2010-03-25 10:53:14

生と死を越えて・・・ 二つの人生の出会い

テーマ:ブログ

teruchanのブログ
Meilani Kelly (Funato)
1988年9月29日生
好きな色 : 白、 ブルー、 ふじ色

12才の時、宣教師ボランティア活動に参加するため、
       3ヶ月インドへ
13才の時、メキシコでの「恵まれない子供のセンター」設立に
       貢献、3ヶ月間ボラン ティアとして働く
16才の時、ハリケーンカトリーナ、リタ、救済活動に参加
19才の時、交通事故のため永眠



「ママ、私 誰かの役に立ちたい・・・何か特別な形でね。」
それが、娘の私への最後の言葉になってしまいました。去年の夏、アメリカのテキサス州にてジョギング中、娘は車にはねられ、19歳という短い人生に終止符を打ったのです。
これは、苦悶と悲痛の中からつかんだ心の癒し、そして、神が悲劇を大きな勝利へと変えて下さった奇跡のストーリーです。そう、ゆるすことを通して・・・。

生と死は人間の力をはるかに超えたものであることはわかっていましたが、死がこれほども近く、突然やって来ようとは、思いもよりませんでした。この世に使命を受けて生まれた一人一人の人生は、何ものにも代えがたく、その経験が織りなす人生模様は まさに「小説よりも奇なり」であるとつくづく思います。娘メイの人生もそうでした。
8人兄弟の3番目に生まれたメイは、小さい頃から弟や妹たちの面倒見が良く、よく一緒に遊んだり、勉強をみたりしてくれました。まるで「小さなお母さん」のように一人一人に愛情をかけてくれて、遠く離れてからでさえ、皆元気にしているかどうかと電話をくれたものです。
幼い頃から聖書に親しんできた彼女は、成長するにつれ、ますます神様への愛や信仰が育まれていったようでした。彼女が経験した悩みや挫折や悲しみも、他の人の苦しみを理解できるようになる踏み台となっていったように思います。
天国に召される6ヶ月ほど前から、メイはアメリカで、ある会社の秘書として働いていました。メイの悲報を聞き、夫はすぐにアメリカへと飛びましたが、娘が勤めていた会社の社長さんとお会いして、メイがどれほど周りの人たちに影響を与えていたかを改めて知ったのでした。メイの愛と思いやり、朗らかさ、そして謙虚さは、社長さんをはじめ、多くの人の心に触れ、会社全体が明るい雰囲気になったと話してくれました。メイの死を聞かされた時、社員全員がメイの死を嘆き、その月を「メイに捧げる月」として、彼女を偲んだそうです。
メイはまた、ある病院に設けられた「性的虐待を受けた子どもたち」のセンターにボランティアとして通っていました。心の傷ついた子どもたちに耳を傾け、彼らの心を慰めるために、毎日時間を取っていたのです。メイの与えた愛は、子どもたちの心の中で生き続けることでしょう。
今思うと、娘は自分の死が近いことに何となく感づいていたのではないかと思われます。最後の電話でのやりとりにも、それが伺えます。
多分メイは神様に祈ったのでしょう。自分の死さえもが誰かの役に立つようにと。メイはそんな子でした。そして神様は、そんなメイの願いをすばらしい方法でかなえてくれました。私たちには全く想像もつかなかった方法で。

夫はアメリカにいる間に、事故を起こしたドライバーについてたずねましたが、その人が未成年であったことから、高校を卒業したばかりの女の子だということ以外は何も教えてもらえませんでした。
でも帰国後も、そのドライバーのことが頭から離れず、思い切ってもう一度テキサス州サンアントニオ市の警察に電話をかけてみることにしました。すると驚くことに、いとも簡単にそのドライバーの情報を入手することができたのです。

私の心の中には、いろいろな感情が渦巻いていました。憤りや怒りが、深い悲しみと共に押し寄せてきて、私はその大波の中で、もがき苦しんでいたのです。 もがけばもがくほど自分が深みにはまっていくのがわかりました。 私は必死の思いで神様に助けを求めました。どうかこの苦しみから救ってほしと。。その時、メイと加害者の女の子の姿が重なったのです。もしこれが逆の立場だったら? もし私が彼女の立場だったら? そう、どんなにゆるしてもらいたいと望むことだろうか?

