OZMA “HARD ROCK PRESS”

X-RAY/RAJAS/ROCKCHILD/THE LOVEROCK VIOLENTの
ハードロックベーシスト日記


テーマ:

「まさか自分がX-RAYを弾くとは思わなかったな」と笑いながらLonley Guysを弾き終えたマー君。

それは僕にとっても同じであって「まさかマー君がX-RAYを弾いているのを観るとは思わなかったあせる」という感想を持たざるを得ないのである。

昨夜の神田『ISOLDE』で行われた山下昌良グループの“勝手にDEEP PURPLE&RAINBOW Night”で30年ぶりに再会した僕とマー君とのつながりをここにまとめてみようと思う。

今までにも幾つかのエピソードが記事に挿入されていたとは思うが…

マー君について書きたいとそう強い衝動にかられた一夜だった。

 

[1981年]

 

この年の11月にLOUDNESSはデビューする。

ベーシストにもちろん注目した。

その頃の僕は京都でのRAJASの活動が順調だった。

LAZYのファニーが当初ベースを弾くことで進められていたタッカンと樋口さんのニュープロジェクトはファニーの音楽性の不一致からの離脱という形で新しい局面を迎える。

結果、マー君が新しいベーシストとして加入してLOUDNESSとなるわけだ。

公言するのは憚ったが僕はLOUDNESSをカッコいいと思った。

素直にマー君のようには弾けないなと認めた。

マー君がどういう経緯でLOUDNESSに入ったかというのはタッカンと幼馴染、しかも隣に住んでいたという条件も加味されていたのは衝撃の事実なのだ(笑)

もちろん、それに見合う力量があってこそなのだが合格

 

[1982年]

 

この年に後に僕の音楽人生に大きく関わることが起こる。

もちろん、当時は全く自分とは無関係の出来事のようにしか捉えていなかったが…

4月に発売されたタッカンのソロアルバム「ジャーガーの牙」。

収録曲にタッカン自ら歌唱の“Ebony Eyes”

この曲を僕はリフのカッコよさとリズムのノリの良さで好んで聴いた。

ツーバスのパターンが心地よい。

その曲を叩いていたのがロジャーということなのだ!!

大阪の『ゼファー』というバンドのドラマーということしかわからなかったけれど…

まだまだ凄いドラマーがいるのだと痛感したものだ。

ロジャーがなぜその曲を叩いたかということを先日のツアーの道中で語ってくれた。

「タッカンのソロアルバムでツーバスを叩くドラマーを知らないかってマー君が聞かれた」

と言うのだ。

それでマー君はつながりのあったロジャーを紹介したのだ。

アルバムの最後にできたというその曲はぶっつけに近い形で録音された。

ロジャーの叩いた彼自身の初のレコード音源はさらにストーリーを紡いでいく。

X-RAYのギタリストである晋ちゃん(湯浅晋)がその曲を聴いてロジャーとコンタクトを取るようになる。メンバー再編の渦中にあったX-RAYはロジャーをドラマーとして再出発をして樋口さんの誘いにより全員で上京するのである。

僕は…X-RAYでそれまで叩いていたババちゃんをRAJASに9月に迎え入れて月に3度ほど京都や大阪でライブをしていた。

僕の中ではデビューなんかは夢の夢で…

東京でライブをするようになればそれで目標達成かなというくらいで、デモテープを録音したのが年末のことだった。

東京に行ったX-RAYの話題は秋に本城未沙子のデビューライブのバックを演奏したのと、レコーディングに入ったというニュースが断片的に耳に入る程度だった。

そして、今までの流れが急に僕の方へと向かうのだが…

 

[1983年]

 

4人のメンバーで上京したX-RAYはレコーディング前にベーシスト脱退の憂き目に合う。

しかし、レコーディングの日程は決まっているからレコーディングとベーシスト探しを並行して行うという難しい局面に立たされるのだが…当時の若者からすれば大人が決める都合に翻弄されるしかなかったのだろう…

ここで、マー君が再登場する。

なんと、リズム録りのベースをマー君が弾くというのだビックリマーク

そして、新しいベーシストによりベースチャンネルを差し替えるというアイデア。

リズム録りは順調に終わる。

レコーディングをしながらベーシスト探しというプレッシャーをかけれらたX-RAYは本格的にオーディションを関東・関西で行う。

そんな時に突然、晋ちゃんから電話があり事情を説明された。

「オーディションに来てほしい」というのだ。

僕はRAJASや仕事の事などがあり加入の意思は全くなかったけれど腕試しという意味合いとロジャーと合わせてみたいという欲求にかられてオーディションに出かけた。

スタジオに入ると…

よく知っている人物が座っていた。

マー君である!!

