ジオターゲティング
2015年07月19日(日) 23時59分36秒

無視される議会制民主主義の根本

テーマ:政治
なんかとんでもないことを仰っておられます。

「秩序を欠いた事実と異なる報道により世論は歪む」http://blogos.com/article/123196/

私が問題視していることは、「議事法の裏」をかいて、「粛々」と「ナチスの手口に倣って」、「国民は忘れやすい」と言って済し崩していこうとする国会の手法のことです。

本文引用====
「強行採決を連呼する方々に申し上げたいと思います。選挙という民主主義的な手続きによって選ばれた衆議院議員が475名。それぞれに賛否を代弁すべく、送られています。私も反対の声には耳を傾けてきました。少なくとも選挙で選ばれた反対意見の代弁者たる議員の、全ての審議、議事録を頭に叩き込んでいます。」
引用終わり====

とは仰いますが、では、過去の政権が積み重ねてきた事実は頭に叩き込んでないのでしょうか。戦後処理の問題然り、自衛隊の扱いにしても然り。今の自民党は、昔の自民党内閣が苦労して積み上げてきた解釈などをも叩き潰しているわけで、自民党政権OBからは大きな反発を得ているではないですか。

TPPの問題にして然り、沖縄の問題にして然り。

前回の選挙は「TPP推進を掲げる野田政権」に対して、「TPP反対を掲げる安部自民」が勝ったという図式はすっかり頭から消えているようです。鳩山政権時代に公約とした「少なくても県外」にしてもそうです。議会制民主主義において「あの時は私たちは反対だったから」は通用しないのは常識ではないですか。

記事引用====

国民の8割が法案に反対ならばこんなに平穏ではない筈です。当時の安保闘争に比べ穏やかなものという見解は事実ですね。

ここまで====

よしんば、おっしゃるように「国民の8割が法案に反対ならばこんなに平穏ではない筈」「当時の安保闘争に比べ穏やかなものという見解は事実」だとおっしゃいますが、当時の10万人(推定:公安の発表値なので過小評価の可能性あり)は、ヘルメットをかぶり角材などを手に手に集まったのです。それに比して今回のデモは、立錐の余地のない状態であっても道路にはみ出すこともないわけですから一人当たりの占有面積が違います。故に、そこにたどり着けずにとてつもなく長い行列になっている点は無視されているようです。ちなみに、掲載されている写真も、最前列のごく一部を切り取っている写真ですね。

じゃあ、今集まっている10万人(推定:主催者の発表なので「過大評価」の可能性あり)が当時の安保闘争のようになんでもありという状態にならなければ政治家は耳を傾けないということを言いたいのでしょうか。(まあ、そうなったとしても耳を傾けようとはしないと思いますけど。)

さらにこの方は、

>権利は義務と共に認められるものと思います。

>自由も秩序と共に認められるものと思います。

とありますが、こんなことを言い立てるのは国会議員の思い上がり、驕りとしか言いようがありません。そもそも、この方は、憲法99条を読んだことがないのでしょうか?

「第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

つまり、国会議員の権利も義務とともに認められるものであるわけですが、その点は敢えて無視をしておられるようです。国会議員である限り、憲法を間違ってると言ってはいけないし、その内容を理解し、憲法の理解を曲解してはならないのですが、その辺を知らないのか、無視をしているのか…。

議会制民主主義においては、国会議員は「国民の権利の代行者」でしかありません。国民は選挙によって、自らの権利を国会議員に付託しているにしか過ぎないのです。
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2015年06月30日(火) 08時40分51秒

その民の平素の修養

テーマ:政治
「デンマルク國の話」という内村鑑三が書いたの本があります。明治44年(1911年)、内村鑑三が51歳のときの講演記録です。この頃の日本は、前年に日韓併合や大逆事件などが起こった時代です。

デンマークは19世紀後半、プロシヤ、オーストリアと戦いに破れたこの国は、南部の豊かな二つの州を割譲させられ、国民生活は窮乏の極みに陥ります。その中で、祖国の再建を夢見たダルガスという元工兵士官が「剣で失ったものを鍬で取り返せ」との信念で熱心に植林を呼びかけた事がデンマークに幸をもたらした。敗戦から40年後、デンマークは国民一人当たりの富が栄米独のそれをしのぐ、世界一豊かな国として立ち直った。(「軍艦長門の生涯」阿川弘之著より引用)

