2006-12-21 20:24:21

初めて聞かれました

テーマ:出産

この間、久しぶりに着付け教室へ遊びに行きました。

妊娠してからはかなりご無沙汰で、

お教室から派遣された仕事にも行けないし、

なんとなく行きづらかったのですが、

結婚して長野に行ったお友達が

お教室に遊びに来ていると言うので

ソラとお散歩途中に寄ることにしました。


そのお友達に、


「(出産)痛かったですか?」


と、聞かれました。

考えてみたら、出産がどうだったか聞かれたのは初めて。



美奈子:「ううん、痛くない。楽しかった。」


友達:「えー!楽しいんですか?」


美奈子:「うん、今思えば楽しかった。

     ダーリンと一緒に楽しいことしたみたいな感じだった。」


友達:「えー。どんな感じですか、それって。」


美奈子:「よく、鼻からスイカとか言うけど、

     そんなことなかったよ。

     私の場合、痛かったと言うより、長かった(笑)

     分娩室に入ってからは、痛いことは何もなかったよ。

     分娩室は楽しくてしかたがなかった。」


友達:「そんな話、聞いたことないです(笑)」


そうでしょう。


でも、出産は痛くて大変なだけではないもんね。

陣痛も、ちゃんと間にお休みがあったし、

陣痛室で過ごしたダーリンとの36時間は、

私にとっては宝物のような時間だった。


痛くて大変なのが出産。

このイメージは、違うと思う。


10ヶ月お腹にいた我が子にやっと会える

二度とない瞬間を楽しまなくちゃ。


あんなに感動できる瞬間は、

そうそう経験できないし。



ソラにもいつか

「出産は楽しかったよ。」

って言ってあげられる日が来るといいな。


2006-07-06 13:15:36

23日 am7時 から出産まで

テーマ:出産

23日 am 7時

 

助産師に、陣痛促進剤を使うという説明を受ける。

ああ、やっと使ってくれるのね。ビバ促進剤!

30分に10ccずつ量を増やす。

子宮口は7センチ開いているので、お昼には生まれるでしょうとの説明。

まだお昼まで4時間もあるじゃないの。

陣痛促進剤の影響で、さらに痛みが増してくる。

たった4時間。でも私にとっては長い4時間。

今まで耐えた痛みをもう一回1からやり直し。

でも、ゴールのないマラソンに、ゴールが見えた。

 

その後、ダーリンと一緒に深呼吸をして痛みを必死に逃し、

お昼近くなって、やっと陣痛もピークを迎えた。

陣痛の間隔を感じないほどずっと痛みが続く。

助産師さんに内診をしてもらうと、

子宮口は十分に開き、赤ちゃんの頭が触れるようになった。

 

23日 am 11時50分

 

いよいよ分娩室へ移動になった。

夢にまで見た分娩室。ああ、何人もの妊婦さんが、

私より後に来て、私より先に出て行った分娩室。

やっとは入れるのね。いきめるのね。産めるのね!

 

よし、思いっきりいきんでさっさと産んでやる。

気合充分。痛みも吹っ飛んでやる気まんまんだった。

 

陣痛室で1度、いきみ方の練習をして分娩室まで歩いて移動。

こんなに痛くて死にそうなのに、

死ぬどころか歩いてしまう自分を誉めてあげたい。

頑張れ、私!

分娩台へ上がり、呼吸法を教えてもらう。

「陣痛が来たら、深呼吸を2回して、おへその辺りを見ながらいきんでください。」

 

陣痛が来た。

合わせていきむと、助産師さんに褒められる。

いきめると陣痛は痛くない。

不思議なことに、分娩室では痛いことは一つもなかった。

 

「赤ちゃんがお腹の中でウンチをしてしまったので、早く出します。

会陰切開しますね。」

2回いきんだ後、麻酔をしてバチンと切る音がした。

3回目にいきむと、

「はい、もう赤ちゃんの頭見えますよ。

いきまないで、はっはっはっって息を吐いてください。

赤ちゃん出てくるから頭上げて見てみて。」

 

助産師さんの声に合わせて息を吐くと、

ブリンっと紫色の赤ちゃんが出てきた。

胸の上に乗せてもらったソラが、小さな声を出している。まだ泣かない。

吸引のためにすぐ連れて行かれ、処置すると大きな泣き声が聞こえた。

「おめでとうございます。女の子ですよ。よく頑張りましたね!

