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2009-09-17

フランスの哲学者

テーマ:抜書帳
 フランス哲学者の思考方法は、やはりイギリス・アメリカのプラグマティックな思考方法とは異なる。

ここで注意すべきことは2つ、(a) 演繹的理由づけでつなぐポイントは4つまでとする、および、(b) 「それゆえに」ポイントは2つまでとする。実際には、この両方はやろうと思えばやれることで、フランスの哲学者が得意とするところでしょうが、これをやってしまうとグループ化があまりにも重くなりすぎ、うまく要約できなくなってしまいます。

—バーバラ・ミント, 考える技術・書く技術



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2009-07-13

ビジネス書としての『風姿花伝』

テーマ:その他
 『風姿花伝』は能楽を集大成した世阿弥が15世紀初めに書いた能楽書で、私の学生時代の愛読書の1つだった。最近思うところがあり、また読み返している。

 世阿弥, 現代語訳 風姿花伝

 中でも好きなのが第1章「年来稽古条々」で、能楽者の幼少から引退するまでの各年齢における修行の心得が説かれている部分なのだが、現代の能楽者でない我々にとっても大いに示唆を与えてくれる内容になっている。それもそのはず、『風姿花伝』は能という「ビジネス」で超一流の観世座を、何百年もの間支え続けた一子相伝の秘伝であるから、最近の次から次へ出版されるビジネス書よりもよっぽど時の試練を超えてきた、確かな内容の啓蒙書と言えるのだ。

 そんな優れたビジネス書である『風姿花伝』の内容があまり知られないのも悲しいので、ここで「年来稽古条々」を紹介したい。自分の人生に当てはめやすいよう、能楽者としてではなく、一般的な人生訓の形に書き換えてみた。(年齢については、当時と今との寿命の違いから少し違和感があるので、一部勝手に補正した。)

7歳
  • 人生の勉学、修練は7歳くらいから始まる。
  • 誰が教えるでもなく自然とやり始めることが、その子の才能、得意分野になる。好きなことを、のびのびとやらせるのがいい。
  • この頃に「これは良い、あれは悪い」などと細かく教えてはいけない。あまりに口うるさいと、子供はやる気をなくして、折角の才能の芽も摘んでしまう。
  • この頃には基本だけを教え、細かいテクニックを教えてはいけない。また、この時期にいきなり人生の大舞台に立たせてもいけない。

12-3歳~
  • この頃には人生の素地が出来てくるので、少しずつ具体的なことを教えていくといい。
  • しかし、まだ大人と同じことをやらせてはいけない。そんなことをすると、かえって大人になって伸び悩むことになる。ただし、本当に才能があって上達が早い者は別で、その場合は好きなようにやらせていい。
  • 忘れていけないのは、この時点で何か達成したとしても、それは子供だからという贔屓目からの一時的なものであり、人生における不朽の達成ではない。だから、その勉学、修練もまだまだ簡単なレベルに過ぎない。
  • この頃の勉学、修練は、型をきちんと守って、一生懸命にやること。

20歳 (原文:17-8歳~)
  • 子供から大人への変わり目で心身の変化も激しく、人生の重要な時期になる。あまり無理な勉学、修練をしてはいけない。
  • この頃から大人と同じ条件に立つことになり、子供の頃にちやほやされていたことが通用しなくなる。ここで挫折してしまうことが多い。
  • ここが人生の分かれ道になる。たとえ日の目を見るには程遠くても、自分が生涯賭けてやりたいと決めた道を諦めずに、ひたすら勉学、修練に励む以外にない。ここで諦めたら、その道は終わりである。

30歳 (原文:24-5歳)
  • この頃が、一生のうちに自分が達成する仕事のレベルが確定する最初の時期になる。そのため、勉学、修練にとっても画期的な時期になる。
  • プロとしての実力が身につき始め、若いエネルギーから一流の仕事ができることもある。「有望な新人が登場した」と世間から注目を集めることもある。
  • 時として、往年のベテランを仕事で負かすこともある。しかし、これを真の実力と勘違いしてはいけない。たまたま運が良かっただけだと自覚し、先輩に教えを請い、さらに勉学、修練に励まなければいけない。
  • それを勘違いして、自分は一流になったなどと増長するのは非常に見苦しい。そんな者は、のちのち真の一流に達せないばかりか、本来の実力をもいずれ見失ってしまうだろう。
  • 「初心忘るべからず」に言う「初心」とは、この時期のこと。