「今、ここにお話しいたしましたデンマークの話は、私どもに何を教えますか。
 第一に戦敗かならずしも不幸にあらざることを教えます。国は戦争に負けても亡びません。実に戦争に勝って亡びた国は歴史上けっして尠(すくな)くないのであります。国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。否(いな)、その正反対が事実であります。牢固(ろうこ)たる精神ありて戦敗はかえって善き刺激となりて不幸の民を興します。デンマークは実にその善き実例であります。」

ギリシャ経済が危機を迎えています。ギリシャは支払期限を迎えている本日6月30日までに、債務約16億ユーロ(約2200億円)、さらに、7月と8月に9000億円余り、今年通年でみれば270億ユーロ(3.7兆円)を払わなければならないのです。そのため、ギリシャは、銀行の営業を29日から停止し資本規制を導入すると発表しました。

「(ギリシャが)デフォルト(債務不履行)に陥り、ユーロ圏からの離脱が迫った場合、真っ先に入手困難となるのが輸入依存度の高いエネルギー資源や医薬品とみられるためだ。

ギリシャの2014年の輸入額は620億ドルで、世界全体の18兆8000億ドルから見ると規模は小さいものの、日常生活に不可欠な燃料や人命にかかわる医薬品を確保できなければ、国民に深刻な影響を及ぼすことになる。」(ロイター記事から引用http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0OX0PW20150617)


一言で言えば、国家が破産してしまう状態になったということです。これによって、国民の生命と財産が脅かされ始めています。

ギリシャはEU加盟国です。

EUは通過まで統合した包括的な集団安全保障国家群というべき組織で、欧州合同軍という軍隊さえ持っています。ちなみに、欧州合同軍は、ドイツ・フランス・ベルギー・ルクセンブルク・スペイン・ポーランドの各国から部隊が派遣されて構成されている最大兵力約6万名の軍隊で、「1災害救援もしくは人道問題に対する派遣。2国際連合または欧州安全保障協力機構における平和維持任務。
3北大西洋条約機構および西欧同盟における集団安全保障・防衛任務。」という強力な集団的自衛権を確保している地域統合体です。

さて、「国民の生命と財産が脅かされ」とはどこかで聞いたフレーズですね。

今、日本で大騒ぎになっている安全保障関連法案の説明の中に出てくるフレーズです。ギリシャは他国から攻撃されたわけでもなく、輸入経路を脅かされたわけでもなく、緊密な関係を結んでいる国が攻撃を受けたわけでもないのにもかかわらず、「国民の生命と財産が脅かされる、国家存立の危機」に追い込まれているのです。

ちなみにギリシャが返済に迫られているお金は日本円にして3.7兆円です。に対し、日本は年間で140兆円の国債を発行しているわけです。微々たる金額かもしれません。しかし、それがギリシャの信用問題になっているわけです。それぐらいの借金さえも払うのに言を左右し、時間稼ぎをしているように見えてしまったその時、ギリシャのような国の危機に陥ってしまうわけです。そして、そのつけは、国民が払わされるのです。端的に言えば、それだけのお金を払うことができなくなっただけで、国家というのは、簡単に存立の危機を迎えてしまうということを意味します。

冒頭に紹介した内村鑑三の「デンマルク国の話」の中で、「国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。」とあります。そして、それは、「善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。否(いな)、その正反対が事実であります。牢固(ろうこ)たる精神ありて戦敗はかえって善き刺激となりて不幸の民を興します。デンマークは実にその善き実例であります。」と指摘しています。

そして、内村鑑三は「国の実力は軍隊ではありません、軍艦ではありません。はたまた金ではありません、銀ではありません」と明言した上で、下記のように結びます。

「ダルガスのごとき「智さとき愚人」がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまするならば、その国はそのときたちまちにして亡びてしまうのであります。国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときことはありません。私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄けいちょうふはくの経世家を警いましむべきであります。」

修養とは「知識を高め、品性を磨き、自己の人格形成につとめること」です。難しく考える必要はありません。「人間として、驕らず、気負わず、為すべきことをする」だけのことです。

実は、その後デンマークは第二次世界大戦に伴い、ナチスドイツに占領されました。そして国民はその時、その平素の修養を発揮しました。デンマークにいたユダヤ人たちは、多くの市民の協力によってその99%がホロコーストから逃れることができたのでした。

その後、連合国の一員として認められ、デンマークは国際連合の原加盟国として名を連ねたのです。100年前も現在も、デンマークに学ぶべきことは日本にたくさんあるようです。
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2015年05月21日(木) 10時25分34秒