時間は12時22分!」

 

2006年4月23日12時22分。

あなたが私と繋がっていた最後の時。

そして、今まで生きてきた中で一番感激した瞬間。

ああ、ソラも頑張っていたんだ。

無事に産まれてきたんだ。

 

長かった陣痛に、ソラも一緒に耐えていたのだと思うと涙が止まらなくなった。

愛しいという感情が一気に溢れてきて、心は達成感でいっぱいだった。

 

先生や助産師さんに、泣きながら「ありがとうございます。」と何度も言った。

股を開いたままですが。

 

産んだ瞬間、痛みも疲れも一気に無くなり、助産師さんに

「胎盤を見せてください。」とリクエストした。

胎盤は、私の子宮側は赤かったが、

赤ちゃん側の胎盤は、本に書いてある通り青い色をしていて綺麗だった。

処置室の方にダーリンとお母さんが入って、ソラと会っていた。

 

あなたが産声を上げた時、ダーリンとお母さんは、

嬉しくて、そしてほっとして涙が出たんだよ。

ダーリンは、ソラの足の長さに驚いたみたい。

 

私も処置を終え、車椅子に乗って分娩室を出ると、

ダーリンは力強く「ありがとう。」と言ってくれた。

 

ありがとうと言いたいのは私のほうだよ。

36時間私をずっと支えてくれ、

弱音を吐く私を抱きしめてくれた。

ダーリンがいなかったら、私はきっと頑張れなかった。

本当にありがとう。

あなたと、この長い陣痛を乗り越えたことは、

私にとって素晴らしい出産の思い出となった。

二人でやり遂げた大きな成果。

出産後に思えば、それは本当に楽しく素晴らしい経験だった。

 

そして、精神的な部分で大きく私を支えてくれたお母さんには、

心から感謝している。

分娩室を出て、すぐにソラに会うことが出来、

さっきまでお腹の中にいた我が子を抱くことが出来た。

それは、言葉では言い表せないほどの喜びだった。

小さくて柔らかい、温かなあなたを抱いた瞬間を、

私はきっと、いつまでも忘れないだろう。

 

産まれてきてくれて、本当にありがとう。

私のところにきてくれて、ありがとう。

小さな声を出しているあなたが、愛しくて愛しくてたまらなかった。

 

病室に行くとお父さんがいて、「頑張ったな。お疲れさん!」と声をかけてくれた。

みんながソラに会えるのを楽しみにしていた。

ずっとずっとあなたが産まれてくるのを待っていた。

 

ベッドに横になると、助産師さんがソラを連れてきて、初めての授乳をした。

「わぁ、うまいうまい。上手に吸いますね~。」

助産師さんがソラの吸いっぷりを絶賛し、我が子を褒められ私も嬉しかった。

食いしん坊ぶりに、母は満足。

 

助産師さんの言うとおり、産んだら痛みは嘘のように消え、

会陰切開の傷なんて、陣痛の苦しさに比べたらちっとも痛くなかった。

事実、私は助産師さんもびっくりする最短記録で産後のお通じを済ませ、

「縫ったところが切れても、病院だからまた縫ってもらえるでしょ。」

と言って助産師さんを閉口させたのだった。

 

出産後、お昼を持って来てくれたが食欲はなくて

カレーに少し口を付けたけれど、

ソラが無事に生まれたことの満足感で胸が一杯で喉を通らなかった。

そして、友達にさっそく携帯で出産の報告をし、

お祝いのメールをもらったりしてとても嬉しかった。

その日は夕食もほとんど食べられず、10時の消灯とともに爆睡した。

 

陣痛は長かったけれど、長かった分、充実感もいっぱいのお産だった。

 

楽しかった。

終わってみると、心からそう思う。

 

2006-07-06 13:14:23

23日 am 0時から am 2時

テーマ:出産

23日 am 0時

 

