ジオターゲティング
2016年09月25日(日) 07時12分19秒

遊びの本質

テーマ:子供

できないことが多いと、走り回っているだけになってしまいます。勢いよく遊び回っているように見えて、それは遊びではなく、ストレス発散でしかなかったりします。じっくりと遊び込むことが苦手なだけなのです。

 

その子ができることがぴったりと当てはまった時、こんなに集中力が続くのかというくらい黙々と遊び込みます。それは、積み木であったり、ママゴトであったり、鬼ごっこであったり様々です。そして、満足して終わった時「ああ、面白かった」、「またやりたい」と言います。

 

一方で、ゲームは大人も子供も熱中できるように作られたものです。

 

しかし、一方で、終わりはいつも満足できません。「もう終わり?」とか「嫌だ、もっとやりたい」という不満しか出ません。結局「作られた楽しみ」は麻薬みたいなものでしかないのです。

 

できることが増えていく楽しみは、未来に希望をつなげていくのです。

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2016年09月11日(日) 21時35分42秒

ベールの内側…血抜きの儀式に迫る

テーマ:千葉家新報
お父さんが、久しぶりに血抜きの儀式に参加した、と発表した。
 
お父さんはこの儀式にもう、28年参加していると言う。
 
今回、本紙はお父さんに内部の潜入レポートを依頼した。この儀式に参加する人が増えてくれればとの返事と共に快諾を得た。
 
長年秘密のベールに覆い隠された儀式の全貌が伝えられるのは今回が初めてであると思われる。
 
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私が年に1度は参加をしている密儀について今回90回目の参加を記念してレポートをいたします。
 
まず、この儀式を受けるためには神官のカウンセリングを受けなければいけません。カウンセリングでは神官に質問を受ける形で行われますが、私が最初の儀式の地が京都であるこ、また、直近ではアキバで行ったことまで言い当てられ、なんでもお見通しで驚きました。
 
更には、90回もこの儀式に参加していることも判明し、お褒めの言葉と、これからも頑張るように励ましのお言葉を頂き、感激しました。
 
いよいよ儀式に臨めば、白衣の巫女さんにいい血管してるから5分くらいで済みますね〜と褒められました。
 
儀式も無事終了し、お振る舞いにラップとティッシュ、ボールペン、お神酒の代わりに清涼飲料を頂きました。
 
抜かれた血が、お役に立ちます様にお祈りをして、神殿を後にしました。
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この問題に詳しいお母さんは、「この団体は、赤い十字架を掲げて儀式を行っており、世界中にその支部を置いて活動しています。穏健な団体ではありますが、最近ではこの様なイニシエーションにお父さんの様にのめり込む人も少なくありません。回数に裏付けられた懸賞システムなどによって、信者は知らないうちに競争意識が植え付けられてしまいます。まあ、人命を救うためにはやむをえないのかもしれませんがね。」と語った。
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2016年09月04日(日) 08時26分31秒

汝の隣人、汝の敵

テーマ:説教

 先日、藤崎で中学生が電車に飛び込み自殺したというニュースに触れました。ついに青森でもそういうニュースが出たことに大きな衝撃を覚えました。

 

 私は牧師であると同時に、児童福祉施設である保育所の所長です。こういう事件に出会うたびに、自分には一体何ができるのだろうかと考えている自分がいます。

 

 先日、ある若い女性が礼拝堂から出てくるところに鉢合わせました。手には以前卒園記念で送られていた聖書が握られていました。これは悩み事でもあるのかと思って声をかけますと、「実は園長先生を探しているのです」との答え。聞いてみれば、3代前の小池園長を訪ねてきたということでしたので、「先生は異動されました。今は私が牧師であり園長です」とお伝えしましたら、質問を受けたのが「汝の敵を愛せ」と書いてありますが、その意味がわかりませんということでした。この「汝の敵を愛せ」という言葉はキリスト教の教義を示す時によく使われる者でもありますが、一方で、私も、牧師としていろいろな出来事に遭遇する傍らで、「汝の敵を愛せ」とは一体どういうことなんだろうかと時々思いを巡らせます。

 

 マタイ5章43-45節では、「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」とあります。これを見る限り「愛する」というのは「心を向ける」とか、「思いを尽くす」という意味合いで使われていると思われます。もっと言えば「殺すな、生きさせよ」というメッセージだと思うのです。

 

 先ほど紹介した卒園生の女性の来訪は、私が「キリスト教保育とはなんだろう?」ということグルグルと考えていた矢先のことでした。

 

 彼女のことを覚えていたり担当したことのある保育士がほとんどだったので、保育所を案内しましたら「懐かしい!私のことを覚えてくれてた」とだんだん彼女の顔が明るくなってきました。その姿を見て、私が木造保育所というキリスト教保育実践の施設の所長として求められていることの意味は、「敵の子供でも受け入れよ」ということなのだと今更ながら思い知らされました。そして愛とは「最後の最後まで共にいること」というなのだなあと思いました。

 

「だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」(マタイ5:47)

 

 完全とは、最初から最後までという時間的な概念も含まれるものでなければなりません。ある時は「受け入れてくれた」、ある時には「受け入れてくれなかった」と一期一憂するのではない、過去から未来を突き通す一本の芯が「敵を愛する愛」ということになるのだと思うのです。

 

 子供達は成長と共に、大人を挑発もします、裏切ります。そして、彼らは敵・味方で判断するようになっていきます。それでもなお「自分の子供の時を覚えてくれていて『お前が小ちゃい時には…』と言われると敵わない、そういう人」を彼らは成長と共に欲するようになっていきます。私たちだってそうじゃないですか。

 

懐かしい人を思い出してみましょう、会ってみましょう。

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