福岡 | 親子関係の悩みはカウンセリングで修復! | カウンセラーマリア

このブログでは親子関係悩みを持っている人たちへ向けた、親子関係を修復する方法やその考え方についてお届けしていきます。
親子関係や子育てに関するカウンセリングはぜひマリアまで。


テーマ:
親子関係修復 自分史を紐解く愛情カウンセラーのマリアのブログにご訪問くださり、誠にありがとうございます。
多分、あなたは、今、親子関係で何かしら悩んでいらしゃるのかな?

以前の私も、親子関係でお悩んでいました。父を尊敬できず、また許せず、母は強い人だったので、怯えていた、そんな生き方でした。

そんな幼少期から結婚するまで親とぶつかりあう状態でしたが、ある最悪なことが人生で起こり、自分の心の意識改革(ブレイクスルー)が起こり、人生が180度変わり、今は親とも仲良く同居して、父親の介護などサポートできる私にまで成長することができました。

このブログでは、親子関係にまつわる悩みを、色んな観点から紐解いていく記事を色々書いています。
今回は、私自身の自分史を振り返った記事です。私の生てきた道が、あなたの生きるヒントや勇気や希望を与えられたら幸いです。

興味がある方は、長文ですが、参考までに是非読んでみてください。


(さなぎから蝶へ羽ばたく)

幼少期から反抗期の私の生き方とは


生まれも育ちも福岡県糸島市という自然に囲まれた素晴らしい場所で、両親と妹の4人家族でした。
妹が産まれる時数ヶ月前から母体にトラブルがあり、私は叔母のところに半年ほど、預けられました。

妹が産まれた後も、両親は共働きだったので、保育園に預けられ母親からの愛情は受けておらず、親の大変な姿だけを見て育ちました。

この頃、我慢しないといけないという心の門番ができたのでしょうね。

その当時、両親は遠方まで行っての屋根の職人をしていたので、小学校から鍵っ子となり孤独でしたね。
父は、面倒なことから逃げる気弱な人で、時々かぁ~となり暴れていました。
母の方は、男のように強い気性だったので、いつも夫婦喧嘩をしていました。それを見るのはすごく嫌でしたね。

母親に連れられて、数日家を離れたこともあります。母親は、いつも父の文句を私たちに言っていました。
母から家の外に放り出されたりもありました。いつも神経過敏となり、小学校まで、恥ずかしながらおねしょをしていました。そして、怒られ、全然楽しくない子供時代を過ごしました。

小学校からは、親から勉強の事は言われたことはありませんでしたが、両親が共働きだったので、お風呂の用意や食事の準備、洗濯物などをするように言われ、この時から、いろんな不満な気持ちが出はじめました。

なんで、私がしないといけないの!私も遊びたいのに!この時から私は、なんで私だけ!という被害者意識という心の門番ができたのだと思います。

怖い母親だったので、自分自身を素直に出せなくなり、時に自律神経失調症となり、お腹がいたくなり病院にも行ってました。

まあ~親も毎日が大変で、心に余裕がなかったのでしょう。が
子供心に、そんなふうに理解する心の余裕はありません!自分の置かれた環境の方が辛くて、愛されていないという心の門番が常にいました。

親からは、優しさは受けておらず、いつも親の機嫌が悪かったので、毎日が親の感情に怯え、そこから不安症となり、いつも家の鍵を閉めたかが気になる不安神経症な感じです!

甘えることは勿論できない、人の反応を気にするという心の門番がすみついたのは、この頃です。

だから、なかなか、自分に自信がもてない。人にどう思われているんだろう!と他人の顔色をうかがう他人軸になっていきました。

田舎から市内の高校に行ったので、目新しい事が沢山あり、自由になったような気分となり、親への反抗が始まりました。ちょっと自分も強くなったんでしょうね!