深夜になり、痛みも疲れも限界で、本当にもうだめだと思った。

だめ。無理。もう嫌。

口から出てくる言葉はこの3つ。

自分は安産だと信じていたし、

こんなに長く陣痛に耐えるとは予想していなかった。

 

陣痛の痛みでお母さんにつらくあたってしまい、

そんな余裕のない自分と情けなさで涙が出た。

誰にも変わってもらえないつらい陣痛に、

これ以上は耐えられないと、助産師に助けを求める。

陣痛促進剤を使って。

帝王切開にして。

とにかくこの痛みを何でもいいから取って!

出てくるのは弱音ばかり。

期待で一杯だった出産への想像を、はるかに越える辛い現実。

 

7分間隔で陣痛が来てから24時間。

体力的にも痛みに耐えるのは限界だった。

しかし助産師は、

「痛みは産まないと治まらない。赤ちゃんも頑張っているのよ。

深夜なので促進剤は使えないんですよ。」

と言われる。

 

この時、初産婦の浅知恵で、

医学の進歩を遠ざけた自分を心から呪った。

最初から陣痛促進剤で産んでいたら、

もうとっくに娘を抱いていたはずの自分。

なぜあんなにも自然に産むことにこだわってしまったのか。

バースプランなど、出産経験のない私がたてられるはずなどないのだ。

 

23日am 2時

 

私があまりに痛がるので、医師の診察を受けることになった。

しかし医師は、

「順調です。痛みはみんなが同じように耐えています。

赤ちゃんも頑張っているのだから、お母さんも頑張って。

もうすぐ破水しますから、朝方には生まれますよ」

と言われる。

しかしその時、子宮口は相変わらず4センチのまま。

 

くそー。どんなに勉強したって、男にこの痛みがわかるもんかっ!!

男性の医師に対して、心の中で悪態をつく妊婦。

 

医師の言葉に涙目の私を見て、気の毒に思った助産師は、

卵膜を破って破水させてくれた。

ぱちん。と音がして、温かい水が大量に流れたのがわかる。

「これで陣痛が強くなりますからね。あともう少しです、頑張って!」

痛みと痛みの間に必死に歩いて診察室から戻り、

陣痛室のベッドに横になる。

 

もう体力の限界で、自分がどうなっているのかよくわからない。

破水したからか、本当に陣痛は強くなったが

腰の割れるような痛みから、いきみたい痛みに変わる。

 

痛みの質が変わったからか、少し楽になったように感じる。

しかし今度は、お尻を押さえていないと痛くて体がよじれてしまう。

どうしても我慢できずにいきんでしまうと、水が出てくる。

ダーリンは、腰をさすりながら、

お尻のあたりを手で押すというマッサージをずっと続けてくれる。

テニスボールの上に座ると痛みが少し和らぐ。

 

中学の時、テニス部の幽霊部員だった私が、

こんなところでテニスボールの世話になる。

交替した母が同じようにマッサージしてくれるが、

男の人の力で、思いっきり押してもらわないと痛みが消えない。

助産師さんは、深呼吸して。というが、

陣痛が来ると力が入ってしまい、力を入れると痛みが増す。

 

陣痛と陣痛の短い時間の間にうとうとしては、痛みで目が覚める。

ダーリンも、私の隣で腰をさすりながら、いびきをかいて眠っていた。

寝ていても手は動かすというすごい技を、この数時間の間に習得したダーリン。

2006-07-06 13:10:54

22日 am 5時から pm7時

テーマ:出産

22日 am 5時

 

お母さんが心配して病院に来た。

陣痛の時に強い痛みはあるものの、

陣痛と陣痛の間はお母さんと話したりして、いたって普通。

「こんな大変なこと、お母さんよくも3回も経験したね。

大変な思いをして産んでくれてありがとね。」

なんて言ってみる。

食欲は無く、吐き気がするので、朝ご飯は食べられなかった。

腰が割れるように痛い。じっとしていられない痛みが5分~7分間隔で起こる。

そのたびにダーリンが腰を強くさすってくれ、痛みが和らいだ。

 

