離れた湘南でも


瞬く間にガソリンスタンドが

長蛇の列になった。







ガソリン不足、食料不足、

トイレットペーパー不足。



テレビでのCM自粛によって

ACのまったく同じCMが延々と毎日繰り返され



計画停電の時間は

トイレが流れなくなるので


生理現象ですら

ひたすら我慢、我慢の日々になった。







湘南ですら、皆が半ば

ノイローゼになりかけるほどの状況だった。





それでも、震災当日の夜も含めて

変わらず毎日出勤した私。



今でこそ旅行好きのようなイメージだが


25歳頃までは営業日オール出勤の

店長を上回る皆勤賞の人間であった。


当時は隔週月曜のみお休みだったため

月の出勤日数は29日、オール出勤。


(今も120連勤、150連勤と勤務して

年に2回ほど旅行して休息するだけなので


トータルでは昔より過激に働いているのだが)






当時の上司は

とにかく頑張る私を高く評価してくれて


一生かけてでも恩を返せないほど

可愛がり、良くしてくれた。



そんな上司を 私は ある日


会社の規則違反によって

裏切ってしまった。







心から会社を思い

全力で仕事に勢力を捧げていた

私ほどの 忠誠心に溢れる人間が


まさか。。。。


と思ったことだろう。







どれだけの思いだったか

今となれば私にも部下がたくさんいて、分かる。


裏切られた!


その辛さと言ったら計り知れない。



しかも、最高にいい子 としての立ち位置を

誰にも譲らない不動のものとしていた私が、だ。



誰が想像出来ただろう。







その衝撃が冷めやらぬある日

東日本大震災が起きた。







そんな大変な時だからこそ

世の中の考え方は十人十色。



そんな時だからこそ

家に帰りたくない人もいるわけで



不謹慎かもしれないが

店は営業を自粛するのではなく


あえていつもと変わらぬ時間で

毎日営業した。






しかし、当然のことながら

世の中は自然と飲みや外出を自粛するモード。



計画停電が始まると

更に、飲食業界は夜の闇に

暗く暗く沈んでいった。







そんな時にでも私は


経済破綻や倒産続出などという

二次災害の不幸が続くことの方が

日本により被害をもたらすと思った。



そして

自分が勤める会社の経営のことを

心配した。







こんな時に飲むのは気が引けるが

皆で祈り合ったり

顔を見て安心したりすることも大切


私はあえてお店に出ているから

可能なら出て来てね



などと営業をし



1日も欠かさずお客様を呼び

店に出勤していた。





しかし、上司の鼻息は荒かった。



「あの子は福島だからね、出勤してないよ」

「被爆、被爆だから」

「福島だからね、田舎大変だからしばらく来ないよ、帰っちゃって」



などと言われた。



せっかく店前まで来てくれたお客様は

一切お店に入れてもらえず



上司の案内で

次々に系列店へと流されていく。






ひどく憤りを感じた。



色々な感情を抑えながら

業務を止めることなく

こなし続けるにも関わらず


結果だけが全くついてこない

(というか、結果を揉み消される)日が

半月以上続いた。






自分のせいではある、しかし


そこまでされると


自分などもう存在しなくても

良いように思えてきた。



自分の努力がまっとうに結果につながる場所で

要するに、全く別な、湘南ではない土地で


挑戦する機会なのかもしれない


と。







この辛い2週間の出来事が私を

湘南から六本木へ飛び出させるきっかけとなり


今の私の自己形成に

繋がっていくのであった。


(歌舞伎町→湘南→六本木で卒業

その後経営の道を歩むことになる)







逆境が起きるとそれを好機!と考えるのは

昔から変わらないもので


今でもこんな考え方をするんだよね、なんて話は

さて置き。







このエピソードを話すとき、私は

何の違和感もなくツラツラと話していた。



さも悔しげに、ツラツラと。







しかし今、私はこの話を


これまでと同じトーンで話すことが

出来なくなっている。



むしろ、これまで何も考えることなく

この話を世間で普通に話せていた自分を


バカバカしく思えてすらくるのだ。







その、これまでの自分と

まったく違う考えに至るようになった理由は


次の記事で

したためたいと思う。


(長くなり過ぎて

読む方も疲れるでしょうから、休憩ね^^)












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