東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」

離婚、夫婦関係、職場の人間関係等でお悩みの方のためのカウンセリングを行っています。仕事や家事などでお疲れの方向けのお身体ほぐしメニューもございます。


テーマ:
こんにちは。

東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 です。




学び(理解)を得るには、

体感を知ることが大切です。



理解は、
「体感することがはじまり」
だからです。




どういうことかと言うと、


何かがおかしい、と体感から感じることは、


裏を返せば、
「未知なものを理解しよう」と言う意識の表れで、



その感覚が、

理解は、体感からはじまっていることを示しているのです。




分からなければ不快(不理解)、分かれば快(理解)となり、


感じることは、体感を通して「何か」を認識すること(体感できるのに説明できないこと)からはじまるのです。



分からなくても、分からないことを認識できることで、意識の着目がはじまり、


それが理解を広げて行く可能性となり、

興味の持てる段階にまで意識を繋げることができるかどうかで、今後の方向性が決まるのです。
(興味の持てる段階に持って行くことが一番難しいことですが。)



だから、

「体感の後に理解がはじまる」
のです。





それらの感覚は、誰もが持つものであり、


その感覚を、納得の行く段階にまで繋げて行くことができれば、
自然と学びになる(実学になる)
のです。




この学びを学びと感じることができないことは、
型にはまった学びが多く、

学びを均一化(常識化)し過ぎたからです。



均一化(常識化)したものから理解できることは、大まかなことで、

大まかなことを知った所で、肝心な所ほど手が届かないのです。



当たり前のことですね。




でも本当の学びは、肝心な所に手が届くもので、

それを可能にするのは、
大まかな理解ではなく、細かな理解で、



「学びは段階を得て、より細かなものになって行くべき」
なんです。




結果的にそれが、
一人一人に焦点を合わせること(細かく考えること)を可能にし、


結局のところそれができなければ、何も見えてこない(改善されない)のです。




だからこそ均一化(型にはまる学び)は、使いようなんです。

実際に均一化に適応できない人は沢山いるからこそ、頭の良し悪しもそこにないのです。



大切なことは無理をしてまで均一化する(型にはまる)ことではなく、

「如何にして成長できるか」
という意識に、シフトすることです。




均一化から抜け出る段階に来ているからこそ、
均一化こだわる必要などなく、

今までの在り方を変える段階にまで、今の時代は到達しています。




だからこそ均一化を学ぶことで成長がを阻害される位ならば均一化など必要なく、

均一化を持って学ぶことが合わないと言う人は、
均一化など必要ないことがその人の本質でもあるのです。



どちらかと言うと、均一化(型)が合わない人は、

「真実よりも真理に近い」
のです。




自分の性質を理解し応用しすることで全ての枠を越えてしまえば、
見えている世界は変わりはじめます。




それを可能にするのが、日常に活かせる学び(繋がり)を知ることです。


日常に活かせる学びを知ることで、全てが繋がって行き、

日常から離れた学びと感じるものは、日常を通すことで自然と到達する(繋がる)領域となるからです。


裏を返すと、ここを怠ると、
「ずっーーーーーーーーーと、宙に浮いたままになる」
と言うことです。


真実は真理に到達せず
真理も真実に到達せず

いい加減に互いの存在価値を認め、


「中庸に来て下さい」笑



だからこそ、その領域に到達するまで地道に日常から生まれる学びを繋げて行けば良いのです。


それを感じることができないことは、教えて貰えることが多すぎた証拠でしかなく、


理解と体感を知ることが、
全てを繋ぐカギとなるのです。





東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 でした。


お知らせ


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。

東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 中川 智子 です。



一昨日は何十回目かの誕生日でした^^;


そろそろ人生も折り返し地点に近づきつつあるのかなーと思うと、
なかなか感慨深いものがあります。


家族や友人からのメッセージは、毎年とても心温まり、とても嬉しいものです。
どうもありがとう(^^)






