ジオターゲティング
2014年12月15日(月) 16時34分58秒

現か夢か…選挙というファンタジーを越えて

テーマ:憲法の事
空前の低投票率となった今回の総選挙。六割を切り、52.66%という投票率は戦後最低記録を更新したそうです。

何で投票率がこんなに下がるのかと言えば、色々理由があるようです。下記の三点が、頻繁に耳にしたものでした。

1. 天気が良かったから
2. 年末で忙しかったから
3. テレビで自民圧勝って言ってるから行かなくてもいいやと思う自民支持者が多かったから

中国の香港で学生達による大規模な民主化闘争があったと話題になりました。一票の価値はそれほどに大きいと言う事を指していると受け止められた一方で、日本での投票率が52.66%というのは、どういう事なのでしょう。

ある人は悲観的にとらえ、ある人は肯定的に捉えます。

投票率を調べてみれば、「独裁国家では形式的な選挙で自らの政権を正当化するために、国民を動員した上で強制的に自政権に投票させて高い投票率となる事例がしばしば見られる。かつて北朝鮮が100%に近い投票率であることがギネスブックに載ったことがある。」(投票率:ウィキペディアフリー百科事典)「「国家元首に関する法律」(Gesetz über das Staatsoberhaupt des Deutschen Reichs) が制定された。これはヒンデンブルクが死んだ後に大統領の職を首相と統合し、権限を「指導者兼首相であるアドルフ・ヒトラー」個人に委譲するというものであった。翌日ヒンデンブルクは死去し、法律が発効してヒトラーは国家元首の権限を手に入れた。以後、ドイツ国の最高指導者となったヒトラーの地位を日本では「総統」と称する。8月19日にはこの措置の正統性を問う民族投票が行われ、投票率95.7%のうち89.9%が賛成票を投じた。」(ナチ党の権力掌握:ウィキペディアフリー百科事典)とありました。つまり、投票率が余りにも高いというのも考え物という訳です。

選挙制度は出来たその時から、それに対する駆け引きが始まるのも事実です。中選挙区制から小選挙区制への移行にしてもそうであったでしょう。多数派にとってみれば、大きい意見が反映されなければいけないと思うでしょうし、少数派にとってみれば、自分たちの意見こそ大切だと思う訳で、その一方で、でも、多数決という大原則に立って考えてみれば、選挙そのものは多数派に有利になっていく結果を求められるのも事実です。

贈収賄、金品の提供など不正が後を絶たない理由もその中では、確実なところです。

ゲリマンダーという言葉があります。

ウィキペディアフリー百科事典によれば、

1812年、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の当時の知事エルブリッジ・ゲリーが、自分の所属する政党に有利なように選挙区を区割りした結果、幾つかの選挙区の形が奇妙なものとなった。そのうちのひとつがサラマンダーの形をしていたことから、ゲリーとサラマンダーを合わせた造語・ゲリマンダーが生まれた(絵参照:サラマンダーになぞらえられているエリアが一つの選挙区を構成する)。ゲリマンダー(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC)

ゲリマンダー


これだって、選挙制度の申し子ですね。

こう考えてみれば、選挙の結果も単なるファンタジーであることが解りますし、「世の中を変えたい」が「政治家になる」ことと同義でないことも判ります。

つまり、誤解を恐れずに言うのであれば、選挙の結果は、多数派を勇気づけ、少数派を絶望させるファンタジーでしかあり得ません。逆の事例だって私たちは目にしています。どんなに一生懸命デモをしても、選挙結果で「NO」を突き付けても、政権はのらりくらりとそれを遣り過ごしていく姿を私たちは見ています。

選挙に行くだけでは不十分なんです。更に言えば、世の中を変えることは、憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」によってのみ成り立つ事が判ります。

この中の「国民」には政治家の一人一人も数えられなければいけないことは当然ですね。

政治家が選挙に腐心することは、「憲法が国民に保障する自由及び権利」の「濫用」です。政治家の皆さんには、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負」う国民の代表者であって下さることを望みます。
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2013年06月05日(水) 12時42分34秒