どうしてこうもめちゃくちゃなのか

テーマ:政治
facebookの記事を見ていたら、いわゆる修正歴史主義の典型的な文章に出会った。

昨日の党首討論の、安倍首相と共産党の志位委員長の討論の内容に対するコメント。

ここから=====
実に腹立たしい内容である。戦争に勝てば善、負ければ問答無用に悪という構図は傲慢としか言いようがない。大東亜戦争以前、欧米列強は東南アジア諸国を植民地化し搾取の限りを尽くした。アメリカは非戦闘員を人類未曽有の原子爆弾で殺戮し、その正当性を未だに吹聴している。東京大空襲は明らかに民間人の大量虐殺行為。また日本全国に爆弾を投下し、多数の民間人を殺戮した行為も看過出来ない。これらこそ、平和に対する罪ではないのか。昨今の史実解明により、真珠湾攻撃はルーズベルトの謀略であった。日本による奇襲などでは断じてない。事前に奇襲を察知し、真珠湾に停泊していた主力艦船は沖合いに避難させ、老朽化した艦船を残し日本軍に狙わせた程の手の込みようだった。ルーズベルトは真珠湾を攻撃させ、全面戦争突入の口実にしたかったのである。東京裁判は司法の原則を無視したものであり、国際法上無効なものである。インドのパール判事は日本の無罪を主張したが、連合国はこれを無視した。マッカーサーですら、後のアメリカ公聴会で、日本は防衛戦争に突入せざるを得なかったと発言している。以上の流れを含んで出されたのがポツダム宣言である。それを挙げて、日本だけを悪とするのは、余りにも短絡的ではないか。
ここまで=====

もう、呆れて口が閉まらないとはこういう状況をいうのかしら。

逐一コメントをつけてみました。

>勝てば善、負ければ問答無用に悪という構図

これが、戦争の本質ですね。

>欧米列強は東南アジア諸国を植民地化し

脱亜入欧の思想のもと、その植民地経営に遅まきながら乗り込みたいと考えたのは、明治末期から昭和の初期の日本の考え方でしたなあ。

>アメリカは非戦闘員を人類未曽有の原子爆弾で殺戮し、その正当性を未だに吹聴している。東京大空襲は明らかに民間人の大量虐殺行為。

東京大空襲は、都市機能を奪うための戦略爆撃ですが、そのモデルとも言えるものが日中戦争(支那事変)時の「重慶爆撃」ですね。3年弱の間に218回も行われ、1万人を超える犠牲者(そのうちの8割は民間人だとされる)を出したこの一連の戦略爆撃は、蒋介石をして、戦争継続の自信をなくす直前まで追い込んだと言われていますね。1937年のゲルニカ爆撃に続く最初期の組織的な戦略爆撃に位置づけられる重慶爆撃はその後研究され、近代戦においては有効な戦略とされ、ナパーム弾や原爆などと組み合わされた上で戦争末期に、日本に対する有効な作戦の一つとして採用された訳で、戦争の非人道的な側面を強く示していますね。

>日本による奇襲などでは断じてない。

因みに真珠湾の戦果は、日本が狙っていた通りの戦果(攻撃順序の主目的は戦艦・空母、副目的は航空基地・敵飛行機となった。その意図は、心理的効果と、敵艦隊が西太平洋を進攻する機動能力を奪うためには、戦力を二分して敵艦隊と工廠、油槽等施設を攻撃していずれも不徹底に終わるより水上艦艇に集中して確実徹底を期すべきと考えたためである。水上艦艇を徹底的に叩けば、大西洋艦隊を割いて太平洋艦隊を増強しても相当長期間その進攻能力を回復しえないと判断したため、工廠や油槽などの後方施設の戦略的価値の重要性は認めながらも、兵力の関係から見逃さざるを得なかった)でしたが、それの復旧・復興が日本の読みよりもずっと早く、日本が最も避けなければいけない長期持久総力戦にひきづりこまれたことが大きな敗因です。因みにこれは、総力戦研究所において、昭和16年「7月から8月にかけて研究所側から出される想定情況と課題に応じて軍事・外交・経済の各局面での具体的な事項(兵器増産の見通しや食糧・燃料の自給度や運送経路、同盟国との連携など)について各種データを基に分析し、日米戦争の展開を研究予測した。その結果は、『開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国(日本)の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能』という『日本必敗』の結論を導き出し」、「8月27・28日両日に首相官邸で開催された『第一回総力戦机上演習総合研究会』で報告」しています。当時の連合艦隊司令長官山本五十六でさえ、正攻法でやってはアメリカには勝てないと言ってましたし、つまり、正攻法でやっては勝てないので、奇襲を選び取らざるを得なかった訳です。

