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2017年01月01日(日) 00時00分00秒

人生の転機に向かって

テーマ:説教

調べてみると、1月1日が日曜日になるのは直近では、1989年、1995年、2006年、2012年だそうです。1989年は、私が高校を卒業した年、1995年は最初の教会に伝道師として赴任した年。2006年は息子が生まれ、2012年は保育支援事業を始めた年でした。今年2017年は社会福祉制度改革が行われる年であり、福祉のあり方が大幅に変わるであろうことが言われています。こんなふうに考えてみるとなんか特別な人生のように思えてきますが、でも、人生というのは、転機の連続です。望んだもの、望まなかったものをひっくるめて私という人間を導いていきます。無論、忘れてしまいたい経験も含めて、私という人間を形作ったものは、もはや忘却の彼方にその大半が押しやられているでしょう。

 

「あけましておめでとうございます」という挨拶の後には「今年もよろしくお願いします」という挨拶がつけられるのが、定番になっています。何をよろしくとするのかと考えてみれば、それは、逆にこれから起こるであろう転機に対して、お世話になるであろうことを予測しての話だろうと思うのです。正月を無事に迎えても、その一年が自分の最後の年になるかもしれない…私たちの人生は、そういう風に儚いものでしかありません。

 

何をするにしても誰かは喜び、誰かは傷つくのが人生ということができるでしょう。これからも私たちは、できれば可能な限り最小の迷惑と、可能な限り最大のお役立ちを目指して歩んでいくものであり続けるしかないのでしょう。

 

新しい一年という括りをみるときに、私たちは、その年に希望を抱きます。しかし、その希望を抱けない人々が大勢いることを忘れることは許されません。ある人は、死に至る病の宣告を受けるでしょう。生きる望みを奪われている人もいるでしょう。毎日が不安の中にいる人もいるのです。年齢を重ねる毎に忍び寄る死に向かって、私たちは生き続けるのです。

 

「もういくつ寝るとお正月」と正月を楽しみにする子供達を見ると、大人が生きるということは、彼らに希望を示し続けることなのだろうと思うのです。子供の姿は昔から変わりません。遊ぶ道具が電子化されようとも、家族が縮小しようとも、面倒を見る人が変わろうとも、子供は子供の夢を見ます。しかし、その一方で、大人は本当に子供達の夢や希望に向き合っているかととわれればお恥ずかしい現実であったと思わされます。「子供は黙っていなさい」、「言われたことをしていれば良い」とそのように振舞っていたのではないでしょうか。

 

大人はいつの間にか、子供の希望や転機を奪って消費していく世の中になってきたように思います。

 

「お金がないなら子供を産むな」とか「面倒を見られないなら子供を産むな」とか言われる昨今、子供達は保育所や学童クラブなどに押し込められ、しかし、自分たちの転機を探し、待っています。そんな彼らに私たちができることは、精一杯彼らを尊重することです。共に生きる相手として、祝福し続けることでしょう。そして、それは私たちに帰ってくるのです。

 

子供達に「あけましておめでとう。今年もよろしくね」と私たちはどのような想いを込めて言うのか考えてみればわかるでしょう。彼らは私たちをいつも見ているます。そして私たちを求め続けるのです。彼らに恥じない歩みを進めていきましょう。

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