40歳 (原文:34-5歳)
  • この頃が仕事上の全盛期になる。ここまで着実に実力をつけていれば、世間から一定の評価を得られ、ステータスも確立されるだろう。
  • この時期に世間の評価を得られないなら、真に一流の実力者にはなっていないと自覚すべきだ。もしこのとき真の実力を身につけていなければ、40以降に実力は落ちていく。つまり、ここで世間の評価を得られなければ、今後も得られることはない。
  • これまでの自分の手法を完全に我がものにするとともに、これから何をすべきかの見通しも立ってくるのが、この時期だ。

50歳 (原文:44-5歳)
  • この頃から、仕事のスタイルを変えていかなければいけない。たとえ一流の人間であっても、良き後進を育てておく必要がある。
  • 実力は落ちないとしても、体力は衰える。ハードワークな実務は後進に譲り、無理をせず年相応の仕事をすること。真に一流の実力者なら、それでも優れた仕事はできるだろう。
  • 世間から高い評価を得ているような一流の人間なら、自分自身をよく理解しているはずだから、そもそもそんな無理はしない。自分自身を知る、ということが肝要だ。

60歳 (原文:50歳~)
  • この頃になると、「やらない」以外に方法はない。一流でも、老いれば二流に劣ってしまう。
  • それでも、真の一流まで到達した人ならば、何らかの優れた仕事を残すことができるだろう。

 原文では、34-5歳で人生の一大仕事を成し遂げるとある。非常に厳しいアドバイスだ。しかし、能という芸術を完成させ、当時の為政者の寵愛を一身に受けた世阿弥のような偉業を達成するには、これくらいの水準が必要なのだろう。

 この「年来稽古条々」は、自分自身の人生設計に役立てるのもいいし、後進の指導や子育ての参考にするのもいいだろう。


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2009-06-14

[お知らせ] QCon Tokyo 2009 参加レポート

テーマ:お知らせ
 ずいぶん前の話になりますが、4/9-10に開催された「QCon Tokyo 2009」カンファレンスに参加してきました。そのレポートを、「オブジェクトの広場」6月号に寄稿しました。
 Martin Fowler氏、Rod Johnson氏、Gregor Hohpe氏など、著名スピーカーが目白押しのカンファレンスでしたが、やはり話題の中心は「クラウド」でした。クラウドの技術的な方法論は、すでにGoogle、Amazon、eBayといった先駆者たちによって確立されつつあるようです。

 エンタープライズ開発にとって注目すべき点は、「トランザクション」にあるようです。従来のエンタープライズ開発では、DB上のデータの整合性を保つことがほぼ無条件で求められていたため、DBトランザクションは当然でした。クラウド上では、そこをどこまで緩めていけるか、ということが挑戦になっており、そこにさまざまな新しい概念が流入しようとしています。

 詳しくは、上記の記事をご覧ください。


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2009-04-12

技術プレゼンのための10のTIPS

テーマ:その他
※ この記事は、Ross Mason氏(MuleSource CTO)の記事「Ten Tips for Technical Presentations」を本人の許可を得て翻訳したものです。
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 今日は、マルタ島で開催されたSunオープンソースデイのモーニングセッションに参加した。セッションの質には、たいへん失望した。こういったイベントには時間も金もかかっている訳で、質の悪いセッションを見せられるのは百害あって一利なしだ。今日はSunにとっても、得るものは何もなかったと思う。

 私が長年にわたって集めてきたTIPSを、紹介したいと思う。このTIPSのおかげで、これまで私の技術プレゼンを聴いてくれた人によりよい体験を提供してこれたと思っている。

  1. 自分が誰なのかと、これから何をプレゼンするのかを必ず紹介すること。今日は4つのプレゼンを見たが、1人しかこれをやっていなかった。聴き手は、誰がしゃべるのかと、もっと重要なのは、何の話をするのかを知りたいのだ。

  2. 聴き手に伝えたいたった1つのメッセージは何かを理解し、そのメッセージを裏付けるようなプレゼンをすること。聴き手から1時間も時間をもらうと、プレゼンになんでもかんでも詰めこんでしまうのは非常に簡単だ。しかし、その1時間は、ただ1つのメッセージを伝えることだけに使い、そのテーマをさまざまな側面から紹介するようにした方がよっぽどいい。