22日 pm 12時

 

お昼過ぎ、汗でびっしょりになった体を助産師さんに拭いてもらう。

陣痛室は新生児室の隣だったからか異常に暑く、

母もダーリンもみんな汗だくだった。

陣痛は7分から10分間隔になってしまい、

その感覚で陣痛はずっと続いていた。

 

何か飲んだ方がいいと飲み物をのむけれど、すぐに吐いてしまう。

陣痛は遠のかずに来るのに、子宮口は開かない。

いったいいつまでこの痛みに耐えるのだろうと、

終わりの見えない陣痛の痛みに涙が出る。

夕方、姉が心配してお見舞いに来てくれた。

嬉しくて、そしてほっとして涙が出た。

 

私が陣痛室に入ってから、すでに2人の妊婦さんが出産し終えて行った。

一人は水中出産で2人目らしく陣痛はあっという間に1、2分間隔。

水に入るのに、ビキニの上を着るか着ないかで悩んでいる。

陣痛1,2分間隔の極期に余裕かまして、そんなことで迷うな!

水着など、どうでもいいからさっさと産め!

もう一人も、ほとんど陣痛室にいることなく分娩室へ移動。

ああ、羨ましい。私が彼女だったらどんなに幸せだろう・・・。

 

そして水中出産のママは、

産んだ直後に分娩室へ歩いて移動し後の処置をした。

人間ってすごい。

全部聞こえている環境も、聞いている余裕がまだある自分もすごい。

 

陣痛が辛くなってきて、痛みで壁を叩く。

「うーん。」と声を出さないと痛みが和らがない。

申し訳ないことにカーテンの向こう側では、

妊婦さんの院内見学が行われており、

陣痛室と分娩室の見学をしていた。

「うーっん。うーうー。ふー。ひぃー。」

そんなうめき声に、壁を叩く音。

出産前の妊婦さんをムダに不安にさせる、陣痛真っ只中の私。

すまないが、君達に恐怖を抱かせないようにする余裕は、

今の私にはない。

ついでに、隣の陣痛室の妊婦さんにも、その余裕はなかったようだ。

「ぎぇー。」

 

22日 pm 7時

 

内診をしてもらうが、子宮口はやっと4センチ。

今夜は生まれない。

そう思うと、痛みの中で過ごす夜は途方もなく長く感じた。

陣痛で腰が痛むたび、ダーリンは全力で腰をさすってくれ、

お母さんもダーリンと交代で腰をさすったり、

飲み物を買ってきたりといろいろ面倒を見てくれた。

一緒にいてくれたことを、心から感謝していたけれど言葉にはできなかった。

 

夜になって一番上の姉が面会に来てくれ、腰のツボを押してくれた。

姉はマッサージの仕事をしていてツボを心得ている。

嘘みたいに痛みが消えて驚いた。

神の手があるとしたら、あの時のあの手は間違いなくそうだっただろう。

姉のマッサージが1万7千円であるにもかかわらず、払う人の気持ちがわかる。

 

2006-06-27 10:07:15

出産記 4月21日 おしるしから22日 am 3時

テーマ:出産

421am 7

予定日を1日過ぎた21日の朝、

目が覚めてトイレに行くとおしるしがあった。

「わぉ~。おしるしだ!」

生理が来てパンツが汚れても、こんなにときめかないけれど

血のついたパンツにトイレで一人感激。

 

いよいよソラに会える!

 

そして、30分、15分と時間は不規則なものの、

数十秒間腰の痛みがある。これが陣痛?

痛いといえば痛いけど、何かしていると忘れちゃう。

その程度の痛み。育児書でいう、前駆陣痛だった。

さっそく手帳を用意し、陣痛の間隔を書き込んだ。

 

出産前はお腹がゆるくなると聞いていたが、私にも、もれなくその症状が現れ、

「赤ちゃんが産まれてくるためにお腹を空っぽにしているんだな~」と、

自分の体の機能に感心する。

出血にも下痢にもいちいち過剰に反応し、

出産と言うイベントに期待で一杯。

ダーリンにも電話して、おしるしが来たことを報告した。

まず「おしるし」という意味から説明。

そこからかっ!

