前回に続き、水素分子の基底状態の全電子エネルギーEを求めます。そして今回は、前々回(7)シンプルLCAO-MO法により得られた波動関数を使います。ハミルトニアンおよび波動方程式は、VB法と同じものを使います。積分値も前回同様に積分表より引用します。
このページは積分記号が本格的にたくさん出てきますが積分値の計算は、8PRO積分表より引用します。ゆえに三角関数、指数関数、および対数関数が現れません。分数関数は出てきますが、そのまま残し8PRO積分表より引用します。
このページでも、前回(8)同様に以下の微分積分の基本操作だけが出てきます。
前回(8)をご覧になっていない方のために、もう1度復習しておきます。
(i) 演算子「量子力学は演算子である」というのをよく見掛けます。それほど演算子は量子力学にとって重要なものです。ここでは、微分演算子の左右の入れ替えが不可であることだけ、例を挙げてふれます。
(i-a-1) 常微分演算子の場合は、演算子の左右で入れ替え不可。
(i-a-2) 偏微分演算子の場合も、演算子の左右で入れ替え不可。
(i-b) 演算子が変数[例y]または定数[例a]の場合、演算子の左右で入れ替え可能。
(ii) 積分記号その1:体積要素dτ
dτは、微小体積または体積素片とも呼ばれます。今回の変数は独立変数であるため特別に次のように分離できます。
(ii-a) 電子軌道関数dτと電子スピン関数dσを分離して積分します。
(ii-b) dτ=dτ1dτ2
(ii-c) 電子1と電子2を分離して積分します。
(ii-d) ここは少し込み入っています。rA1とrB1は電子1の変数。rA2とrB2は電子2の変数。分数関数も電子1と電子2を分離します。そして分数関数は残し、積分表の定積分値を使います。
(ii-e) 変数r12だけは電子1と電子2両方の変数であり分離できません。そのまま残し、積分表の定積分値を使います。
(iii) 積分記号その2:規格化された関数
(iii-a) 電子軌道関数は規格化されているので2乗の積分は1。
(iii-b) 電子スピン関数は規格化されているので2乗の積分は1。
(iv) 積分記号その3:重なり積分S重なり積分は略記号Sで表わし、積分表の定積分値を使います。
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シンプルLCAO-MO法で水素分子の基底状態の全電子エネルギーEを求めていきます。
シンプルLCAO-MO法でも、水素分子の電子軌道の波動関数Ψ、水素分子の全電子エネルギーEとすると、波動方程式およびハミルトニアンHは次のように表わせます。
Ψは水素分子の電子軌道の波動関数、Eは水素分子の全電子エネルギー。
そして水素分子の全電子エネルギーEを求める式も、前回のVB法と同様に次の式で表わすことができます。
このEの式にΨを具体的に代入して、水素分子の全電子エネルギーEを求めます。
前々回の(6)で、シンプルLCAO-MO法により求められた基底状態の水素分子の電子軌道の規格化された波動関数Ψは次のものでした。
Eの式に、この波動関数Ψを代入します。この波動関数Ψは実数関数であるため、その共役複素関数Ψ*も同じ実数関数であり、Ψ=Ψ*です。
電子スピン関数は電子軌道関数と分離できるので次のようになります。
さらに電子スピン関数は規格化されているので1であり、次のようになります。
これを展開すると16個の項が現れます。
{}内を8種類のグループに色分けしています。これは水素分子が同核の2原子分子であり、χAとχBに同じAO(原子軌道)を使用しているためです。同じグループの積分値はAとBが入れ替わっても同じになり、以下に再別記したように8グループとすることができます。
■濃い黄色グループ
※異核2原子分子のフッ化水素HFの場合
フッ化水素HFの場合は2原子分子ですが異核です。ゆえにフッ化水素HFでは、χAとχBに異なるAO(原子軌道)を使用します。このため、異核2原子分子のフッ化水素HFの場合は、AとBを入れ替えると積分値は全く別のものになります。つまり16グループです。
更に悪いことに、前述のようにフッ化水素HFの場合はχAとχBに異なるAOを使用するため、χAとχBに同じAOを使用している8PRO積分表はそのままでは使えません。フッ化水素HF用の定積分値は8PRO積分表を再構築しなければなりません。8PRO積分表の再構築は、初期設定するχAとχBのAOに依存しますが、相当時間が必要な繰り返し計算となります。再構築する積分の種類を概算すると、χAは同じ水素原子なので同じ原子軌道を1個、フッ素原子χBには単純に2個のAO(原子軌道)を採用するとして、さらに電子が2個なので2倍、結局、前述グループの16を加味すると、16×2×2=64種類の積分の8PRO積分表を再構築しなければならないことになります。
さらに異核3原子以上となると複雑なスレーター型関数の積分の種類が天文学的に増えます。そしてこのあたりからスレーター型関数→ガウス型関数の導入が検討され始めます。
各グループへ具体的にハミルトニアンHを代入します。
■薄い灰色グループ
●第1次略記号化
以上の8種類の各グループを展開していきます。展開途中では、次の規格化または略記号を使い、展開した式を簡略表示していきます。その他の積分はそのまま残します。ここだけで第1次略記号化と名付けます。
第1次略記号化
■薄い灰色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■濃い灰色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■薄い緑色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■濃い緑色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■薄い黄色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■濃い黄色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■薄い赤色グループを、展開し、第1次略記号化します。
■濃い赤色グループを、展開し、第1次略記号化します。
●第2次略記号化
残しておいた積分を、さらに次のような略記号で表わします。ここだけで、第2次略記号化と名付けます。
第2次略記号化までの結果を一括表示すると次のようになります。
■薄い灰色グループ
薄い灰色と濃い灰色グループは互いに異なります。
薄い緑色、濃い緑色、薄い黄色、濃い黄色の4グループは同じです。
薄い赤色と濃い赤色の2グループは同じです。
ゆえに、シンプルLCAO-MO法で求めた水素分子の基底状態の全電子エネルギーEは次のようになります。
ここで、EH は次の定数です。
S J K J’ K’L M Nの定積分値は、8PRO積分表より引用すると次のものです。
※ K’はMullikenが提唱した近似式の値
a0はボーア半径と呼ばれる定数です。