  3. プレゼンのゴールを明確に示し、最後に要点をまとめること。当たり前のようだが、プレゼンにはアジェンダ(目次)を入れるべきだ。アジェンダがあるとプレゼンが何の話題をカバーするのかが明確になり、聴き手がプレゼンに何を期待できるのかを知ることができる。プレゼンの内容は最後にはゴールに戻ってくるようにし、究極的には、聴き手が何か役に立つことを学べたという感覚を持って帰ってもらえるようにすべきだ。

  4. 資料は、割り当てられた時間内に終わるように調整して作ること。今日の2つのプレゼンが、スライドがたくさんありすぎることを謝りながら、駆け足でスライドを進めていった。これだと、セッションで何を言いたかったのかがよく分からなくなる。

  5. 聴き手を理解すること。ほとんどのプレゼンでは、私が思うに、聴き手はたいてい興味はあるが実際のユーザではない人たちだ。入門ユーザにプレゼンで情報を伝えるのには技が必要で、告白すると、私はまだまだその技をモノにできていない。しかし、私はそのことを自覚していて、他の人の意見を熱心に調べている。

  6. 常に資料では「なぜ」を伝えること。今日聴いたプレゼンはすべて、「何を」しか話さなかった。以下に挙げるような、聴き手の基本的な質問に答えようと努力すること。

    • なぜ1時間を費やしてまで、自分がそのプレゼンを聴くべきなのか?

    • なぜ自分がそのプロジェクト/アプローチ/パターンを用いるべきなのか?

    • なぜその手法が他のものより優れているのか?

    • なぜ自分の記憶にそのプレゼンが残るのか?


  7. 技術的なプレゼンでは、ほとんど間違いなくコードを見せたいと思うだろう。通常、コードとスライドを一緒に見せることは難しく、IDEの解像度はたいてい小さすぎる。どんなコードも10メートル先からでも読めるようにし、理解できるはずもないのに大量のコードを見せて、聴き手に情報爆撃を仕掛けないこと。

  8. 常にフィードバックを求めること。聴き手を拘束しているのだから、彼らを利用すること。Yes/Noの質問をいくつか投げて、聴き手の知識のレベルを理解する助けとすること。得られたフィードバックはすぐその場でも、また将来のプレゼンにも活用できる。

  9. 技術的な専門用語を減らすこと。1時間では2、3の概念を伝えることしかできない。専門用語はきちんと説明し、それを繰り返し使うこと。忘れていけないのは、プレゼンのゴールや全体のメッセージとつながりのある専門用語を使うべきだ、ということだ。

  10. 他人から学ぶこと。Parleys.comのようなリソースを利用して、他人のプレゼンをよく見ること。気に入ったプレゼンを記録しておいて、なぜ気に入ったのかを考えること。よいプレゼンをすることは1つのスキルであり、他のスキルと同様に、訓練と他人から学ぶことが必要なのだ。

 こちらのエントリ「効果的な製品デモのやり方」も参考に。


2009-01-25

2008年に読んだ書籍(一般/人文系)

テーマ:書籍
 前回前々回と、昨年(2008年)に読んだ書籍をふりかえってきたが、最後に一般/人文系の書籍をふりかえる。

『A Voice from Elsewhere』(Maurice Blanchot 著)


 モーリス・ブランショというフランスの作家の本。私が最も心酔している作家なのだが、邦訳されておらず洋書でないと読めない作品がまだかなりある。本書もその1つ。私はフランス語は全然ダメなので、こうやって英訳本を探すしかない。内容は非常に難解。
 本書は、昨年2月に元フランス領だったある国に旅行に行った時に読もうと持っていったものだが、旅行中はろくに本を読めないことだけが分かった。

『Audacity of Hope』(Barack Obama 著)


 まだオバマとヒラリーのどちらが民主党で勝ち残るかも分かっていなかった、昨年3月頃に購入。その後ずっと読まずにいて、オバマとマケインが接戦を繰り広げる9月になって、もしかしたらマケインが勝って、まったく賞味期限切れの本になってしまうかも、という焦りからようやく読み始めた。結局、読み終わったのは大統領選挙の直前。結果的にはこの本は賞味期限切れにならず(少なくともあと4年は有効)、絶妙のタイミングで読むことができた。
 日本の政治家が書く薄っぺらい本とは大違いで、インテリな人が書いたことがよく分かる、非常にレベルが高く奥深い内容だ。いまオバマの支持率はすごいが、いったいどれだけの人がオバマの発言や著作を本当に理解しているのだろうか、という疑問が湧く。1月20日の大統領就任演説もお祭り騒ぎだったが、ちゃんと内容を聞き取っていたアメリカ国民はどれだけいるのだろうか?

