ジオターゲティング
2016年01月18日(月) 18時59分17秒

悲しいお知らせ

テーマ:ブログ
今夜から明日にかけ大雪だということで、今日は午前中に急遽、自宅の駐車場の雪をどかすことにしました。

保育所の除雪機を借り出し、駐車場脇の雪を畑に飛ばし、どけていきます。

途中までさしかかり、除雪機の排雪口から出てくる雪が黄色っぽいことに気がついた。

見ると




猫の


ウンコがあったらしく…


猫のウンコを粉砕してぶち撒いたようです。



orz

もう、何もしたくない気分。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2016年01月03日(日) 16時37分04秒

あけましておめでとうございました?

テーマ:説教
保育園の園児が困る言葉遣いの一つに、過去形か現在進行形なのかというのがあります。「ありがとうございます」なのか、「ありがとうございました」なのか、これを使い分けられないのです。

新年を迎えて、「あけましておめでとうございました」という子がいました。無論、正解は、「明けましておめでとうございます」なわけですが、その挨拶に遭遇した時、確かに、あけてしまったんだから、「おめでとうございました」でも良いのではないかとハタと考えさせられます。

新年がめでたいのは、旧年を何事もなく無事に送ることができたということを意味します。故に、親しい者を失った時には「喪に服す」という意味で、喪中欠礼の葉書を出すわけです。「本来でしたらご挨拶に伺うべきところですが、忌み事がありましたので、新年という希望にあふれた時のご挨拶には伺えません」という意味です。

そういう意味では、クリスマスも正月も、今までを振り返ることなくしては迎えられないということになります。つまり、「おめでとう」と言うからには、旧年の感謝と同時に新年の希望が込められなければならないのです。

クリスマスは、12月25日で終わりではありません。1月5日の公現日までをクリスマスとして祝うから、キリスト教ではクリスマスが年越しの行事として扱われてきました。キリスト教でもクリスマスはこの一年の振り返りから始まるのです。

さて、「あけましておめでとうございます」なのか「あけましておめでとうございました」なのかという問いに答えるためには、結局は、「この一年の希望を現実のものとして捉えているか、過去のものになってしまっていないか」という問いを突きつけられていると捉えて考えるべきでしょう。旧年を振り返る時に感謝を覚えるのか不満を覚えるのかによって、おめでとうございますの方向性は変わってしまうでしょう。

新約聖書の第1テサロニケ5章16~18節には「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」と書いてあります。しかし私たちは、「そんなことって、できるわけないよなあ」と反感に似た感情を抱いてしまいます。

でも、もう一度読んでみます。「しなさい」であり、「キリスト・イエスにあって神が望んでおられる」のだそうです。そう考えれば、旧年の振り返り方も変わってくるのではないでしょうか。苦しみの中にもあなたは微笑んだはずです。悲しみの中にも感謝があったはずです。旧年もあなたは守られて今を迎えているのです。

「あけましておめでとう」の意味は「旧年も守られました。悲しみも苦しみもあったけど、でも今私はここにいて、新年の歩みを希望を持って始めています」という意味だと思います。「今を感謝する」からこそ現在進行形の「おめでとうございます」なのです。クリスマスや正月が終わって「おめでとうございます」が「おめでとうございました」になってしまっては、「神の望み」は空しいものです。

希望を持って歩むということは、「いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝して歩む」ということを意味するのです。

新年あけましておめでとうございます。皆様の希望が主にあって豊かに祝福されたものであり続けますように祈ります。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年11月24日(火) 08時19分55秒

引き継がれるもの

テーマ:ブログ
昨日は盛岡に会議の出張が有り、その足を伸ばし久しぶりに仙台に帰ってきました。

実家には母と弟が待っててくれて、こうして、父の代わりに彼のコンピューターの前に座っています。座っている自分の姿を後ろから見る錯覚にとらわれながら、自分のことながら、なんと似た座り方だろうと感心します。

最近、自分の仕草の中や話し方の中に、父の仕草や話し方がいろいろと残っていることを自覚する時が時々あります。そして、子育てをしている私としては、それが今度は息子や娘にも引き継がれていることを実感することがよくありました。

