私たちの中に眠る縄文のこころ | ずっこけ北の家族

私たちの中に眠る縄文のこころ

15~20万年前現在の人間の祖となるホモサピエンスが現れてから、この日本に人がたどり着いたのは、現在のところ3万2千年前と思われている。旧石器時代だ。そして、1万3千年~1万2千年前くらいから縄文時代が始まる。石器時代の人と縄文人に血のつながりがあるかはまだわからない。

私は縄文人といえば、縄文土器や遮光器土偶くらいしか今までイメージがなく、勝手に石器時代とあまり変わらぬ生活をしていたと想像していた。

しかし、(私が)思ったより相当進んだ生活をしていたようだ。

三内丸山遺跡という有名な縄文時代の遺跡がある。約5500年前の遺跡だ。この遺跡を紹介するホームページが結構充実していて、大変興味深く最近眺めていた。

それによると土器や土偶はもとより、幅12mの道路は土を貼り舗装し、豆類、エゴマ、ひょうたんなどを栽培し食べ、山菜や魚やイノシシを食べ、さかなではフグまで食べていたという事がわかっている。キイチゴなどを発酵させたお酒も作っていた。イグサ科の植物を編んだポシェットからクルミの実が見つかった。さらに、赤漆塗りの木製皿まで見つかっている。これには相当の技術とノウハウが必要らしい。三内丸山遺跡は数百人単位のムラだった。直径1mの栗の木を6本建てやぐらを組んで高床式のタワーも作っていた。この時代のランドマークだったにちがいない。宗教的施設だったのか、出土する資料のの多さにまだ解析は終わってなく、興味はつきない。

縄文人は、自然のあらゆるものに精霊がや宿ると考えていたらしい。そして縄文のあらゆる年代の遺跡から推測出来るのは、1万年もの間争いが少なく平等で、豊かな生活をしていたのではないのかという事だ。大陸では一つの文化が1万年もゆっくり熟成する期間がない。あっちこっちからちょっかいを出し出され争い殺され、個性が出来上がる前にリセットされてしまう。だから、大陸で発展したのは争いの方法。自分達が他の民族を支配する方法。支配されない方法。私は縄文人に与えられた1万年が日本人の基礎を築いたのではないかと思う。そして、この三内丸山遺跡が栄えた時期は5500年前という事はエジプトやメソポタミア、黄河、インダスの四大文明と同時期かもしくは古い。違うのは文字を持たなかった事。


後に日本列島にやって来た弥生人が来たタイミングで争いの痕跡が突然増える。弥生人は大陸から、稲作と金属と武器をもってやって来た。


急に特に九州北部で戦いの跡を残す遺骨が増える。それから3000年以上縄文人は弥生人に一見勝ち負けでいったら負けたように見える歴史に甘んじる訳だが・・・
弥生人と縄文人はどちらかがKOされるまで戦う事をしなかった。縄文人と弥生人はゆっくり混血し、その体内と心の中に縄文のDNAを残す。和人の誕生だ。

それが八百万の神であり、「凝る」文化である。侘び寂びの概念も縄文の自然との対話の中で成熟したのではと思わされる。

日本人はそういう歴史の中で生まれたのだと思う。現在の日本人の体には濃い薄いはあれど、縄文人の痕跡がある。

ケンカが苦手でが物理的に勝つ事は出来なかった(しなかった?)けどその心の中までもは売り渡す事無く弥生人に逆に影響を与えた人達。強い信念の者達。

私が思う縄文人だ。

古い池にカエルが飛び込んだだけで、何かを感じる心。小さな庭に自然を再現し感動する心。月見をするだけのための建築をするこころ。桜の木の下で春を歓迎するこころ。

私たちのこころの中に1万年以上かけて熟成された「こころ」が眠っているはずだ。

振り返り私たちは強い信念を持っているだろうか?
ケンカが苦手なのは変わらずそうだ。強い信念を持っているか?自然のなかに神を見る事が出来るか?

目に見えぬものを信じる事ができるか?

中学や高校や大学の歴史の授業でそのこころが萎えていないか?物を沢山もっている事やお金を沢山稼ぐことをなにより優先していないか?

グローバル化、ボーダレスといわれる時代。

経済力や知識力や語学力の前に、日本的こころの方が希少価値が高く、日本的こころの基礎の上でこそ、語学や知識や経済を世界に役立てるものと思う。

そして、そういう心が弱ければ、あっという間に日本は世界の中のケンカがうまいヤツに飲み込まれてしまう。ケンカがうまいヤツは人のせいにするのも格段にうまい。もう飲み込まれてしまった人達もいて、最近目立つ人達はどうも検察と戦争をするらしい


相手は1万年以上前、ものごごろがつく前から争ってきた強者だ。かたや私たちは1万年以上争わず自然を見つめて生きてきた哲学者なのだ。

せめてこころを強く持ちたい。そして、私たち日本人がどんな人間かを意識したい。そうしなければケンカがうまいヤツにあっという間にこころまで犯されてしまう。

私たち日本人のこころの何処かにある「縄文のこころ」、まず自分の中に発見し大切にしたいと思います。

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