親からは、この時から不良と言われはじめ、(この世代は、ちょっと人と違うことをすると不良と思ったようです)更に親が怖い存在になりました。

母親は、男性のように気性が激しく、私の部屋のガラスをカナズチで割り、それを見ていた友達は、私の母親を「オニババ」と言ってました。今となっては笑えますが、その当時は、ホント鬼ババでしたよ。

異性に心奪われ、意識が大きくが変わる20代前後


高校卒業後就職し、親にもらえない愛情を異性に求めるようになりました。この頃が1番楽しかったです。

好きな人と一緒にいると、食事もいらないほど、心が満たされた状態でした。
交流の優先順位は、親より異性になっていきました。

これまでに幾つかの恋愛をしましたが、人の顔色を伺う自信のなさ、心配性から、恋も長続きせずに悲しい体験もしました。

そんな中で、大好きだった彼が、親に結婚の挨拶をしにきたとき、母親は私に養子を期待していたことで、条件が合わない人だと知り、彼が挨拶に来る当日に母が家出をして、私に抵抗しました。

そんな母親に、むちゃくちゃ腹が立ち許せず、こんな家族から離れたいと思い、仕事も辞め、親に知らせずにアパートを借りて、夜逃げしました。

しばらくは、ほおってほしかったのです。違う環境に身を置いて自分を癒したかったんです。


それでも、見つかってしまい、親が尋ねてきました。最初は、もめましたが話し合いの末、1年間は親との距離を置き、自由にさせてもらうことで合意となりました。

お互いのあり方を見つめ直すのに、とても大事な貴重な時でした。

この頃の私の行動力にも、自分でもびっくりでしたが!そのお陰で、気が済みました。

お互いにぶつかりあうのではなく、親から離れて自由に過ごす、環境を変えることは、とても大事だと思います。

お互いに、これまでの関係性を考える時間は必要です。


不満のエネルギー処理も、とても大事です。


親も少し反省しているようだったので、約束通り1年間で、自宅に戻りました。

親の行為に、許せない気持ちがありましたが、心のことを学んでいく内に本当は、彼が結婚を諦めたことにショックで、誰かのせいにしないと、心が保てなかったんだと、後で自分の本当の気持ちに気つくことができました。

結婚してからの人生では・・・


27歳の時に結婚しました。親も以前の事があったので、反対はしませんでしたね。
反対すると、また、私が暴走すると思ったのかもしれませんが、親の願望を手放してくれました。

やっと幸せになれると思っていたら・・・実は夫は、いいかっこしいの借金癖のある人だったのです。
それでも、借金を清算しながら、何度も身内を挟んで話し合いをしましたが、10年間お姑さんも同居状態で暮らしがんばりましたが、自分の事が1番で、お母さんまでも捨てられるという言葉を聞いた時、もう無理だと感じ離婚を決意しました。

ここでも被害者意識の門番を強化しましたね。
後で気ついたのですが、正義感を振りまき、相手だけを責めて、自分から近寄ろうとしなかった私も悪かったんだと。

問題、悩みは、自分の心の門番が作るんですね。


一番辛かった時期


離婚し、娘と二人で暮らし始め、私は、仕事に没頭する日々となり土日は実家に預けていました。

自分も母と一緒で自分に余裕がなく、自分の子供の頃のように、娘に同じ思いをさせてしまいました。これって無意識の連鎖ですね。

母親が、娘を置いて働いている姿を見て育ったので、私も親と同じパターンになっていくんですね!多分、親に愛されて育っていなかったので、それが普通にできたんでしょうね!

そんな中、健康体だった娘が、突然に頭が痛いと言い、内科に一人で行かせました。
風邪だろうということで、問題視していなかったのですが、頭痛はひどくなり、後頭部が痛いと聞き、私は不安を感じ、脳神経外科に連れていきました。

すると、詳しく検査させてくださいと言われ、しっかり待たされた後に言われた言葉は、「脳腫瘍」・・・

家族だれも、ガンはいなかったので、脳腫瘍と言われて、何なのかわからず、「先生、それは大変な病気じゃないですよね!」と聞くと、脳のガンだと言われた時は、相当ショックを受け、病院を出た後は、外の景色が白黒になっていました。世界が灰色になりました。

絶望すると、色がなくなるんですね!