連合艦隊司令長官山本五十六は、第十一航空艦隊参謀長大西瀧治郎と第一航空艦隊参謀長草鹿龍之介の両者に「ハワイ奇襲作戦は断行する。両艦隊とも幾多の無理や困難はあろうが、ハワイ奇襲作戦は是非やるんだという積極的な考えで準備を進めてもらいたい」旨を述べ、また、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐は旗艦赤城に対して「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味するトラ連送「トラ・トラ・トラ」を打電しています。日本側では、奇襲だと強く信じていた訳です。結局はそれもアメリカの手の内だというのは悲しい事実だった訳ですね。

ただ、当事者たちが頑張って奇襲攻撃を行っていたのに、相手が知っていた(程度の判定は様々あるとしても)から奇襲ではないって言い張るのは、なんとも不思議な感じがします。

>東京裁判は司法の原則を無視したものであり、国際法上無効なものである。

東京裁判は確かに、矛盾点が色々とありますね。
そもそも、国際法という法律は存在しませんから、「国際法上無効」ということ自体が「無効な言い方」ということになります。では、「国際法」とはなんぞや?ということになりますが、「国家がその主権において自国内に制定する『国内法』と対比されるもの」です。その実態は国家間の条約が条約締結国間では法律として作用する性格から、その「主要な法源は条約と慣習国際法」の積み重ねになります。

つまり、国際法とはそもそも既成事実の上に成り立つのが通例ですから、そういう意味では、東京裁判もその既成事実の一つとして機能していますし、「1945年(昭和20年)9月2日、日本と連合国との間で交わされた休戦協定(停戦協定)」によって「ポツダム宣言の受諾は外交文書上固定された」ことになりますので、ポツダム宣言そのものが国際法としての扱いを受けるということになります。因みに、国際法は、あらかじめ決めてある場合などを除き、時効などは存在しません。新しい状況になったときに、新しいものが上書きされていくだけです。

>マッカーサーですら、後のアメリカ公聴会で、日本は防衛戦争に突入せざるを得なかったと発言している。

これについては
 『~右を向いて歩こう~親米保守への誘い』
第二期右野翼と滅罪による『右の、右による、右のためのブログ』       
(http://migino38.seesaa.net/article/373684683.html)

で、原文(英文)に詳細に当たり、その矛盾について書いてあるので譲りますが、原文の一部を再構成し、恣意的に資料を悪用している事はもはや明らかです。

以上の流れで考えると、国際法の基礎も知らず、戦中の状況も知らず、「日本だけが悪とされている」と短絡的に考え、自分の気持ちだけで突っ走っている様が見えますが、いかがでしょうか。

※因みに引用はすべて、ウィキペディアフリー百科事典からです。
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2015年05月10日(日) 07時27分47秒

サヨナラ政治家?

テーマ:政治
園長として、園児たちと関わっていると、「先生、おもちゃを貸してくれない」と言いに来る子もいますし、もう「悪口を言われた」と喧嘩が始まっている場合もあります。それをいち早く見つけて、解決するのがクラス運営の技術となるわけですが、もっと大切なことは、あらかじめ、園児たちに価値観の優先順位を伝える働きかけを可能な限り行うことです。そしてそれは、できれば口頭ではなくて、園児たちの生活の中で自然に行われなければいけないと私たちは考えています。そのような考えで保育を行っていると、子供たちの素晴らしさが見えてきます。障害の有無、個性の衝突乗り越えて、私たち大人よりもずっと自然に助けていますし、個性がぶつかり合いながらも互いを受け入れあっている姿も見受けられます。

もともと、相手との衝突は、制度で対応できるようなものではありません。その都度、胸を開き、互いを理解しようと努力することによってのみ解決できるものです。こういう努力を伴ってはじめて、人間関係というものが深められていくと私は考えています。

最近、様々な場所で流行語のように使われる「グレーゾーン」。クロかシロかはっきりしないという意味合いから、「人によって判断が分かれる」状況の時に使う言葉になっているようです。つまり冒頭で紹介した園児たちの姿そのものです。あらかじめ知っていた対処法では、対応できない部分を「グレーゾーン」と呼ぶわけです。でも、グレーな部分だからこそ、その人らしい対応を見ることができるチャンスであるということもできないでしょうか?