じいちゃん

この写真は、父が温泉に静養に行った時のもの。

一緒に泊まろうと予定を合わせて、待ち合わせた旅館で会った時に、娘が「じいちゃん!!」と飛びついた時の写真です。

父は余命宣告されたあと、「せめて孫娘の入学式は見たいものだ」と言っておりました。そして「しっかりと孫たちの記憶に残る年まで、生きていたい」とも言っておりました。

彼らにはちゃんとした「じいちゃん」の記憶があります。今、青森の我が家では「じいちゃんの話」はよく飛び出てきます。彼らには「じいちゃん」はちゃんと存在しています。ただ、この写真のように飛びつける相手ではなくなっただけ。

彼らは真っ直ぐに、じいちゃんの大切なものを引き継いで大きくなっています。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年11月04日(水) 19時45分19秒

「にじの樹」

テーマ:訪問看護ステーション事業
今日、突然の来客がありました。

「先日までにじの樹でお世話になった者の家族です」と。更に、「にじの樹がなければ、あのようには看取れませんでした。本当にお世話になりました」とのご挨拶をいただきました。

聞けば、訪問看護ステーションにじの樹の事務所に挨拶に行って下さり、更に私を訪ねて保育所まで来てくださったということでした。

誠実に看護してくれた職員の看護師たち、そして私たちに身を委ねて下さった患者の方、そして一緒に病と戦って下さったご家族に対して、ただただ感謝の思いでいっぱいになりました。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年11月02日(月) 18時22分51秒

ディズニーリゾートに行ってきました 白雪姫お帰りなさい。

テーマ:子供たち
さてはて、何とかビビディ・バビディ・ブティックで、お化粧をしてもらうつもりになってくれた娘。こうなれば手馴れたもの。美容師さんの話術に娘も引き込まれていきました。

二人掛かり


こちらも余裕ができたので、あちこち見回せば、それはもう、やっぱりディズニーらしいこだわりが随所に見られて面白いです。

ティアラ


娘の髪に合わせて、ウィッグもつけ、最後にティアラを乗せます。

完成


これで完成。

最後は「ビビディーバビディーブー」の掛け声で、椅子をくるっと回し、本人に鏡を見せるという趣向。これには娘も照れながらも満足した様子でした。

その後、頼み込んで、持参した衣装を着せて頂きました。娘も少しは満足したようでした。その後、ホテルの庭園で記念撮影をして、ディズニーランドへ。

コーヒーカップ


この格好をして歩いていると、スタッフの方々が、「ごきげんよう、白雪姫!」とあちこちから声をかけてくれます。シンデレラ城へ行けば、スタッフの方が「お帰りですか?」と声をかけてくれ、私が「いえ、明日帰ります」などと本気で答えたら、「いえ、姫にお伺いしたのですよ」と…。夢の世界に浸るのは難しいですね。(^^;

結局、娘は、この髪型を気に入り、服は脱いだものの、そのまま眠りにつきました。髪をといたのは帰宅後でしたとさ。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年11月01日(日) 08時21分59秒

幼稚園と保育所と

テーマ:ブログ

 先日、ある会議の中で、幼稚園の方々が痛烈に保育所を批判しておられる様子に接する機会がありました。「保育所は教育を行っていない、単なる託児所だ。それを綯い交ぜにする新制度に対して私たちは声を上げなければならない」とそういうものでした。いろいろな場面で、このような声が上がっているということは、間接的には聞いていましたが、直接耳にするのは初めてでした。

「保育所だって教育をやっている」と論証しようとしたって、それは無理というものです。そもそも法的な根拠が違うのですから。間違えないように言っておくと、幼稚園と保育所は全く違う性格を持つべきものです。幼稚園は教育を、保育所は福祉を担当させられているわけですから、それは当然というべきものです。もう少し言えば、幼稚園は幼児に対して教育をする施設であり、保育所は全ての幼児の福祉を守り、そのために実践するべき施設であり、それはどちらか一方あればいいというものではありません。「それらを綯い交ぜにする」と考えるか「それらが連携しなければならない」と考えるのかは、唯一それが属する文化の懐の広さに拠ります。