自らも弾いた曲なのでベーシスト審査には最適だという要請をマー君は快諾したのだ汗

「そんな話は聞いてない」とも言えず(笑)

軽く挨拶を済ませて課題曲の4曲を演奏した。

予想以上にロジャーのドラムは素晴らしく、大好きだった晋ちゃんとも初めて演奏出来た喜びでマー君が観ているというプレッシャーを耐えることが出来た(笑)

そして、マー君のお墨付きをもらい、紆余曲折あったが結局僕はX-RAY加入の選択をするのである。

その後もマー君はX-RAYの僕のベース録りの時も付き合ってくれたし…

大切な自分のベース、つまりLOUDNESSの1stを録音した時のプレベを貸してくれた。

東京での最初のライブでも使用したし、2ndもこのベースで録音した。

このベースの所有権については昨夜も話題にのぼったが(笑)

大切にハードケースごと僕の実家に保管されているラブラブ

その後もLOUDNESSのライブを観に行ったときなどに話をしたが二人きりで話し合ったという記憶はあんまりない。

1986年にロジャーとマー君と三人で車で関西に帰った時からマー君と会うことはなくなった。

[そして2016年]

 

マー君が朗とDEEP PURPLEを演奏するというので終演後観に行こうと考えていたらゲストで弾いて欲しいとの連絡が五日前にあった。

マー君と会うということよりも先に、マー君の前で演奏するという事実の方が大きかった(笑)

30年前のあの冬の日を想起させるのだ。

前説を進んでやりとげマー君を紹介した。

感無量だった。

マー君のベースは爆音というもので自分よりも音量の大きいベーシストを初めて観た(笑)

そのベースプレイは堅実で本人曰くピッキングは昔よりも力を弱めているという話を誰かから聞いたけれど、やはりアタックの強さはピカ一だった。

大きなホールでのLOUDNESSでのプレイしか観たことのなかったマー君のプレイをロックバーで体験するというのは稀有だ。

僕は久しぶりにベーシストだけをじっくり見るという勉強をするような気持ちで見入った。

そんな、マー君が“Lonley Guys”を演奏した。

自分が弾いたことさえもすっかり忘れていたそうだけれど(笑)

その時に僕はむねが熱くなった。

マー君がX-RAYのリズム録りに参加協力してくれなければX-RAYの存続も僕の加入も危ぶまれたわけだ。

その時に仮録してくれた曲を30年経て再びマー君が弾く。

それを僕がステージの後方から食い入るように見つめる。

なんという光景なのだろう。

その後、X-RAY三曲を僕はマー君の前で演奏したけれど、なんとなくそれは…

自分の成長した姿を指導者に観てもらうかのような感覚だった。

振り返ると…

マー君がタッカンの隣に住むベーシストであったこと

マー君がタッカンに誘われてLOUDNESS加入

タッカンソロアルバムでマー君、ロジャー紹介

その曲を聴いた晋ちゃんとロジャーが出会い

ロジャーX-RAY加入

ベーシスト脱退でマー君が仮録り参加

ベーシストオーディションにマー君が立ち会う

僕が加入することをマー君がメンバーに勧める

僕のベース録音に付き合ってくれる

プレベを貸してくれる

もしも…マー君がタッカンの隣に住んでいなかったら、彼はLOUDNESSにいたのだろうかはてなマークとか…タッカンのソロアルバムにロジャーが参加しなかったらとか…

そんなことを考えるのだ。

人生の歯車はどこでどう動くかは人と、そこにまつわる出来事により影響を受ける。

僕は…今もこうしてベースを弾いて大きな喜びを味わうたびに、この偶然とも必然とも思える30年間に思いを馳せる。

そして、やはり

「マー君、タッカンのソロアルバムにロジャーを紹介してくれてありがとう」

そう言わずにいられないのである。

僕のライブにおけるベースプレイを実はマー君は一度も観たことがなかった。

マー君は初めて僕の演奏を観てこう言ってくれた。

「オズマ、やっぱり30年経ってもええベース弾くわ!!