大岡裁きで有名な「三方一両損」を調べてみると「法治主義の立場」から「「法の下の平等を担保できない」などと否定的な意見をみ受けます。でも、この「三方一両損」を細かく見ると、これは、政治の部分で評価されているということがわかります。つまり、お互いの正直さがぶつかりあったケースで、その正直さを潰さず、讃える配慮が、万人の評価を得ているということが言えるわけです。そして、これこそが「政治」であり、庶民が求める政治家の理想的な姿であるのです。

冒頭に、保育所での園児たちの姿を紹介しました。保育園での園児同士の約束事があります。でも、園児たちはそれを超えた良い関係も構築しています。ある園児が「先生、まだ、僕が使っていい時間だったんだけど、あの子に貸してあげた」と報告に来ました。「そっか、あの子も喜んでいた?良かったね」と答えると満面の笑みで、次の遊びに移っていきました。

最近、政治の世界で特に取りざたされるグレーゾーンですが、政治の世界ではそれが、意見の数によって左右されるケースが多々見受けられます。私が看過できないのは、そのグレーゾーンを細分化して無くしていきましょうという現在の政治の動きです。

三方一両損を始めとする「大岡裁き」のポイントは、訴訟に来たその人自身とそれを聞いた人々が「確かに法律にはこう書いてあるよ、でも、その前にあなたはどうしたいんだい?」考えるように促すことにあると言えます。そこにグレーの意味があります。もしグレーゾーンを、全てクロかシロかに細かく切り分けてしまったらどうでしょう。私たちは絶えず自らがシロであるかどうか検証し証明し続けなければいけないでしょうし、政治家は制度に縛られ、自身の主体的判断を奪われて、自身の持つ勢いで突っ走るしかなくなり、結果、謝るところを知らず、自身の破滅を招くことになるのです。

人間は心を持ちます。心は闇と光を兼ね備えます。心は磨かれ続けなければ、絶えずグレーゾーンの中を行き来します。心を磨かない政治は、結果的に政治家を駆逐するのです。
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2015年03月30日(月) 17時14分48秒

世界を旅するには

テーマ:政治
外国を旅行するために必要な、皆様おなじみのパスポート。パスポートの歴史は古く、ローマ帝国時代にさかのぼるそうですが、ローマ帝国のパスポートには旅行者の人身保護規定文として「この旅行者に危害を加える者は、ローマ皇帝に宣戦したものと看做す」との一文が記されていたそうです。

さて、では現在の日本のパスポートになんて書いてあるか知っていますか?

パスポート


『日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 日本国外務大臣(公印)』

「関係の諸官」とは誰かと言えば、そのパスポートを持っている人がその時にいる国の「官憲」です。警察官や軍人、その他諸々の公務員に対して、「本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう」要請している訳ですね。

つまりです。その国と日本が相互に信頼関係を結んでいることが前提となります。信頼関係を結んでいる国同士なんだから、お互いの国民と見なして「通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与え」ましょうとそう言う呼び掛け文でもあります。逆に言えば、この要請が通用しない地域や国に対しては、持っていることによって単なる紙切れどころか、本人にとって酷い結末を招くことがある場合も想定していなければならないということです。

逆に言えば、2000年前のローマ帝国であれば「(世界一の強国であり大国であるローマが)国としてケンカを買う」というのが有効な脅しにはなったかもしれません。でも、大国も小国もお互いに主権を認め合う現代にあって、自国民の保護を理由に軍隊が乗り込んで行って救出するというのは国際通念として認められません。

もし仮に、日本で起きた誘拐事件にアメリカ人が巻き込まれたとして、それを奪還するためにアメリカ軍が乗り込んではこないでしょう。日本の警察が処理すべき事案だからです。これを主権を認めると言います。その国の中で起きたことはその国に任せると言うのが、パスポートの意味するところで、そこには「必要な保護扶助を与えてください」とお願いすることしかできないのです。

自衛隊の活動、安全保障問題全般を伝える安保・防衛問題の専門紙である『朝雲』に、こんな記事が載っていたそうです。

「朝雲寸言」ではこのように結んでいます。

「国会質問を聞いていると、陸上自衛隊の能力を強化し、現行法を改正すれば、人質救出作戦は可能であるかのような内容だ。国民に誤解を与える無責任な質問と言っていい。
 これまで国会で審議してきた「邦人救出」は、海外で発生した災害や紛争の際に、現地政府の合意を得たうえで、在外邦人を自衛隊が駆け付けて避難させるという内容だ。今回のような人質事件での救出とは全く異なる。
 政府は、二つの救出の違いを説明し、海外における邦人保護には自ずと限界があることを伝えなければならない。私たちは、日本旅券の表紙の裏に記され、外務大臣の印が押された言葉の意味を、いま一度考えてみる必要がある。」

無責任なやり取りに国民が誤魔化されることで、国民はどれほど辛い現実に巻き込まれてきたか一度振り返ってみましょう。

トマス・ジェファーソン
「信頼は、どこでも専制の親である。自由な政府は信頼ではなく猜疑にもとづいて建設される。われわれが権力を託さなければならない人々を制約的な憲法によって拘束するのは、信頼ではなく、猜疑に由来する」(「ケンタッキー州議会決議」1798年)