 ご存知の通りつがる市では、去年度末で考えれば、保育所が14園に対し、幼稚園が3園という具合に保育所が多かったのは、保育所という機能を市民は圧倒的に必要としていたからということです。つまり、第一次産業(農魚業)、第二次産業(製造業)が中心である地域にとっては、幼児を預かる施設が何より必要とされていたことを意味します。そのため、西津軽郡最初の保育所として設立された木造保育所の創設期においては、西津軽郡内の公立保育所の設置に協力することが求められたわけです。

 一方、幼稚園の元は寺子屋でした。読み・書き・算盤を教えるところから出発し、その後、情操教育を手厚くしながら発展してきたのが幼児教育なのです。ですから、第三次産業(商業)が盛んな地域で幼稚園は発展してきました。そういう意味では、住み分けができていたのでしょう。しかし、第三次産業が24時間型の経営形態に移行する中で、子育て世帯は幼稚園に通わせることが難しくなっていきます。二者択一を求めるようなこれまでの制度の中では保育所を求める声が圧倒的に増えたことは想像に難しくありません。全国で待機児童という言葉が問題視されているのも、労働力の確保という本来児童福祉とは別次元のものが優先された結果でしかないのです。

 だからこそ、冷静になって考えてみなければなりません。今後少なくなっていく幼児を取り合うのであれば、それは一人のお子さんどころか、その地域の福祉や教育を薄くするだけの話になってしまうからです。教育も福祉も、地域や幼児の幸せを願って展開されるべきものであると確信します。

 子供達の未来を守るのは、大人の等しい義務であり責務です。子供がいないからとか、独身だからとかそいういう理由は成り立ちません。そして、子供には守られ、教育を受ける権利があります。親に問題があるからとか、障害を持っているからという理由も成り立たないのです。

 そして、私たちは自分が子供達に対しても不完全であることを知るべきです。そして、たくさんの人たちと連携し、協力しあって、知恵を出し合って、一人一人の子供に対して最善を提供するために模索を続けていくことが私たちの責務だともいます。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2015年10月07日(水) 18時56分31秒

なすべきこと

テーマ:保育所
園長に就任した最初の職員研修の時に「児童虐待」のことを話したが、職員たちは「それって、都会の話でしょ?こっちではあり得ない」という顔をしながら聞いていた。

数年前青森でネグレクトの問題が報道された時、その内の一人が「あの時は、田舎であるこっちの方でそんなことが起こるなんて信じられなかったけど、園長先生が言ってた通りでした」と話しかけてきた。

保育所だけでは見えない事実。保育所は給食があり、職員たちの愛情があり、兄弟とも呼べる友達にも恵まれている。

以前、私と同い年の方から聞いたのは、とても切ない話だった。

「うちはシングルマザーだったから、保育所を卒園してからは、小学校の帰りに保育所に妹を迎えに行って、家に帰って、冷蔵庫から夕食を出して、チンして食べてた。保育所にいた時が一番幸せだったよ。」

今から、40年前、高度経済成長の真っ只中にあった時代にも、そういう現実があったことに驚いた。そして、現代も「(学校が休みになり給食が出ない)夏休みに痩せる子どもたち」のことが問題になっている。

「子は国の宝だ」と言う。

しかしある人々は、「それも親の自己責任だ」とか「そういう体験も大事ではないか」などと取り合おうとしていない。

さらに言えば、「子は人類の宝」であるはずだ。

「子は親を選べない」し「子は一人では生きていけない」し「子は政治(国や制度)を選べない」のは厳然たる事実だ。

子は親を必要とし、親子は助けを必要とし、助けは政治(国や制度)を必要とする。

だとすれば、制度を研究し、親を助け、そして一人の子を支えることは、社会を構成する私たちの責務だろうし、曲がりながらも児童福祉施設を営む私のなすべきことであると思っている。

それにしてもやるべきことが多すぎる。

でも、自分の全知全能を注ぎ込む価値のあることだろうと思うと奮い立つ反面、思い上がってしまうかもしれない恐ろしさも生まれる。

謙虚に、しかし大胆にやっていこう。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年10月04日(日) 08時39分31秒