先日、自宅の近くのアロママッサージとホロスコープを用いたカウンセリングをされている方のところに行きました。



自分の生まれた年月日と時間・場所から割り出した星周りと数秘から色々と読み取り、お話くださったのですが、


その中でも、特に心に残ったことがありました。




私の数秘は「3」らしいのですが、

その数字のもつ意味は「自立」ということでした。





つまり、いかなる時も「自立」を目的に生きていくと、
とても楽しい人生を送ることができる、と伝えてくださいました。





そのことを教えてくださった時、
かつて離婚を経験した意味が、自分の中でつながったような気がしました。



それまではもちろん、自分の人生の中に「離婚を経験する」というプロセスが組み込まれているなんて、

考えたこともありませんでした。



もうこの経験をして数年が経ちますが、

「なぜ私は離婚を経験しなければならなかったのか」


ということを心の中で自問自答することがよくありました。





結婚していた時の私は、常に無意識に自分の意思を二の次にし、
相手の意向に合わせることにあまり疑問を感じてはいませんでした。


結婚したのだから、当然だと。



しかしよくよく考えれば、自分の人生に相手を入りこませすぎていたように思います。





このままいくと、本来の目的である「自立」を果たせないまま生涯を終えることになり、

自分の人生の目的(軌道)から外れてしまう。




当時の私はそのことに気づく由もなく、とにかく相手に添い遂げることに必死になっていたために、

悲しいかな、私は離婚を経験しなければ、
その大事なことに気づけなかったのだと、今になって思います。





なので、離婚をした後はパートナーがいようといまいと、

精神的にも経済的にも、色々な意味で「自分の足で立つ」ということを肝に銘じて生きていこうと強く心に決めたのです。





私の人生は「自立」が大きなテーマだということは
うすうす感じてはいましたが、

このように改めて他の方に言っていただいたことで、更に確信が得られたような気がしました。





仲の良い友人達との恋愛話をすると、

レストランで食事をする時、自分のために彼が箸を割ってくれた、とか、

車に乗る時に彼がドアを開けてくれた、とか、

毎回食事をおごってくれて、何でも買ってくれる、とか、

どんなことをしても許してくれる、とか、



そんないわゆる「お姫様扱い」の様な話を聞くことがあります。

その度に、「うらやましいなー」と指をくわえて聞いたものですが、



頭では憧れているものの、
心の奥底では、そういう「お姫様扱い」は望んでいないような気もするな…

という自分がいることは、分かっていたような気がします。


(すごく憧れはあるんですけどね…笑)





そのような話を、先日そのホロスコープを見ていただいた方にお話したら、


「もう、あきらめた方がいいですよ。中川さんの人生には必要ないんだもの。」


と、一言(笑)




考えてみれば、人生の目的が「自立」なのに、

そういう人が現れたら、本来の目的が果たせなくなるからなんだな、


と分かり、やっと合点がいきました。




人生の目的が分かるということは、色々な意味でとても良いことですね(笑)




この世に生まれる時に自分が背負った人生の目的から無意識に逸脱した行動を取った時、

それを知らせるサインのように、自分にとって良くない出来事が起こるという仕組みなのでしょうか。




それはまだ分かりませんが、少なくとも自分にとって「離婚」は、そうだったかもしれません。





自分の背負った人生の目的をより意識し、生きていくことの大事さを感じている今日この頃です。



もうあんな大きな出来事はまっぴらですからね^^;






最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 中川 智子 でした。


お知らせ



いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。

東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 です。




片手落ちな進化と繋がり3の続きです。



表面的理解は、浅い繋がり(解決策の見えない繋がり)
深層的理解は、深い繋がり(解決策の見える繋がり)

であり、



この2つは気づきの質が違い、どちらも活かすことが全てです。




気づきの質が悪いものは、
手放すことに恐れを生んでしまうもの

気づきの質が良いものは、
手放すことに意味があるもので




本当に良いものは無意識領域にあるからこそ、
手放しても自然と拾い返すことができ、

必要なものほど、
物質的(意識的)なものよりも精神的(無意識的)なものが多いのです。



手放せる=大した価値はない
とも言えるのです。



なので気づかない(繋がりを遮る)ことで良いことなどないのです。


繋がりがないこと(気づきがないこと)は、何もないことに等しく、

濃い繋がりは繋がる程に、意識のレベルを上げ次元を越えて行きます。



「そこまで意識しなくてもできることが増える」
この段階に到達することが、繋がりの明確化(意識の進化)だからこそ、


繋がりを遮り、繋がりを感じることのできない人生を送ること程、
味気ないものはないのです。






繋がりから生み出すことができるものを手に入れることが、

人生の価値を高めるからです。





分かりやすく言うと、


お金は表面的な価値
繋がりは深層的な価値
となり、




本当に価値のあることは、

自分を作って行くこと、
仲間を作って行くこと、

であり、


それを可能にするのが、深層の繋がりです。




特に仲間は、

「信頼」と言う繋がりの中から生まれ、


他では決して埋め合せできるようなものではありません。


家族なども良い例の一つです。



仲間(家族)は甘えるものではなく、

信頼し、助け合うものです。



「生きることは、長く生きることじゃなく、

中身に価値があり、それが助け合うと言うこと。」



「分かれることは悲しいことではなく、

それだけ通じ会える人がいたと言う喜び。」



「なにをする為に生まれてきたのか?

なにがしたいのか?

