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2008年に読んだ書籍(一般/人文系)

 前回前々回と、昨年(2008年)に読んだ書籍をふりかえってきたが、最後に一般/人文系の書籍をふりかえる。

『A Voice from Elsewhere』(Maurice Blanchot 著)


 モーリス・ブランショというフランスの作家の本。私が最も心酔している作家なのだが、邦訳されておらず洋書でないと読めない作品がまだかなりある。本書もその1つ。私はフランス語は全然ダメなので、こうやって英訳本を探すしかない。内容は非常に難解。
 本書は、昨年2月に元フランス領だったある国に旅行に行った時に読もうと持っていったものだが、旅行中はろくに本を読めないことだけが分かった。

『Audacity of Hope』(Barack Obama 著)


 まだオバマとヒラリーのどちらが民主党で勝ち残るかも分かっていなかった、昨年3月頃に購入。その後ずっと読まずにいて、オバマとマケインが接戦を繰り広げる9月になって、もしかしたらマケインが勝って、まったく賞味期限切れの本になってしまうかも、という焦りからようやく読み始めた。結局、読み終わったのは大統領選挙の直前。結果的にはこの本は賞味期限切れにならず(少なくともあと4年は有効)、絶妙のタイミングで読むことができた。
 日本の政治家が書く薄っぺらい本とは大違いで、インテリな人が書いたことがよく分かる、非常にレベルが高く奥深い内容だ。いまオバマの支持率はすごいが、いったいどれだけの人がオバマの発言や著作を本当に理解しているのだろうか、という疑問が湧く。1月20日の大統領就任演説もお祭り騒ぎだったが、ちゃんと内容を聞き取っていたアメリカ国民はどれだけいるのだろうか?

『サンクチュアリ』(William Faulkner 著)


 フォークナーを読みたくなったので購入。しかし、やはり翻訳だと文学にとって一番大事な、作家の血肉みたいなものが消え去ってしまう。とくにフォークナーみたいな文学では。中上健次の小説を読んだ後に残る濃密さが、訳本からだと味わえない。三島由紀夫の小説が、英訳されると魂を失うのと同じだ。大変だが、次からは英米文学はなるべく原書を当たるようにしたい。

『Gravity's Rainbow』(Thomas Pynchon 著)


 という訳ではないのだが、今度は英米文学を原書で読もうとして失敗した例。技術書を洋書でなんとか読める程度の英語力では、ピンチョンを原文で読むのは難しいようだ。他にも手元にジョイスの『Ulysses(ユリシーズ)』があったりするのだが、たぶんこの2冊は一生かけて読み終えられるかどうか、といったところだろう。

『二十世紀』(橋本治 著)


 日本では55年体制崩壊の帰結として二大政党制が確立され、民主党への政権交代が目前にせまる。一方、世界では29年以来の世界恐慌が起こりつつあり、50年代のキング牧師から始まる公民権運動の帰結として黒人大統領が誕生。また、北朝鮮、キューバと社会主義国家の指導者が体調不良が噂され、体制の変化が起こりそうでもある。チェ・ゲバラの映画が昨年カンヌのパルムドールにノミネートされ、最近はゲバラの回顧が始まっている。
 他にも挙げればきりがないが、20世紀に根をもつ現象がいま一気に起こっている。その割に、20世紀に何が起こっていたのかを実はよく分かっていない。政治的に非常にナイーブな時期でもあるので、義務教育の範囲で教えるのが難しい面もあるのだろう。
 本書は1900年から2000年までの出来事を、それぞれ1年を4ページで書いたもの。私は、あえて一番最後の2000年から逆順に読んでみた。ある出来事があって、その根本原因にどんな過去の出来事があったのかを、次第に読んでいく読み方で、これがなかなか面白い。

『これで、おしまい』(Marguerite Duras 著)


 昨年やった『ThoughtWorksアンソロジー』の翻訳が終わって、自分が人生の最後に関わる書籍はなんだろうか、などと感傷的になっていたときに読みたくなったもの。本書は、フランスの作家マルグリット・デュラスが死ぬ直前に残した最後の作品。
 ハイデガー流にいえば、人間は自分の死そのものを経験することは本質的にできないのだが、作家が自分の経験の外へと向かいつつあることを悟り、自身の最後の作品となることを意識しながら生み出されていく言葉には、鬼気迫るものがある。過ぎ去った者からいま存在する者への、これ以上ない貴重な贈り物だ。
 自分が最後に書く書籍/ソフトウェアはなんだろうか?

