ジオターゲティング
2016年04月04日(月) 19時59分43秒

主の復活おめでとうございます

テーマ:説教
最近、日本でも認知を得てきたイースターですが、イースターは復活祭とも呼ばれ、墓に葬られたイエスが復活した日を覚えるキリスト教のお祭りです。

今年のイースター(復活祭)は3月27日でした。「今年の」と断らなければならないのは、イースターがもともと太陰暦にしたがって決められた日であったため、年によって太陽暦での日付が変わるからです。イースターは「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」と定められ、復活祭は3月22日から4月25日の間のいずれかの日曜日になります。

「イースターを春を迎えたことをお祝いする行事」と紹介される場合が多いですが、本来は四旬節という主の受難の苦しみを味わうイースターまでの40日間と対にして考えられるべきお祭りです。敬虔なキリスト教の地域では、祝い事はこの期間には行いませんし、この期間、肉、乳製品、卵などの動物性の食物を食べる事を禁じられるので、イースターエッグをはじめとした肉、乳製品が久しぶりに食卓を賑わす日でもあります。そういう意味ではクリスマスよりも盛り上がる地域もあるほどです。ただ、「死からの復活のお祝い」とするといかにも胡散臭いので「春を迎えたことを祝う行事」と紹介するのでしょう。

サバイバーという言葉があります。「事故や事件、災害などに遭いながら生きのびた人、闘病中の人、またはその病気の経験者」を指した言葉です。彼らは「自分はいわば一度死んだ人間」という概念を強制的に獲得させられた人たちということもできるでしょう。そして、彼らがその死地を乗り越えて辿り着いた考え方や行動が多くの人々には想像もできないような素晴らしい結果を導くため、このサバイバーという言葉は、「死地を乗り越えた」という尊敬の念を込められて語られます。

その一方で、サバイバーギルトという言葉も存在します。こちらは「奇跡的に生還を遂げた人が、周りの人々が亡くなったのに自分が助かったことに対して、しばしば感じる罪悪感のこと」です。彼らもその思いから這い上がるために様々な言葉や行いを起こしていきます。

前者が「生き残ったことに祝意を持って周りが尊敬する概念である」のに対し、生き残った本人は「生き残った罪悪感から突き動かされる概念」という悲壮なイメージが付きまといます。この両者を結ぶ切っ掛けが聖書であるということができると私は思っています。

イエスは、サバイバーではなく、復活者だからです。無から始まり死で終わる私たちの人生は、死の前で絶えず沈黙してしまわざるを得ません。しかし、私たちは感覚的に死が無であるとは受け入れられないのです。近しい者がたとえ死んだとしても、その存在を無と考えることはできないのです。私たちは、私たちの周囲に絶えずその息吹を感じるではないでしょうか。

イエスの復活は、死からの復活が眠りから覚めるような気軽なものであることを証ししています。だからこそ、死を恐れずに、生きることにこだわらず、罪悪感を持たずに、正しいことを堂々とせよと聖書は私たちに語っています。「復活おめでとうございます。」という言葉は、その息吹の存在に確証を与えます。私たち一人ひとりは、生という一点で死を乗り越えて結ばれているのです。主に人生を委ねるということはそういうことだと思います。
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。