福岡大学病院に、即入院し手術することになりました。13時間に及ぶ手術、その後の壮絶な抗癌治療、見るに耐えませんでした。

治療の甲斐なく、どんどん悪くなることを、一人で受け取らなくちゃいけなかった、あの頃は、相当苦しかったです。最後の2ヶ月は、私も泊り込んで付き添っていたので、娘の痛々しい姿に、私の精神もおかしくなってました。

そんな姿を見て、私を心配して、娘は旅立ったのかもしれません。

子供を亡くし、魂が抜けたようになり動けなくなり廃人のようになりました。
私が自殺をするのではないかと母や妹が心配して見張っててくれたようです。

さて、お通夜の時に、娘の中学の校長先生が、読む気分じゃないかもしれませんが、よかったら、読んでみてくださいと貸してくれた1冊の本があります。その本は飯田史彦氏の「生きがいの創造」でした。

毎日が悲しくて、子供の夢をいつも見て、うつろな日々でしたが、ふとしたきっかけで、この本を覗いてみました。すると・・・どんどん引き込まれ、今まで自分が知らない発想に興味が湧き、読みました。

考え方や生き方がブレイクスルーのスイッチが入る、そんな瞬間でした。

それから、いろんな本を読み、少し元気が出て仕事に復帰しました。
元の職場に戻ったのですが、何かしっくりこずに長年勤めていた職場を辞めて、葬儀社に転職しました。

なぜ、葬儀社だったか?、それは、何か死者と近ずきたかったんでしょうね。
そんな中、健康診断があり、大腸ガンが発覚したのです。

普通は、悲しむところですが・・・その当時の私は、いつまでも生きている方が苦しかったので、死ねるかもしれないと思いガンを喜んでいたら、ガンが小さくなっていたので、腸を5センチだけ切るだけで完治しました。

うわ~心の影響ってすごい!と体験知り、そこから免疫力について、心について、脳について、人生について興味が湧き、探究が始まり。10年1000万円というお金や時間をかけて感性にしたがい学び研究、検証してきました。今も研究中です。

娘の中学に呼ばれ、命について、生き方についてのプチ講演を頼まれたり、娘の友達が毎年命日に来てくれていました。いつしか親に言えない人生相談を受けるようになり、13歳から25歳くらいまで、毎年5~6人の女の子の人生相談をしていました。

子供たちが何を考え、親に対して何を思っているのか、お陰で今、カウンセリングするうえで、とても参考になりました。

学びを深めていく中で、私の体験や学んだことが、お役に立つんじゃないか!手にしたものを自分だけのものにしていては罪であり、人に伝えていきたい想いが募っていったときに、仙人みたいな人と出会うことができ、紹介者によると運がよければ逢える人だと聞かされていたので、出会いも必然だったのでしょうね。

その仙人のような方は、私に「あなたの子供さんはエンジェルになっている。そしてあなたにはマリア様がついていらしゃる。そんなあなたのもとへ、いろんな方が頼って来られるので、手を握ってやりなさい。そして瞳でパワーを与えなさい。」ときっぱりと言われました。

その頃の私は、「私にできるでしょうか?」と尋ねると、その仙人のような方から、あなたの生き様を見せるだけでも人に勇気や希望をあたえるのじゃ。大丈夫!あなたならできます。と後押しをされ、最初は、体と心を癒し免疫力を高めるリンパセラピーから、自宅でサロンを始めました。

自分を癒す心の門番から、人を癒す心の門番にシフトしたことで、私は、成長でき技術革新できていったのだと感じています。

こじんまりとした活動の中で、雑誌、「あなたの悩みを叶えてくれるスピリチュアルな達人」の一人として紹介されたり、ネットテレビ「スピリチュアルテレビ」に出演オファーがあり出演しました。

それは、仙人さんが言われた事を信じて行動したことで、いろんな人と縁が繋がり、人生に迷っておられる方のお役にたてることが、私のまた生きる力となっていきました。

学んでいく中で、「人は2度産まれる」ことを知りました。

1度目は、お母さんのお腹から産まれ、2度目は、卵の殻をヒナが割って産まれ出るように、自分の殻を破り産まれでるのだと。

まさにその通リだと思います。環境からではなく自分の意志で、自分に植え付けた環境からの制限から出て本来の自分に産まれることなのだと思います。

仙人のような方が言われたように、私の生き様が、誰かのお役に立ち、人を絶望から希望の光へと繋ぐ役目なんだと心から思って活動しています。

今は、これまで学んできたことを検証し統合させたカウンセリングや、心を磨くグループセッションや、各種講座、全国の方と電話相談をしています。

よく言われるのが、今まで誰にも言えなかった、相談できなかったけど、やっと安心して何でも話せる場を見つけました。と言ってくださっています。

このように、私自身が、いろんな体験をし、乗り越えてきたことで、相手は安心して話せるのだと思います。

いろんなテクニックも学び、10年以上活動し人と触れ合って、いろんな人の人生チェンジの瞬間を見てきましたが、人の心がシフトし成長するのには、真剣に向き合い触れ合う愛の心に優るものはありません。