植木枝盛
「…専制の政府には先ず第一に国憲を立定するがその自由を保つ道なれども、すでに国憲を立てたる者の如きは、またこれを保持確守する事なくんばあるべからざるなり。…人民にして政府を信ずれば、政府はこれに乗じ、これを信ずること厚ければ、益々これに付け込み、もしいかなる政府にても、良政府などいいてこれを信任し、これを疑うことなくこれを監督することなければ、必ず大いに付け込んでいかがのことをなすかも斗り難きなり。故に曰く、世に良政府なしと」(「世に良政府なる者なきの説」1877年11月)


「無責任」な言動に無批判であるのが「国民の罪」だとは、厳しく言い過ぎでしょうか?
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2013年11月09日(土) 15時28分27秒

それは秘密です

テーマ:政治
牧師あったり、保育所の園長であったりすると、守秘義務というものは強く意識しなければならない時がよくあります。保育所の就業規定には、「職業上知り得た秘密を漏らしてはならない。退職後も同様とする」という条文が入ってもいます。

特定秘密保護法案が今、話題になっていますが秘密とは一体何なのでしょうか。何を目的に行われるかというと、テロの防止、軍事機密など「安全保障上、秘密を守る必要性」を主張しています。なるほど、それも必要でしょう。では、運用することを考えてみます。

そもそも、万が一にも秘密を漏らされてはいけないと思うので「特定秘密の取扱いの業務を行うことができる者」は、「適性評価により特定秘密を漏らすおそれがないと認められた職員等」に限定しなければなりません。さて、適正評価とは一体何かと言えば、「特定秘密を取り扱う公務員や民間人は、テロ組織との関連はもちろん、犯罪歴・薬物歴・精神疾患の有無は当然として、飲酒の節度や経済事情、家族の国籍など」を調査すると想定されています。

しかし、考えて見れば、その時点で適正とされても、その人がこれからもなお、その評価基準をクリアし続けるとは考えられません。家庭環境や職場環境の激変などで、薬物などに依存することだってあるかも知れませんし、精神疾患だって、経済的事情だってそうです。もっと言えば、子供がその後、敵対国家と想定される国籍の方と結婚すると言い出すかも知れません。その場合は、突然不適正となるのでしょうか?人間のことです、食うに困れば何をしたっておかしくないでしょうし、もっと言えば、本人が秘密にしておくことをおかしいと思ってしまえば守秘義務そのものが覚束なくなります。運転免許でさえ、最長5年で免許の更新があるのですから、それよりも短いスパンで、きめ細かいカウンセリングや生活支援などのケアが必要でしょう。でなければ、個人の責任で数十年先までも秘密を守り通すことなどは出来るわけもありません。

私たちが友達に自分の秘密を話す時、その秘密をばらされたとしても「それは自分の見る目がなかったのだ」と納得せざるを得ない事を考えると、この法案は、秘密を教えた方の責任を放棄しているようにしか思えません。

そもそもこの法案を提出する動機ともなった尖閣諸島中国漁船衝突事件では、「衆参予算委員会の理事ら30人に限定して公開」であったにも関わらず、それを視聴した一部の議員たちが身振り手振りを交えて「秘密を漏洩」していた事実や、財務大臣が記者会見時に酩酊して辞任に追い込まれたことを振り返るとき、国会議員に対しても、選挙の前後に「適正評価」を実施しなければならなくなるでしょう。国会議員の皆さんは、それに同意されるのでしょうか?

中国漁船衝突事故のビデオを見て身振り手振りを交えて話した議員にしても、「これは秘密にしてはいけない」という動機が働いたからこそ話したのでしょうし、その後ビデオを流出させた当の海上保安官にしても、そういう想いであったことを証言しています。

公然の秘密と言う言葉があります。 その気になれば「覗けるけど、覗かない」という概念であり、みんな知っているけど知らないと言う概念です。秘密なんて、意識されれば暴かれるのです。 太平洋戦争中、大和型戦艦を始めた日本の兵器の詳細なスペックを連合軍側は得られなかったそうです。それは、防諜がしっかりしていたからではなく、それを秘密にすることの必要性を国民が知っていたからです。必要性の解る秘密は公然であっても秘密なのです。

つまりです、秘密とは、その必要が何にも上回るものである事を共有するしかないのです。

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2013年09月28日(土) 17時53分12秒

子供の福祉はどう守られる?