「俺がX-RAYに推薦したのは間違いやなかった!!

そんな風にしてほめてくれた。

同い年なのに、自分の指導者に言われたような気分だった。

僕は、もちろんその言葉が嬉しかったけれど…

マー君に関わる出来事により僕の音楽的な歴史が大きく動いたことを実感した。

ジャックのロックでほどよく酔った僕はその場に居合わせる人すべてと、現在僕に関わって音楽を共に奏でてくれる仲間がとても愛おしく思えたのだ。

幸せな…本当に幸せな夜だった。

マー君、ありがとう。

 

 

 

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梅雨にもなろうかという今の時期に書く記事ではないのだけれど…(笑)

ふと、「コート」について書きたくなった。

それはやはり今週届いたアラン・ドロンの「サムライ」のせいに違いない(笑)

もう、男前過ぎて…

若かりし日から眉間の縦のしわは深く刻まれ、暗い陰影を落とす。

トレンチコートとチェスターコートを劇中、着こなすが…

ひざ丈のトレンチコートがメインだ。

 

[初めてのコート]

 

中学生時代は学生服だったが…お洒落な先輩の中にはステンカラーコートを羽織る人がいた。ちょっとした不良グループの人たちにそういう人は多かった。

僕は母にねだったのかどうかは覚えていないのだけれど…

デパートへ母と買い物に行った。

先輩と同じようにステンカラーコートを着たいと思ったのだろう(笑)

でも、それが「ステンカラーコート」とは知らず…

とにかく「コート」という感じで母に説明したに違いない(笑)

で…

買ったのは「トレンチコート」叫び

中一の分際でトレンチなんか着て行こうものなら間違いなく目をつけられるあせる

多分、学校には一度も着て行かなかったと思う。

それに…学ランの上からトレンチコートはどう考えても変だっただろう(笑)

 

[大人になってから]

 

ほんの少しばかり、着こなしというものがわかってきてからは様々なコートを買った。

中学生のころ憧れた「ダッフルコート」や、名称も言えるようになった「ステンカラーコート」(笑)

「トレンチコート」、「Pコート」もか音譜

僕がお気に入りだったのは「チェスターコート」のダブルだった。

トレンチやステンカラーはいくらでも売っていたけれどチェスターコートはなかなか見つけられなかった。

見つけた時は嬉しかった。

これも多分、アランドロンの映画で憧れたのかもしれない。

今ではロング丈のは少ないがたっぷり膝が隠れるデザインだった。

もちろんこんなには長くないが…(笑)

しかし…コートを着てまでも寒さをしのがなくてはならないという冬の日が少なくなった…

そんな風に思うな…

それでも時々、コートを着るときは少し気持ちはピリッと引き締まるのだ音譜

暑苦しい記事を読んでくださり感謝します(笑)

 

さて…ぼちぼち神田に出かける用意をしようかな

 

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【ROCK VERSUS NIGHT ! 3】ツアーに出る前日に高円寺ショーボートから一本の電話があった。

「ロジャーさんとオズマさんが基本でボーカルやギターが何人か登場するイベントできませんか?」という内容だった。

えっそれってIt`s a HARD ROCK NIGHT!と一緒じゃないの?と思ったが…

翌日からロジャーとツアーなのでそれで話し合ってみますとだけ返事をしておいた。

でもツアー中はツアーにかまけるからそんなにアイデアが出るわけでもなく…

ロジャーはショーボートが指定する日は空いているというのを当初確認したのにとどまった。

 

[メンバー探し]

 

とりあえずはメンバーを一応考えてダメなら断るしかないかなぁと思った。

Kings Armed Pentagonというユニット名でツアーを一緒に回っている梶山さん(梶山章)・永川さん(永川敏郎)・Novさんは全員スケジュール的に無理だった。

キーボード奏者はせいやん(盛山seiyanこういち)に連絡したらOKだった。

ギタリストとボーカルは常に悩む(笑)

僕とロジャーはどちらともなく…「中間(中間英明)に連絡してみる?」という流れになった。

僕たちがどちらも共演していない数少ないHR/HMギタリスト、それが中間だった。

時々、ロジャーに中間から電話が入るということがあったのでロジャーに中間に出演打診をしてもらうことになり僕はその返事を待った。

 