憲法改正運動に対する私の姿勢

テーマ:憲法の事
私は下記の理由から日本国憲法96条の「改正」の動きを憂慮し、憲法99条に基づく憲法擁護と遵守を求めます。

1)私は、憲法前文が「戦争の惨禍」を経た日本国民が初めて政治家に対して国民の権利と国家権力の義務に目を向けた経緯について記された覚書であり、「世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」した上で、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」こと「政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信」じ、私たち日本国民が「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓」いつつ国際貢献をしていくことを言い表し、私たちの国の進むべき指針とも言うべき文章であることを確認し、この前文を削除する動きを退けます。

2)私は「世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を無視した「国際貢献の必要」から来るいかなる憲法改正案も退けます。

3)立憲主義において憲法とは、権力者を縛り権力を制御するためのものであって、決して国民を縛るものではないという前提を私は確認します。私は憲法改正の発議は国民の基本的人権に由来するものである事を確信し、政治家や国が発議するいかなる憲法改正案も退けます。

4)私は、人種、性別、国籍、出自、家系、障害の有無などを越えてすべての人々に対し基本的人権が憲法において保障されていることを確信し、これらを制限しようとするいかなる働きかけも退けます。

5)私は軍隊そのものが、国による奴隷的拘束によって成立することを確認し、それ故に9条2項の改憲を退けます。

6)日本国憲法はその97条において「日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と謳っており、また、99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と明示していることを確認します。一方で現在の国会に於いては、「憲法の尊守・擁護義務」を放棄していると理解せざるを得ない改正案や意見が国会議員達や各党から相次いで発表されていることに憂慮を覚えると共に、その様な動きを退けます。

7)私は、いかなる場合にも戦争が国民にとっては「政府の行為によつて起こる惨禍」であることを確認します。私は憲法が「政府の行為によつて起こる惨禍」を回避する為に最大限の努力を払うことを天皇、国務大臣、政治家、公務員に求めるものであることを確信します。

8)私は戦争や巨大災害なども含めたいかなる場合においても、国民は自主的かつそれぞれの良心に基づいて行動する権利を持つ者であって、その自主性や良心は国家に委ねるべきものではないことを確信しています。

9)国会議員にあって改正を求める昨今の動きは、政治的な都合によって基本的人権の尊守を限定的なものとするものであり、更には国民主権を蔑ろにするものであると理解します。よって、基本的人権を侵すおそれのあるいかなる憲法改正案も退けます。

10)東日本大震災が起こり、またそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所爆発事故が発生してから現在に至るまでの二年あまり経ちますが、その間、現行憲法下の日本においてのさえ国家による救済策は不十分であり、その一方で政治家や官僚などの都合により救済策が振り回されている現実を見た私は、彼らが発議する憲法「改正」の提案を「改悪」と捉え、その働きを退けます。

11)私は1947年「施行後1年を経て2年以内に新憲法を再検討する」という決定を極東委員会がしていたにもかかわらず、1949年4月には当時の総理大臣である吉田茂が「憲法改正の意思は目下のところもっておりません」と国会答弁をしたことと、これを受けて極東委員会が憲法改正を断念した経緯を踏まえ、日本国憲法が「GHQ」の押し付けであるという説を退けます。


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2007年08月16日(木) 15時54分06秒

憲法の事

テーマ:憲法の事
日本国憲法を変えようという動きが盛んになっています。特に、憲法9条などに代表される不戦条項が改憲派にとっては目の上のたんこぶの様に思われている所かも知れません。

改憲派からはいろいろな意見が出ています。最も最たるものは「押し付けではない自主憲法を制定しよう」というもの。安部首相の意見に代表されるものです。「戦後レジームからの脱却」…つまり、日本は戦争に負けた事によって、“とても不条理な憲法を押し付けられた”という立場から、“他国並みの憲法”を持ちたいという意見です。しかし、現実的には、日本国憲法によって専制君主制が否定され、民主国家になった事を認定されて、日本は1956年12月18日国際連合に加盟した時に「戦後レジームからの脱却」を果たしたというのが歴史学的な立場です。戦勝国への賠償から始まり、国内制度の再構築等を果たし、独立国としてふさわしいと認められたというのが国際連合加盟の意味する所だったのです。つまり、この時点で日本は「戦後レジームからの脱却」を果たしたのであり、安部首相が言っている現代の「戦後レジーム」からの脱却は意味不明という事になってしまいます。