テーマ:政治
昨日、就学指導委員会がありました。

就学指導委員会は、知的障害や身体障害などをもっている子に対する最善の学校環境の提供を検討する場です。その委員会に園長であるだけで、参加を求められるのです。で、私も就学指導委員と言うことになります。

さて、保育所保育指針に於いて、保育士は「子どものためのソーシャルワーカー」たる資格職と定義されてきました。そう言う意味では、児童福祉は学校と保護者の間に「子どものためのソーシャルワーカー」が入り伴走することで展開されるものであるはずです。だからこそ、保育所として提供していかなければいけない資源を構築していかなければなりません。そして、そのために木造保育所はこの数年間を用いてきました。

しかし、現状の就学指導委員会はその資源の提供を申し出る場所としては機能していません。行われている会議の現状は、IQなどを元に、そのお子さんを振り分けるだけという形にならざるを得ない状態です。当然です。専門委員が判定した内容にどのようも意見を言うことはなかなか憚られるのですから…。

つがる市域における児童福祉の薄さには目を覆わんばかりです。障害を持っておられるお子さんに対しての支援は、原則親が行わなければならないという前提があるのです。結果、完全バリアフリーの校舎ばかりの小学校なのに、その子の障害を親が支援出来るかどうかと言うことのみで、うけ入れが決まらざるを得ない状況になってしまっています。

そんな中で、木造保育所は、この4月より保護者さんの要請に基づいて、保護者さんへの支援として無償での看護師の派遣事業を始めました。

この事で私が騒ぎ始めてから、もう2年目ですが、就学指導委員会はまだ、これからも障害を持っておられるお子さんの振り分け機能しか実施できていません。

さあ、いつまでこちらの体力が持つか…。

一世一代の大勝負です。

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2013年07月18日(木) 09時43分23秒

武士道のない政治

テーマ:政治
ある漫画の中で護衛艦隊指令のセリフにしびれた事を思い出しました。
「攻撃すること無しに守りきることができますか」との問いに「それをするのが自衛隊ではないか」と司令官。

こういう誇りはどんな現場にあっても持っているべきだと思います。

「できると思いますか?」「それをするのが自分達の役目じゃないか」これこそ、正に武士道だと思います。

これに倣って言えば、

「首相!日本国憲法で国が守れるとお考えですか?」

「それをするのがわれわれ政治家と良識溢れる日本国民ではないか」

そういえる人が首相になっていただきたいと私は思っていますが、今の日本を見たときに、そう言う首相が日本に立つことは、難しい未来になってしまうのかもしれません。


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2013年07月17日(水) 00時47分14秒

いじめ禁止!!…「いじめ防止対策推進法」を考える その1

テーマ:政治
「いじめ防止対策推進法」(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337219.htm)なるものがいつの間にやら出来ていました。


「性善なのか性悪なのか」http://ameblo.jp/ootahachiman-ch/entry-11571306946.html
で、期せずしていじめのことを少し書きましたので、読んでみる必要があると思い、早速ダウンロードしてみました。

まず、本文をざっと読んでみて思ったのは、「なんじゃこりゃ?」でした。その最たるものが第四条です。

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(いじめの禁止)
第四条 児童等は、いじめを行ってはならない。
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そもそも「児童等は」とは一体何を意味しているのでしょう?

更に言えば、禁止したぐらいでなくならないのがいじめであって、それは、いじめが集団や個、「シカト」のような精神的な圧力から身体に対する直接的な危害まで様々であるからです。また、いじめを黙認する者もいれば、あくまで悪ふざけが結果的にいじめになってしまった例まであるいじめを具体的にどう「禁止する」というのでしょう?


第二条に定義がありました。

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(定義)
第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
2 この法律において「学校」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(幼稚部を除く。)をいう。
3 この法律において「児童等」とは、学校に在籍する児童又は生徒をいう。
4 この法律において「保護者」とは、親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。
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つまり、いじめというのは、「学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(幼稚部を除く。)において、学校に在籍する児童又は生徒同士が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)」と言うことになります。捻くれて考えれば、「大人は児童等ではない」という意味にもなってしまいます。

私が実際に相談を受けた事例では、高校の教員が生徒をいじめて、退学に追い込むという事がありました。これは、今回の法律には抵触しないのでしょうね。おかしな話です。

「影響を与える」とは一体何かは定義されていません。本当であれば、「心理的又は物理的な被害を与える行為」だと思うのですが、なぜか、ここではそうは定義されていない事は何を意味するのか疑問が生まれます。第一条では、「いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものである」と書かれているのにです。