[メンバーが揃う]

 

ロジャーが東京に戻って来てから連絡が入った。

「中間やけど…」

僕はちょっと息をのむという感覚を味わった(笑)

「OKやったで」

「とても喜んでたわ」とロジャーは続けた。

ホッとした音譜

そうして、僕も中間と電話で話を詰めた。

その声の調子は彼のやる気をうかがい知れるはつらつとしたものだったメラメラ

残るはボーカル。

あっと思った。

ロジャーが出ているイベントで「61年会」というのがあるのを思い出した。

“Burn”や“Highway Star”の時に歌っている藤原さん(藤原MAXまさのり)はどうかとロジャーにメッセージするとロジャーも丁度、思っていたらしい。

ここもロジャーから連絡を入れてもらった。

快諾の返事。

かつて十二単(じゅうにひとえ)というバンドを引っ張っていたボーカリスト。

当時、大阪でX-RAYとキャンディボールで共演した記憶があるが話をしたということは無かったように思う。

これでメンバーが揃った。

演奏曲は!?

梶山さん・島さん(島紀史)のリッチーを体感したのなら、やはり中間もリッチーを得意としている以上は当然のRainbowだろうパンチ!

ユニット名は“TAROT WOMAN”をもじって“THE TAROT MEN にした”ドキドキ

 

[ROCK VERSUS NIGHT ! 4]

 

じゃイベントもROCK VERSUS NIGHT !でいこう。

共演バンドを関西・東京・広島と知り合いのバンドをあたったが都合がつかなかった。

その中でVAN HALENカバーのVAN HEYSAN

札幌からEUROPEカバーのMEDIAS ZONEが決まった。

二つのバンドについてはまた後日に書くことにしようパンチ!

 

とにかく…

中間がシーンで久しぶりに暴れてくれる爆弾爆弾爆弾

そのことがとても嬉しいのだ。

7月22日ショーボートにお越しくださいドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

 

【公演日】 2016年7月22日(金)

【公演名】 “ROCK VERSUS NIGHT!4” 悶絶必至のロックカバーナイト第4弾!! 今回も3バンドが激しくバトル

【会場】 ShowBoat http://showboat1993.wix.com/showboat1993

【出演】

■VAN HEYSAN (VAN HALEN)

石坂昇平 Vo.

戸沢健太郎 Gt.

常磐秀樹 Ba.

藤原英明 Dr.

■MEDIAS ZONE(EUROPE)

金子聡司 Vo.&Gt.

星 諒 Gt.

三浦弘嗣 Ba.

石原知典 Key.

岩田慎吾 Dr.

■THE TAROT MEN (RAINBOW)

藤原MAXまさのり Vo.

中間英明 Gt.

臼井OZMA孝文 Ba.

高橋ロジャー和久 Dr.

盛山seiyanこういち Key.

【時間】 開場 18:00/開演 19:00

【料金】 ■先行前売(イス自由席)¥5500/当日¥5500 ※限定30席 ■一般前売(スタンディング)¥5000/当日¥5000 (入場時別途ドリンク代¥600)

★お客様へのお願い★

当日スタンディングのお客様には 出来るだけ身長の低い方が前方でご覧いただけるように開演まで場内整理が行われる予定です。 あらかじめご了承ください。

【チケット】 ★先行イス自由席★ 5月16日(月)発売 ■ShowBoatのみ 店頭販売 17:00~ 電話・メール予約&代引注文受付 18:00~ (翌日以降は毎日14:00~23:00受付)

★一般スタンディング★ ■ShowBoat 5月22日(日)発売 店頭販売 初日のみ15:00~ 電話・メール予約&代引注文受付 初日のみ16:00~ (翌日以降、14:00~23:00受付) ■プレイガイド 5月22日(日)10:00~発売 ローソン[Lコード70619 ]/イープラス eplus.jp

※入場整理番号あり。当日は、整理番号順の入場となります。 ※ShowBoatチケットはご購入順に入場整理番号が発券されます。 ※ご予約のみでは整理番号はつきません。 ※代引郵送にてご購入希望の方は、メールにて下記をお送り下さい。 (別途発送手数料¥580) 《公演日・公演名・住所・氏名・電話番号・購入枚数》

【問い合わせ】 ShowBoat

■Tel 03-3337-5745(14:00~23:00)