『サンクチュアリ』(William Faulkner 著)


 フォークナーを読みたくなったので購入。しかし、やはり翻訳だと文学にとって一番大事な、作家の血肉みたいなものが消え去ってしまう。とくにフォークナーみたいな文学では。中上健次の小説を読んだ後に残る濃密さが、訳本からだと味わえない。三島由紀夫の小説が、英訳されると魂を失うのと同じだ。大変だが、次からは英米文学はなるべく原書を当たるようにしたい。

『Gravity's Rainbow』(Thomas Pynchon 著)


 という訳ではないのだが、今度は英米文学を原書で読もうとして失敗した例。技術書を洋書でなんとか読める程度の英語力では、ピンチョンを原文で読むのは難しいようだ。他にも手元にジョイスの『Ulysses(ユリシーズ)』があったりするのだが、たぶんこの2冊は一生かけて読み終えられるかどうか、といったところだろう。

『二十世紀』(橋本治 著)


 日本では55年体制崩壊の帰結として二大政党制が確立され、民主党への政権交代が目前にせまる。一方、世界では29年以来の世界恐慌が起こりつつあり、50年代のキング牧師から始まる公民権運動の帰結として黒人大統領が誕生。また、北朝鮮、キューバと社会主義国家の指導者が体調不良が噂され、体制の変化が起こりそうでもある。チェ・ゲバラの映画が昨年カンヌのパルムドールにノミネートされ、最近はゲバラの回顧が始まっている。
 他にも挙げればきりがないが、20世紀に根をもつ現象がいま一気に起こっている。その割に、20世紀に何が起こっていたのかを実はよく分かっていない。政治的に非常にナイーブな時期でもあるので、義務教育の範囲で教えるのが難しい面もあるのだろう。
 本書は1900年から2000年までの出来事を、それぞれ1年を4ページで書いたもの。私は、あえて一番最後の2000年から逆順に読んでみた。ある出来事があって、その根本原因にどんな過去の出来事があったのかを、次第に読んでいく読み方で、これがなかなか面白い。

『これで、おしまい』(Marguerite Duras 著)


 昨年やった『ThoughtWorksアンソロジー』の翻訳が終わって、自分が人生の最後に関わる書籍はなんだろうか、などと感傷的になっていたときに読みたくなったもの。本書は、フランスの作家マルグリット・デュラスが死ぬ直前に残した最後の作品。
 ハイデガー流にいえば、人間は自分の死そのものを経験することは本質的にできないのだが、作家が自分の経験の外へと向かいつつあることを悟り、自身の最後の作品となることを意識しながら生み出されていく言葉には、鬼気迫るものがある。過ぎ去った者からいま存在する者への、これ以上ない貴重な贈り物だ。
 自分が最後に書く書籍/ソフトウェアはなんだろうか?

『アミナダブ』(Maurice Blanchot 著)

 ブランショの訳本は出てもすぐに絶版になってしまうので、ブランショ愛好家なら本が出版されたらすぐに買っておかないと後悔することになる。本書も昨年11月に出版されたばかりなのに、もうAmazonでは新品の取り扱いがなくなっている。

『日本という方法 ― おもかげ・うつろいの文化』(松岡正剛 著)


 日本は明治以降、思想や方法を西洋から完全に借りて今まで来ている。そのことがいびつな舶来信仰や自国の文化を卑下する感覚に繋がっているように思える。しかし、過去を振り返れば、日本にも世阿弥や本居宣長のようにオリジナルなものを生み出す力はあった。
 現代にも通用する思想なり方法論なりを、日本人としての地つづきの歴史の中から見いだすことはできないか、という問題意識をずっと持っているのだが、本書はそれに対して非常によいヒントを与えてくれる。


2008年の書籍ふりかえりは、これで終了。


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