『アミナダブ』(Maurice Blanchot 著)

 ブランショの訳本は出てもすぐに絶版になってしまうので、ブランショ愛好家なら本が出版されたらすぐに買っておかないと後悔することになる。本書も昨年11月に出版されたばかりなのに、もうAmazonでは新品の取り扱いがなくなっている。

『日本という方法 ― おもかげ・うつろいの文化』(松岡正剛 著)


 日本は明治以降、思想や方法を西洋から完全に借りて今まで来ている。そのことがいびつな舶来信仰や自国の文化を卑下する感覚に繋がっているように思える。しかし、過去を振り返れば、日本にも世阿弥や本居宣長のようにオリジナルなものを生み出す力はあった。
 現代にも通用する思想なり方法論なりを、日本人としての地つづきの歴史の中から見いだすことはできないか、という問題意識をずっと持っているのだが、本書はそれに対して非常によいヒントを与えてくれる。


2008年の書籍ふりかえりは、これで終了。


2008年に読んだ書籍(ビジネス系)

 前回に続き、今度は昨年(2008年)に読んだビジネス/実用書をふりかえる。

『現代日本経済論 ―「バブル経済」の発生と崩壊』(奥村洋彦 著)


 まだベア・スターンズも破綻していなかった、昨年1月に購入。ここ20年近くも「バブル後」を生きてきたのに、私はまだ日本の80年代のバブルがなんだったのかがよく分かっていない。これから世界全体が90年代の日本と同じ道を辿ることになるので、失われた10年で日本に何が起こっていたのかを理解することは重要だと思う。
 本書は経済の専門書なので、素養のない私にはちょっと難しかった・・・

『バランス・スコアカードの知識』(吉川武男 著)


 SOAのシステム構築プロジェクトでは、当然ながらそれに先だって全社的な経営戦略が立てられており、その中でシステム化によって解決すべき部分がSOAプロジェクトのインプットとなる。その経営戦略を立てる手法の1つとして最近よく話題にされるのが、バランス・スコアカード(BSC)。
 ところで、BSCを実際に使っている企業はどれくらいあるのだろうか。戦略系のコンサルティング会社は、BSCの導入とかをやっているのだろうか。

『MBAクリティカル・シンキング』(グロービス・マネジメント・インスティチュート 著)


 ITコンサルタントもITのことだけをやっていてはダメだな、と思い購入。クリティカル・シンキングは社会人として必須のものだと思うが、同時にここからは独創性は生まれないな、とも思う。きちんと身につけておくと同時に、ロジカルの罠に陥らないように気をつける必要もある。

『ファシリテーション入門』(堀公俊 著)


 私はどちらかというと、組織やチームよりは設計や技術といったプロダクトの方に興味があるので、あまりファシリテーションにも関心がない。しかしそうも言っていられないので、慌てて読むことにしたのがこの本。

『マッキンゼー流 図解の技術』(Gene Zelazny 著)


 先ほどの『MBAクリティカル・シンキング』と同じ動機から、いわゆる戦略系コンサルタントの必読本らしいこの本を読む。こうした戦略系コンサルタントが拠り所とする思考ツールは、非常にシンプルだったりする。あとは、とにかくどれだけ頭を使うか、ということが重要なのだ。単純な職種だと思う。

『ビーイング・デジタル - ビットの時代』(Nicholas Negroponte 著)


 私の好きなビジネス書『デジタル・ビジネスデザイン戦略』(Adrian Slywotzky 著)の中で、「アトム」と「ビット」という考え方の原典として挙げられていたので読むことにした。本書はビジネス書というよりはITエッセイのノリで、いま読むと当たり前のことしか書かれていないと感じてしまうが、インターネット黎明期の95年に書かれたからすごいのだろう。
 しかし、ビジネスのコンテキストで「アトム」と「ビット」という考え方を知るには、『デジタル・ビジネスデザイン戦略』の方を読んだ方がいい。

『すべての経済はバブルに通じる』(小幡績 著)


 2008年8月に出版された本で、私はリーマン・ブラザーズ破綻後の10月に読んだ。私は資本主義というシステムの仕組みがいまだによく分からないでいるのだが、本書は証券化とは何か、バブルとは何か、資本主義とは何か、という話題を非常に明快に説明してくれている。投資銀行のビジネスモデルが何なのか、ベンチャー企業の経営者がなぜあれほどの上場益を享受できるのか、がよく理解できる。
 ビジネス系では、今年一番面白かった本かもしれない。


