どうして 幼い子どもの命を奪う事件が絶えないのでしょう
昨日も兵庫県での7歳の女の子が
何者かの凶行によって 尊い命を奪われてしまいました。
誰でもいいから 人を殺したかった
力が弱い女、子どもを狙った
凶悪殺人犯の言葉で 最近よく聞くパターンです
一昔前と比べて こういった無差別、理由なき殺人が多くなっています
“命の尊さ”は 人の心から消えつつあるのでしょうか
↑↑ 小さなカマキリが 自分の体の半分くらいの大きさのハエを捕らえていました。
ハエはまだ生きていて、羽根をブブブブッッ、ブブブブッッッとバタつかせ
逃れようと 必死になってもがいています。
小さなカマキリは もがくハエに振り回されながらも、懸命にその獲物を離すまじと
耐えていました。
身近の ちょっとした自然をのぞくと このような光景はどこにでもあることです。
生きている、人間も含む動物というものは
“生命”を食することで その命を保つことができるのです。
本来、人間も 自らの手で 獲物をとらえ
その命を自らの手で止め、
そしてそれを食することで 命長らえてきました。
それが 現代社会では
命の交換を感じることなく スーパーに行けば何でも手に入ります
自らの体となる 栄養の“命”を思う事なく 口にしているのです
魚に骨があることを知らない子ども
切り身が 海を泳いでいると思い込んでいる 子ども
直に その“食材”の生死に関わることのない子どもたちは
その“命”をいただくことで 自らの命が育まれていることを
知らないままに 育っていく現状
持論ですが “命の勉強”は 食から学ぶべきだと思っています。
命は 命によって育まれる
海でピチピチと跳ねる魚を捕らえ、
それを捌き 食する
鶏の羽をむしり、首を落とし 食する
牛も、ブタも、ヤギも、、、
それを残酷だと言って 目を背けるのではなく、
その命を いただいて
自らの命を 育む ということを実感することができれば
多くの命によって 自分の命が生かされていることを知ることができれば
もっと、もっと、
命の尊さを 理解することができるのではないか
理解することができれば、
人は簡単に 人の命を殺めることはなくなるのではないか
そう思うのです。