私自身も、子供を亡くし、ガンになったときも、いろんな人の愛と、自分にも愛で立ち直ってこれました。そして今の活動も与えてくれました。

人生には、良いことだけでなく、辛いことも起こります。
そんなピンチの時期は、自分の人間力を試される時期であり、偉大な愛に目覚めるそんな時期なんだと思います。

ピンチはチャンスです。今まで自分が知らない世界へ導いてくれます。
壁にぶつかったり、失敗したとしても、上がって再トライすることができるマインドを身につけるチャンスでもあります。

混乱は、あなたを更なる自分の体験したことがない、素晴らしい未知の世界に向かっている証拠でなのです。

これも学んだことですが、混乱したら、自分にグッドポーズをしましょう。

混乱は心の門番を変えるチャンスです。

これからは、自分を重たくする心の門番を、自分らしく生きる心の門番に変えていきましょう。
アンカリングといってポーズを付け「混乱OK!混乱素晴らしい!」と言葉を発すると更に体と心が一つになります。

あなたが、最悪だと思われたときこそ、もっとも運命が大きく変わる時なのです。
そう思うと、出来事に陥らずに前に進む力がでてきます。

元々、自分でプロミラリングしてきたと思うと悲観しなくなりますね。

これまでの活動の中で、心に残るエピソード


あくまでも私が体験した内容なので、全ての人に可能かはわかりません。事実として読んでいただけたらと思います。

私が忘れられられないエピソードは、今から7年前くらいに私は毎月、ある場所で体と心のセミナーを開催していた頃、あるお母さんが私に、娘さんとの件で相談をしてこられました。

初めて会った、その当時23歳の娘さんは、お父様との関係が上手くいっておらず、恋人に振られたことがきっかけとなり、精神のバランスを崩されていて、一人で動けず、しゃべれず、目線も合わないほどの重症でした。これはお母さん大変だな~!と私も当時びっくりしました。

そんな娘さんに、私がしたことは、治してやろうとかそんな気持ちではなく、只ただ単純に愛を込めて「大変だったね~大丈夫だよ」体をさすりながら10分程、言葉賭けをしました。

その時は反応はありませんでしたが、帰りに一瞬だけ「ニコ」っとしてくれたような感じがしました。そして、お母さんに、私のセミナーに参加しなくてもいいから、見学だけでも来てみませんか?とお声をおかけしました。すると、早速セミナーにきてくださり、お母さんに支えられながらなんと参加されたのです。

この時点で奇跡のような感じでした!90分最後まで参加されたのです。
人間の可能性は素晴らしいですね、心から感動しました。

実はそれだけでなかったのです。その後、お母さんのお手伝いをできるようにまでなり、その1ヶ月後は、マクドナルドでアルバイトまで始められそうです。その変化はすごいです。

人間決め付けたらいけないこと、人間の回復する可能性は無限大だと、その娘さんから私は学びました。

人は、見た目のごく一部だけで、こんな人だと、つい決め付けてしまいがちです。

しかし、そうなるには、その人それぞれの人生の背景があるのです。

人をいじめる人は、家庭がうまくいっていなかくて愛に飢えていたり、親から教えてもらっていなかったりします。

その人の1部分で、その人全体を決め付けてはいけません。
だから、私が行うカウンセリングの時は、産まれてから幼少期の家族関係、自分史を紐解いていきます。

その時に植えつけた価値観や習慣、そして親の言葉の使い方や行動、過ごし方、などを掘り下げていきます。

幼少期の体験が元で、自分にレッテルを貼っている場合があります。私は愛されない。私は無能な人間。私が悪いんだ。とかです。もしくは被害者意識という心の門番です。

それを基盤に生きていくと、苦しいですよね。
私も昔は、被害者意識がかなり強くて、不満ばかり言って、いつも誰かのせいにしていました。

あいつが、こいつが悪い、そして報われていない自分の気持ち、欠けているところだけフォーカスしていました。

それでは、幸せになれませんよね!