最後に、一般/人文系の書籍をふりかえりたい


2008年に読んだ書籍(技術系)

 昨年(2008年)に読んだ書籍をふりかえってみたい。まずは技術書から。

『xUnit Test Patterns』(Gerard Meszaros 著)


 本書についてはこのブログでも何度か言及してきたが、きちんと中身を読んだのは実は昨年になってからだった・・・ しかも、800ページを超えているので、「物語(Narratives)」のパートまでしか読めていない。本書を完全に読破した人は、果たして日本に何人いるのだろうか?
 しかし、昨年関わったプロジェクトは素晴らしいことにしっかりと単体テストを書くプロジェクトだったので、本書は非常に役立った。日頃単体テストをしっかりと書いている開発者にとっては、自分のノウハウが世界のデファクトスタンダードに沿っているかどうかを確認するのにとてもいい本だ。TDDerにとってのバイブル。
 ただし、説明が冗長な部分も多く、たかが単体テストでちょっと書きすぎだろうという気がしないでもない。

『Object-Oriented Methods: A Foundation』(James Martin、James Odell 著)


 Martin Fowlerの「ドメインモデル」パターンに関する議論をすると、必ず「真のオブジェクト指向とは何か」「オブジェクト指向パラダイムとは何か」という議論が起こる。従業員オブジェクトに「給与を支払う」メソッドがあっていいのか、というような議論もその1つだ。
 本書の著者の1人OdellがFowlerを執筆の世界に引き込んだことからも分かるように、FowlerとOdellとの親交は深く、Fowlerが念頭に置いている「オブジェクト指向」というのもこのMartin-Odellのオブジェクト指向なのだ。つまり、「ドメインモデル」パターンを真に理解するなら欠かせないのが、この1冊。
 「オブジェクト指向は現実の精緻なシミュレーションをするためでなく、あくまで役に立つシステムをモデル化するためのもの」。だから、現実世界の給与支給の現象をリアルにシミュレートする訳ではないのだから、従業員オブジェクトに「給与を支払う」メソッドがあってもいいのだ。むしろここで大事なのは、高凝集・低結合という設計判断の方なのだ。

『システム基盤の構築ノウハウ』(谷口俊一、石川辰雄、沢井良二、鈴木広司 著)


 「システム基盤」や「システム共通」といったチームで仕事をするエンジニアの必読本と、会社の先輩に勧められたので読んだ本。日本の大手SIerのエンジニアによって書かれたもので、日本のSIの「ステータス・クオ(status quo)」がよくまとまっている。
 ただ、良くも悪くも日本人が書いた書籍であって、書きぶりが淡泊なのと、「これは~である、あれは~すべきである」と淡々と知識やノウハウを語るだけで、その背後やさらに先へ突き抜けていこうとするドライブ感は本書にはない。

『JP1によるジョブ管理の実践ノウハウ』(伊藤忠テクノソリューションズ 著)


 昨年のプロジェクトで必要に駆られて購入。JP1もそうだが、運用技術者のノウハウは口伝によって継承されているようなところがあって、アプリケーション開発者が学ぼうにもなかなかいい書籍が見つからないことが多い。こうした運用系の技術書が出てくることは、非常にいいことだと思う。

『BEA WebLogic Server 9.x/10 構築・運用ガイド』(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社、日本BEAシステムズ株式会社 著)


 これも昨年のプロジェクトで必要に駆られて購入。昨年のプロジェクトはSeasar2を使ったJavaアプリケーションで、WebLogic+Oracleという構成だった。ここ数年はSeasar2のプロジェクトばかりなので、そろそろ別のフレームワークをやりたいところ。

『C#エッセンシャルズ 第2版』(Ben Albahari、Brad Merrill、Peter Drayton 著)
 


 プログラミングについて言語相対的なことを考えたり書いたりするときに、1つの言語だけでなく様々な言語の構文を正しく知っておくことは重要だ。この本は、C#についてのリファレンスが手元に欲しくなったので購入したもの。2002年出版なので内容が少し古いが、コンパクトにまとまっているものはこれしか見つからなかった。

『体系的ソフトウェアテスト入門』(Rick Craig、Stefan Jaskiel 著)


