ポルトガル語学習のブログ

あえてポルトガルのポルトガル語中心です。
言語学ネタも少しだけ。


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「ウズ・ルジアダス」はけっこう長い叙事詩なので、
いろいろなエピソードが含まれていますが、今回とりあげる
エピソードは、ルジアダスの中では異彩を放つものだと
考えられています。


- "Ó glória de mandar! Ó vã cobiça
Desta vaidade, a quem chamamos Fama!
Ó fraudulento gosto, que se atiça
C'uma aura popular, que honra se chama!
Que castigo tamanho e que justiça
Fazes no peito vão que muito te ama!
Que mortes, que perigos, que tormentas,
Que crueldades neles experimentas!
(Canto 4, Est. 95)

「ああ、支配する栄光よ、われらが名声と
呼ぶ空しいものをいたずらに求める心よ、
名誉という、俗衆の風にあおられて燃えあがる歓び、
人を迷わせるそうした歓びよ、おまえはなんと
大きな罰を科すことか、なんという裁きをすることか、
おまえを愛してやまない空しい心に。
そうした心の持主になんという死を、なんという
危険を、苦しみを、悲惨なことを味わわせることか。
(訳は「ウズ・ルジアダス ルーススの民のうた」、池上岑夫訳、白水社)


これは「レステーロの老人」または「ベレンの老人」と呼ばれている
エピソードの最初の部分(老人が語りはじめる部分)です。
(レステーロResteloは、リスボンにある地区の名前です。
「ベレンの老人」ともいわれることからもわかるように、リスボンの
ベレン地区のほうにあります(ジェロニモス修道院や発見のモニュメントが
あるほうの地区です)。)

この老人は、バスコ=ダ=ガマ一行がリスボンを出航していくところを
見物している群衆のなかにまじってテージョ川の岸辺に立っていて、
出航していくガマ一行に向けて語ります。

ここにあげたのはその語りはじめの部分ですが、航海に対して
否定的、というか苦言を呈しています。
(ルジアダスは基本的に、ガマ一行の航海をたたえるというスタンス
なので、航海に対して否定的な見解を示している箇所があるという点で
異彩を放っているといえます。)

これまでとはちがうことをやろうとする人々に対して、否定的な意見を
述べる老人、という構図は国や時代に関係なくありがちなのだなあ、とも
考えられます。でも、わざわざ遠くまで敵をさがしに行くようなものだとか、
勇気といってたたえようとしているのは蛮行で残忍な行為だとか
いったように、この老人がいっていることはわりともっともな意見だとも
いえます。
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