2009-03-06
No ゾンビ, No Life
テーマ:movie
ブログネタ:No ○○, No Life 参加中本文はここから
ゾンビの無い人生なんて考えることができない。言い換えると人生の大半をゾンビについて考えて過ごしている。多分僕の場合はエロについて妄想するよりゾンビについて考えている時間の方が長いのではないかと思う。
今日はそんなゾンビについての思いをここで披露したい。
僕が高校を卒業した年にルチオフルチが他界した。
その時僕は彼の作品を1本も観ていなかったのだが、当時レンタルビデオのホラー映画ブームまっただ中にあり、ビデオ店のホラーコーナーで「ルチオフルチの~」というタイトルがおびただしくあるのは見知っていたが、なんとなくB級っぽいので数年後まで観ることがなかった。
フルチの奥深さについて気がついたのはつい最近なのだ。
フルチといえば、日本国内ではサンゲリアが有名だ。サンゲリアはイタリアではZOMBI 2とタイトルされている。もちろんロメロ監督のゾンビの続編のように見せかけたタイトルであり、そのため、ゾンビのプロデュースをしていたアルジェントとの仲違いにもなったし、ロメロのような社会的なメッセージを全く含まない残酷描写ばかりが見せ場のマカロニゾンビという潮流を作ってしまった作品というのがこの映画の一般評価だろう。そのためフルチのサンゲリアはまるで馬鹿が作った映画のように思っている人も多いのではないか?
そこで、僕は「ちがうぞー」と言いたい。
まず、仲違いしたアルジェントに対してフルチはロメロゾンビ以前に既に製作されていたゾンビ映画のリストを送りつけたという。プラン9や地球最後の男、私はゾンビと歩いたなどである。アルジェントは映画「ゾンビ」はオリジナリティの高い作品だと認識していたようだが、フルチはそれ以前にも生ける死者を題材にした作品は多く存在していることを知っていて、パクリ訴訟をされても負けないというくらいにゾンビ映画を熟知していたのだ。その点についてはフルチ自身のサンゲリアに対する評価「ロメロが社会的な象徴としてゾンビを描いたのに対し、それ以前の呪術的なゾンビとして描いた」としていることでもわかる。ここで僕が注目したいのはフルチが「ロメロゾンビは社会的なメッセージの手法として使われている」と理解していることだ。案外にも対するアルジェントこそがロメロゾンビの社会性を理解していなかったはずで、それは後にアルジェントがゾンビの続編として製作したデモンズを観ると僕にはそう思える。当時のフルチはアルジェントよりもロメロ映画を理解していたのだ。
フルチはゾンビメイクを担当したジャネットデロッシの意見と合わせてロメロにはない腐ったゾンビを作り出すことによってロメロ作品とのテイストと異なるものにしつつ。実はラストシーンでロメロへの返答を送っている。伝説のブルックリン橋だ。
このシーンは画面左側にワールドトレーディングセンターという経済の象徴があり、ゾンビの進軍する橋の下では車が行き来している。 一般的にこのシーンは予算不足のため通行止めできず、廃墟のシーンであるにもかかわらず不自然になったものとされているが、これはこれでフルチのコントロール下にあるシーンだろう。 というのはこれに似たシーンをフルチは過去に作っているのだ。フルチは自身の作品の中で最も気に入っているものとしてマッキラーを上げているが、その中盤の見せ場で、魔女がリンチされて高速道路脇で絶命するというシーンがある。 このシーン、ズタズタになった魔女が道路脇からドライブを楽しむ人々を眺め、車の中の人々は魔女を見て見ぬ振りをするというものだ。ここには生死の対比と貧富の対比が同時に象徴されているのだ。
ロメロがゾンビの中で描いていたのはショッピングモールという富とそこに集まる低所得な消費者の貧の対比とし、突き詰めたものとして富(生)貧(死)として描いたと要約するのであれば、フルチはラストのワンショットでその全てを表現して見せていることになる。 このシーンはロメロに対するフルチなりの回答なのだ。
車が意図的な演出であるという理論武装として、フルチはわざわざ車の音響を多重録音していることが上の動画からわかるはずだ。 そして、フルチはもう一つの引用を行っている。ラジオのアナウンサーだ。不自然なことにこのシーンでアナウンサーはゾンビから逃げることなく、殺されてしまうとこまで実況している。これはゴジラの引用ではないか?と思う。第一回目のゴジラでもラジオアナウンサーが死の直前まで怪物の進撃を実況中継しているのだ。
さて、ロメロの反応についてだが、しっかりとした出典が出せないのが残念なもののサンゲリアについては良い印象を持っていたようだ。
それに、ロメロはフルチに対して返答とも取れる作品を最近になって撮った。LAND OF THE DEADだ。 この映画ではゾンビ達が川に隔たった小島に立つ高層ビルで裕福に暮らす人々に向かって進軍する。そしてラストシーンでは橋の上を歩くゾンビ達を生存者達が下から見上げるシーンで終わるのだ。裕福な高層ビルはワールドトレーディングセンターに、橋の上のゾンビと下の人間はブルックリン橋のシーンに置き換えて考えることは無茶ではないだろう。それにしても当時ワールドトレーディングセンターに"死をもって死を呼ぶもの"が破壊すると誰が予見しただろう? 結果的にとはいえ、マッキラーの興行的な失敗以来、社会的メッセージを封印したハズのフルチがここまで生々しいワンショットを作り出したことに驚かされる。





