遊びに来てください。
2007-08-17

生誕100年記念 ダリ展 創造する多面体

テーマ:art

dali

今回のダリ展は昨年、上野で行われたダリ展からの流れで大半は既に観たものだろうと思っていたが、良い意味で予想を覆された。

シュールな表現に至るまでの初期作品についても初めての作品があったし、風景画については現地の写真を並列させて、見比べることができるようになっていました。

上野のダリ展が絵画をテーマにしていたのに対して、今回はタイトル通りに多面体としてのダリがテーマ、
絵画は初期~全盛期~後期・晩年として区切られている他に、著述家としてのダリ(原稿)、グラフィックアーティストとしてのダリ(ファッション広告、イラスト、挿絵)、舞台(衣装、背景)、家具、ニューヨーク万博パビリオン(ヴィーナスの夢)

と絵画だけに留まらないダリのマルチアーティストな部分に焦点を当てていました。その全てが輝いていて、ミラーボールのようにギラギラと輝いています。膨大な仕事量に常人の何倍もの仕事を残して来たのだなぁと思い知らされます。
上野ダリ展では映画のための習作などがありましたが、今回は、ファッション関係の商業もの、香水瓶のデザインやヴォーグ誌での、ストッキング広告の連作が目を引きました。
女性の口から鼻にかけての形状をした瓶で、ダリやガラが好んだ香りをベースに調合してあるそう、8種類ほどサンプルがあり、一番ユニークだったダリマニアを買ってきました。(下の画像は同じ瓶デザインの香水です。
ダリッシム EDT 100ml
¥6,594

ダリマニアは異様なくらい甘い香りです。帰ってから調べると女性向け香水だそうなので、あまり付ける事がないと思いますが、、、、


絵画については、「ダブルイメージ」をキーワードにしていました。
そのためか、僕の好きな柔らかいイメージや宇宙象のような奇妙な動物は少なかったです。
ヴィーナスの夢はパトロンとの衝突で完成できなかったそうですが、その一端が映画「ダリ天才日記」に描かれています。オブジェの一部を勝手にいじられたダリが逆上してパビリオン制作をやめてしまうという話。
絵画スペースの最後は3D作品「ガラの足」絵画のモデルになりながらふざけて足を上げているガラと描きながらどこか指差しているダリが描かれていて、シュールとは別の、ガラとダリの平穏な時間があります。ガラについては横尾忠則先生のエッセイから悪女のような印象もあるのですが、ダリにとっては紛れも無く聖女だったのだろうなと思いました。

最後にダリの作品から制作された家具が展示されていましたが、実生活の中でダリのイメージに取り囲まれるというのは、実は快適でユーモラスなもののように思えます。かれのデザインは柔らかく、女性的であるためでしょうが、安心感や快適さを持っています。ここに来て、ダリが内面に無限の不安感を持っており、それを払拭するために究極の柔らかさと、根底にある安心感を具現化するために作品を作っていたのだろうと思うのです。

2006-01-31

ナム・ジュン・パイク氏、死去

テーマ:art
もっとも尊敬するアーティストの一人だった。彼の作るロボットは論理的で合理的だと思った。
カウチポテトロボット
ロボットが人間に近づく過程でもっとも模倣が簡単なのは怠惰だ。

仕事をするより仕事をしないこと、
起きるより寝ること、
テレビを作るよりテレビを観ること、


そして、ここには人間とは何かという問いかけと、全自動化の先に人間という存在が不要になるというキュートで毒のあるアイロニーが含まれているのが、とても気に入っていた。
彼がテレビをモチーフにし続けたのは「自分は血の通った人間である」という主張だったのだと思う。「一方で君たちは???」という意地悪な問いかけを普遍的で成長も退行も無いロボットたちは馬耳東風というわけだ。