テーマ:説教
 孫子は「兵とは詭道なり」と言い、「戦争とは、騙し合いの生き方」だと説いています。その孫子は「およそ戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのままで降服させるのが上策で、(~中略~)百たび戦闘して百たび勝利を得るというのは、最高にすぐれたものではない。戦闘しないで敵兵を屈服させるのが、最高にすぐれた道である。」と説いています。
 概して、「生き方」のことを「道」とよんだわけですが、武士道では「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」と言い、騎士道は「武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身」を求めます。

 「王道」という言葉があります。「王の生き方」という意味ですね。これは、孟子の言葉に由来するもので、Wikipediaフリー百科事典にはこうあります。

「孟子は古今の君主を「王者」と「覇者」とに、そして政道を「王道」と「覇道」とに弁別し、前者が後者よりも優れていると説いた。孟子によれば、覇者とは武力によって借り物の仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる。故に孟子は、覇者を全否定はしないものの~中略~(王道)を行うべきだと主張したのである。」

 この「王道」ですが「学問に王道なし」なんて、「王道」=「楽な道。近道。」という意味も持っているわけですから不思議なものです。

 人は死ぬまで生きようとする本能を持っています。そして、力や財産を持てばその本能は、欲望というものに変質し、その人を変質させていくわけです。それをどのようにコントロールするかというのが「道」であったわけです。もっとも言えば、力や財産を持てば持つほど極めることを求められたのが「道」であったわけです。特に、命がけで物事を行わなければいけない人たちは、その理由を求めたわけです。「人が正しいことしようと命をかけることが『道』」という前提に立たなければ、これまでご紹介した「道」を極めようなんてことは酔狂でしかありません。

 「命をかける生き方」といえば、なんか途轍もない凄まじい生き方のように思えますが、「(その生き方を求められている)自分がいついなくなっても大丈夫なように備える生き方」であるということもできるでしょう。結局は、自分が課せられた責務や意味に基づいて「今日が最後の日であると思って生きる」というのが「道」であろうと思います。道というのは「備える生き方」ということができます。聖書にはこんな言葉があります。「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 多くの人々の流れに任せての生き方にあっての勇気や力は、流れに逆らう者を傷つけることしか導き出しません。

 道を極める時に求められることはただ一つ、「私らしくあること!!」なんです。

 皆さん、それぞれが自分らしく輝きを放って下さいますようにと祈っています。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年09月29日(火) 18時41分54秒

ディズニーリゾートに行ってきました ビビディ・バビディ・ブー!!

テーマ:子供たち
もう、前回の投稿から4ヶ月以上過ぎてしまいました。楽しい思い出を楽しく書く暇もなく、過ごしてしまいました。やっとこ、思い出しながら書く事にしました。お付き合いいただければ幸いです。

===========

さてはて、二日目のプログラムのメインは、何と言っても、 ビビディ・バビディ・ブティック

前回ディズニーランドに行った後、娘が時々溜息まじりに ビビディ・バビディ・ブティックの動画を見ていたので、今回はそれにトライをすることにしたのです。

調べてみたら、とにかく値段がすごい。キャッスルコースは30,800円。キャリッジコースが23,100円、クラウンコースが8,200円…。調べてみれば、差は、衣装やカメラ撮影が付くかどうかということ。確かに七五三なんかの撮影でもなんだかんだで数万円ですから、相場といえば相場かなあ。

去年、ある方が、娘にプレゼントしてくれたシンデレラの衣装がありましたので、それを利用し、写真撮影は、自分たちですることにして、8,200円のコースでやることにしました。

で、決めたものの、今度は予約が大変。びっしり予定が入っています。

空いているのを確認すると私たちの予定での最終日の1時からしかありませんでした。

しかしここからが、面白いところ。

暇ができるたびに予約を確認するとキャンセルが入って空きが出ます。最初の予定をキャンセルして、少しでも良い時間帯に予約を近づけていき、やっとこ二日目の8時半という我が家の旅程にとって最もよいところまでたどり着きました。