次の瞬間、聖書の中のある場面が頭をよぎりました。 それは罪を犯した女に石を投げつけて殺そうと、人々が集まっていた場面です。 イエスは群集に向かってこう言われました。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい。」 これを聞くと群集はひとりひとり出て行き、誰も石を投げつける者はいませんでした。 そしてイエスはこの女にこう言われました。「私もあなたを罰しない。帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように。」
私も石を投げつけることはできませんでした。どうして投げつけることができるでしょうか? 私だって間違いだらけの人間です。ゆるしが必要なのです。

私は決断しました。ゆるすことを。主人も同じ気持ちでした。そこで私たちはさっそく Jに手紙を書きました。 私たちが彼女をゆるしていること、そして、彼女に娘の分まですばらしい人生を送ってほしいことなどを伝えたのです。
しばらくして彼女から返事をもらった時には、そこに素晴らしい神の計画があったことを見ることができ、胸が熱くなりました。

ドライバーのJさんからの手紙の抜粋
「事故のことを心からお詫びします。悔やんでも悔やみきれません。でもこれだけは知ってほしいのです。私はメイさんのことは全く知りませんが、彼女のことを思って嘆き悲しみました。(中略)
あなたからの手紙を読んだ時、私がどれほど感謝したか、言葉では言い表せません。手紙を書かなくてはと悩み続けていましたが、どう書き出したらいいのか言葉も見つからず、その勇気もありませんでした。あなたからの手紙は私と家族にとって大きな祝福でした。あなたと家族の人たちが神様を信じているということを知って、私がどれほど嬉しかったことか想像もつかないでしょう。私は何度も何度もご家族のために祈りました。神様が平安を与えて下さるようにと。メイさんはクリスチャンだったんですね。それを聞いて心から感謝しました。
正直言って、私はまだ大丈夫ではありません。元の生活に戻ったとも言えないし、またそうありたくもないです。メイさんのことは一生私の心から消えることはありません。この事故の後、自分が別の人間に生まれ変わったと、今はっきり言うことができます。どうしてこんな事が起こらなければならなかったのかと思うと、時々神様に怒りを覚えます。とても耐え難いのです。でもこれだけは知って下さい。メイさんの死は決して無駄ではなかったということを。今私は一日一日を大切に生きています。そして神様が人生にもたらす一つ一つの出来事、それが良いことであれ、悪いことであれ、その全てを心から感謝できるのです。メイさんは心の中で私のすぐ傍にいてくれます。これからは自分の人生を、メイさんに捧げるために使いたいと思います。(中略)
もし差し支えなければ、メイさんとご家族のことを話してもらえませんか? 私も自分のことを知ってもらいたいと思います。そうするなら、メイさんが私の人生にいかに強烈な影響を与えたかが、もっとはっきりわかるでしょう。(中略)
私は人生観が全く変わり、少し成長できたように思います。これから出会う人たちの祝福になれたらと願っています。ご家族の皆さんのために祈っています。お手紙、本当に本当にありがとうございました。そしてもう一度 心からお詫びしたいと思います。本当にごめんなさい・・・。」(終わり)

私が更に手紙で、メイが宣教師の家族の中で育ったことや、誰かの役に立ちたいと願っていたことを説明すると、再びJさんから返事がきました。
(手紙の抜粋)
「メイさんがどれほど私の気持ちを高めてくれる存在か言葉では言い表せません。私もこの体験を通して、他の人の助けになれればと思います。できることなら、こんな体験はしたくはありませんでしたが、でも決してメイさんの死を無駄にはしません。
私の歌を通して、メイさんの人生や彼女の神様への愛を人々に知ってほしいです。だからこの事が起きたのかもしれません。私とメイさんが一緒になって他の人たちの祝福となり、皆が神様のことを知る助けとなれるように。(中略)
メイさんの思い出を話してくれて、ありがとうございました。彼女の人生は充実していたとわかります。生きることを軽んじてはいけないことを、メイさんは教えてくれました。また、神様を信頼することを教えてくれました。納得がいかない時でも、神様を信頼し信仰を持つことを。(中略)時に怒って神様に背をむけたいと思う時があっても、そんなことはできません。メイさんに失礼にあたるからです。メイさんは神様のために人生を捧げました。だから、これからは私も神様に人生を捧げます。」

また、Jさんのお母さんからもこんな手紙を受け取りました。
(手紙の抜粋)
「あなたからの手紙がどれほど深くJの心に、そして私たち全員の心に感銘を与えたか想像もつかないと思います。あなたたち家族のことを思うと悲しみで胸がいっぱいになります。J は何日も悪夢にうなされ、心が張り裂けんばかりに嘆き悲しみ、涙を流しました。メイさんが生きられなかった人生を嘆き悲しみ、そして自分が生きていることに罪悪感を感じていたのです。メイさんは充実した人生を送ったのだろうか、兄弟姉妹はいるのだろうか、恋をしたことがあったのだろうか、と考えることもありました。
彼女はずっと心からのお詫びを言いたいと考えていました。あなたからの手紙は彼女に言葉では表せないほどの平安と慰めを与えてくれました。メイさんがクリスチャンで、今天国で神様と共にいるということを知るのは何という慰めでしょうか。
事故直後のことですが、ある女性がそこにいた人々を集めて、倒れているメイさんを囲み、メイさんのために祈りました。またその女性は、娘のJのためにも祈りました。とても力強い祈りだったので、私は魂が揺さぶられる思いでした。まるで、神様が神の子供たちに天使を送って下さったかのようでした。
そちらの方からJに連絡を取って下さって本当にありがとうございました。母親として、心の底から感謝します。Jは幼い頃から歌の才能があり、一日も歌を口ずさまない日はありませんでした。大きくなって、プロのシンガーになることも考えるようになり、才能も認められていましたが、メイさんと「出会った」時、私たちの「歌姫」は歌うことを止めてしまいました。どうしても歌うことができず、歌う喜びも見つけられなくなってしまったのです。もう完全に歌を捨ててしまったと思えるほどでした。
でもある夜 Jが私たちの部屋に来て、歌を止めないと話してくれたのです。そしてこれからは自分の歌をメイさんに捧げると。今、彼女の歌には、以前になかった深みがあります。
あなたからの手紙をメールで親戚全員に送りました。皆心から感謝しています。Jへの手紙を通して神様の愛を示して下さり、心から感謝いたします。神様があなたがた家族を祝福し慰めを与えて下さいますように。」(終わり)