座した僧侶がテレビを見つめている。
これもまた心眼を開いたとばかりに世界を見渡せるデバイスであるテレビと苦行の末に成果の破壊がテーマなのだと思う。

さて、それでは僕は人間なのかというと、実はカウチポテトロボットなんじゃないかな。なんて思いながら今宵を過ごすことにしよう。


link:)
公式サイト

Amazon.co.jp:「バイ・バイ・キップリング」ナム・ジュン・パイク: 本

2005-05-14

Manga headで東京に行こう

テーマ:art
mangahead
イギリスの美容品メーカー がmanga head という整髪料(ものすごいハードワックスっぽい)を発売しマンガヘッドコンテスト を行っている。優勝者はマンガの聖地である「東京」にご招待というもの。モデルさんの頭髪をみるとたしかにマンガなんだけどかっこいい、外人は何やってもかっこいいなというそんな感じ、

リンク:
http://www.garnierbeautybar.co.uk/manga
2005-04-20

flickrからのプレゼント

テーマ:art
4月からフリッカーのプロになったのですが、昨日、メールが届きました。
2年だったプロアカウントがさらに2年延長、アップロードファイルサイズが月1Gから2Gに
そして、2年分のプロアカウントプレゼントをプレゼント

というものです。
フリッカーではプロアカウントを購入して、自分に使うだけではなく、気に入ったユーザや友人にプレゼントすることができるのですが、その権利をプレゼントということですね。
ということで、有意義に使ってくれそうなメンバーを現在探しているところです。

どうも事情というのはプロアカウントを半額にしたらしく、それにともなって、既に購入した人にフォローをしてくれたということのようです。
2年で約40ドルとなると、月140円、CoDenのCocoaの半額で20倍の容量、あとは日本語版のインタフェースが欲しいってところですかね?
2005-04-11

ヘッドフォンフェチ

テーマ:art
どうカテゴライズすれば良いのかわからないのですが、ヘッドフォンをつけた女性をひたすた集めたサイトを見つけました。
Headph0ne Phet1sh
というサイトです。


いろいろみてたんですが、ビデオクリップのところにいろいろと映像があって、楽しいです。
特に気になったのはジュリエットルイス、結構好きな女優だったんですが、最近は話題にならんですね。あと、モーニング娘。が紹介されていて、もうヘッドフォンつけてりゃ海外まで探すというあたり、そこまで頑張る必要があるのか?とふと、疑問がよぎる。
2005-03-30

ゴッホといえば、酒

テーマ:art
Vincent van Gogh
今日はゴッホの何の日なのかわからんのですが、googleを使うとゴッホ風のロゴが表示されるようになってましたね。
ゴッホというと、一般的にはひまわりのハイプ状況があまりにも有名ですが、この時代の画家だと、彼を最終的には拒否したゴーギャンの方が僕は好きだったりします。南国の情景を描いた作品などは特に活き活きとした生命の気持ちよさを感じます。

一方ゴッホというと、自画像の後ろ暗さや糸杉、そしてなにより耳を切り落としたエピソードなどが思い出されてしまいます
ところで、ここまで彼を追い込んだ原因の一つにアブサンというお酒が上げられていますが、このお酒そのものについては魅力を感じます。
アブサンという銘柄で発売されているお酒はあるのですが、当時の成分とは違っているようで、毒性のある成分を低く抑えてあるようです。そうなってしまうと、アルコールではなく、この毒性の酔い味がないはずで、爪と切られて猿ぐつわをした熊と藤原組長が戦うような残念なもののような気がします。

そんなアブサンですが、妙に甘ったるく、それなりに楽しい味ではあります。
トルコのお酒でラクというものがあるのですが、これがやはり水で白く濁るお酒でぶどうの蒸留酒です。現在のアブサンともかなり近い印象があります。

酒とアブサンといえば、やはりあぶさんですが、四谷に「あぶさん」という店があって、東京出張の最終夜に行きました。
DSC00016
写真はその時に撮ったものですが、壁のいたるところに野球選手や芸能人のサイン、写真があり、楽しい店です。店の人たちも気持ちのいい人たちで、東京に在住だったらリピーターになってるな。という感じでした。