 単体テストだけでなく、開発プロジェクトの全工程にわたるテストを体系的に理解するのに非常によい本。テスト計画に始まり、単体テスト、統合テスト、システムテスト、受入テストまでの全プロセスをどう実施すればよいかを、きちんと把握できる。

『SOA大全』(Dirk Krafzig、Karl Banke、Dirk Slama 著)


 SOAについてあれこれ考えたりしていながら、決定版的なこの本をまだ読んでいなかった。SOAのキー概念が体系的にまとめられているのだが、実践的な雰囲気に乏しく、現場への適用に大きなギャップを感じるところはまさにSOAそのものといったところだ。最後まで読み進めることができなかった・・・

『Googleを支える技術』(西田圭介 著)


 エンタープライズのアプリケーション開発技術は、もうそろそろ飽和しつつあると思う。と同時に、そろそろ大きなパラダイムシフトが、エンタープライズ開発の現場にも再び起きるのではないか。次のパラダイムシフトとして私が予想しているのは、Googleなどのドットコム企業で扱われている超大規模な分散技術が、エンタープライズの世界に侵入してくることだ。GFSやBigtable、MapReduce、Hadoopといった技術は、JavaEEや.NETといった現在のエンタープライズ技術とはまったく違う世界になる。
 本書は、Googleがもつまったく異なるパラダイムの技術の入門書として非常にすぐれた良書だ。

『Mule2 - A Developer's Guide』(Peter Delia、Antoine Borg、Ricston Ltd. 著)


 Mule2は、ApacheのServiceMixを抑えてオープンソースESB(SOA基盤)のデファクトなのだが、SOA自体がなかなか実践されないこともあって日本での知名度はまだまだ低い。昨年あたりから、Muleや他のオープンソースESBに関する書籍が(まだ洋書だが)少しずつ出てきているので、2009年は、ESBというこの見慣れない技術がもう少し現場で普及することを期待したい。

『上流工程UMLモデリング』(浅海智晴 著)
 


 ソフトウェア開発の仕事というのは要件定義をして、設計書を書いて、それをプログラムに変換して、と非常に効率が悪い。できる限りこの流れを自動化したい、とくに要件定義を厳密に書けばそれがそのままプログラムとして動くようにならないか、というのは心ある開発現場のエンジニアなら誰もが問題意識をもって試行錯誤しているのだが、なかなか実現には至らない。
 そうした現場の開発者が思い描く理想のあるべき開発スタイルを、本書著者の浅海さんSimpleModelerというDSLツールを開発して実現しようとしている。非常に有望な、業界が進むべき正しい試みだと思う。
 本書は、SimpleModelerのベースとなるOO方法論SimpleModelingを解説したものだ。OO開発方法論の全貌を非常にていねいに解説した書籍でもあるので、一通り身につけたOO開発方法論をおさらいするのにも適している。ある程度分かっている人が読んで唸らされる本なので、逆に初学者には向かないだろう。


次は、ビジネス系の書籍をふりかえりたい。


[お知らせ] 『ThoughtWorksアンソロジー』翻訳

 この半年近く翻訳をしていた書籍『ThoughtWorksアンソロジー』が、ついに出版されることになりました。今回は、「オブジェクトの広場」編集部の仲間との共訳です。私は、冒頭の「まえがき」と、ThoughtWorks創業者のRoyが書いた第1章の翻訳を担当しました。

ThoughtWorks Inc., ThoughtWorksアンソロジー ―アジャイルとオブジェクト指向によるソフトウェアイノベーション

 ThoughtWorksは、マーチン・ファウラーがチーフサイエンティストを務めていることでも有名な、アジャイル、オブジェクト指向、Railsのリーディング・カンパニーです。本書は、ファウラーを含むThoughtWorkerたちが、それぞれ1章ずつ開発現場からの最先端の話題を寄稿したエッセイ集です。ファウラーは、2章でRubyによるDSL構築テクニックについての、現在進行形の知見を披露しています。

 本書の詳しい紹介はまた改めてしたいと思いますが、まずはお知らせまで。


A bad driver

 運転の下手なドライバーについて。

"You said a bad driver was only safe until she met another bad driver? Well, I met another bad driver, didn't I? ..."

「あなたは言ったでしょ、下手なドライバーが安全に運転できるのは、別の下手なドライバーに会うまでだって。そう、私は下手なドライバーに会っちゃったのよ、そうでしょ? ・・・」

—F. Scott Fitzgerald, The Great Gatzby