■Mail info@showboat.co.jp

 

 

 

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昨年、初めて出演するようになった大阪阿波座のライブハウスBIG JACK。
二人の女性が事実上運営している。
朗から彼女たちがX-RAYを好きなのかは少し聞かされていたけれど…


店内がこんな風になってるとは思いもしなかった(笑)
そこで店長のトレーシーさんにX-RAYへの思いを聞いてみた。

[中3の冬]

X-RAYがラストライブを行ったのは1986年の2/3からの3デイズ。
大阪キャンディホールだった。
最終日の2/5は入場出来ない人たちが会場外にあふれた。
トレーシーさんは当時中3。
大好きなライブも受験期で親から禁止されていた。
そして、現代と比較して圧倒的に情報の少ない当時、彼女の耳にX-RAYのラストライブがあることは残念ながら入らなかった。
そのような状況でついにX-RAYの解散の2月5日がおとずれた。
彼女は新聞かなにかでX-RAYの解散とラストライブのことを知る。
受験のことや親からのライブ禁止令のことなど一気に吹っ飛ぶ。
大好きなX-RAYが解散するえーん
そして、「今日がラスト」
いてもたってもいられない気持ちは読者の皆さんにも容易に想像できるかと思う。
彼女は約束を守れないことを親に詫びてライブハウスに向かった。
チケットも無いのに…

[X-RAYラストライブ]

入場が滞り開演は遅れに遅れた。
前日よりも1.5倍の入場者数だったから当然だろう。
なぜかラストライブは月曜日から始まった。
つまり2月5日は水曜日。
学校が終わって会場に到着したとして夕方だろう。
何を考えてその場にいたのだろう…
残念ながら当日券はもう無かったらしい…
ラストライブを見届けられない暗澹たる気持ちのまま会場の外で泣き崩れていた。
そのとき…
ある女性が近づいて声をかけてきた。
「チケット、余ってるよ❗」
そこからはもう何がなんだかわからないままライブの時間を過ごし…
そして、人生で初めて絶望というものを知った彼女は2週間学校を休んだ。
全21曲演奏されたX-RAYのラストライブの模様は涙が視界を妨げ、悲しみは記憶することを遮り…
ただただ虚脱感のみを残したのだった。

[それから30年]

朗は何年か前にBIG JACKのステージに立ち、僕とロジャーは昨年の10月に初めてRock The Mountainのライブでトレーシーさんに会った。
先月は朗のバースデーライブでメンバーが揃いX-RAY10曲を披露した。
リハーサルの時から泣いている姿が目に入った。
終わってからトレーシーさんから当時のエピソードを聞いた。
彼女はどうしてもラストライブのチケットをくれた女性に感謝を述べたいらしいのだ。
ロックの格好をした女性…だけでは探しようがない。
僕は約束した。
『探しましょうビックリマークそのこと記事にします!!
というわけで皆さんが読んでいるわけだドキドキ
もしも…
1986年2月5日
X-RAYのラストライブの時に会場前で泣きじゃくる中学生の女の子にチケットをあげた方がこの記事を読んでおられたら是非ともBIG JACKを訪ねてあげてほしい。
あなたがチケットをあげてくれたことにより中学生だった女の子はいつしかライブハウスを経営するようになり…
X-RAYのメンバーのために尽力してくれているのだ。
あなたのした善意の行いは思いもよらぬ形で多くの喜びを生み出して現在に至るドキドキ
トレーシーさんがあなたに感謝を心から直接述べる日が来ますように音譜

BIG JACK
電話番号06-6536-1112
大阪市西区阿波座1-13-11建協ビルB1

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ツアーといっても3本だけなのだが…

東京から鈴鹿・広島・大阪と廻って東京に戻る1600キロの走行距離を考えると立派なツアーなのである。

 

[鈴鹿]

 

2月にDEEP PURPLEカバーで共演したキーボード奏者の加藤剛さんが三重県の方なので実現した鈴鹿でのライブ。

ホストバンドとなってくださった彼のバンド『DYNAGON』のギターは同じ2月に共演した中野重夫さんだ。白熱のインストバンドだった。

その日その日によって曲の長さが変化するインタープレイを展開されるのだろうメラメラ

オープニングアクトを務めてくれたバンドには10代のプレーヤーもいてバラエティに富んだ。

それら若い人たちの目や耳に僕たちのような50代の演奏が刺激となりさらに飛躍されたら良いなと思った。

 