百歩譲って、現在まだ「戦後レジーム」の中にあると考えて、この安部首相の意見を考えるとそれは、現国家体制の否定に他ならなくなってしまいます。「戦後レジームからの脱却」を掲げる安部首相の政策は、復古主義の色合いの濃いものとなっている事を考えると、「戦後レジームからの脱却」と現在の日本の国家体制の打破を目指しているというとんでもないことになってしまいそうな気がします。

次によく聞く意見は「9条があるから他国になめられる」という意見。特に北朝鮮の拉致問題が発覚してから盛んになってきた意見です。しかし、この意見は間違っています。現実に似たような拉致事件を多数抱えている韓国を始めとした多くの国々にはれっきとした軍隊があります。軍隊があるからといって拉致問題が起こらない訳ではないのです。

最後に、現実と整合性を持たせようという意見もあります。これは、「自衛隊は元々軍隊なのだから軍隊と認めてしまうべきだ」という意見。これは居直りに近いものを感じます。つまりは、自衛隊創設以降「軍隊とはお恥ずかしい」と言いつつ、「自衛隊は軍隊ではない」の一点張りで来た歴史をひっくり返すものです。「実は軍隊でしたが今までは便宜上軍隊と呼ばなかっただけです。でも実績を積んできてるし、本当の事を言います。だから、憲法を変えて下さい」という何とも情けない言い分に成ってしまいます。

それに対して、護憲派の言う事も今まで的を射ていなかったと言わざるを得ません。「自衛隊は軍隊なのだから即刻廃止すべきだ」という理屈でのみ動いていたのは結果的に見れば大きな誤りだったのです。それは、自衛隊が軍隊とは似て非なるものであるという性格を解らなかった、解ろうとしなかったつけという事ができます。

そもそも、「改憲派=保守派」、「護憲派=革新派」という図式もおかしなものです。本当は現行の制度を守ろうとする方が「保守派」であり、変えようとする方が「革新派」と呼ばれるべきだと私は思うのですがいかがでしょう?

さて、ちょっと考えれば現実問題としてはおかしい意見を孕みながら、憲法に対する論争が活発化する事は恐ろしい事だと言わざるを得ません。耳障りのいい意見には落とし穴が沢山ある事を忘れてはいけません。うまい話には必ず用心して当るべきなのです。

そもそも、国という概念はあらゆる形態をとり、とても掴むのが難しい概念です。ある時には国とは「時の政府」を意味します。また、ある時には「民族」を示します。また、ある時には「国民一人ひとり」を示し、またある時には「文化や伝統」を示す時もあります。またある時には「権力」を示しその中では「上層階級」を示す時もあります。しかし決定的に言えるのは、国とは個に対する表現であることでは一致しています。

戦前の大日本帝国憲法は欽定憲法といって、「王に主権があり、その王が国民に対して保証する権利」が明文化されたものでした。それに対し、現在の日本国憲法は国民主権を明示した憲法で、民主憲法という事もできます。「国民に主権があり、その相違に基づいて国を営む方法」が明文化されたものが日本国憲法なのです。だから政治家や閣僚を縛る為の憲法であるという事ができます。この憲法に政治観概論を唱えるという事自体、本当はあってはならない事なのです。

私達は、自分たちで調べたり考えたりする事をしないで、今まで歩んできたのではないかと思います。歴史を学ぶという事は「過去を振り返る作業」です。間違っては行けないのは「過去を確定する作業」ではないということ。ある一つの資料が出てきた段階でそれまで通用していた「歴史的常識」は簡単に覆されるのですから…。だからこそ、歴史というのは過去、現在、未来の時間軸で語られなければなりません。

歴史を学ぶものは過去に捕われてはいけません。現在も未来も、すぐに過去になってしまうのですから。大事な事は、過去に柔軟な姿勢を持ちつつ未来を考えていく姿勢ではないかと思います。
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