私は、深い悲しみというのがどんなものかを知りました。愛する子供を亡くす悲しみがいかに深いものであるかを。でもまた、ゆるすことによって得られる慰め、平安、そして心の癒しがどんなものであるのかも知っています。
ゆるしは相手を地獄の底から引っ張り上げ、罪悪感から解放し、その人に新しい人生を与えるだけではなく、それ以上に、ゆるす側にとって大きな救いとなることがよくわかります。 ゆるしても過去を変えることはできませんが、でも将来を変えることができるのです。
もちろん、ゆるしたからといって、すぐ傷が癒されるわけではありません。深い傷が癒されるには時間がかかるように、心の傷も時間がかかります。 私は今でも悲しみに押しつぶされそうになることが何度もあります。そして子供たちもまだこの深い悲しみから立ち直ってはいません。でも「ゆるし」という魔法の薬を塗ることによって、傷跡は残りますが、化膿することもなくしだいに傷は癒えていくと信じ、そう祈っています。

娘は私たちのもとを離れ、天国へと旅立ちました。まったく消えていなくなってしまったのではなく、天国という別の世界に移っただけなのです。メイは天の世界から私にこう語ってくれました。天国はすばらしいところで、彼女はとても幸せだということ。そしてこの事故は偶然ではなく、また冷酷な運命のいたずらでもなく、すべて神様が計画されたことで、そこには美しく驚くべきパズルが隠されていること。これは今は見えず、理解できないけれども、それがわかる日がいつかは来ることなど。そしてなによりも、メイが本当にすぐそばで私たちを助け、見守ってくれていることを。-----これは私の心の中で大きな支えになってきました。そしていつか天国で彼女と再会した時に、ママ頑張ったよと言えるよう、これからの自分の人生をしっかり生きなくてはと思うのです。

「すべてのことは万事働いて益となる」という聖書の言葉は、私の大好きな言葉です。一見悪い事のように思われることの中にさえ、必ず神様の計画があると信じ、そこから生まれる良いことを探すなら、つらい経験や苦難でさえも、美しく貴重なものとなります。なぜなら私たちは、そこから学び、それを通して他の人を助けることができるようになるからです。

娘が亡くなった時も、この聖書の約束にしがみつきました。悲しみのどん底に突き落とされた時、その暗闇の中で、この「神の命綱」にしっかりとしがみついてきたのです。そこからどんな益が生まれるのか全く理解することはできませんでしたが。でも神はすべてのことを愛の内にして下さいます。だから必ず何か良いことが生まれると信じています。 

多分その「よい事」のひとつは、メイが残してくれた贈り物かもしれません。この事故以来、私たちとJさんの家族の間に友情が芽生え、こんなことを言うととてもおかしく聞こえますが、まるで長年の友人であるかのような「絆」を感じるのです。本当に不思議です。多分それは私たちが、立場は違うにせよ、同じ苦しみを味わったからかもしれません。

夜、庭に出て目を閉じると、メイが一緒にいてくれるのが感じられ、耳もとでこうささやくのが聞こえます。「ママ、心配しないで。すべてはうまくいくから。」 そう、私にはメイという天使がついているのです。そしてメイは私と天国を結ぶリンクになってくれています。

メイが皆の心に蒔いた種は、いつか芽を出し、そこから良い実が結ばれることでしょう。私たち家族の人生に、そしてJと家族の人生にも、またメイを愛した多くの人々の人生にも・・・。なぜなら全てを知っておられ、皆を愛し気づかってくださる神が、一人一人の人生に力強く働かれているからです。


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流れている曲について
長野県諏訪市の「ベルファイン」の社長、橋場実さんがメイのために歌を2曲作って下さいました。
幼い頃から、メイのことを温かく見守ってきてくださった橋場さんは、私たち家族のかけがえのない人です。

 流れていた曲は 「mei」 です。
 「Massage そっとここに来て」 も視聴することができます。


このブログは、アクティベートマガジンに紹介されています。
ホームページ : www.activate.jp



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