それを教えてくれたのが、亡くなった娘です。脳腫瘍という最悪な治療の中でも、病院で楽しいことを見つけていました。

大変な状況でも、文句は一切言わずに同じ環境の子供たちの世話をしていました。
娘ながらすごい!と思いました。

自分がガンになり手術をした時に、初めて手術の大変さを知りました。

体験しないと、その人の気持ちはわからないといと、心から思いました。

相談を受ける中で、その人と全く同じ体験はしていないので、全てわかることはできませんが、辛さは共感できます。その辛さから抜け出した経由はお話できます。

自分もいろんな体験をしたことで、心の取り扱い方、物事の捉え方、見え方も知り、人生を自然と180度好転させてきました。
また、いろんな方の人生が180度好転していく背景もみてきました。

ピンチは、ホント自己成長と心の門番を変えるチャンスです!

人と争う道ではなく、自分自身の人生や考え方を紐解き、自分の心を磨いて、自分の心の器を広げ、自分の人生を明るい方にエネルギーを注ぎましょう。

まずはあなたが、壁にぶつかったり、失敗したとしても、すぐに立ち上がってリトライすることができるマイン力をつけ、自分でしっかりと考え、実践できる自分を構築していかれるとことをお勧めします。

自分の心に余裕が持て、自分の機嫌をちゃんととっていけば、相手と同じ次元にはなりません。

相手に反応している時は、自分の心の中に、反応する傷がゴロゴロと転がっている状態でもあります。
それをちゃんとあなたが受け入れ、そして、その連鎖を、あなたが断ち切る覚悟をし実践し、新しい世界を構築していくかは、あなた次第です。

人生の舵取りは、自分自身なのです。人に影響されない自分を創っていきましょう。

人生を通じて感じることは


人生って、いろんな体験の場なのでしょうね!そして、人生の真実に気ついていく修練の場でもあるようです。

私たちの人生に与えられた「レッスン」とは、いろんな現象を通じて、人や自分を愛すること。
そして、何が起ころうと自分の人生の流れを信頼し対処していくことなのだと私は思います。

愛とは信頼の行為です」愛する=信頼すること。

子供を育てる親ならば、子供を心の底から信じることが、その子を愛することになります。

どこかでその子を心配しているのなら、それは、その子を信頼していないことになり、それは本当に愛していることにはなりません。

心配している自分から、早く出て安心したいという、本当は自分を心配をしています。

子育ての本当の目的は親が子を「信頼する」ことを学ぶ修練の場であり、自己成長させてくれる場でもありますね。

人を信頼する力が弱いのは、自分の人生が信頼することができていないからです。

自分自身の人生を信じる力を持つことです。自信を持つためにはまず、出来事を良いこと、悪い事という自分目線できめつけないことです。
出来事が、どう転ぶかは、その時点では決められません。

また、こんな記事を見ました。柔道では、一番最初に、失敗を覚えるのだそうです。

それは負ける練習であり、人前で恥をかく練習でもあります。
それによって心を開き、無駄な力を抜き、「受け身」を体得していくとのことです。

「受け身」の極意とは、負けてもすぐに立ち直れることにあります。

人生の道場も一緒ですね!打たれ強い人は、そんなマインドセットが身についている人は最強です。

実は、その心の癖や五感の感覚は、9歳までの経験・体験で、その子が将来持ち続ける基礎が作られていくのです。

子供が思春期になって、慌てる親御さんがいますが、実は、9歳までの子育てがすごく重要なんですよ。

子供だけが原因だけじゃないんですね。子供が9歳までの間に、どんな環境を与えたかのかが重要になります。

人生の「受け身」を訓練し、何度でも起き上れる技を体得していきましょう。

私も親の介護に対しては、まだ知らない事が沢山あります。まだまだ未熟で腹が立つこともあります。
しかし、失敗&体験をしながらですが、出来る範囲で取り組んでいきたいと思います。
それが、自分が亡くなるときに幸せ感で逝けるのではないでしょうか?

今回は、私の自分史を参考までに書かせていただきました。
ちょっとでも、人生のヒントを掴んでいただけたらと思い、私の人生をさらけだしました。

また、私が、あなたの人生をブレイクスルーしていく協力者になれたら嬉しいです。

長文最後まで読んでいただきありがとうございました。

悩んで心が迷路の時は、1人で考えて悩まないで、問題から脱出する協力者を見つけてくださいね。

人に頼ることは、弱さではありません。助けてと言える人は、自分を受け入れることができ、人に応援されて人生を大きく開花していく最強な方なのです。


(出雲大社の大国主命も、ヘルプしていますね)

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