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(目的)
第一条 この法律は、いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み、児童等の尊厳を保持するため、いじめの防止等(いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処をいう。以下同じ。)のための対策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体等の責務を明らかにし、並びにいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定めることにより、いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。
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さてはて、では、この「いじめ防止対策推進法」の中で考えられているいじめとは、どのような現象として捉えられているかを全体を追って考えて見ます。第三条では基本理念が謳われています。理念というのもどうかと思うのですが、

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(基本理念)
第三条 いじめの防止等のための対策は、いじめが全ての児童等に関係する問題であることに鑑み、児童等が安心して学習その他の活動に取り組むことができるよう、学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。
2 いじめの防止等のための対策は、全ての児童等がいじめを行わず、及び他の児童等に対して行われるいじめを認識しながらこれを放置することがないようにするため、いじめが児童等の心身に及ぼす影響その他のいじめの問題に関する児童等の理解を深めることを旨として行われなければならない。
3 いじめの防止等のための対策は、いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ、国、地方公共団体、学校、地域住民、家庭その他の関係者の連携の下、いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。
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で、件の第四条に繋がっている訳ですが、話が繋がりません。どういう事かというと、「児童等は、いじめを行ってはならない。」と言うことは、いじめが社会問題になってより数十年の間言われ続けてきたことだからです。第三条の2項も3項この理屈も数十年言われ続けてきたことです。つまり、何も目新しさを感じられません。

逆に言えば、こう言われ続けてもなお、いじめが続き、それによって被害者児童が自殺などに至ってしまってきたことを考えると「今までは法律がなかったから対処できなかったんだ」と言いたいのだろうかと勘ぐってしまいます。

じゃあ、法律が出来たんだから国や地方自治体はきちんと対処してくれるようになるのでしょうか?

ところがそういうことにはなりそうにないってのが、この法律のやっかいなところです。

(その2に続く)


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2013年07月09日(火) 16時00分17秒

「ねじれ」ってなんだろう?…投票前に知って頂きたいこと。

テーマ:政治
「ねじれ」って言葉を耳にしますが、さて、この「ねじれ」ってなんだろうと改めて思った次第です。

国会の状態を示す言葉としては「衆議院と参議院で与党が違う状態」を「ねじれ状態」と呼んでいます。で、そうなった時には、法案が通りづらいこともあって、直近の選挙で勝利したほうが「ねじれ解消」を訴えます。

さて、

「安倍晋三首相は7日のNHK番組で、憲法について『6割の国民が変えたいと思っても国会議員の3分の1超が反対すればできないのはおかしい』と述べ、改憲の手続きを定めた96条を見直し、発議要件を衆参両院の過半数(現行3分の2以上)の賛成に緩和することに改めて積極的な姿勢を示した」

と報じられました。

安倍首相の言葉によれば、「6割の国民が変えたいと思っても国会議員の3分の1超が反対すればできない」という状態を問題視しています。ここで問題なのは、彼の中で、「国民」と「国会議員」のねじれを意図的に使っていることです。

入れ替えて考えて見ましょう。

「国民の三分の一超が変えたくないと思っていても国会議員の六割が変えたいと思えばできるのは正しい」ということになってしまいます。

翻って考えて見ます。

ねじれ国会とは、国会議員の、それも与党の側から見た言い方であるということが判ります。なぜなら、自由投票によって表された民意は少なくてもそれが起こった時点では「ねじれ」ではなく、「民意」そのものであるわけです。

問題は民意を気安くねじれと呼び、政策をねじってしまうシステムにあるのだと思うに至りました。すべての国会議員は、「100%」は、無理でも、限りなく「100%」を目指して、「合意形成」の努力を続ける義務を負わされているのです。

更に、もう一つ強調しておかなければなりません。それは、参議院の性格です。参議院は途中解散なしの参議院の任期は6年で3年毎に半数改選であることは周知の事実ですが、その一方、首相は参議院ではなく衆議院の中から選出されるのが通例です。これは、参議院が衆議院のチェック機能を持たされていることを意味します。

つまりです。「すべての国会議員は、『100%』は、無理でも、限りなく『100%』を目指して、『合意形成』の努力を続ける義務を果たしているかどうか」は国民が選挙によって確認すると同時に、参議院は首相をはじめ内閣を選出する衆議院が『100%』は、無理でも、限りなく『100%』を目指して、『合意形成』の努力を続ける義務を果たしているかどうかをチェックする機能を求めていると言うことになります。

参議院は国会の二軍ではないのです。

本来的に二院制は「相互に牽制する体制にある(ねじれていなければならない)」ことを意味しているのです。


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