 

お昼に、心配した母が様子を見に来てくれたりしたものの

結局1日弱い腰の痛みが続き、

夜はダーリンとピザをデリバリーして食べ、早めに眠った。

 

22日 am 0時

 

あんまり眠くない。眠れそうにないかも・・・。

などと思っていたころ、陣痛が7分間隔になったことに気がつく。

しっかり1時間、7分間隔で陣痛がきていることを確認できたので、

病院に電話した。助産士さんには、

「そのまま家で様子を見てもいいし、

不安だったら病院に来ても大丈夫ですよ。」

と言われたので、少し様子をみることにした。

1日中、時計の前で陣痛の間隔を計っていたことを察したのか、

助産師さんは、時間を計るのをやめ、

リラックスするようアドバイスをくれた。

助産師さんに見抜かれたとおり、私は1日中ずっと時間を計ってメモし、

トイレの時間や食事の時間まできっちり記録。

出血の量まで誰に報告するのかというくらい詳細にメモしていた。

実は、出産までの道のりを、ソラに残してあげようと思って、

陣痛の間隔をメモしていたのだった。

大きくなってこの記録をどう思うかは勝手だが、

残してあげられるものは残してあげたい。

しかし、一緒に入院していたママが

へその緒を長い状態で欲しいと助産師さんにお願いしていたのを聞いて

将来、蛇の抜け殻のような、不気味な自分のへその緒を見せられた子供は

いったいどんな気持ちになるだろうとふと思った。

 

痛みが軽いうちに入院の準備をしてしまおうと、荷物の確認を始める。

その間も、陣痛は規則的に来る。物音でダーリンが起きてきたので、

病院に電話したことを話し、再び一緒に眠った。

少し横になったけれどやっぱり眠れず、

陣痛の間隔がこれ以上短くなったら、

いったい自分はどうなるのか想像できず不安だったので

お腹の痛みも強くなって来たことだし、

病院にいた方が安心できると思い、ダーリンを起こした。

「ダーリン、運転できる?」

「ん?うん、大丈夫?」

ダーリンはすぐに目を覚まし、二人で病院へ行く準備をした。

 

4、5日の旅行用キャリーケースに2泊用の旅行バッグが一つ。

予想外の荷物の多さにダーリンが驚く。

「あとこの他にバッグが2つあるけど、

それはすぐ必要じゃないから後でいいの。」

「まだあるの?いつまで入院する気?」

私もそう思うけど、どれも置いていけないのよ。

 

車の時計は3時5分。

これから始まる本格的な陣痛と出産を前に、

自分のテンションが上がっているのがわかる。

途中コンビニに寄って、ダーリンに飲み物を買ってきてもらった。

病院に着くまでの間、何度か陣痛があり、

病院に着いても病棟に行くまで、痛みで一瞬動けなくなることもあった。

でも、痛みと痛みの間はまったく普通に動き回れる。

痛くない時に早足で移動。

4階の病棟に着いて、入院に必要な書類を渡し、

その後、人間ドッグの時などに着るピンクの検査服に着替える。

検尿、体重測定、問診をして、陣痛室へと移動。

 

母親学級の時に見た陣痛室。

カーテンで仕切られていてベッドが3つ。

私が行った時には誰もいなかった。

お腹に分娩監視装置を付け、お腹の張り具合とソラの心拍を測定。

数値が上がると私のお腹が張る。

正確には、張っていると数値が上がる。

グラフをダーリンと見ながら、私はまだまだ余裕だった。

陣痛も順調に7分間隔をキープし、

分娩監視装置の結果、5分間隔にまでなっている。

でも、内診の結果、子宮口がほとんど開いておらず、

出産にはまだまだかかりますね。と言われた。

 

そのままダーリンと陣痛室で過ごし、

朝方お母さんに病院に来たことをメールで報告する。

陣痛はだんだん強くなるけれど、

痛みを和らげるにはベッドを倒した方がいいのか、

横にした方がいいのかよくわからない。

 

この時点で私達は、お昼には生まれるだろうと、

甘い考えでいたのだった。


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