著者: 高橋 克彦
タイトル: ゴッホ殺人事件〈上〉








著者: 水島 新司
タイトル: あぶさん (11)
2005-03-21

ナム ジュン・パイク

テーマ:art
彼の天才性はマスには否定されるべく存在しているだろうと思う。
インターネットの予見、そして、なによりも僕を関心させたのはカウチポテトロボットだった。
テレビをみながらポテトを食べるだけのだらけた生活をカウチポテトというがそれを代行してくれるロボットである。これは、表層的には単純なユーモアのようにも感じるが、実際には仕事をロボットに代行させ、何もしなくなった人間にはたして存在価値はあるのか?という皮肉なのである。
それはたとえば、木星に到着したボーマン船長が見つける自分の生涯であったりするし、消費に専心できる階級は常に不死者であるという、ドラキュラ伯爵やロメロ版のゾンビの基底にも通じるのである。
死なないものは既に死んでいるものであるという定理からすると、生きてすらいないロボットこそ、社会の生産の最終的享受者であるというのは必然であるとも納得する。

カウチポテトロボットは壮大な未来の断片なのだ。
人間の代わりにロボットが働く世界、そして、人間が滅びてしまい、生産のためのロボットのために、消費のためのロボットが必要となる。といったところだ。
さて、ロボットに対して人間の存在意義とはなんなのかといった問いに想像力という回答を見いだすのであれば、このカウチポテトロボットの存在の証明を観るものにゆだねたナム ジュン・パイクは同時に我々に、想像力をたくましくさせるという救いのキーをも内包させている。単純な閃きの中に筆舌しつくせない情報量が込められている。ナム ジュン・パイクの天才だろう。

著者: ナム・ジュン パイク, Nam June Paik
タイトル: フィード・バック&フィード・フォース
2004-11-06

水木しげる展に行ってきた

テーマ:art
今日が初日で東京江戸博物館で水木しげる展が開催されるということで行ってきた。東京江戸博物館は巨大な建物でいつかは行きたいと思っていた。水木しげる展も福岡で3ヶ月前に見逃した後悔があったので今回足を運ぶことができたのはより嬉しく思っている。行く前には水木妖怪の絵画展であると予想していたのだが、先生の人生から生き方そのものを満載でとてつもない情報量だ2時間ほどかかってまわったが、もし時間があるのであれば、もっと時間をかけても充分な見ごたえだと思う。昼食のこともあったので、解説書を購入して帰ってきて今、目を通しているところだ。読んできた気が付いたことは、荒又宏氏と京極夏彦氏の共同プロデュースであり、ポスターデザインもまた京極夏彦氏の作品であったそうだ。また、展示されていた書籍については表示しか見られなかったのが、中も印刷されていて、もしこれから足を運ぶ方がいるのであれば、2000円というのは購入に値するものだったと思う。
2004-10-20

写真、それをディスプレイするという造形

テーマ:art
今週の業務はお客様の事務所で行われるため、残業はできず、追い出される。京都の友人が行きたいと漏らしていたヴォルフガング・ティルマンスの展覧会が行われているて、朝にポスターを観ると20時までやっているという。さっそくということで行ってきた。名前こそ不勉強で知らなかったが、エイフェックスツインことリチャード・ジェームスの写真が3枚あり、見覚えがあった。とはいいつつ遠目からみたリチャードはまるでキリストの肖像画と錯覚してしまった。くらくらした頭にティルマンスの写真は様々に変容して見える。近づき、離れ、見上げ、目を広げて、目をしょぼしょぼさせて、そんないろんな見方すべてに応じてくれる。写真とは彫刻なのかと思わせられたと書いたたったいま、高校時代に友人のN君の作品が思い出される。また、同じ入場券で更に2つの展覧を観ることができた。一つは野又穫さんの「カンヴァスに立つ建築」もう一つは小西真奈さんのカンヴァス画いくつかである。野又さんの作品は巨大で不思議な建物が絵がかれており、それらはまるでバベルの塔のようである。何十ものバベルの塔に囲まれて歩くのはまるで断絶したコミュニケーションの林を歩むようで、言葉を失う小西真奈さんの作品は柔らかく若く、それは若葉のようなみずみずしさだった。ピクニックという作品がガラスの対面に設置されていて、雨のオペラシティビルのやはし野又さんの作品のような世界に反射しているのはすてきだと思う。さて、雨がひどいのでスーツがずぶぬれだ。

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