娘も二日目の目覚めから、楽しみにしていました。

それが、朝ごはんを食べ、ドレスを着せたところで、娘の表情が一変しました。「やりたくない」と言い始め、なんとか連れ込みましたが、嫌だ嫌だの一点張り。どうも、緊張しすぎたようです。

嫌だ!1

ブティックの方も加わって説得してくれますが、打つ手もない状況。

嫌だ2

ブティックの方が、「30分遅らせても大丈夫ですよ」と提案してくれましたので、外を散歩することにしました。お菓子を買って、二人で散歩していろいろ娘と話した結果、「ドレスを脱いだらやる」とのことで、やっとこ椅子に座ってくれました。

気を取り直して

親としては冷や汗もんでしたが、ナントカやる気になってくれて良かった良かった。



いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015年09月06日(日) 08時53分37秒

「10年後を見据える??」

テーマ:説教
 保育所の経営者となって、7年8ヶ月を過ぎようとしています。経営を学ぶ時に良く耳にするのが「10年後を見据えた経営」ということです。でも、ご承知の通り10年後を見据えるってできるわけもありません。

私だって10年前に自分が保育所の経営をしているとは思っても見ていなかったのですから、それは当たり前のことです。私が就任した7年前の園児数は112名で上限ギリギリ。泣く泣く入所を断らざるを得なかったのが、今では90名の総定員を12名も下回る78名です。途中、東日本大震災も経験しました。政治では、民主党が大勝したかと思えば、自民党が大復活を果たし、政治は右往左往しています。その一方で世界経済はグローバル化の一途をたどり、疲弊した各国の経済が悲鳴をあげ始めています。「子どもの貧困率」「経済的徴兵制」などという日本とは無縁だと思われていた言葉が現代の日本を語る上で重要なキーワードになってきたりしています。

どれも予想がつくものではありますが、なってみなければその深刻さが予想を超えていたものであったことは否定できるものでもありませんでした。

教会では、平均年齢が8歳も増加した一方、地域の諸問題に対応するために、訪問看護ステーションや保育支援センターを設置したりと、大きな動きを相次いで起こしています。じゃあ、それが10年後を見越した動きなのかと問われると、それは違うと言わざるを得ません。あえて言えば、「10年後にこうあって欲しい」という思いから行っているにしか過ぎないのです。
新島襄が同志社大学の設立を夢見て活動していた時に「教育とは国家百年が大計なり」と言ったことは正にそのような思いであったのだろうと思いを巡らせます。「100年後を見越して」ではなく、「100年後を夢見て」その事業を始めたのだと思います。

振り返ってみれば、自分の人生の中で、「こうはなりたくない」ということをことごとく体験し、その一方で「こうなりたい」と思ったことは何一つ実現しなかったように思います。たくさんの人々に迷惑をかけ、たくさんの人々を傷つけてきた人生でした。でもその一方で、追い込まれた先にはその経験が用いられ、たくさんの人々と共に生きる現在があることも確かです。

「10年後を考えて行動していますか?」と問われた時、その10年後は不透明で不安ばかりが先立ちます。「ああはなりたくない」、「こうなりたい」と、全ては自己を中心とした世界観を心ならずも形作ろうとしてしまうのです。

しかし、「10年後を作る努力をしましょう」と言われれば何かできることがあるのではないかと思えてくるのではないでしょうか。未来を考える時に、自分が生き残ることを考えていたとしても、その未来が本当に存在するのかどうかは、残念ながら「神のみぞ知る」ことでしかありません。そうだとすれば、未来に対しては自分抜きに考えていくことが得策なのだと思わざるを得なくなります。「今日を精一杯生きる」というのは「明日を見なくても良い」という事ではなく、「自分がいないかもしれない明日を形作る」ということでなければらないのです。

10年後、私はいないかもしれません。私自身も、教会も、訪問看護ステーションも、保育所も、必要とされない時代になるのかも知れません。ただ願うのは、「全ての人々の尊厳をまま守る必要がないから必要とされない状態」ではなく、「老若男女全ての人々が、その尊厳を互いに守り合い、助け合い、支え合える世界である状態」になっていることです。「生き残る」ではなく「残し、支えあっていく」という目的に信仰の本質があると思っています。皆様のお働きが未来に実を結びますように祈ります。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。