一見関係なく思える2つの記事。

だが、この2つには、根幹でつながる。


<ハロウィーン>仮装450人が3両占拠 JR大阪環状線  (Yahoo Japan News 毎日新聞)

大切だけど参加は7% NPOで世論調査  (Yahoo Japan News 共同通信)


ハロウィンは、10月31日に行われるキリスト教の感謝祭。

ハロウィン フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


10月29日。都内各地では、天使・マスク・女装・HGなど思い思いに仮装した集団が深夜遅くまで街を占拠していた。

特に、深夜の六本木周辺は、仮装していない人を探すのが大変なくらいであった。


このハロウィン。いつの頃からかこの国にも導入され、カボチャと仮装のところだけクローズアップされている。

しかし、ハロウィンの持つ本来の宗教的意味は無視されている。


これは、この国の人々が宗教だけでなく、様々なものに対する順応性が高いことの証明でもあり、否定的な側面ばかりではない。

しかし・・・


宗教とは、ある意味で社会と個人の関係を規定するものである。

そして、この国は戦後、戦前の国家神道を否定することから再スタートを切った。

その時に、失ってはならないものまで失ってしまったようである。

否、他国の状況を見ていると、グローバルスタンダードという名の「米国化」が、その国の持つ伝統的な社会観すら否定してしまっているようである。


そして、宗教に対して無節操であり根無し草であることは、社会に対して浮遊する根無し草を大量に再生産することになる。


例えば・・・・

アメリカンドリームの体現者は、アメリカという国に感謝の言葉を捧げ、それによって得た資金の一部をアメリカ社会に寄付という形で還元する。

この国では、ジャパニーズドリームの体現者から、この国への感謝の言葉も発せられなければ、社会に還元することすら微々たる形でしか行われない。

そして、ジャパニーズドリームの体現者は、それを成し得たのは、個人の才覚という錯覚を起こす。


この差は、宗教観の差と言っても良いだろう。


米国化を推し進めるアメリカは、社会還元をすることがアメリカンドリームの体現者として評価され、

米国化を押し付けられた国々は、社会還元をしない個人主義によって、成功の指標が還元した額ではなく稼いだ額で評価される。

いや、それしか評価基準を持たないのであろう。


宗教に根無し草であることは、社会から浮遊し根無し草となっている。

そこから生まれるのは、社会から浮遊した個人主義となる。


そして、NPOの参加率の低さは、ある意味社会から浮遊した個人主義の証明でもある。

それ故に、ジャパニーズドリームの体現者の個人の責任ではないかもしれないが、社会還元する仕組みを作る責務があると私は思っている。


街を占拠した仮装した集団を、フロントガラス越しに眺めながら、そんなことを考えていた・・・





rank2

うん!納得!!という人も、イマイチだったとい人も「ポチ」っと・・・



AD

コメント(2)