[広島]

 

いつものスマトラタイガーが会場となる。

しかし、この時期の広島市内は「フラワーフェスティバル」一色となり、そこで出店したり、ライブをする予定の店長の啓介さん(高橋啓介)は大忙しなのだあせる

それでも僕たちを受け入れてくれた。

こんな風に各地で歓待されて初めて僕らのツアーは成立する音譜

本当にありがたいことだと思う。

ライブから打ち上げまで終始楽しくくつろげるものだった。

 

[大阪]

 

ファイナルは京都からAC/DCカバーの『電撃直交流』・Whitesnakeカバーの『関西スネイク』との共演。

ここは写真込で振り返ってみたい。

会場はいつもの阿波座BIG JACK

この一か月で3回ロジャーと僕はステージに立つということだ。

ギターの梶山さん(梶山章)は4/17の「藤本朗バースデーライブ」とこのあと(今書いてる時点では今日)5/5にBIG JACKでライブ。

Novさんも最近、ここでライブをやっていて永川さん(永川敏郎)だけが初登場だった。

昨年の初ライブから通算4回目のライブともなれば、もう立派なバンドなのだメラメラ

一曲目の“Striking My Heart”から余裕のあるステージ運び

梶山さんが以前発表した『GOLDBRICK』からのナンバーをもう一曲

“Piece Of Heaven”

自分の曲を弾くときの梶山さんは当然ではあるが素晴らしい合格

三曲目はX-RAYの1st収録の“One Night Lady”

Novさんが高校生の時に歌った曲という事で珍しい選曲ではあったが…

僕はこの曲が大好きで当時のセットリストにはいつも含まれていた。

僕とロジャーというX-RAYのメンバーとこの曲をプレイするという現実は彼にとって特別な思いを呼び起こしたことだろう。

四曲目は再びGOLDBRICK。

感動的なバラード“Never Forget”

アウトロのギターソロはいつまでも続く梶山さんの感情のこもったフレーズでお客様はもちろん僕らも聴きほれた。

続いてはNOVELAの曲。

僕が大好きな“名もなき夜のために”

とにかく、この曲のシンセソロが好きでここまでバッキングに徹した永川さんが弾けた。

写真のように上手から永川さんのプレイを眺めるのはとても贅沢な時間だった。

もう一曲、GOLDBRICKの“Flame Of Love”

レコード通りの梶山さんのボトルネックによるスライドギターを堪能できる。

メジャーのサビがとても楽しい。

続いてはROCK THE MOUNTAINやROGOZでもやるZeppの“移民の歌”

インプロの時間である。

ロジャーの怒涛のソロが絶賛だった。

続い定番の“Lonley Guys”

本編ラストはDIOの“We Rock”

会場一体となって終了。

アンコールはRAINBOWの“Kill The King”

DEEP PURPLEの“Burn”かどちらにしようかと考えたがリハーサルでBurnをやってみるとやはりKill The Kingの方に軍配があがった(笑)

ちなみに広島ではリハーサルで“Highway Star”をやった。

これはお遊びだったが上出来だった(笑)

超絶に盛り上がってアンコール終了!!

お客様に感謝のご挨拶の前にメンバー全員を紹介。

Novさんの喜びが弾けた瞬間をとらえている(笑)

彼は先輩に囲まれたツアーでたくさん気遣いをしてくれた。

自らいじられ役を買って出てくれてツアーを笑いで和ませてくれた。

梶山さんは今年後半は新しい彼のユニット『SLANGRADE』で多忙になるだろうから年内は一緒にステージに立つことは無いかもしれない。

いつだって、どんな時も文句なしのプレイをしてくれる彼との再演を楽しみにしつつ僕も個人の活動に勤しもうと思う。

思えば…

一夜限定として昨年のROCK VERSUS NIGHT ! 2で集まったこのメンバー。

やってみたらやっぱり、素晴らしすぎて一夜限定なんかはもったいないとなり(笑)

各地一夜限定(笑)

まだまだ違う場所で演奏できるかな…(笑)

 

各地

     ご来場のお客様

共演のバンドのみなさん

ライブハウススタッフ各位

優秀なバンドスタッフ

すべてに心からの感謝を述べます。

“ありがとうございました”

Photo/福田一美

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