それを教えてくれたものは何だったのか?」



「好きなことだけやって生きることは、

難しいこと。」



「信頼できる人(仲間)がいるからこそ、

本当の可能性が開けること。」




全ては繋がりを持つことで価値(意味)となり、


様々な事実から逃げるのではなく、全てを背負って生きようと思う心(覚悟)が、

「繋がりの価値を見出すことに繋がっている」
のです。




見えることばかりに気を取られていると、
この事実に気がつくことはありません。


自分を守り
他人を非難し
生と死にこだわり

そこから生まれる繋がりなど、繋がりとは言いません。


本当の繋がりは、
自己を越え他者の陰と陽を受け入れる度量があることで、
限りなく深まるものです。



本当の繋がりは見せかけの力では決して生まれるものではないからこそ、

これができる人が、
「本当の実力者」です。



繋がりの価値は、命を懸をかけれるものがあることで輝きを増し、


その輝きが他人に響くことで、

繋がりは深まり、絆となるのです。



あの人を知りたい
仲良くなりたい


と心の底からそう思えるからです。


思わされることで、繋がりなど生まれないのです。





東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 でした。


お知らせ


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。

東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 です。




片手落ちな進化と繋がり2の続きです。



繋がりは様々なものに派生します。



どういうことかと言うと、

一つの言葉から色々なことが連想することができるからです。


例えば、

好き➡嫌い
嫌い➡何を
何を➡仕事

と、終わることなく繋がりは広がって行きます。



そして派生は意味(価値)となり、

言動と行動に繋がり、


最終的に、
「現実化して行く」
のです。



重要なことは、この繋がり(意味と価値が付いたもの)を未解決のままで終わらせないことです。



理由を明確に知り、

「心に引っかかっているものを解き放っていく」
と言うことです。




未解決で終わらせない為には、
「今あるものだけで生きようとしない」
ことです。



今あるものだけで生きようとする心が、
無難に生きること(片手落ちで生きること)に繋がり、

無難に生きることで、心に引っかかっているものは解消されることはなく、



心の引っかかりを解消できないような生き方で、
得られるものなどしれているのです。




本当に価値のあるものは、満たされない思いを満たせるものです。


満たされない思いを満たすには、

外にある繋がりを得ることではなく、
内にある繋がりを得ることです。



誰もが本当は、内にある繋がり(満足)を得る為に、
外にある繋がり(満足)を求めているのです。





この根本にあるズレに気がつかないことには、

本当の意味で何かがはじまることはありません。



真理とは逆の方向に突っ走っているからです。




なので内の繋がりが深まることで、

「自然と内の繋がりが外に出てしまう」
と言うのが理想的であり、




それを可能にするのが、
「困難をも乗り越える(受け入れる)ことができる繋がり(器)を持つこと」
なんです。




繋がりを浅くすることは、無難に生きることであり、
無難にこだわる程に、繋がりの価値(質)は下がり、

困難を受け入れる器を育てないことには、
はじまりから方向性を間違えている為、結果は見えている(上手く行かない)のです。





器がないことが、
感情や経験に囚われることを生み、同じことが繰り返えされ・・・
(解放できていない思いが同じような類ともを引き寄せ)

同じことの繰り返しは繋がりを浅くすることに繋がり、
(人は成長するからこそ同じ場所に停滞することで悩み)


結局の所、繋がりは崩壊して行くのです。
(人との繋がりが壊れて行くのです。)






満たされない思いは、片手落ちでは解消できないからこそ、

派生から繋がる事実を知ることで、新たな道が見えるのです。





東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 でした。


お知らせ


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
こんにちは。

東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 です。





片手落ちな進化と繋がり1の続きです。




深い繋がりを作るには、
恵まれている中にいるのでなく、苦労の中に飛び込むことです。


昔のことわざでも若い頃の苦労は買ってでもしろ、と言うことわざがあり、
漫画やドラマを見てもその意味が分かります。



苦労の先には成長があり、

「苦労を乗り越えたからこそ、分かることがある」
のです。




苦労を一緒に背負ってくれた
大切にしている思いを尊重してくれた
本当に必要なものだけを提示してくれた



それらの思いは苦労の中にいる時ほど大きな価値となり、

苦労を越えることで、その思いは感謝・感動となり、



繋がりは確かな実感(成長)となり、絆を深めます。



苦労を受け入れることは困難を極めますが、
受け入れることができた時に、苦労は成長の糧となり、

本当の価値(意味)を知ることに繋がっていて、




これは恵まれている中では、決して体験できないものです。



本当の繋がり(成長)は、
片手落ち(不完全)からは、生まれないからです。

些細な間違いが許されないものが進化でもあります。




だからこそ、恵まれ過ぎることは、
繋がりの価値をないものにします。



いつでも会えるから

他にも人はいるから

他でも得られる(学べる)から


そこで全ての思いを解消できなくても、
「何とかなる」
と言う状況が、全ての価値観を根本から変えているのです。



一昔前はそんなことはできなかったのです。

恵まれていないからこそ、一つ一つを大切にできました(大切にするしかなかったのです)。





一つ一つを大切にできないことで、繋がりはないがしろにされ、

そこから本当に意味のあるものが生まれるとしても、
気づくことさえできないのです。




人は自分を律して生きることより、環境に左右されて生きている為に、
自己判断(価値観)は環境により少しずつ変わり、


本当に大切にすべきことを忘れて(勘違いして)行くものです。




繋がりは、

恵まれることで、安く(浅く)なり
恵まれないことで、高く(濃い)なり



より濃い事実を掴む為には、何事も活かすしかありません。




その段階にまで意識が高まることで、
繋がりは本当の価値を見出すものとなります。




またまた次回に続く(^^♪





東京 新小岩 お悩み相談部屋「ひつじの隠れ家」 坂本桂佑 でした。

お知らせ

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)